夜会
俺は萩原の傍付きと言う立場になった。
通常であれば安広と重光からの指導を一通り終え、教養を積んでからなるものらしいが「武にこれ以上教養を学ばせても無駄じゃ。」と萩原様からありがたーいお言葉を頂き、一足先に仕事に従事すると家中に知らされた。
ちなみに萩原の傍付きは最短一日。最長三日で辞めているらしく、明らかに貧乏くじを引かされた。
萩原は留守居番としてある程度の決裁権を持っているのだが、小言爺さんなので皆に避けられている。そんなわけで、萩原に直接言えば良いような案件が全部俺のところに来ている。やれ扉の金具が腐っているだの、先日の雪で屋根が軋んだだの、新しく御用商人にしてくれと怪しい商家が来ただの、大なり小なり家中の人間が声をかけてくる。最初は全部取り次いでいたのだが、翌日には「お前がどうしたいか決めて持ってこい。是非のみ応える。」と来たものだから仕事が増える一方だ。
日が落ちれば離れに集まって夜の座学だ。決して大人なヤツじゃないぞ。近隣諸国の情勢や朝倉家中の力関係なんかが主な内容だ。
ちなみに北村は鷹匠として扶持米を貰っており、殿様に長期的に仕えている。これは忍者としては珍しいらしい。忍者は一時的に金で雇われるのが一般的だが北村は元々いた忍者集団から脱走した身の上で、帰る場所も無いのでここに仕えているとか。なんだ、アンタも拾われ仲間じゃないか。
忍者の身分は低く、活動しにくいと言うことで表立っては鷹匠として。裏では忍者として暗躍しているのだとか。カッコイイ。
殿様に仕える忍者の数は多くないらしい。その中でも女中の一人と肥溜め回収業者は連絡役として紹介された。二人は姉弟で、北村が脱走する際に一緒に連れ出したらしい。姉は秋という名で殿様の奥さんに仕え、弟の室山甚兵衛は諸国を飛び回っている。
初めて会った時は二人とも随分と大人びて見えたが、年は十代後半と二人とも俺と大差ない年齢だったのが驚きだ。
今日は北村が仕事に出ているとのことで、室山姉弟と三人でお勉強会 兼 情報共有会を離れで開催している。
「今朝、久方ぶりに加賀と敦賀から連絡が届いたよ。」
姉の秋が足を崩してそう切り出す。
秋は色の白い美人さんだ。福光屋の福と違って垂目でニコニコ笑顔が特徴的なのだが、これが表の演技だと知ってショックだった。女って怖い。
小柄だが自称腕の立つ女らしく、殿様の奥さんの護衛も兼ねているとか。
「一向宗の動きはどうでしたか。」
「富樫残党は長く持たないだろうね。落ち武者狩りのようにあちこち追われているよ。一向宗の教えは加賀だけじゃなく能登、越中にも大分浸透している。越前への流入はなんとか抑えているように見えるけど、人の口に戸は立てられないからね。民の間じゃ噂になっているみたい。それに一部の連中は吉崎御坊の奪還に燃えているわ。このままだと雪解けと共に『加賀はこんなにも良い国だ。』って噂がもっと広まるわね。」
「噂が広まれば越前から民が逃散するかもですな。国境で抑えられれば良いのですが。実際のところ、加賀の暮らしは良いのでしょうか。」
弟の甚兵衛の問いかけに秋は首を横に振る。
ちなみに弟は姉と反対で朝黒い肌で長身。姉と似ているのは垂目の部分だろうか。
二人並んでいれば姉弟だと分かるが、普段は館に出入りすることが少ないので今のところばれていないらしい。
「良くないよ。なんなら越前よりも劣悪さ。一向宗の僧が国を治めているが、結局のところ年貢は取るし労役もある。それに年中戦とくりゃ民は生きていくことすらままならないよ。」
「そのような状況であればむしろ加賀から民が逃散するのではないのでしょうか。なぜそうまでして加賀に残っているのですか。」
「それが一向宗の恐ろしいことろよ。念仏唱えて死ねば極楽浄土に行けると本気で信じているの。だから戦だろうと飢えだろうと加賀の一向宗から離れない。離れるのが怖いのよ。武は加賀の一向宗をどう見てるの?」
どうだろうか。
「足元の加賀が覚束ないのに越前に攻めてくるなんてことは無いと思いたい。が、戦になれば乱取りがある。越前が豊かで奪いやすいと見られれば攻め込んで来る可能性はあるかもな。」
「国境の守りはどうなっているのだろうか。」
甚兵衛がズイと顔を寄せてくるがそこまではわからないので首を横に振る。そんなにガッカリするなよ。加賀との国境に知り合いなんていないし、その辺の話しは萩原からも北村からも聞いた記憶がない。
「加賀はこんな感じ。次は敦賀。今回の米不足は近江と若狭武田家の仕業みたい。六角は表立って動いていないけど、浅井や高島が敦賀と越前に隠忍術を送っているね。今宵、北村様がいないのはそう言うことよ。」
相手の隠れ家にカチコミか。俺も行きたかった。
「こっちの方が強いのか?」
単純な質問だが、二人の表情は暗かった。
「個の実力で言えばたぶん北村様の勝ち。相手の人数もそう多くないだろうし、今日のところは大丈夫よ。」
「だけど我々には後が無い。相手が伊賀や甲賀なら金さえ払えば次々にやってくるだろうな。」
伊賀と甲賀なら何となく聞いたことがあるぞ。忍者で町興しをしてるって誰かから聞いた気がする。さすがに大手相手だとうちみたいな零細忍者団は摺り潰されるか。
「朝倉家でもっと人を集められないのか。武からもお願いしてくれよ。」
「うーん、殿様は土地が少ないみたいだから稼ぎは多くないだろうしなぁ。大殿が許可を出せば金が出るだろうが、そうなったらうちの殿様が抱える隠忍術は解散か異動だろうな。それを殿様が良しとしないだろうけど。」
情報は大事だと安広から学んだ。スマホも無い時代、いつ・どこで・何が起こっているのかほとんどわからない。だからこそいち早く情報をキャッチして先手を打つのが大事なのだ。とか。
忍者が情報を集めて殿様に伝えることで、敵国の状況やこれから打つ手立ての糧となっている。大殿も同じように情報を集めているのだろうけど、「協力しようぜ。」なんて間柄じゃなさそうだし、難しいところだ。
しんみりしてしまったので話題を戻そう。
「都の様子とかはわからないのか。」
「そっちの話しは皆無ね。京は御所を守る一団がいるせいで迂闊に入ったら数を減らすだけよ。」
京を守る影の集団。良い。皆心が雇っていた伺見もその一団なのだろうか。
「雪解けと共に戦ってことは無さそうだから、しばらくは裏の戦いが続きそうね。」
秋はどこから取り出したのか朱色の杯を三つ並べ、悪い顔をして酒を注いだ。
翌日の俺が全く使い物にならなかったことは隠しておきたい。
・・・
これが最後の雪になるか。と誰かが話していた夜。離れの小屋に男達が集まっていた。
上座には殿様。その両隣に髭の杉本と小言爺の萩原。囲炉裏を挟んで反対側に色白の安広とサイコパス重光、北村と俺が座っている。表面上は何事もないような顔をしているが、安広と重光が露骨に萩原の方を見ないのが大人げない。
「手短に。久方ぶりに諸国に散っていた隠忍術から知らせを受けましたので上申いたす。」
萩原が仰々しく一度頭を下げてから語りだす。
「まず敦賀。他家より米の買い付けがあり米不足となりましたが、幸いにも冬を乗り越えた模様。米を買い付けたのは若狭武田家と近江の浅井と高島一党。戦を見込んでと思われますが、今年は思っていたより雪が深かったこと、更に京の大火で近江に民が流れ、足元の鎮撫に思ったより時がかかったようで戦支度は見受けられませなんだ。また、この冬の間に越前に幾人かの隠忍術が入り込みましたが、いずれも始末してございます。」
おお、と少し嬉しそうな声が狭い小屋を明るくする。
「問題は加賀にございます。すでに富樫家残党は打ち取られ、能登の畠山家と戦になっております。畠山家はお家騒動で力を落とし、民を束ねること叶いません。更に一向宗の教えは恐るべき速さで広まっており、越中では一向宗に賛同する武家が勢力を広げているとか。」
「早々に吉崎を焼いたのは良策にございましたな。」
髭の杉本が顎鬚を撫でながらニヤリと笑う。
「ですが吉崎を焼いた怨嗟が一向宗を駆り立てております。中には吉崎御坊を奪還せんと息巻く者も多く、加賀の情勢次第では戦もありえましょう。」
「戦となれば如何ほどの数を見立てる。」
上段に座る殿様が相変わらず胡坐に片肘をついて問いかける。
「大まかではございますが、万は下らぬかと。」
萩原の返答にゴクリ、と生唾を飲む音が聞こえる。
「国境にいる兵はおよそ千。大殿の下知があっても直ちに集まるのは五千といったところか。厳しいな。」
殿様、顔が笑ってるぞ。重光も笑ってる。戦争狂怖いな。
「しかし雪解けに合わせて、と言う程では無い模様。まずは国境の守りを固め、越前国内を鎮撫するのが良いかと。」
「某も萩原殿の意見に賛成です。兵を起こすにもまずは国を富ませなければなりません。」
「いや安広。ここは兵を集めて先んじて叩くべきであろう。敵に先手を取られるは小癪ぞ。」
「そう急くな重光。しかし方針は賛同するぞ。加賀を取れば当家は一気に飛躍出来る。戦の際はこの杉本が先鋒を務め、百姓連中を蹴散らしてご覧にいれましょう。」
小言爺の萩原と色白安広が防衛派。髭の杉本とサイコパス重光が侵攻派か。
隠忍術頭の北村は黙って話を聞いているが、殿様は飛び交う意見を聞きながら楽しそうにニヤニヤしている。戦がしたくてウズウズしてるとかじゃないよな、大丈夫だよな。
「皆の意見、あい分かった。今宵の話しは殿にお伝えする。北村、加賀の様子に注意せよ。加えて六角が動けばすぐに知らせるのだ。
杉本、先鋒を務めたくば戦場を見ておきたかろう。雪解けに合わせて九頭竜川まで行って参れ。あぁ、小者どもも長い冬に辟易としておる。ついでにこれらも連れて戦の心構えも解いてやれ。
萩原、いくらか景豊殿に備蓄を送る故、支度いたせ。安広、重光、武。米の支度が出来次第、敦賀に参るぞ。」
俺も戦場の見学に行きたいんだけどな…と思いながらも大人なので黙ってうなずく。
全員が頭を下げ、今宵の会議は終わりを告げた。