表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
武勇伝  作者: 真田大助
111/111

桑山からの景色_参

戦国時代、紙は貴重品。

お金持ちの商家や大名ならいざ知らず、私達のような貧乏武家は何かを記すと言う習慣がとても少ない。それでも経典や帳簿など、残すべき書類のためには紙を惜しんではいけない。

そんな思いから、私は紙に対して多少なりとも愛着や有難みを感じていた。

けれどそれもつい先日まで。高藤家の一室にうず高く積まれた書類を前にしてげんなりとしてしまう。

せっかくの春の陽気な気候を前にしてずっと部屋にこもりきり。涙が出そう。


「お雪様、福光寺の東に建てた長屋はもう満員です。」

「それなら福光屋さんの隣の長屋を案内してあげて。あそこはまだ空きがあったでしょ。」

「それが先日より遠方から来た商人らが寝泊まりしており…。」

「あぁもう、宿もないから仕方ないわけね。そしたら庄屋さんの裏手にあった長屋へ。ボロだけど寝泊まりするには問題ないでしょうから。」


「かしこまりました!」と大きな声を残して駆けて行く長瀬十兵衛を見送る。


雪解けを待っていたのは越後から来る大量の流民だった。

福光の復興に桑山城の築城、そして高藤家の兵力増強のためにも渡りに船と飛びついたのが誤りだったのかしら。ううん、受け入れの判断は間違っていないはず。問題は私がこのタイミングで戸籍謄本の作成を始めたせいね。

横を見ればお爺様、中村雪丸と本間千早、浅尾錦之助に雨森弥五郎も付きっきりで書類と格闘しているが、終わりが見えないわ。


どれだけ人が増えたのか。家は、着物は、食料の蓄えは足りるのか。誰にどの仕事を割り振るべきか。罪人や間者はいないか、素行の悪い人が紛れていないか。

そんなことを考えるためにも戸籍謄本の作成は必要だと思っていた。いつかやろう、と考えていた案だったけれど、こうして流民人が増えて必要性が高まったと実施に踏み切った。

けれど早まった判断だったかもしれないと少し後悔している。


「いやぁお雪様がいてくださって誠に助かりました。」


屈託のない笑顔でお礼を言っているのは越後を拠点にしている商人、山王屋さん。曰く、越後では長尾家と上杉家の戦が激しさを増しており、越後を離れたい民が増えているらしい。


「長尾家、上杉家ともにとにかく兵を出せと男手が取られてしまいましてね。最近じゃ残った女子供を売りさばいて、その利で他所から人を買おうって話しが出ているくらいですよ。」

「ほう。越後はそんなに酷い有様なのか。」


事務仕事に嫌気が差したのか、お爺様が筆を置いて山王屋さんに声をかける。


「それはもう。最近は長尾様が押されてしまいましてね。長尾様にお味方していた村々は酷いもんです。西へ西へと逃げるしか無いもんで、こうして越後の西にある越中へ人が流れてくるのですよ。」


流れている、のではなくて流している。でしょ。

私達にとってはありがたいけどね。


「ですが良い話しもあります。福光屋さんが運んでくださるお薬が飛ぶように売れておりまして。」

「それは良い話しなのか。」


お爺様が少しムッとした声色で返すと、山王屋さんは大げさに手を振って頭を下げる。


「失礼を申しました。私が申したいのは、福光屋さんの薬によって多くの方が助かっている、というお話しにございます。あの薬が無ければもっと多くの命が失われていたことでしょう。此度の商いでも多くの薬を仕入れさせて頂きました。」


さすが商人、口が上手ね。

時瀬さんの薬については、その効能が口コミでどんどん広まっている。流石の時瀬さんも作り手が足りないと思ったのか、最近では希望する子女に簡単な手ほどきをして製薬を手伝ってもらっているらしい。その薬の原材料は高藤家からも卸している。つまるところ、薬の売り上げは高藤家の利益にもなっている。

傷薬で儲けるなんて、ちょっと気が引けるわね。一人思案してふぅと一息ついたことろで縁側に影が差した。


「忙しくて幸いなのは、悪さするだけの暇も無いってことだな。」


ドカリと縁側に座った武雄が伸びをしていた。

その横には葛西清隆が丁寧な所作で私に向かって頭を下げている。

武雄には高藤家領内の巡視をお願いしている。人が増えれば衝突や悪さをする人も出てくる。それを未然に防ぐことも目的だけれど、もう一つ理由だがある。戦の準備だ。

桑山や善徳寺、福光や城端。方々を見てもらうことで、いざ戦となった時にどう布陣してどう戦うかを考えてもらう。大方針は私が決めるけれど、現場の判断は武雄に任せる。それが今の高藤家の方針。

その判断基準のためにも、武雄には外を回ってもらっている。そして必ず小姓六人の中から一人が付いて行く。これはお勉強のため。今日は清隆だったのね。

膝の前についた手を揃えながら、清隆が顔を上げる。


「桑山は柵が出来上がってました。人手が増えて光興殿も張り切っていらっしゃいましたよ。」

「それは良かったわ。高坂城の動きはどう?」

「特に動きは無いと影尾衆の方々から伺いました。」


うーん、一向宗は動かないか。

雪解けと同時に戦かと思っていたけれど、何かあったのかしら。内部抗争が起きたとか、兵糧不足、朝倉との戦、それとも和議の方向で話が進んでいるとか?

どれも可能性としてはあり得るが判断材料は何も無い。情報が得られないってこんなにも不便なのかと実感する。


「明日は才川城で会議だろ。そこで何かしら情報があるだろうよ。」


ボキボキと首の骨を鳴らす武雄が言う通り、明日は才川城で定例会議、評定がある。これからの方針について話されると聞いているので、神保家や一向宗なんかの動きも多少は聞けるはず。


「そうね。私たちはとにかく福光の復興と桑山城の築城を急ぎましょう。」

「よし、そんじゃもう一周りしてくるか。清隆、書類と戦いたかったら残っても良いぞ。」

「いえ。同行します。」


シレッと武雄に付いて立ち上がる清隆を、残る全員が恨めしそうな眼で見つめていた。


・・・


才川城は小さいお城だ。本丸と呼ばれる建物も私達が想像するような立派な天守閣があるわけでもなく、平屋が一つあるだけ。

その平屋の一番大きな部屋に二十名ほどの男性が座っている。その末席に私のような女性がいるのは異様な光景であり、居並ぶ人は相変わらず嫌な目で私を見る。

私がいくら活躍しても認めない。むしろ活躍が嘘偽りであるとまで吹聴する人もいる。そんな暇があるなら私以上に活躍してみれば良いのに。

もちろんそんな喧嘩腰な物言いはいないが、事あるごとにジロリと睨むその顔に対して意見の一つも言いたくなる。


「ではまずは近況を。」


そんな状況で口を開いたのは上座に座る男性。才川城の城主であり近隣の土豪をまとめる早川義人さん。義人さんに促されて一人の男性が居並ぶこちらを向いて軽く頭を下げる


「南の飛騨に動きはございません。五箇山に一向宗が集まっていると聞きますが、飛騨国内で争いが起きている模様。取り急ぎ越中への侵攻は無いかと思われます。」


報告を始めたは早川家の家臣で上見城主の川上鏡之介さん。無愛想を絵にかいたような人だけれど、義人さんからの信頼は厚いみたい。堅実な仕事をすると評判の人物。私のことは嫌いみたいだけれどね。

川上さんの言った五箇山。聞き馴染みが無いけれど、確か越中と飛騨を繋ぐ街道沿いにある山村で一向宗の色が強い地域のことだ。そこに一向宗が集まっているということは、飛騨でも随分と暴れているようね。その対処で飛騨の武家が手を取られてくれるのは私達にとっては良いこと。少なくともその間は越中へ攻め入ることは無いのだから。


「動きがあったのは東の井波寺にございます。昨今は城端を経由して多くの一向宗を五箇山に送り出している模様。」

「飛騨の戦は大きなものになるのか。」

「そこまでは。あるいは飛騨を超えて美濃、畿内に向かうのやも。」


「うーむ。」と唸り声とボソボソと相談する声が湧く。

移動している一向宗に「どこに行くんですか?」って聞けたら楽なのに。

ザワザワとしだした広間の中で義人さんがコホンと咳払いをすると、次第にざわめきが静かになっていく。


「神保家は一向宗が減ったこの機に一戦起こすと知らせてきました。まずは土山城を落とし、次いで高坂城を攻めます。先陣は木舟石黒家。当家は桑山より敵の側面を突きます。」

「井波、城端の抑えには神保家の寺島殿が当たられます。南の飛騨に対しては某、川上勢が構えます。」


義人さんと川上さんが告げると、居並ぶ男性陣の鼻息が荒くなる。


「大事なことをお伝えしなければいけませんね。領土は切り取り次第と聞いています。皆、心してかかりましょう。」


「おぉ」と低い歓喜の呻きが湧く。領土拡大のチャンスを逃さない手はないものね。

同じ戦でもこちらから攻める方が少し気が楽だ。いつ来るか分からない相手を待ち構えているのは想像以上に負担だった。

高坂城、土山城を味方が抑えられればこの負担も軽くなる。

戦の日取りや細かい陣立てが伝えられる中、早くもホッとしている私がいた。


・・・


戦が起きたのは雨の日だった。

じっとりと汗をかく気候の中、数百の軍勢が睨み合っている。

山が連なる地域だが、高坂城と土山城の近くにある木々はほとんどが伐採されており見通しが良い。湿った空気を感じながら、まばらに布陣した両軍を観察していれば、背後から声をかけられた。


「武雄様。軍議です。陣にお戻り下さい。」


長瀬十兵衛に呼ばれて高藤家が陣を置く湯谷神社の境内に戻る。

陣と言っても境内にあるのは机にしている大きな木の板があるだけで、陣幕どころか椅子も無い。周囲には兵が寝泊まりする簡易テントをいくつか建設中だ。

朝倉家に居た時は常に本陣に居た。殿様、朝倉宋滴が陣を敷くのは立派な神社仏閣が多かった気がする。そうでない時は庄屋や商家など、少なくとも数十人の将が寝泊まりと軍議を開けるだけの広さを有した建物に泊まっていた。

あの時は他の軍勢の事まで意識が回らなかったが、末端の部隊は今の俺達と大差ない状況だったのだろう。

お嬢が寝泊まりするのは湯谷神社の本殿。本殿と言っても福光寺同様に一間しかない掘っ立て小屋。管理する人も居ないような場所だが、雨風が防げるだけでも貴重な拠点だ。俺達兵卒は茣蓙の上で寝転ぶくらいしか出来ないんだからな。


そんなことを考えながら境内へ戻る。境内の中央にはお嬢と石黒光興、小姓達六人の合わせて八人が地べたに座って待っていた。

その中央には木の板が置かれており、何やら置かれているのが見える。


「悪い、遅れた。」

「大丈夫よ。動きはあった?」

「いや。両軍布陣は終えたが睨み合いだ。思ったより木舟石黒家は土山城に近い位置に陣を敷いているが、それ以外は目立った点は無さそうだ。」


俺が答えるとお嬢は腕組みをして考える様子を見せる。

見渡せばちぐはぐな面々と目があった。俺を合わせて九人が円形に座っているが、まともな格好をしているのは俺と光興くらいだ。

一番立派な格好をしている光興は、黒を基調とした具足で脛当てから肩まで綺麗に手入れされている。前に聞いた時に石黒家伝来の具足を模して作ったとか言っていたか。本物は昔の合戦で喪失したらしいが、その具足を出来る限り思い出しながら爺さん連中が発注した一品と聞いた。

俺は福光屋から買った具足を付けているが、胴丸と肩鎧の色が違ったりチグハグだ。どうせ色違いならもう少しセンスの良い物にしたいところだ。

お嬢はいつもの桃色小袖に藍色の袴で、胸当てや籠手を着けた程度の軽装。小姓達も同じような格好をしている。サイズの合う具足が無いので仕方ない。今回は前線に立たせる予定も無いため、機動力重視の恰好で来させた。この戦が終わったら福光屋に小姓の具足を発注しないとな。

ここに居ない爺さんは桑山城でお留守番。石黒党の今見と立山は物見に出ている。


「では改めて戦況の整理を。光興さん、お願いします。」


お嬢に振られて場違いなくらい立派な具足を付けた光興が頷いて木の板を指した。

板の上には小石や木の枝が置かれており、簡易的な地図になっている。


「高坂城とその北にある土山城を囲うようにお味方が布陣しております。土山城のすぐ北には木舟石黒勢が布陣。数は六百。その更に北に神保家の小島殿が五百の兵を率いて布陣しております。我らが居るのは土山城の東。高藤勢が五十。更に東に早川勢三百が布陣しました。」

「総勢千五百ですか。身震いしてしまいます。」


算盤を握りしめた雪丸の頬が赤い。身震いじゃなくて武者震いの間違いだろう。とツッコミたくなったが、それくらいのミスはスルーしてやるのが大人の余裕だ。

それにしても早川家は随分と人数を出して来たな。領地は切り取り次第って言葉で土豪の連中が勇んだのだろうか。


「敵の数は如何ほどでしょうか。」


清隆に問われた光興は木の板に置かれた石を指す。


「土山城に二百。高坂城に四百。加賀からの増援については今見と立山が物見に走っています。」

「加賀から増援が来るとしたらどれくらいかかかる。」


俺の問いかけに対して光興は暫く考えていたが、「数にもよりますが、三日あれば金沢御堂からの援軍が来るかと。」と眉間に皺を寄せて唸った。


「高坂城から使者が昨日の内に出ていたとすれば、そろそろ金沢御堂に到着しているでしょう。」

「猶予は三日。長く見ても四日か。たったそれだけの日数で二城を落とせるか?」


高坂城が堅牢な城であることは確かなのだが、土山城もなかなかに堅牢だ。小高い山の上にぐるりと木柵が作られており、要所と思われる場所には平屋の建物や櫓も見える。

二つの城の距離は大よそ五百メートルくらいだろうか。走ればあっと言う間に着く距離だ。そのため、土山城を攻めればその側背を高坂城の兵が突いて来るのは目に見えている。これを備えるためにも兵を裂かないといけないため、土山城を攻める兵と二分する必要がある。


「土山城を一日か二日で落とせれば。」


光興が真剣な表情で呟くが眉間の皺は深い。難しいと踏んでいるのだろう。


「お嬢、早川家の方針はどうなってる。」

「諸侯に対して『好機と見れば攻めて良い。』と。だけど義人さんは積極攻勢には反対みたい。どちらかと言えば木舟石黒家に先陣を切ってもらいたいみたいよ。」

「我々はどのように動くのでしょうか。土山城へと向かう高坂城兵を討ちますか?」


十兵衛がフンと鼻息荒く前のめりになったので首根っこを掴んで引き戻す。


「阿呆。俺達は五十しかいねぇんだ。そんなことしようとしたって返り討ちに合うだけだ。」

「某も同意です。やるなら乱取りか、火付けをして城下を荒らしましょう。出て来た小勢を叩くのが上策かと。」


いや光興さんよ、それはちょっと止めといた方が。

光興の提案に対して反対しようとしたが、俺よりも先にお嬢が口を開いた。


「光興さん。その策はとりません。無為に民を傷つけるような真似をすれば今後に響きます。」


光興も否決されることを察していたのか、嫌な顔一つせずに軽く頭を下げる。


「ではどうされますか。」

「十兵衛の策で行きましょう。」


「え。」と声を出したのは俺だけではなかった。

次回は1月26日(月)18:00投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ