福光合戦_参
「ようやっと静かになったのですがなぁ。」
「そう言うな宗吉。俺達を頼りに来てるんだ、無下には出来ないだろ。」
香上村の村長、宗吉がぼやく視線の先には、着の身着のままの人たちが香上村の入口に座り込んでいる。数はざっと五十は超えるだろうか。
福光合戦から三日。具足を片付ける間もなく福光逃げ出した民が駆け込んで来た。元々住んでいる人が少なかった福光からこれだけの人数が逃げ出してきたようじゃ、福光に残っている人の方が少ないだろう。
その中で一人、やけに鋭い目つきをした若者が一団の先頭で跪いてお嬢を見上げている。あの男が一団の代表のようだ。
「福光村の長、福右衛門が一子。弥一と申します。我ら一同、高藤様にお助け頂きたく参りました。」
浅黒く日焼けした男、弥一は頭を下げる。年齢は三十代くらいか。汚れた格好をしているが言葉使いが丁寧でそれなりの教育を受けていたことが伺える。
お嬢は爺さんと十兵衛、清隆を連れてそれに対している。
「高藤家当主、高藤雪です。いきなり聞いてしまって悪いけれど、どうして高藤家を頼って来たのかしら。」
福光村から香上村までの間にはいくつか村がある。それらを素通りしてこれだけの人数が来たのだ。何かしらの目的があるのだろう。
弥一と名乗った男は顔を上げてお嬢を真っ直ぐにとらえている。
「父から何かあれば高藤様を頼るようにと言われました。それに、福光屋の方々からも頼るなら高藤様だと。」
「お父君と福光屋の方々はどうしましたか。」
お嬢が聞くと、弥一は頭を下げる。
「福光屋の方々は店に残られております。荷を奪われたと嘆いておられましたが、無体な扱いは受けていないかと。父は、我らを逃したとして高坂家に捕縛されておりましょう。」
「どうして父君を置いて福光から逃げ出したの。」
「…父の命です。」
弥一の握られた拳が地面を擦る。
「家財一式のみならず、我らは全て奪われました。連中は我らに加賀へ移り住むように命じたのです。福光は棄てると、そう言い放ったのです。たとえ荒廃していても、かつての賑わいがなくても、福光は我らの父祖が育んだ土地。それを何の慈悲も無く棄てろと言われても到底従えませぬ。無論、父も同じ気持ちでした。しかし今騒ぎを起こせば撫で斬りにされると諭し、賛同する者を連れてここから逃げよと。」
一向宗からしたら福光は守りにくい。だがせっかく得た労働力は使いたい。だから加賀へ移住させようって算段か。着の身着のままの様子を見る限り、弥一の話しは信憑性が高いだろう。
それに親父さんの判断も的確だ。たった数十人が蜂起したところで全滅するのは目に見えている。それで喜ぶ者はいない。それなら一時的に逃がして奪い返せってことだな。
「それで、私の庇護下に入ってどうするの?一向宗に反旗を翻すつもり?」
「はい。高藤様は一向宗と敵対すると伺いました。我らは必ずや力になります。」
お嬢は暫く腕組みをして考えている様子だったが、少し離れた場所で伺っていた俺と宗吉を手招きして呼び立てる。
「弥一さん、戦える人は何人いますか。」
「二十程。」
「武雄、どう思う?」
「武器は多少在庫がある。問題は防具の方だな。」
お嬢の近くに立って答える。この連中を兵として仕立てられるかについては、質に目を瞑れば武器はある。だが防具はそうはいかない。二十人分を追加するとなれば蔵の奥底にしまい込んだボロを引っ張ってきて何とか足りるかどうかだ。本当なら福光屋に依頼して仕入れたいところだが連絡を取るのは難しいだろう。
と言うか、お嬢はこの連中を連れて福光を奪還するつもりか?
「わかったわ。それはこの後考えましょう。宗吉さん。彼らに一時的な家と食事を用意してもらえるかしら。」
「へい。幸いにも越後からの流民はほとんどが三又村に移動しましたもんで。仮屋でよければ空いていますよ。」
「ありがとう。弥一さん、まずは宗吉さんに付いて皆に休息を与えてください。これからのことは追って指示します。」
「この御恩、生涯忘れません。福光の先陣はどうか我らにお任せを。」
地面に頭を擦りつけながら礼を言う弥一に、お嬢が肩に手を置いて励ます。
なんだか福光攻めの方向で話が進みそうだな。弥一も親父さんのことを思えば早々に攻め入って助けたいはずだ。しかしそれは早川家と一向宗、高坂家の間で結ばれた休戦協定を早々に破ることになる。そうなったら方々から睨まれちまうが…。
そんなことを考えていれば、後ろから名前を呼ばれる。振り返ってみれば、そこに居たのは影尾衆の鷹丸だった。
「頭からの知らせです。」
毛皮を纏った男の低い声は俺以外には届かなかったようで、鷹丸を見る人はいない。
「何があった。」
「桑山から三人助け出した。三又村に匿っておりますで、急ぎ薬を持って来てほしいと。」
何を言っているのか理解する前に、鷹丸は逃げるように駆け出してしまった。
・・・
「よくぞ、よくぞご無事で。」
お嬢がポロポロと涙を流して光興の手を取っている。
まだ夕方だというのに、谷底にある三又村は既に灯り無しでは歩けない程の暗さだった。
小さな民家、硬い床板の上に寝かされているのは三人。石黒党の党首、石黒光興。若手の今見吉次と立山頼道。いずれも荒い呼吸をしているが、野介曰く山場は超えたらしい。
「いんやぁ時瀬様の薬はよう効くで。血が止まったから良かったものの、三人とも随分と危なかったでよ。」
「野介、ありがとうな。」
「気にしなさんな。石黒家の方々には随分と助けてもらったでな。全員を助けることが出来なかったのが残念でさぁ。」
野介が眉間に皺を寄せて唸る。
聞けば高坂勢の侵攻を察した影尾衆は石黒党に伝えようと桑山に向かったらしい。が、すでに逃げ道となる福光へ通じる道は善徳寺勢に封じられ、高坂城方面も抑えられてしまっていた。それでも影尾衆の助けがあれば逃げる道もあったのだが、石黒党の全員が逃げることを拒み、戦に身を投じたと。
結果は始まる前から明らかたっだ。多勢に無勢。あっという間に追い込まれ、廃屋と化していた本丸に火をかけられた。
「焼け落ちた木材が頭に当たりましてな。光興様は気絶してしまったんですわ。そしたら爺様方が『殿を逃がしてくれ。』って頭を下げられて。」
「何とか連れ出したってことか。」
「へい。同じく傷の深かったお二人も背負い、山中を逃げてきましたで。」
「お爺さん達はどうなったの。」
お嬢が聞くと、野介は鷹丸の方を見た。暗い部屋の片隅に座っている鷹丸は嫌そうな顔をしたが、お嬢を見ないようにしながら呟く。
「福光で首を晒されてましたよ。でも翌朝には福光寺の和尚が骸諸共焼いちまったようで。随分と一向宗に叱られてましたわ。」
「そう。」と言うお嬢の呟きとため息の中、くぐもった声が耳に届いた。
「連中を、許す、わけには参りません。」
荒い呼吸をしながら光興が目を開いて呟く。
無骨で表情豊かとはいえない光興だが、その眼には強い意志が宿っているのが見えた。
「今見、稲垣、蓮見、笹岡、伊部、木原、村井。老いて尚、私に仕えてくれた、忠臣に、報いるためにも。」
「光興殿。無理をしてはいけません。」
「お、お雪殿。いや、お雪様。どうか、力をお貸しください。高坂を、一向宗を討つためなら何だってします。どうか。」
「当家も早川家も一向宗とは敵対関係となりました。光興殿にお力添えいただけるなんて頼もしい限りです。ですが、今はとにかく身体を休めてください。」
お嬢が光興の手を取って優しく声をかけると、光興は限界を迎えたようで目を閉じる。
静かに寝息を立てているようなのでとりあえずは大丈夫そうだ。
「お雪様、これからどうするんで。」
野介がお嬢の様子を伺うように声をかける。
「福光と桑山を奪還する。」
「勝てますかい。」
「勝てるかどうかじゃないわ。勝つのよ。」
濡れた頬を拭い、眠る光興の手をギュッとお嬢が握り締める。そんな様子を見て野介がニヤリと笑った。
「お雪様が男でしたら影尾衆の座をお譲りしましたわい。その話、一つ噛ませてくだせぇ。」
「荒事になるわよ。」
「荒事こそ本領。山を荒らす高坂の連中は前々から気に喰わない連中でさぁ。それを討ち払ってくれるならいくらでも手を貸しますわい。」
笑う野介を見て鷹丸が呆れたようにため息をつくが、その手は腰に差した太刀をさすっている。やる気満々だな。
「私が出せる兵力は福光からの流民を合わせて五十。」
「影尾衆で戦えるのは三十ってとこでさ。」
合計八十か。朝倉家の時と比較したら吹けば飛ぶような数だが、今の盤面じゃなかなかの軍勢だ。
「桑山に残っている兵はどれくらいかしら。」
「見張りが数名。あとは高坂城へ戻りましたで。だけんど福光には五十はおりますわ。」
お嬢の問いかけに鷹丸が答える。
福の持ってきた情報に間違いは無さそうだ。福光にいるのは善徳寺の僧兵がほとんどだろう。
「光興さん達を連れて来た道、影尾衆なら見つからずに進めるわよね。」
「お任せくだせぇ。お雪様でも歩けるように案内してみせるで。」
「あら優しいのね。それなら、誰にも見つからずに桑山を攻め落とすなんて野介さんにとっては簡単なことかしら。」
自信ありげに笑っていた野介が「え。」と口を開いたまま固まる。
「影尾衆が桑山を抑える。その後、福光を挟撃して残った高坂家を追い出すのはどうかしら。」
やっぱり福光攻めになるか。
確かに勝機はあるかもしれないが、大事な点が抜けている。
「ちょっとまてお嬢。良い手だが問題がある。両軍撤退の約束をしてからまだ数日だ。これを反故にしたら周囲からの信頼を失うぞ。」
一向宗は倒したいがもう一押し大義名分がほしい。
俺の苦言に対してお嬢はクスクスと口元を抑えて笑う。
「武雄らしくないわね。攻める口実なんていくらでも作れるのでしょ?」
悪い顔しやがる。お福の影響を受けたか、それとも光興達の姿を見て感じるところがあったのか。どうやらお嬢は本気で福光を奪う気になっているらしい。
だが良い傾向だ。いつまでも遠慮してちゃこの時代は生き抜けない。
手元に八十の兵があって戦意もある。戦場となる福光にはこちらの味方まで構えている。ここまで揃ってくれば喰らい付きたくなるのも同意する。
一国一城の主を目指すなら、こうしたチャンスはしっかりとモノにしていかないとな。
仕方ない。俺が一手打ってやる。
「そう言えば福光屋に預けてた武具一式を回収してなかったな。ちょっくら取りに行ってくるか。」
わざとらしく伸びをしながら答えれば、その場にいる全員が悪い顔で笑っていた。
・・・
「下がってろ。大丈夫だ。」
福光屋の前で転がる五人の坊主を見て、福光屋の丁稚が怯えた表情で俺を見ている。
「無法者が!」
一人の坊主が殴り掛かってくるが、戦慣れしていないのか随分とのんびりとした拳だ。その一撃を躱し、一本背負いの要領で地面に叩きつける。
「いいか十兵衛、清隆。武器が無くなっても武術の心得があれば戦える。それに武術を応用して太刀や槍を振るうことが出来れば手数も増える。お得尽くしだ。基礎体力が付いたら武術の鍛錬時間も増やしていくからな。」
同行している二人は「はい!」と大きな返事をして背筋を伸ばす。
「お、お主ら、このようなことをして無事に福光を出れると思うなよ。」
転がって伸びた坊主を見ながら、別の坊主が震える薙刀の切先をこちらに向けている。
堂々と福光屋に訪れた俺達を待っていたのは戦支度万全な僧兵連中だった。既にその内の半数は地面でおねんねしているが、それでもまだ十名以上の僧兵が俺達を囲っている。数的優位を保っている僧兵共はまだまだ元気なようだ。
「先に仕掛けてきたのはお前らだろ。俺は注文の品を取りに来ただけだ。」
「数十もの具足を用意しているのは戦支度のためであろう!」
「そりゃそうさ。俺達武家は常に戦備えをするもんだからな。それくらいは坊主でも知ってるだろ。」
ジロリと横目で僧兵を見る。まだ二十代前半といったところか。黒い法衣の下には真新しい具足が見える。
その他の連中が付けている防具もなかなか新しいものが多い。随分と儲かっているんだな。
平服の俺と十兵衛、清隆の三人を取り囲むようにして布陣する連中を無視するように福光屋の丁稚と向き合う。
「しかし荷が無ければ仕方ないか。荷が入ったら高藤家に知らせを送ってくれ。」
わざとらしく肩をすくめて伝言を頼むと、応対していた丁稚は小さく頷き、争い事から逃げるように福光屋の中に駆け込んで行った。良い判断だ。
俺達三人が踵を返して帰ろうとするが、薙刀を構えていた僧兵が汗を浮かべながらこちらを睨んでいる。
「に、逃がすものか!我らに無礼を働いたのだ、伏して詫びたとて無事に済むと思うでないぞ。」
若い僧兵が声を荒げる。その向こう側、福光寺の方面からは新たに僧兵が駆けてくるのが見えた。援軍か。数は二十ってところかな。まともにやりあったらちと分が悪い。
「十兵衛、清隆。帰るぞ。」
口を真一文字に結んだ二人が頷く。そんなに緊張するな。
「止まれと言って…」
若い僧兵が薙刀をグイと押し出してくる。随分と不用意なことで。
右手の甲で薙刀を払い、左手で柄を掴んで一気に引く。態勢を崩した若い僧兵がたたらを踏むように前のめりになって倒れた。
「走れ!」
倒れた僧兵の背中を踏みつけて一気に駆け出す。僧兵連中は倒れた若い坊主を起こすために暫くその場にとどまってくれたようだ。
しかしすぐさま俺達を追うように下知が出されたのか、怒号と共に坊主共が背後から迫ってくる。
こちらは十代の子供が二人、追う連中は大人。子供の足に合わせて走っているので徐々に距離を詰められる。
「た、武雄様!追い付かれます!」
「我らがここで食い止めますので、武雄様だけでも!」
「阿呆。作戦通りだっての。泣き言を吐く体力があるなら走れ。」
ピーピー騒ぐ二人を追い立てて走る。背後からは怒号が聞こえる。
連中も随分と間抜けだ。もうここは福光を抜けた早川家の領内。そこに武装した坊主が二十人以上駆け込んでくることがどんな事態になるのか分からないらしい。
十兵衛と清隆の息が上がり切る頃、ようやく予定していた地点に到着できた。
左右に家が並ぶ、村の中では不安げにこちらを伺う農民の姿が見える。
「よく頑張ったな。だがまだまだ体力が足りないぞ。」
「し、精進します。」
荒い息を吐いて答える十兵衛と、黙ってうなずく清隆。向上心はありそうなので二人とも及第点だ。
振り返れば太刀や薙刀を振りかざした一団が村の中へ駆け込んで来る。
さて。ここからが俺達の戦だ。
次回は12月15日(月)18:00投稿予定です。




