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武勇伝  作者: 真田大助
110/111

桑山からの景色_弐

明けましておめでとうございます。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

雪を踏みしめながら桑山城跡に登る。元はお城だったとは言え長年放置されていた城山。土地勘のある人間がいなければ途端に遭難しちまいそうだ。

先頭を歩く光興に続いて俺とお嬢、中村雪丸と本間千早の四人が雪に足を取られながらもなんとか進む。


「こちらが二の曲輪です。雪で埋まっていますが、あちらの先まで行けば福光を見渡せます。あぁ、今は行かれない方が良いかと。足を滑らせると登って来れませんので。」


さらっと怖い事言うなよ光興。興味深げに顔を覗かせていた雪丸と千早がキュッと小さくなる。

もうしばらく登っていくが、以前来た時と随分と印象が違った。以前は鬱蒼(うっそう)と木々が生えていながらも崩れた門や壁、木の柵が散乱していたので辛うじて廃城なのだと認識できたが、今は全部が雪の下だ。残っていた門や壁の多くは崩されたか焼かれたのだろう。

千早は光興から説明を聞きながら、持参した木の板に炭片で縄張りを書いていく。上手いもんだ。

山頂の本丸跡まで着いてようやく少し見慣れた景色だと感じることが出来た。本丸跡といっても少しの平地が広がっているだけで何があるわけでもない。強いて言うなら、平地の中央に焼け落ちた木片が山積みになっていることだろうか。

開けた本丸跡地から西を見れば、加賀の方面を一望できた。右手に見える城は土山城だろう。目の前にある高坂城の支城で、木舟石黒家への抑えとなる城だ。高坂城の近辺からは無数の煙が立ち上がっており、遠目にも何台かの荷台が動いているのが見えた。


「高坂城は製鉄で名高い土地です。それだけに多くの木を伐っておりますので、山の民とはよく争っております。」

「野介も言ってたな。確かにあの辺の山は随分と禿げちまってる。あれじゃ山の民は生きられない。」

「木を伐りすぎると土砂崩れの原因にもなるわ。植樹の概念が無いのは致し方ないけれど、すこしやり過ぎね。」


呼吸を整えたお嬢も俺と光興の間に立って高坂城を見る。


「ねぇ光興さん。高坂城と土山城にはどれくらいの兵が詰めてるの?」

「お、恐らく合わせて五百は下らないかと。」

「随分と多いのね。」

「あの二城、特に高坂城は元は砂子坂道場と呼ばれておりまして、一向宗にとっては大事な土地なのです。それ故に。」


頬を赤くした光興が指先を震わせながら高坂城を指す。なんだ、寒いのか。


「でもあのお城に五百の兵を養う農地があるようには見えないけれど。」

「兵糧は更に西にあります荒木砦を経由して加賀から運び入れている様です。」

「なるほどね。高坂城はあくまで戦のための拠点でもあり、武器生産の拠点でもあると。」


お嬢が腕組みをして唸る。

高坂城は製鉄、つまりは武器製造拠点としての役割もある。高坂城からいつも煙が上がっているのは炊事の煙ではなく、鉄を作るための煙だ。製鉄には大量の燃料が必要なため、周囲の山々は軒並み伐採されたのだろう。


「光興さんは随分と詳しいのね。」


お嬢が感心したように光興に問いかけると一拍の間があった。


「…幾度となく高坂城を奪うために策を練りましたので。」


睨むような鋭い視線で高坂城を睨む光興。

たった十人の石黒党には夢のような話だったのかもしれない。が、実現可能な段階は見えてきている。

桑山城で討ち死にした七人の爺さんためにも、高坂城攻略は光興の悲願となっているのだろう。

光興の練っていた策も気になるところだが、高藤家として高坂城攻略を行うのであれば策の練り直しが必要だ。


「しかし五百は多いな。こっちは五十が精々だろ。正攻法じゃとてもじゃないが落とせないな。」

「いざ戦となれば早川家からも百は来るわ。それに神保家、木舟石黒家が主力を担ってくれるわよ。」

「合わせれば千を超える兵になりますね。」


算盤を弾いていた雪丸が鼻息荒く教えてくれる。

お嬢の口ぶりだと高坂城は神保か木舟石黒に譲るつもりなのだろうか。なんだか納得いかない気もするが、現実的に考えれば高藤家が高坂城を落とすことはほぼ不可能だ。敵の十分の一しかいない兵力で城攻めなんて狂気の沙汰でしかない。となれば少しでも功を稼いで褒美か土地を貰う作戦を取るのが良いのだろうか。

うーん、この辺はお嬢に任せよう。


「俺達が出来るとしたら荒木砦からの兵糧入れを阻止するくらいか。」

「桑山城は敵の背後をけん制するには絶好の地です。武雄殿の言う通り、長期戦になるのであれば荷駄隊を襲うのは我らの役目となりましょう。」


「ですが。」と光興の眉間に皺が寄る。


「神保と木舟石黒めに使われるのはどうにも腹落ちしません。」


ムッとした表情で光興が呟く。同感だ。

二人してムスッとしていれば宥めるようにお嬢が俺達と向き合った。


「二人共怒らないの。私達は来る時に備えて準備を進めましょう。桑山城を再建して、武具と兵糧を整えて兵を集めるのよ。」


お嬢がそう言うなら…と俺と光興は腕組みを解く。

雪深い季節を迎え、桑山城の改修工事は以前のようには進まなくなった。その代わりに福光の復興や三又村との開通路工事に人手を割いている。

越後からの流民も雪により一時受け入れ休止だ。あちらは雪解け以降の戦況によっては流民が増減するだろう。

今年も売れ行き好調だった防寒具の利益を持って高藤家の兵や武具を揃えていきたい。村々にいる男手の中で見込みのある連中がいれば稽古をつけて直参に取り立てたいところだ。

腰に手を当てながら三人並んで高坂城を見ていたが、ビュウと冷たい風に吹かれて思わず顔をしかめてしまう。

寒風から逃げるように本丸跡地の中央へ戻りつつ、お嬢が思い出したように呟いた。


「そう言えば、円順和尚さんの方は順調かしら。」

「順調だろう。護衛に元善徳寺の僧兵も付いたんだ。道中でいきなり斬りかかってくるような奴はいないだろうよ。」

「聞けば福光屋殿も同行されているとか。随分と大所帯になられたのでは。」


和尚は砺波郡、主に城端方面の寺に対して善徳寺に居た僧兵の無事を伝えに回っている。もちろん経典も添えて。

ついでに暫く止まっていた商流を動かそうとしてか、福光屋もこれに同行しているらしい。商魂(たくま)しいお福の顔が目に浮かぶ。


「だろうな。ついでに城端の様子も見てくるって言ってたからよ。戻って来たら様子を聞こう。」


不安げな顔でお嬢が頷く。

城端の荒木家は一向宗派だ。城端城を拠点に自前の兵を揃えているが、そのほとんどは一向宗。うちの商売顧客でもあるが敵対関係とも言える。今のところ目立つ動きは無いが、一向宗派として高藤家、早川家を討つべしって声が無いわけがない。

戦になることも覚悟しておくべきだ。


「千早、桑山の縄張りは描けそうか。」


俺が声をかけると、手を墨で真っ黒にした千早が木の板に描いた縄張りを見せてくれた。


「素晴らしい。」


光興が感嘆の声を漏らす。

板一杯に門や曲輪、本丸の輪郭が描かれていた。


「こう見ると小規模だが良く練られた縄張りですね。こことここに見張り櫓を立てれば高坂の動きは一望できます。」

「ここが福光を繋ぐ山道ですね。ここに関所を設けてみるのは如何でしょうか。商人から税を取るのです。」


千早が見張り櫓を建てたい位置を差し、雪丸がその少し上の当たりを指さして算盤を弾く。


「良い案ね。見張り櫓と関所の建設は候補に入れましょう。だけど税は取らないわ。あくまで防衛のための関所。」


雪丸が口を尖らせて不満を露わにするが、お嬢は気にしない様子で光興に声をかける。


「他にも強化すべき場所があれば遠慮なく言ってください。雪解けと同時に工事にかかりたいと思います。」

「かしこまりました。築城に取り掛かる場所も優先順位を付けましょう。いつ高坂勢が攻め寄せるともわかりません。寡兵でも守れるように準備を急ぎます。」


「出費が…」と悲し気な顔で算盤を弾く雪丸の背中を叩きながら俺達は福光へと戻っていった。


・・・


放生津城(ほうじょうづじょう)の一角。障子で隔離された部屋に三人の男が険しい顔をして座る。締め切られた部屋は寒風が吹き込まないだけ幾分か寒さが和らいで感じられる。

空いた上座が埋まるのを待つ間、最初に口を開いたのは小島職家(もといえ)殿だった。


「塩井殿、お怪我は大事ありませんでしたかな。」


お怪我、と言うのは先だって殿によって付けられた傷のことだろう。


「大事ございませぬ。某の力不足による失態にございますれば、この程度の叱責は至極当然のこと。」


某が頭を下げると、小島殿と相対するように座られている寺島盛信(もりのぶ)殿が口を開く。


「善徳寺を早川が抑えたのは面白くないが、連中のおかげで和睦が進んでいる節もある。そう気落ちされることもありますまい。」


慰めの言葉と素直に受け取ってまた一礼すれば、ドスドスと乱暴な足音と共に殿が部屋に入ってこられた。

太刀持ちの小姓が続くがそれを追い返して太刀を奪うようにして手にすると、ドカリと上座に座られた。仕事を奪われた小姓は何も言わずに一礼して去っていく。災難なことだ。


「一向宗の動きはどうなっておる。」


殿、神保慶宗(よしむね)様が問いかけた寺島殿は、分厚い胸板を大きく膨らませてから口を開く。


「越前との国境では相変わらず朝倉家との小競り合いが続いている模様。能登畠山家との争いも絶えず、加賀は米不足が続いているとも。」

「フン。四方に敵を作るからよ。機内の本願寺ははどうなっておる。加賀への援軍はあるのか。」

「そこまでは…。」


寺島殿の情報源は放生津城に来る商人が主だ。時折、都から連歌師が訪れていたこともあったがその交流も絶えて久しい。

報告を聞いた殿はギリと歯を喰いしばっておられる。


一向宗派の高坂家が福光に攻め寄せたのは、神保家にとって寝耳に水であった。一向宗と神保家は協調路線を構築中。それを台無しにしかねない行為だ。

すぐさま一向宗をまとめる下間家へ使者を走らせたところ、此度の侵攻は高坂家の独断であることが分かった。なんでも桑山に寄る野盗からの挑発と、福光近辺から発せられる経典を排除するためであったとか。それならそうと事前に伝えてくれれば良かったものを。

状況が鮮明にならぬ内に木舟石黒家に請われて寡兵とは言え兵を出し、野戦で一戦交えた後に事態の全貌が見えて来たのだ。


しかし時は既に遅し。今度は下間家から神保家に対して苦情の使者が来た。

曰く『桑山の野盗を放置し、福光で偽経典の流布を許したのは神保家の怠慢である。』と。

これに殿は激怒された。『坊主風情が何を。』と使者を斬り付けてしまい、協調路線は決裂となったのだ。

決裂となった以上、少しでも領土を広げるべく某は善徳寺に向かうように命じられた。

しかし結果は先だっての通り。


「早川め。余計な事をしよって。」


食いしばられた殿の口から早川家への恨み言が漏れる。全く持って同意する。

某が善徳寺に到着した時には、既に早川家の兵がひしめいていた。あげくあの女狐だ。女の分際で兵を使うなどなんということか。


「殿、これを機に近隣の武家を束ね、一挙に越中を抑えましょうぞ。」


進言したのは小島職家殿。白い物が混じり始めた顎鬚を撫でながら殿を見つめておられる。

小島殿は一向宗を好まれない。事あるごとに殿に対して武家をまとめて越中を制するべきだと進言されておられる。


「それを打ち出すのは時期尚早よ。我ら神保が守護にとって代わるためには兵も大義も足らぬ。」

「某も殿に賛同いたします。ここは一つ、改めて一向宗との和議を模索すべきではございませぬか。」


寺島殿が進言すると。小島殿が露骨に嫌な顔をされる。

寺島殿は一向宗と親しく、小島殿は一向宗と距離を置かれている。神保家の中で大きな力を持つお二方が相容れないのはこうした思想の違いもあるのだろうか。


神保家は守護代。その上におられる守護の畠山家を追い出し、名実ともに越中の支配者となるためにどこと手を組むのか。常に頭を悩ませている。

般若野の合戦では越中を簒奪せんとする長尾家に対して一向宗と協力して当たることが出来た。しかしこうも統制の効かない連中と道を歩むのは危ういと感じたのは某だけでは無いはず。


「寺島よ、和議を成すには今少し功が欲しい。せめて高坂城と土山城を奪い、加賀への足掛かりを作っておくべきではないか。」

「左様にございましょう。それに木舟石黒家と早川家を矢面に立たせれば両家の勢いも削げるというもの。」


殿の意見に賛同した小島殿がウンウンと頷かれる。


「小島、雪が解けたら高坂城を攻めるぞ。支度をしておけ。寺島。高坂城で手打ちとする。和議の内容を考えておけ。」


「は。」とお二人が頭を下げるのを満足げに見た殿が、何かを思い出したように某の方を見る。


「塩井。早川へ文は送ったのか。」


ふいに話を振られてピクリと肩が上がってしまった。情けない。

先日、殿の命を受けて『善徳寺攻め、見事であった。』と書状を送った件であろう。

頭を下げて早川家の反応を思い出しながら口を開く。


「は。早川殿は殿からの文を大層喜んでおりました。しかし東西を一向宗に囲まれた土地故、不安を感じている様子。」

「せいぜい桑山から押し出してもらおうではないか。その隙に福光を落とされればそれこそ早川家の失態。木舟石黒が奮起しようぞ。」


寺島殿がバチンと太い足を叩きながら笑えば、それに釣られるように全員が笑う。


「それは良い。先陣は木舟石黒家とし土山城、高坂城を攻めさせる。この二城を切り取り次第としておけば無為に兵を送りましょう。」

「小島殿、それでは木舟石黒と早川を助長させるだけでは無いか。」

「まさか寺島殿は両家が高坂城を落とせるとでも?あの堅城を落とすには千は必要。両家を合わせても五百に満たぬ。無為に兵を減らして痛手を被るに決まっておる。」

「それもそうか。いやはや、儂としたことが戦況を読めておらなんだわ。」


またも寺島殿がバチンと太い足を叩いて笑い声があがる。仲が良いのだか悪いのだか。いがみ合うことも多いがこうして意気投合することも多い。なんとも不思議な二人だ。

それはそうと、配下は適度に疲弊している方が御しやすい。これは乱世の常である。福光、桑山、善徳寺を占めた早川家には相応の痛みを負ってもらわねばな。


雪解けが楽しみだ。と安心して笑うことができた。

次回は1月15日(木)18:00投稿予定です。

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