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武勇伝  作者: 真田大助
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福光合戦_伍

「では始めましょう。」


上座に座るのは立派な具足を身に着けた色白の男性。下座には私と義人さんが並んで座る。

開け放たれた襖の向こう側に見えるのは荒れた庭。血と薬の匂いが残る善徳寺の一室で義人さんの声は良く通った。


「塩井殿にお越し頂けるとは驚きました。」


義人さんがにこやかに笑いかけて軽く頭を下げる。上座に座るのは神保家の家臣、塩井清元さん。神保家からの使者として善徳寺に遣わされた人。

細身で色白。眉間にある深い皺が苦労をうかがわせる。渋い顔をしながらも敵意は見られないのが幸いね。

義人さんの声掛けに対して小さくため息をつきながらも、頬を掻きながらぼやくように口を開く。


「某は善徳寺に退去を申し付けるために参ったのです。まさか既に抑えられているとは露とも知らず。」

「左様にございましたか。確かに、まさかこれだけの

ここにおります高藤殿が善徳寺の隙を突いて攻められました。福光、桑山、善徳寺。寡兵にも関わらず目覚ましい活躍にございました。某が後詰として善徳寺に入った時には既に話はまとまっている手際の良さ。いやはや、感服いたします。」


義人さんが笑いながら私に向かって軽く頭を下げるが、それを聞く塩井さんは渋い顔のままだ。

私に華を持たせようとしてくれているようだけれど、実際の所は少し異なる。

善徳寺を襲撃した武雄達は概ね善徳寺の全域を占拠した。しかし住職の実円さんが退去に対して首を縦に振らなかった。恐らく善徳寺の僧兵が戻ってくるまでの時間稼ぎだったのだろう。しかし善徳寺の兵が戻るよりも早く、早川勢が善徳寺に押し寄せた。義人さんとしては福光は高藤家に預け、善徳寺は自分が抑えるつもりだったらしい。

実円さんは数十人の武雄達だけならまだしも、百を超える早川勢を抑えることは不可能と悟ったのだろう。動けない負傷兵を善徳寺で預かることを条件に退去に応じ、日が昇る前に多くの負傷兵を連れて城端方面へと去って行った。


「して、善徳寺と高坂の兵はいずこへ行かれたのでしょう。」


義人さんが問いかけると、塩井さんが渋い顔のまま口を開く。


「善徳寺と高坂の兵は木舟石黒の領地を荒らしておりました。先の戦では木舟石黒家は後れを取りました故、高坂の連中はこの機に乗じて一気に土地を奪おうとでも考えたのでしょう。しかしそれも神保家によって追い払われ、高坂城目指して逃げ落ちていきました。」

「左様でございましたか。どうりで福光も善徳寺も手薄なわけです。」


ハハハと笑う義人さんだが、塩井さんとしては面白くないでしょうね。

塩井さんは「退去を伝えに来た。」と言った。つまりは善徳寺を攻める準備が済んでいたと言うことだろう。木舟石黒家の領内に入り込んだ高坂勢と善徳寺の僧兵を討ち払い、勢いそのままに善徳寺を占拠。そのまま福光と桑山まで奪還する計画だったのかしら。

お福さんから聞いた話しとは少し違うけれど、高坂勢も善徳寺勢も退いたのなら結果オーライね。情報網の構築は優先課題として覚えておきましょう。

私が少し先のことを考えていれば、義人さんが両手を板の間について頭を下げていた。


「善徳寺はしかと守ります故、どうがご安心ください。」

「あいや、しかし早川殿。桑山、福光、善徳寺となれば広大な土地になります。それを高藤殿が治められますかな。」


塩井さんが腕組みをして私を見る。疑っているというより侮っている眼だ。


「三ヶ所を迅速に抑えた手腕でも足りませんか。」

「攻めると守るは異なります。それに守るには兵が必要にございましょう。」


義人さんが食い下がってくれるが塩井さんの意見も一理ある。私の動員できる兵は三十からどんなに頑張っても五十を超える程度。影尾衆を合わせてようやく八十だけれど、常に八十の兵を動員することは出来ない。殆どの兵の本職は農民なので基本的には農作業をしてもらうため、常に守りについてもらうは現実的ではない。

だけどせっかく得た土地だ。ここで神保家に渡すなんてもったいない。


「塩井殿のおっしゃる通りにございます。当家の兵だけでは要所を守るには些か以上に兵が足りません。」


わざとらしくしおらしい振舞いをすれば塩井さんはフンと鼻息を荒くして肩を揺らす。


「ですので、善徳寺は早川殿にお守り頂きたいと存じます。善徳寺攻めの後詰を担って頂いた早川殿でしたら十分に治める資格も力もお持ちのはず。」

「…しかし高藤殿、当家は一人の兵も失っておりません。高藤家には幾人も怪我人が出たと聞いております。血を流していない当家が受け取るのは…。」


義人さんが少し考えてから乗って来た。

心配するように私の顔を伺い、困り顔を見せる。確かに善徳寺は薬の匂いが充満している。が、その発生源の殆どは善徳寺の僧兵。影尾衆を始め、私の兵で重傷者はいない。

そんな詳細を知らない塩井さんはまたも渋い顔をする。多大な犠牲を払って得た土地を横から掠め取ろうとすれば大きな反発がある。それをよくわかっているのだろう。


「今も多くの者がこの善徳寺で横たわっております。彼らが動けるようになるまで、当家の者が出入りすることをお許しいただけるのであれば善徳寺をお譲りしましょう。」


嘘は言っていない。

事実、実円さんとの約束もあるので当面は手当のために通うつもりだったのだから。

善徳寺を神保家か木舟石黒家に取られるのを避けたい私の意図を汲んでくれたのか、義人さんは塩井さんばりの渋い顔をしつつも頷いてくれた。この人もなかなかの役者ね。


「かしこまりました。無論、怪我が治るまでこちらで休まれることに何の問題もございません。塩井殿、申し訳ございませんが先の話しから些か変わりがありました。福光と桑山は高藤家が。善徳寺は当家が入る事といたします。」


決定事項として義人さんが伝えるが、塩井さんは額に汗を浮かべながら手を前に出している。


「あいや待たれよ。桑山、善徳寺はよくとも、福光は木舟石黒家へお返し頂きたい。」

「はて。それは何故にございましょう。」

「何故とは…福光はもとより木舟石黒家が所領。一向宗を払ったとあれば元の持ち主に戻すが常にござろう。」

「塩井殿。ではなぜ、木舟石黒家は善徳寺を打ち破り、福光へ参らなかったのでしょうか。」


義人さんが姿勢を正す。


「一所懸命の志があらば、誰よりも早く福光を救うべく参陣すべきでした。善徳寺が立ちふさがるのであれば、先触れを出して福光攻めの兵を募るべきでした。それもせず、あげく善徳寺に負けて逃げる武家が人の功を横から掠め取ろうとする。それが塩井殿のおっしゃる世の常にございましょうか。」


凛とした表情で義人さんが言い放つと、塩井さんの汗の量がどんどん増えていく。

ツッコミどころは多々あるが、こうも堂々と言い放つと完璧な正論のように感じてしまうのは不思議なものね。

サポートに回りたいところだが、女の私が口を出すと余計な反感を買いかねない。しおらしく俯いているのが一番と思って口を閉じる。上目使いで塩井さんを見ていれば、二三回口をパクパクさせた後、諦めたように手を下ろした。


「わかりました。某から殿と木舟石黒家へはお伝えしますが、何か申し立てがあれば直接当人同士でお話しくだされ。」

「お心遣い、痛み入ります。」


私が深々と頭を下げるとわざとらしく大きなため息が響く。

その後はいくつか細かい取り決めをして塩井さんは帰って行った。長い背中が丸まっているのは元からだろうか。それともこれから起きる面倒を想像して落ち込んでいるのだろうか。どちらにせよ、この戦の勝者は私だ。過程はどうであれ最終的に三つの土地を抑えた功は早川家によって裏付けられている。これを覆して好き勝手するのは悪手だろう。手柄を挙げた人の土地を横取りするなんてことが広まれば、誰も神保家に協力をしなくなる。


塩井さんの背中が豆粒くらいの大きさになってからようやく、義人さんに向かって頭を下げた。


「此度の件、何から何までありがとうございます。」

「何をおっしゃいますか。お礼を言うのは私の方です。犠牲も払わずに善徳寺を頂いてしまいました。」

「早川家の後詰が善徳寺陥落の決め手であったのは事実です。どうかお受け取りください。」


それに善徳寺に早川家が入ってくれれば福光の領土紛争が起きた時に(物理的にも)間に入ってくれるだろう、なんて打算的な考えもあることだし。


「これからどうされますか。」


義人さんが小声で呟く。


「まずは城端の荒木家に挨拶へ伺います。刃を交えることを避けるためにも落としどころを探します。」

「高坂家にはどう対処されますか。」

「桑山を拠点に守りを固めます。もし敵襲あらばご助力を求めてしまうかもしれませんが。」


申し訳なさそうに聞くと、義人さんの口角は上がっていた。


「お気になさらず。我らとしても高坂家が大きくなるのは避けたいところ。神保家の動き次第ではあれど、桑山を軸に敵陣を奪ってまいりましょう。」


にこやかにほほ笑むこの人は、高藤家の動きをどう思っているのだろう。

まだ味方と思ってくれているだろうか。これだけ利用しておいて虫のいい話かもしれないけれど、早川家や荒木家とは仲良くしたい。


「福光はどうでしたか。」

「思っていたより損害は軽微でした。荷は持っていかれましたが、家屋に大きな被害はありませんでした。福光寺の円順和尚も福光屋の徳右衛門殿、お福殿もご無事です。」

「それは良かった。皆、高藤家に感謝しておりましょう。」


さて、それはどうだろう。結局、福光村の村長は助からなかった。武雄が村長の家に駆け付けた時には既にこと切れていたらしい。身体には痛めつけられた痕もあったと聞いた。

息子の弥一さんとは出陣前から会えていない。父を失った怒り、怨みは一向宗に向くのか、それとも武家である私達に向くのかわからない。


「福光を盗られたと木舟石黒家から使いが来るやもしれません。その時は同席させてください。」

「ありがとうございます。心強いです。文句を言って来たら『神保家からお墨付きをもらった』とでも言ってあげましょう。」

「それは良い案です。神保家と木舟石黒家が割れてくれれば動きやすくなります。」


ビュウと冷たい風が抜ける。

それでも思わず笑みがこぼれるくらい、この合戦で得たものは大きかった。


・・・


「この腑抜けが!」


投げつけられた肘置きが下げた頭に当たり、音を立てて転がる。

某は「申し訳ございませぬ!」と大声を上げて伏せ続けるしかない。生温い液体が数滴、床に滴る。どこか他人事のように思ってしまう程には慣れた事だ。

視界の端に映る殿は仁王立ちのまま息を荒げておられる。某の左に座る小島殿も、右に座る寺島殿もそれを止めるようなことはしない。

遠巻きに見ている小姓は尚の事だ。


「善徳寺の坊主共を野戦に誘い出して打ち払ったのは我ら神保家ぞ!むざむざと善徳寺を奪われて何とするか!」

「申し訳ございませぬ。殿の見事な策を某が無下にしてしまいました。どうか、どうかご容赦を。」

「塩井清元。お主、儂のことを見くびってはおるまいな。」

「そのようなことは決してございませぬ!神保家をこれだけの大きさへしたのは神保慶宗(よしむね)様にございます。それを見くびるなど…。」


某が言い終わらない内に殿はドカリと上座に座られる。

癇癪(かんしゃく)を起された時は伏せるに限る。穏やかな時はとことん穏やかだと言うのに、どうしてこうも起伏があられるのか。今の姿を連歌師が見たら一目散に都へと逃げてしまうだろう。現実から目を背けるようにそんなことを考えていれば、殿は一つ大きなため息をついて口を開かれた。


「小島。如何する。」


殿が不貞腐れたように足を放り出して問いかけたのは小島職家(もといえ)殿。策謀に優れた御仁で神保家を支える重臣。


「早川殿の言い分も僅かなれど理がございます。ここで殿が善徳寺を召し上げれば神保家に従う諸将は不安に思いましょう。『殿は戦で得た所領を掠め取られうのか』と。」


殿の顔が赤くなっていく。次に飛んで来るのは懐に仕舞われた扇子だろうか。つい身構えてしまう自分が情けない。


「故に、ここは寛大な心を見せるのです。早川家の言い分を飲み、益々の活躍を期待すると文を送るのです。」

「小島殿。某は反対じゃ。そのような事をすればつけ上がるであろう。ここは殿の武威を見せる時ぞ。」


ドンと床を叩いたのは寺島盛信(もりのぶ)殿。こちらは武勇に優れた御仁で、今でも戦とならば前線に飛び出していかれる困った御仁。だがその腕は確かで、一族が競って敵を討ち取る様子は恐ろしいの一言に尽きる。

小島殿と寺島殿。反目する事が多いお二人だが、両家とも長く神保家に仕えており、殿の信も厚い。


「つけ上がらせるのですよ寺島殿。そして、次の戦で一向宗にあてがい、勢いを削るのです。」

「…なるほど。桑山の西は高坂。ここを早川に攻めさせるか。」


殿が唸ると、小島殿が殿へと向き直って頭を下げられる。


「は。北からは木舟石黒家に。東から早川家に。神保家はその後詰を。一向宗との戦で疲弊したところを次は神保家が止めを刺しましょう。両家の力を削ぎ、尚且つ高坂の地を得られます。」


そう上手くいくだろうか。いや、早川家は上手くやった。身代の大きい神保家が出来ない通りはあるまい。

高坂は加賀との国境に繋がる重要な拠点でもあり、製鉄の地でもある。ここを抑えるのは大きな力となることは明白である。


「よかろう。其方の策で進める。塩井、文は適当に仕立てておけ。」

「は。」


某が頭を下げるのを見向きもせず、殿はドカドカと去って行かれる。

残された寺島殿と小島殿が諍いを始める前に、某も早々にその場を下がった。

神保家の重臣、寺島家と小島家については一次資料が少ないので妄想が捗ります。

次回は12月23日(火)18:00投稿予定です。

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