近江を抜けて
「このまま堅田、高島を越えて疋壇城に入ります。景豊様とは疋壇城で別れ、我らは一乗谷を目指す旅程で参ります。」
今は安広と俺が先頭を歩き、その後ろを髭の杉本、殿様と景豊。次いで北村、最後尾が重光の順で歩いている。全員、頭に笠を被り、地味な装いをしているが七人も武士歩いていれば多少は目立つ。福光屋で刀を二振り買わされた時は「こんな重いモノをぶら下げて歩くのか。」と嫌気がさしたが、いざ腰に差してみるといよいよ武士になった感じがして歩みも軽い。やはり見た目は大事だな、うん。
淡海乃海と呼ばれる琵琶湖を右手に見ながら、安広と話しながら歩く。
「この辺に敵はいないのか?」
「西近江は高島家が治めていますが、敵とも味方とも言えませんね。高島家は六角家に近しいですが、六角家と朝倉家の関係は難しいものでして。我々が朝倉家の者だと知ってあえて襲ってくるかと聞かれれば、それは無いでしょう。」
なんだか微妙な言い回しだな。しかし詳細を聞いても理解出来る気がしないので適当に流す。とりあえず身の安全が確保されればそれで良い。
「時間もあることですし、朝倉家や周りのことについて少しお話ししておきましょうか。我らの仕える朝倉家は越前を治めています。宗家は一乗谷に拠点を構えていまして我らの屋敷も一乗谷にあります。景豊様は敦賀郡司として敦賀を差配しています。」
「うちの殿様は朝倉家でどれくらい偉いんだ?」
「二番目です。一番偉いのは朝倉 貞景様。殿の甥にあたります。」
二番目か。二番目にしては殿様は景豊に気を遣ってなかったか?景豊の方が年長者だからだろうか。
「それじゃ城は?殿様の城はどこにあるんだ?」
二番目に偉いなら立派な城があるのだろうと思って聞いたのだが、安広は苦虫を噛み潰したような顔になってしまった。
「城は無いのです。」
「殿の才を恐れて、大殿とその取り巻き連中が警戒しておるのだ。」
少し後ろを歩く髭の杉本が口を挟んできた。
出来すぎる部下に力を与えたくないって感じなのだろうか。
「警戒されているってことは家臣も少ないのか?」
「えぇ。覚えのある直参は二十名程。他は小者が少し。」
たったそれだけかよ!
「二番目に偉いのにそんな少ししか家臣がいないのか。」
「杉本殿が言った通り、大殿やその取り巻きから警戒されているのです。ですがいざ合戦となれば大殿の下知を受けて多くの武将が配下に入ります。」
「それで何人くらいになるんだ。」
「それでも殿が直接動員出来る数は百人程。合戦時の寄騎を含めれば千は下りません。」
千人ちょっとか。なんだか少ない気がする。二番目に偉いってのももしかしたら贔屓目ってヤツかもしれないな。
しかし一番手からそれだけ警戒されてるって、うちの殿様は一体どんな人間なんだ。
後ろを歩く殿様をチラリと見てみるが、その顔は笠に隠れて伺えなかった。
・・・
坂本の町を出てからの道のりは順調だった。
とにかく歩いてばかりなのだが、体力には自信があるのでこれくらいは余裕だ。それに道中は時間が有り余っていたので、入れ替わり立ち替わりで朝倉家のことや近隣諸国の話しを聞かされた。
越前が福井県と分かったので、何となくの位置関係も把握できた。
俺が仕えることになった朝倉家は、最近ようやく越前一国を支配したらしい。
それまでは甲斐家と織田家、朝倉家の三つ巴の戦いだった。織田家って言うからいよいよ織田信長のことを知っているか思ったが、誰も知らなかった。まだ生まれていないんだろうな。それとも織田違いだろうか。
それはさておき。ここ数年、越前は安定しており最近は一乗谷の城下町を作ることに忙しいとか。
今の当主は朝倉 貞景。うちの殿様、朝倉 教景の甥にあたる。歳は二十代後半で少し上。杉本のおっちゃんがよく文句を言っているが、大殿はそれほどダメな男じゃないらしい。越前から逃亡した甲斐家の残党をやっつけたり、美濃まで自ら出陣して大勝したりと戦じゃなかなか活躍しているようだ。だけど外交の方はイマイチのようで、近隣諸国との軋轢や、足利 義尹って人の上洛要請を断った影響で京の管領細川家や加賀の本願寺を敵にまわしたりと、外に敵をつくっているようだ。
内側はどうかと言えば、越前国内の戦は無いものの土地問題や派閥争い、神社衆や座と呼ばれる商人集団とのいざこざが絶えないらしい。
特に敦賀の気比神宮というのが強い影響力を持っているようで、神主の気比氏は朝倉家と良好な関係だが、独自に僧兵を持つ一大集団なんだとか。なんだか延暦寺みたいだな。
朝倉家中の派閥争いで言えば、うちの殿様を推す教景派と、数年前に生まれた貞景の子供。孫次郎派などがあるらしい。こっちは表立った争いは無いけど水面下じゃバチバチ…というか俺達も謀反会議の帰り道だし、他にも見えないところでお互い色々と動いてそうだ。
それじゃ近隣諸国はどうかというと、まずは若狭の国。
越前の西、近江の北にある国だ。福井県の左端っこだな。この若狭の国の右端が敦賀群と呼ばれている。
敦賀は景豊が郡司として治めているのだが、若狭国の西には若狭武田家ってのがいるらしく、敦賀の支配権をめぐってにらみ合っている。
敦賀は陸路としても要所だが、湊は海運の要所でもある。遥か北や南からも船がくるし、明って国からも船が来るらしい。つまるところ、敦賀を抑えれば儲かるってことで各国が狙っているのだ。
なんでそんな大事な土地を頼りなさげな景豊が守っているのか、とそれとなく聞いてみたところ、景豊の親父さんは越前統一の三つ巴の戦いにも参加して、更には応仁の乱で大活躍した有名人らしい。戦の功績で敦賀郡司になり、親父さんの死をキッカケにそのまま息子が継いだ流れだとか。
次は越前の北、加賀の国。ここは相当荒れている。
元々は富樫って大名がいたらしいが、今は武士ではなく本願寺門徒、一向宗が治めている国だ。本願寺って言えば京でも聞いた気がする。最近急成長している宗教団体だったか。慈明がやけに嫌な顔をしていたのを思い出す。
何年か前には越前で負けた甲斐家と一向宗が越前に攻めてきたこともあり、今でも一触即発の状態だ。
一向宗はさらに北の能登国、越中国にも影響を伸ばしているようで、北陸地方は一向宗と大名家との争いが絶えないみたいだ。
最後は通過してきた近江の国。
南半分は六角家が。北半分は高島、浅井、朽木などいくつかの国人が治めている国だ。
ここは京に近い分、その余波を大きく受けているようで、応仁の乱や大火で民が流れ込んだり出ていったりとこれまた落ち着きがないらしい。
近江の国では六角家が最も大きく、朝倉家とも因縁がある。六角家は所謂名門で、朝廷にもコネがある。近江の支配権も持っているし貴族的な思想も強いようで、新興の朝倉家が何かと気に食わないのではないのか、と安広は推察していた。十年くらい前にも朝倉と六角の間で大きな戦があったし、敦賀を狙っていることもあって互いにけん制し合っている状態だ。
そんな土地を朝倉家のお偉いさんが堂々と歩いているのだが、本当に大丈夫なんだろうな。
「…とまぁこれくらいでしょうか。」
歩きながら安広は小首をかしげる。二日間歩きながら色々と聞いたので、足よりも脳みそが疲れたわ。
だけど何となくの地理と周辺関係は頭に入った。
外は表立ってバチバチしている所が多くて、中は水面下でバチバチって感じだな。
「大殿はまずは越前国内を鎮撫されておる。今のうちに我らが力を付けねばらなん。」
「殿は大殿から目を付けられていますから、有能な直参を我らで見つけ、育てるしかないのです。」
「ただし、怪しい動きをすれば叩き斬るからな。」
「重光、そう脅してばかりでは人は育たないのですよ。」
重光と安広に挟まれながら考える。
有能な者を見つける、みたいなことを言っていたが、大殿から城も部下ももらえないんじゃ俺みたいな流れ者を捕まえて使ってみるしかないってのは実態だろう。俺はラッキーだけど、このペースじゃいつまでたっても謀反なんて出来ないんじゃないか?
チラリと後ろを振り返れば、重い足取りの景豊が見える。
景豊も頼りになるかと言われると微妙だが、一応最前線を守る武将なんだからある程度の兵は持っているのだろう。それに敦賀の湊があるってことはそれなりに儲かっているはずだ。
その力を使えば謀反もなんとかなる、のか?
これってまた博打になるんじゃねぇか、と一抹の不安を覚えながら、一行は近江を抜け若狭の国へと入った。
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