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武勇伝  作者: 真田大助
109/111

桑山からの景色_壱

2025年最後の投稿となります。

年が明けて、ようやく石黒党のお葬式をあげることが出来た。

狭い福光寺の中で円順和尚さんがお経を唱え、その後ろには石黒光興さんが座る。光興さんの後ろには今見吉次さん、立山頼道さんが並び、瞑目して合唱している。

石黒党の老兵七人の最後は見事なものだったと聞いた。古びた門から討って出て。燃える城内で太刀を振るい。矢に射られ、槍に突かれてもひたすらに戦い続けた最後だったと。その骸は福光で晒されてしまったようだけれど、晒されたその晩には円順和尚が福光の民と共に供養をしてくれた。その報復として円順和尚も引き立てられそうになったそうだが、福光の村民が匿ってくれたらしい。

一方で生き残った石黒党三人の怪我は酷く、一時はもうダメかもしれないと一同諦めかけた瞬間さえあった。それでも踏ん張れたのは時瀬さんの秘薬の力と、何よりも三人の気力が大きかったのだろう。意識を取り戻した光興さんはすぐに太刀を取り、高坂城へ向かおうとしたらしい。止めるために影尾衆が五人がかりになって押さえつけたと聞いた時は驚いたわ。

福光合戦が終わり、領地の処遇が決まってから改めて意識の戻った三人へ戦果報告をした。三人とも弔い合戦に参加できなかったことを涙を流して悔やんでいた。


福光の民と言えば、弥一さんのお父さんである福光村の村長さんは助からなかった。

高藤勢が攻め込んですぐに救出に向かったのだが、弥一さんが庄屋に駆け込んだ時には既に亡くなっていた。

身体には拷問を受けた痕があり、一向宗による見せしめであったことは間違いないだろう。福光村の村長は弥一さんが継ぐこととなったが、その心情は穏やかではないのは確かだ。武雄曰く、「ありゃ放っておくと勝手に戦をしかねない。」そうだ。


お寺の入口付近で座る私と武雄の後ろから隙間風が吹き込む。今年は特に寒く、雪深い。おかげでどこの領主も戦なんて起こす気にもならないようだ。弥一さんの無念は理解できる。いいえ、きっと上辺しか理解していないと反発されるでしょうね。だけど、今戦を起こす訳にはいかない。

福光はただでさえ荒廃していた所に一向宗の簒奪(さんだつ)が加わったせいで酷い有様になった。この冬を越すだけの蓄えも無く、飢えて死ぬしかない状況にまで陥っていた。もちろん、この惨状を救うのは新たな領主となった私の仕事。蓄えていたお米を配り、影尾衆から買ったお肉を食べさせ、高藤家特産の防寒具を配った。家が足りなければ香上村に一時的に逗留を許可し、食い扶持が無ければ建築の手伝いや防寒具作成の仕事を回す。

まずは高藤家の支配を受け入れてもらうことが大事。戦をする前に民を亡くすなんてことはできないのだから。幸い、福光村の人は高藤家を知っていてくれたおかげもあり、村の掌握にはそう時間はかからなかった。


問題は桑山ね。

焼け落ちた桑山城跡は高藤家が占拠し、新たに山城を築くことにした。もちろん城主は私。その費用の捻出に頭を悩ませてはいるものの、一城の主になることへの興奮は少なからずある。だけど、とにかく先立つモノが足りない。福光で最低限の暮らしが出来るように整えることを優先したせいで城づくりのための資材やお金、人手が足りていない。今、高坂家が攻め寄せてくれば桑山城を守るのは相当難しいだろう。

影尾衆の何人かが桑山で見張っていてくれるので、いざと言う時は最速で兵を集めることが出来ると思うが、それでも守るには大きな不安がある。


「お雪様。客人です。」


不謹慎ながら葬儀の最中に違うことへ想いを馳せていた私に声がかかった。福光寺の薄い戸の向こう側に控えている十兵衛の声だ。

「客人?」と武雄が問い返すと、戸が薄く開く。

隙間から覗いてみれば頭を下げた十兵衛の向こう側に法衣をまとった男性が十名程立っている。顔や手足に包帯が目立つ者も多い。


「善徳寺の連中か。」

「はい。治療を受けていた僧兵達です。」

「私に会いに来たの?」


十兵衛はコクリと頷く。

善徳寺は早川家の所領となった。負傷した僧や僧兵は早川家と高藤家が手当を施し、動けるようになった者は一向宗の拠点へ送り出している最中だ。

何用かわからないけれど葬儀中の福光寺に招くわけにはいかないわね。

音を立てないようにそっと戸を開けて、武雄と並んで外に出ると一面の雪景色の中でお坊さん達が一斉に地面に膝を付く。


「高藤様。突然の訪問をどうかお許しください。」

「今は葬儀の最中ですのでどうかお静かに願います。」


やけに大きな声を張り上げた先頭のお坊さんを嗜める。日頃からお経を唱えているせいか、やけに声が通るのはうらやましい。

そんなお坊さんの顔を見てみるが見覚えは無い。彼は「し、失礼を。」とまた大きな声を上げ、武雄がジロリと睨む。


「で、何用だ。敵討なら受けて立つぞ。」

「滅相もございません!我らは御礼に参りました次第にございます。」


お坊さんが背筋を伸ばして私を見上げる。

両膝をついているというのに私の胸元くらいの高さがある。立ったらかなり大柄なのではないだろうか。


「我らは敵同士。にも拘わらず多くの薬を用い、衣食まで整えて頂きました。そのおかげでこうして皆、生き延びることが出来ました。この御恩、生涯忘れませぬ。」


全員が雪に額を擦りつけるようにして頭を下げる。わざわざお礼を言いに来てくれたのかしら。律儀な人ね。

善徳寺にいた負傷者は五十名程だった。その殆どは善徳寺を去ったと聞いたので、おそらく彼らが最後の一団なのだろう。

裏切りや謀略が当たり前にあるこの時代には珍しいタイプの人だと少し感心してしまった。特に一向宗は教義よりも私利私欲に走っていると武雄に言い聞かされていたから尚更。一向宗と一括りにして考えていたけど、こうした真面目な僧侶が居ることを忘れてはいけないわね。


「わざわざの御礼、ありがとうございます。願わくばもう二度と戦場で相まみえないと良いのですが。」


助けたのだから戦場に出て来ないでね、と言ったつもりだが通じなかったのだろうか。

「そ、その件についてなのですが。」と大柄なお坊さんが目線を泳がせながらこちらを伺っている。


「願わくば、我らを福光に住まわせては頂けませんでしょうか。」


何度目かの土下座で、地面の雪は額の形に凹んでいた。


・・・


葬儀を終えたばかりの福光寺の一室をお借りして、代表者による会議が始まった。

高藤家からは私と武雄。石黒党からは石黒光興さん。福光寺からは円順和尚。善徳寺のお坊さんからは声も背も大きい男性、明範(みょうはん)さん。

当初、光興さんを始め石黒党の方には席を外してもらおうと考えていたのだが、光興さん本人の願いもあって同席いただいた。念のため光興さんと明範さんの間には武雄が座っている。

明範さんは両手を着いて床板に額を擦りつけるようにして動かない。チラリと全員の視線が私に集中する。一番上座に座っているし、私が仕切るしかないのね。

姿勢を正して丸い頭に向かって声をかける。


「では改めてお伺いします。明範殿は福光に居を移したいのですか。」

「はい。拙僧を含めた十三名。善徳寺を離れてこの福光に住まわせて頂きたく。」

「それは農民として?」

「もし叶うのであれば、福光寺で奉公しとう存じます。」


今度は視線が円順和尚さんに集まる。

円順和尚は少し驚いた顔をしていたが、二三瞬きをしたのちにいつもの柔和な表情に戻った。


「善徳寺を離れると言うことがどのような仕置になるか、ご理解されていますかな。」


円順和尚の問いを受け、明範さんの眉間に皺が寄った。


「加賀を中心に多くの同門がおりました。しかし、彼らとは袂を分かちとうございます。」

「それは何故。」

「加賀のやり方に賛同出来なくなりました。武威を持っての統治は教えに反しまする。それは福光より発せられた経典にも描かれておりましょう。件の経典は一向宗の間で大きな反発を生んでおります。しかしその影で、己の行いが道から逸れているのではないか、と心に一石を投じ物にもなっておりまする。」

「加賀への反発。そして己の道を見直すために善徳寺を離れると。」


円順和尚が確認するように問うと、明範さんは力強く頷いた。


「はてさて困りましたな。お雪様や。拙僧は来るものを拒めませぬ故、このままでは彼らを受け入れてしまいますわい。止めるなら今ですぞ。」


カカと笑いながら円順和尚が私を見る。

先日まで敵対していた人たちだ、一応私の顔を立ててお伺いをしてくれているのね。

私は問題ない。だけど一人、心中穏やかではないはずの人に身体を向ける。


「光興殿。敵対していた彼らが福光に住まうこと、心穏やかでは無い事と存じます。ですが、私は敵意の無い人を追い出すような領主にはなりたくありません。どうかご承知頂けますか。」


私の問いかけに対し、光興さんは一度目を閉じてから深呼吸をし、私を見る。


「ここ福光も桑山もお雪様の地にございます。某の許しなど不要にございましょう。それに、あれは戦場でのこと。亡骸を晒したのも高坂の兵と聞いております。戦が終わり、こうして伏している者に対して恨みなどはございませぬ。」


自身の中で納得したのだろうか。私を見る眼に暗い影は無かった。


「ありがとうございます。円順和尚さん、福光での受け入れに異論はありません。和尚さんが困らないのであれば、ぜひ彼らを受け入れてあげてください。」

「かしこまりました。しかし十三名も増えるとなれば食うも座るも一苦労じゃわい。何とかせねばの。」


福光寺は便宜上お寺と呼んでいるが、実際は一間しかない小屋みたいなもの。ここに円順和尚と合わせて十四人が寝泊まりするようなスペースは無いし、決して裕福とは言えない福光寺のお財布事情を考えると食事にありつくのも一苦労だろう。

…もしかしたらここで一つ、プロジェクトを始動できるかも。


「もしよろしければ当家から二つ、仕事を請け負っては頂けませんでしょうか。」


私が手を挙げると、またも視線が集まる。


「一つ目は希望する者に対して読み書き算術を教えてもらいたいのです。今までは円順和尚にご協力頂いておりましたが、やはり見ていただく人数には限りがありました。明段殿達が教えて頂けるのであれば相応の対価もお支払いします。」


私の提案に対して、円順和尚の眼が鋭く光ったのを見逃さなかった。


「それは良いのう。明範殿、如何かな。」

「ぜひお願いいたしたく。拙僧も含め、皆読み書き算術は心得ております。」


よし!識字率を向上させれば生産性も向上する。そうすれば長期的な観点で収入も増える。はず。

出費が増えるけどこれは先行投資だから…。小さくガッツポーズをして頷いていれば、視線が集まるのを感じた。

コホンと咳払いをして居住まいを正す。


「二つ目は経典の配布です。一向宗と敵対すると言っても、全ての一向宗と敵対したいわけではありません。良心のある人、こちらの経典に賛同して頂ける人を増やしていき、平和的な解決としたいのです。」


二つ目の提案に対しても円順和尚と明範さんが頷くのが確認できた。


「かしこまりました。二点、お引き受けしましょう。」

「ありがとうございます。」


一向宗の勢いを削ぐためにも必要なこと。平和的な教えが広まってくれれば、少なくとも積極的な敵対には繋がらないと信じたい。

少しずつ物事が動くのを実感していれば、光興さんが私に向かって居住まいを正していた。

握り締めた両手を地面に着いて、光興さんが頭を下げている。


「お雪殿。某からも一つ。我ら石黒党を、高藤家の末席に加えて頂けませぬでしょうか。」


光興さんの発言の意味を理解するのに少しかかってしまった。


「それは、私の家臣になるってことですか?」

「はい。」


頭を下げたまま、光興さんが答える。

光興さんは衰退したとは言え一昔前はここら一帯を治めていた領主の生き残り。その真偽性はさておき、それだけの家格の人が高藤家のような泡沫(ほうまつ)土豪の家臣になるなんて。


「あの、私は武家と名乗るのも烏滸(おこ)がましいくらいの家柄ですし、何よりも女当主です。石黒家の惣領たるお方を迎え入れるには不相応かとも思うのですが…。」

「家柄などあって無いようなもの。家臣も、拠り所も無い浪人とお思いください。」


「でも…」と言い淀んでいると、横から武雄に小突かれる。


「お嬢、受けてやれ。男が覚悟を持って決めたんだ。受け売れるのが度量ってもんだろ。それとも受け入れるのに何か問題でもあるのか。」


問題なんて全くない。むしろありがたいくらい。

今は一人でも人材が欲しい時。光興さんはお爺さん達から相当厳しく教え込まれているようで、読み書きはもちろん所作やお作法もしっかりしている。そんな人材が来てくれるなんて両手をあげて歓迎することよ。

頭を下げ続ける光興さんの前まで進み、その手を取って顔を上げてもらう。


「ありがとうございます。そのご決断が間違いでは無かったと思って頂けるように尽力いたします。なので、光興さんも一緒に頑張ってくださいね。」


ニコリと笑いかけると、光興さんが驚いた顔をして固まっていた。

いつも閲覧頂きましてありがとうございます。

私事で恐縮ですが、育休を取得することになりましたので暫く更新が遅くなります。

二週に1度程のペースを保てればと思いますが、どうぞご容赦ください。


次回は2026年1月5日(月)18:00投稿です。


本年もありがとうございました。来年も皆様にとって素晴らしい一年でありますように!

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