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武勇伝  作者: 真田大助
107/111

福光合戦_肆

田畑に囲まれた細道を一列になって武装した坊主達が駆けてくる。その様子を見た農民達は揉め事に巻き込まれまいと我先に家に飛び込んで戸を閉めた。

一気に人気の無くなった村の中で立っているのは俺達三人だけ。足を止めた俺達を見て先頭を走る坊主がニヤリと笑うのが見えた。


「観念したか無法者共め。我らを愚弄して無事に帰れると思うでないぞ。」


邪悪な笑顔を浮かべた若い坊主が叫び、それに同調するように後続の坊主共も声を荒げて村に駆け込んでくる。

間抜けめ。無事に帰れないのはそっちだっつーの。

最後尾の坊主が村の敷地内に入ったのと同時に、村中から鬨の声があがった。


「な、何事か!」


先頭を走っていた若い坊主が足を止めると後続が止まり切れずにぶつかり、折り重なるようにして倒れ込んでいく。あーあ、また転んじまって。真新しい鎧が泥まみれだ。

俺のため息なんて気に掛けず、民家の影から武装した兵が次々と飛び出して来ては一団を囲むように布陣していく。その数は五十。武装こそ貧弱だが、全員が覚悟の決まった顔つきをしていた。


「遅かったじゃない。」

「コイツらの体力不足だ。もう少し鍛えないとな。」


いつもと同じ薄桃色の小袖に深い藍色の袴を履いたお嬢がゆっくり出てくると、十兵衛と清隆が少し悔しそうな表情をする。

囲まれた坊主共は団子のように固まっているものの、こちらに敵対的な姿勢を崩さない。が、その表情には怯えと焦りが浮かんでいる。罠にハマったことは分かっているようだな。

武装した兵をかき分けるようにしてお嬢が一歩前に出ると坊主共からは怨嗟の眼差しが向けられる。が、お嬢は腰に手を当ててニコリと笑い返すだけの余裕を見せた。


「さてと。ここは早川家の領土よ。先の話しでは福光から先に兵は進まぬと聞いていましたが、聞き間違いでしたか。」


お嬢が問いかけると、一段は怒りとも侮蔑とも取れる表情でお嬢を見る。


「不審な者がいたので追ったまで。福光で起きたことに口出ししないで頂こう。」

「そうはいきません。なぜならここは早川領。福光ではありません。」

「ふん、女子が詭弁を弄して戦の真似事とは世も末よ。」


今度は高藤勢が殺気立つ。

囲まれた坊主共は対抗するように武器を構えるが多勢に無勢であることは明らかだ。


「武器を置きなさい。ここから去るのであれば命までは取りません。」

「従わなければ何とする。」

「力による解決を試みます。」


毅然としたお嬢の態度に対して反射的に牙を剥いた若い坊主だったが、振るわれた刃はいとも容易く弾かれる。

制圧までは一瞬だった。


・・・


「討ち取った者は十一名。捕縛した者が十名。こちらに手傷を負った者はいません。」


サイズの合わない籠手に苦戦しながら本間千早が淡々と報告してくれる。若いお坊さんが薙刀を振りかざした時はドキッとしたけど、さすが武雄。一瞬でその刃を弾き返してくれた。それでも抵抗した人は残念だったけれど、半数は生きたまま投降してくれたのだ。良しとしよう。

捕縛された人は太刀や防具を取られ、後ろ手に縛られて項垂れているが、ここでゆっくりしてもらう時間は無い。


「武雄。彼らを福光へ送ってあげて。相手にこの文を渡すのを忘れずにね。お爺様、兵に武具の手配を。」


私の指示に「おう。」と短く答えた武雄は、錦之助と弥五郎を連れて縄で繋がれた十一人を立たせて福光目掛けて歩き出す。

「防具が無い者は急ぎ身に付けよ。陽が落ちれば出立じゃぞ。」とお爺様が徴収した防具を兵に配る。


彼らの武具は私達の武器になる。流石に着物は身に着けないけれど、防具一式はそのまま福光から逃げて来た人たちに装備してもらった。

内心、敵の防具を身に着けるなんて嫌かもしれないが、代表の弥一さんが淡々と身に着けているし、他の人からの不平不満も聞こえてこない。案外、こういったことは常に行われているのかしら。

それにしても僧兵が身に着けていた防具はやけに立派ね。福光屋さんで買ったものより高そうな気が…。


「快勝でしたね。」


そんなことを考えていれば、いつのまにか尋ね人が来ていたようだ。涼やかな声の方へと振り返れば、小具足姿の早川義人さんが困ったように笑いながら立っていた。


「えぇ。これも早川殿がお風邪をひいてくださったおかげです。」

「構いません。当家としても福光を一向宗派に抑えられるのは痛手です。」


早川家は高坂家と休戦状態にある。そんな中、配下の高藤家に対して高坂家がちょっかいを出した。それが原因で暴発した高藤勢が福光を落とす。尚、これを止めるべき早川家のご当主様はお風邪をひかれて寝込んでいる。そんなシナリオを伝えたところ、彼は快く承諾してくれた。

利害は一致している。支援が無くても私達が早川家から攻められなければ上々なのだから。

そんな風に考えていれば、いつの間にか険しい表情と化していた義人さんと視線が交わった。


「しかし、勝てますか。」


敵の数は多い。福光を占領しても善徳寺からの援軍が来れば劣勢となるのは明らかだ。影尾衆の野介さんも心配していたが、やはり勝機は薄いのかもしれない。

でも大丈夫。高藤家には影尾衆もいる。福光の兵も加わった。それに武雄もいる。


「既に影尾衆が山沿いを進んでいます。彼らが桑山を抑えて、福光を挟撃できれば必ず。」


自分を安心させるように思いっきり笑って答える。

いま福光に残る善徳寺勢は恐らく五十程度。これなら私達だけでも制圧できるだろう。問題は善徳寺からの援軍だ。少なくとも百、多ければ二百を超える兵が来るはず。

だから私達は、あえて時間をおいて福光を攻めることにした。


「敵を福光にまとめてしまい、一挙に挟撃すると。」

「はい。福光は守りに向いていません。夜陰に紛れて戦えば敵は混乱するはずです。」


夕陽が沈むまであと三時間程だろうか。武雄が福光へ捕虜を送ってから戻るまでには十分な時間。そしてこの三時間は善徳寺に準備をする時間を与えることにもなる。


「高坂城へ向けて使者が立つやも。」

「使者は桑山を通るはずですから、全て影尾衆が仕留めます。それを知らない善徳寺は夜戦の最中、桑山から兵が押し出してくれば『高坂勢の援軍が来た』と思うでしょう。」

「だが寄せてくるのは山の民。」

「そうです。味方と思った兵から襲われれば混乱に陥ります。」


義人さんは目を瞑ったままうんうんと頷く。


「お雪、支度が整った。福光の手前まで進むが良いかの。」


振り返ればお爺様が兵を従えて待っていた。身に着けている防具の質はバラバラ。持っている武器も、構える姿勢も揃っていない。それでも皆の眼は燃えている。中でも福光から来た一団は特に。


「お気をつけて。」

「ありがとうございます。勝手な行動、どうかご容赦ください。」


軽く頭を下げると、義人さんが少し笑っていた。


「どうかなさいましたか。」

「いえ。どうせここまで来たのです。私も一つ乗らせて頂けませんか。」


いつも柔和な笑顔のこの人も、根っこは武士なのね。いつのまにかその眼は私の部下達よりも燃えていた。


「勿論です。ですが、桑山と福光は頂きますよ。」

「えぇ。我らは次の一手を貰います。」


それだけ言うと義人さんは踵を返して去って行く。

桑山と福光が抑えられれば今回の目的は達成される。その口約束がもらえただけで十分だろう。ガシャガシャと鉄の擦れる音を響かせて歩き出す。

あの様子ならきっと後詰を出してくれる。もしかしたら逃げる善徳寺を追うつもりなのかもしれない。


ううん、取らぬ狸のなんとやら。

まずは福光で勝つことが大事。


パチンと自分の頬を叩いて気合を入れなおす。


血で汚れた道を見ても、以前より不快感を覚えていない自分がいた。


・・・


「凄い。」と誰かが呟いた。

私もそう思う。獅子奮迅、一騎当千。大げさかもしれないけれど、そんな表現が思い浮かぶほどに、武雄は群を抜いた強さだった。


夜陰に紛れての福光強襲は大成功だ。守りを固めつつある福光に一気に襲いかかり、集まっていた兵は混乱に陥った。正確な数は分からないが、お爺様曰く百はいるそうだ。敵は数に物をいわせて攻め寄せるのかと思いきや、悲鳴や罵声が響くだけで効果的な反撃は殆どない。オマケに桑山からの影尾衆による挟撃。篝火に集まる善徳寺兵は矢に射られ、灯りから離れた兵は夜陰に潜む兵に首を掻かれる。右往左往としていれば武雄の声で「高坂が裏切ったぞ!」と響く。それに呼応するように「裏切りだ!」と絶叫が連鎖し、戦場の空気が変わっていく。


同じ時代を生きていたはずなのに、どうしてこうも違うのだろう。

時折、篝火の灯りに照らされる武雄を目で追いながらつい考えてしまう。


「お雪様、武雄様のような戦い方を求められるのは些か困ります。」

「あ、あれだけの武功を挙げるにはもう少し時を頂きたく思います。」


青い顔をした清隆と十兵衛が槍を握りしめて呟く。

そうよね、やっぱり武雄が少し変なのよね。いけないいけない。自分の長所を伸ばして活かすのが私の方針なんだから。


「大丈夫よ。今すぐ武雄みたいになってほしいなんて思っていないわ。まずは戦に慣れて着実に、一緒に成長していきましょう。」


偉そうなことを言っているが、私だって戦に慣れていないのだから。

私を守るように布陣している八人の小姓と香上村の人たちはジリジリと福光村の中央、福光寺へと進んでいく。

剣戟の音は遠ざかっていき、あちこちから歓声が聞こえた。


「お嬢!勝ったぞ!」

「大勝ですなぁ!」


血まみれでニコニコ笑顔の武雄と真っ赤に染まった毛皮を纏った野介さんが現れて、あっけなく戦が終わったことを実感した。


「もう終わったの?」

「おう。全員まとめて善徳寺方面に逃げていった。爺さんが追撃を切り上げて備えている。」

「高坂方面はまだ動きがありませんが、明日には勘づきましょうな。桑山で守るならちと兵が足らんで。」


「だけんど…」「なぁ」と野介さんと武雄が首をかしげている。


「お雪様、あまりにも一向宗の戦意が低いで。桑山に残っていた兵なんぞ十人もおらなんだで。」

「桑山に十、福光にいたのも百ってとこだ。しかも善徳寺から援軍が来る気配もない。」


想定では高坂勢が指揮を取って福光を守っていると思っていたのだが、そうではない様子だ。それに福光にももっと多くの善徳寺勢が入っていると思っていたのに。

これは好機なのだろうか。


「仮に高坂勢が本拠に戻っているなら、明日には桑山の奪還に動くわよね。」

「そうだな。恐らく明日の昼には桑山を奪われたことに気が付くだろう。早ければ夕方には一戦起きる。」


時間はあまりなさそうね。高藤勢を桑山に入れて防備を固めて、福光には早川家に守ってもらうようにお願いしましょう。

私が指示を出そうとすると、その口は武雄によって制された。


「お嬢。もうちょい動かせてくれ。善徳寺をつついてみたい。」


それは善徳寺を攻めるってことかしら。

善徳寺は小高い丘の上にあるお寺で立派な門を構えていた。境内も広かったし、あそこを少人数で攻め落とせる様子は想像できない。百を超える僧兵が守りを固めているなら尚更に。

不安げな私の様子を察したのか、武雄がグイと前に出て来た。


「心配すんな、ちょいとつつくだけだ。寺に大量の坊主がいるようならさっさと逃げてくる。」

「お寺を守る兵が少ない時は?」

「攻める。福光よりも善徳寺の方が守りやすいからな。西は桑山、北は善徳寺を最前線に防衛線を構築する。東は荒木家だ。あの大男なら時間稼ぎ位は応じてくれるだろう。」


二頭を追う者は一頭を得ず。なんてことわざが頭をよぎる。だけど最前線に立って戦った武雄の感覚は信頼したい。それに、勝っているこの勢いを活かせば戦果を拡大できるかもしれない。

一つ大きな深呼吸をしてから武雄に向き合う。


「わかったわ。野介さん、一緒についてもらえますか。」

「もちろんだで。」

「ありがとうございます。十兵衛、清隆。二人は武雄に付いて善徳寺へ。錦之助と弥五郎はお爺様と香上村の兵に付いて桑山で守りを固めて。残りは福光で守りを固めます。千早はお爺様に、雪丸は早川殿に伝令に走って今の話しを伝えて頂戴。」


「はい!」と若い声が元気よく響く。

福光に焚かれた篝火は勢いよく燃え上がっていた。


・・・


「境内は負傷兵で溢れてますで。まともに動ける兵の方が少ねぇ。たぶん二十もおらん。」

「負傷しているのは福光から退いて来た連中か。」


善徳寺の正門へと続く石段の下、木の陰に隠れて二十名程の影尾衆が身を潜める。石段の上にある門は閉ざされているが、篝火が煌々と焚かれている。

鷹丸の報告からすると、今の善徳寺にはまともな兵力は残っていない。本来であれば三百を超える僧兵を抱えていたはずだ。福光にいたであろう百を差し引いても、二百近い僧兵が行方不明ということになる。

ここから推察出来ることは二つ。他の一向宗に合流するために移動したか、木舟石黒家などの武家勢力を攻めるために移動したか。とにかく善徳寺から出払っているのは事実だ。

善徳寺や高坂勢としても、こんなに早く福光と桑山に攻めかかるなんて思っていなかったのだろう。一時的とは言え和平を結んだ内に東か北を抑えて福光一帯の支配を確かなものにしようと動いているのかもしれない。


「もう福光が獲られたって使者は走っているだろうな。」

「恐らくは。」


鷹丸が悔しそうに顔を顰める。責めてるわけじゃないんだからそんな顔しないでくれ。

桑山を超えようとする善徳寺の使者は悉く桑山で討たれたと聞いた。桑山城を落とした上に連絡網も遮断した。これだけで十分過ぎる活躍だ。

高坂からの援軍は来ない。善徳寺に残る兵も少ない。だとしたら。


「善徳寺を抑えよう。」


福光を守るためにも桑山と善徳寺を抑えたい。善徳寺を抑えると木舟石黒家と領地を接することになるが仕方ない。獲れる領地は獲っておくに限る。

俺の問いかけに野介以下、影尾衆が頷く。鷹丸が動いたのを合図に数人が音もなく石段を駆けあがっていくのが見えた。まるで忍者だ。


「逃げる奴、降伏する奴は放っておけ。歯向かう連中だけ斬れば良い。敵の大将が居たら教えてくれ。話をつける。」


小太刀を抜き放って指示を出すと、香上村の連中とは違う、低く荒い返事が返ってくる。

ワッと正門から声が上がったのと門扉が開いたのは同時だった。俺達が駆け出したのを見て先に潜入していた影尾衆が門を開け放ってくれた。

一気石段を駆けあがるが正門をくぐったのは十番目。影尾衆の連中はどいつも足が速すぎる。俺の活躍が霞むだろうが。

門を超えれば既にいくつかの真新しい骸が転がっている。戸をけ破り、影尾衆が建物へと乱入していくが、それを止める兵は少ない。中には武器を捨てて平服している僧もいるくらいだ。勝敗ははなから決まっていたようなものだ。


「いたぞ!大将だ!」


野太い声が奥から響く。駆けつければ二人の若い僧兵が盾になるように太刀を構えている。

その背後にいるのは寝巻で咳込む老僧が一人。


「高藤家が家臣、出倉武雄だ。テメェが大将か。」

「善徳寺の実円と申します。何分突然の来訪故、このような姿であることはご容赦頂きたい。」


ゲホゲホと咳込みながら老僧が答える。


「おう。夜分に悪いな。体調も良く無さそうだし、単刀直入にいこうや。」


武器を構える野介達の前に出てドカリと座る。

実円の前に立つ二人の太刀が俺の方に向くが、その切先は震えている。


「善徳寺は高藤家が預かる。反対する連中は即刻出てもらいたい。動けない者はこちらで預かろう。」

「ほう。それは随分と大言壮語なお話しにございますな。この善徳寺を支配するだけの兵をお連れにはとても見えませんが。」


ジロリを実円が俺を睨む。こちらの兵数が少ないこと強調しているが、それはそっちも同じだろう。

いくら寺が広くても守る兵がいなければ、むしろ無防備と言われる状態になる。しかし今更退くことは出来ないのか、爺さんは胸元を握り締めながら「それに。」と言葉を続ける。


「高藤家と言えば以前お越しになられたお雪様の家にございましょう。それほど多くの兵を集められる身代とは聞いておりませんなぁ。」


わざとらしく首をかしげる爺さん。そうか、前にお嬢が会って話したのはこの爺さんだったのか。

ふと、門の前で喧嘩になった若い坊主の事を思い出す。


「そう言えば生意気坊主はどうした。これだけ寺を荒らされているのに随分と静かじゃねぇか。」

「あれは…出払っておりましてな。もうしばらくすれば戻りますぞ。お待ちになられますか。」


あぁ、そうか。

ハッタリかどうか見抜けないが、少なくとも福光が落ちた件については知らせが走っているだろう。どこに出払っているか知らんが、善徳寺の僧兵が戻ってくることは十分に考えられる。


「悪いが俺は短気でな。待つのは性に合わねぇんだ。会いたくなったら俺から出向くよ。」


こうして時間稼ぎに付き合う義理もない。

よいしょ、と立ち上がって埃を払う。


「それじゃ爺さん、答えを聞かせてくれ。ここから去るか、この世から去るか。」


抜き身の小太刀を握った俺を見る眼は、およそ僧には似つかない怨嗟の篭った眼だった。

次回は12月18日(木)18:00投稿予定です。

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