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武勇伝  作者: 真田大助
105/111

福光合戦_弐

僅かに地鳴りがする。

遠くに怒号が聞こえる。

こだまのように雄叫びが響いている。


真っ暗な闇夜の先で戦いが起きている。けれど恐怖はそこまで大きくない。


「何が何だか分からないわね。」

「そりゃそうだ。福光のそのまた向こうで戦っているんだからな。」


街頭なんて無い時代。夜になれば辺りは真っ暗になる。今日は曇り空のせいもあって月明りもない暗い夜。

福光の手前に陣を敷いた早川勢の中、最前線に近い位置で私と武雄、長瀬十兵衛と浅尾錦之助が立っている。

見れば福光の北側、善徳寺の方角が僅かに明るい。煌々と篝火を焚いているのだろう。

一方で眼前の福光に構える一向宗に動きは無い。そして対峙する早川勢も同じく動かない。動いているのは善徳寺の向こう側だけだ。


「武雄様、一体どうなっているのですか。」

「暗くて何も見えません。我らは戦わないのですか。」


長瀬十兵衛と浅尾錦之助が少しでも様子を伺おうと背伸びをしている。


「うちの総大将が『動くな』って言ってんだ。俺達は下知に従うんだよ。」

「福光の北で戦いが起きているのですよね。木舟石黒家が来たのでしょうか。」

「さぁな。木舟石黒か神保が善徳寺に夜襲でも仕掛けたか。それとも善徳寺が討って出たか。」


武雄は大きな欠伸をして眠そうに善光寺の方角を見ている。どうにも緊張感が無いなぁ。

横にいる十兵衛と錦之助の方が余程警戒している。


「お前ら夜番だからってそう力むな。この様子じゃ俺達の出番は無ぇよ。」

「どうしてですか。今我らが討って出れば一向宗を挟み撃ちに出来ます。」


十兵衛が勢いよく武雄に近づくが、武雄は十兵衛の頭を掴んで締め上げている。


「阿呆。福光を見ろ。ガッツリと篝火を焚いていやがる。それにこれ見よがしに兵の姿もさらけ出している様子が見えるだろ。今俺達が攻めかかっても食い止められるだけだ。むしろ無駄に兵を減らせば連中はこっちに攻めかかってくるぞ。」


武雄はグイと十兵衛の顔を福光へ向けて説明する。


「夜襲ってのは相手が油断しているから成立するんだ。準備万端で待ち構えている所に攻めかかるのは阿呆のすることだ。」

「ではどうしたらこの合戦で勝てるのですか。敵は我らの倍以上の数がいると聞きました。」


早川勢の兵力は総勢三百。上見城や飛騨への備えを考えるとこれが出せる限界らしい。

対する一向宗は総勢六百。福光に五百、桑山に百が詰めていると軍議の場で川上さんが言っていた。


「この盤面じゃ勝てねぇな。だから負けないようにする。」

「負けないように?」


締め上げられる十兵衛を見て距離を取っていた錦之助が首をかしげる。


「敵が攻めてくるなら守りを固めて勢いを削ぐ。敵の勢いが増すなら徐々に退いて領内に誘い込む。領内の土地勘はこっちのもんだ。伏兵を用意して退きながら、吐出した敵を討つ。」

「それでは領内が荒らされます。」

「そうだ。そしてそれを一番嫌うのはその地に住む民だ。だから死に物狂いで抵抗する。」


何と言うか、残酷な作戦だ。

私が顔を顰めているのは闇夜に紛れて見えなかったようだ。


「だが敵もそれは分かっているだろう。だから無理して攻めてくることは無い。善徳寺を堅守して福光を抑えて、この戦は終わるだろうな。」

「それは我らの負けではありませんか!」


十兵衛が頭を掴まれたまま武雄に向き直るが、またグイと福光方面に顔の向きを戻される。あれは痛そう。


「戦ってのは勝ち負けの繰り返しだ。その中で最終的に勝ちと呼べる状況に持っていけば良い。全戦全勝なんて狙うな。そんなことは到底できない。」


武雄の言葉に十兵衛と錦之助が頷く。


「それに福光は早川家の領地じゃない。桑山もだ。つまるところ、今回負けるのは領主の木舟石黒家だけだな。」


なるほど。

早川家としては木舟石黒家を助けるために兵を出した。だけど敵の数が多く攻めあぐねたと言えば言い訳も立つのだろう。

仮に福光が落ちても早川家の領地が減るわけではない。

だけど私達の商いには大きな影響が出る。福光屋のお福さんとも、福光寺の円順和尚さんとも連絡はとれていない。今はただ無事を祈ることした出来ないのが悔しい。私としては潜入してでも無事を確認したいのだけれど、武雄に強く止められてしまった。

私がじっと福光を見ていると、同じように福光を見つめる十兵衛が口を開いた。


「では次の勝ちはどこで得られましょう。」

「どこになるかな。俺の見立てじゃ明日か明後日には休戦になる。交渉で勝利を得るのも難しいな。善徳寺を武家衆が抑えればまた話も違うが。」


十兵衛が唸るのが聞こえる。勝てないと言われたのが悔しいのだろうか。

ワァと善徳寺の方面から大きな声が上がった。戦況に動きがあったようだ。


「声が遠ざかっていくのが聞こえるな。木舟石黒だか神保だか知らんが、どっちにしろ武家衆の負けだな。」


また一つ、武雄が大きな欠伸をして腰を下ろす。

戦を知らない私も武雄の話しは勉強になる。武雄が余裕のある表情をしているせいか、夜番に当たっている十兵衛と錦之助も少しは緊張が溶けているようだ。

後ろを振り返れば篝火の灯りの中で数人の兵が駆けている。状況を探りに出るのかしら。


「これで休戦の交渉で勝つ道筋も完全に無くなった。」

「休戦交渉で負けることもあるのですか。」


十兵衛が食い入るように闇夜を見つめながら武雄に問いかける。


「ある。一向宗が『福光に加えて近隣の土地をよこせ。さもなくば戦だ。』って来たら負けが濃厚だ。こっちの兵は数が少ないし士気もそれほど高くない。一方の一向宗は数も多いし今夜の勝ち戦で勢いに乗っている。どう考えても不利だ。譲歩せざるを得ない。」

「負けないためにはどうすれば良いのでしょうか。」


錦之助が武雄に近づくと、武雄は十兵衛を解放して今度は錦之助の頭を掴んだ。


「良い方向に発想が向いて来たな。負けないためには『福光の領有を認める。その代わりに俺達は放っておけ。』か、『俺達も一向宗に協力する。だから勝ち馬に乗せろ。』ってところだ。」

「どちらも認められないわ。そんなことをしたら私達の勢力拡大の枷になる。」


声を潜めてそう言えば、武雄は小さく頷く。


「そうだ。だから連中が近隣の土地を狙うようなら一戦するしかない。一戦して多少なり損害を与えてから改めて交渉する。これが定石だ。」


十兵衛がフンと鼻息を荒げているが、それを制するようにして武雄が小突く。


「だけどな、そもそも連中がこっちに色気を出さない可能性も高い。福光を抑えたとろで南を早川家、北は木舟石黒家に挟まれる形になるだけだ。東は一向宗派の荒木家があるが、北の神保、木舟石黒家が押し寄せた時にどれだけ抗えるか。それならせめて早川家を懐柔しておこうって考えることもあるだろう。」


「それに。」と武雄は声のトーンを落とす。


「早川家を懐柔し、『小うるさい高藤家を処分するなら福光をくれてやる。』なんて交渉もしやすくなるからな。」


十兵衛と錦之助の顔が見る見る険しくなる。

それが可笑しくてつい笑ってしまった。


「お雪様、笑いごとではございません。」

「ごめんね、でも大丈夫よ。そんなこと言って来たらむしろこちらが口実を得るようなもの。大手を振って福光を奪ってあげるわ。」


早川家がその誘いに乗る可能性は低いと思う。もし早川家が私を差し出すようなら、独立を宣言して戦うまで。才川も福光を奪ってしまいましょう。

そんなことを考えていれば、前方の草むらを踏む音が聞こえた。


「誰か。」


と十兵衛と錦之助が柄に手を添えて問いかけるより早く、抜刀した武雄が私の前に立っていた。


「あら。せっかく人目を忍んで逢いに来たってのに随分なお出迎えじゃないか。」

「許してやってくれ。まだ女慣れしてないケツの青い連中なんだ。」

「笑わせてくれるわね。まるでアンタが女慣れしているような口ぶりじゃないかい。」


高藤勢の焚く篝火に照らされたのは、福光屋のお福さんだった。


・・・


「ご無事でしたか。」


私が駆け寄ろうとすると、お福さんはそれを制するように手を前に出し、篝火から離れるように一歩下がる。


「時が無いんでね、手短に。福光の連中は今のところ無事さ。円順和尚もね。はねっ返りが何人か痛めつけられたけど死んじゃいない。」

「石黒党はどうなった。」


武雄が問いかけるとお福さんは首を横に振る。


「見ていないわ。その辺の兵卒に聞いてもどうも分かっていないみたいでね。全く。連中ときたらどいつもこいつもみすぼらしい恰好をしているんだから。誰が大将かわかりゃしないよ。おかげで余計な手間がかかってね。」


ゴウと風が吹いて火の粉が散る。

一瞬の灯りに照らされたお福さんの肌は濡れ、髪が頬に張り付き、首筋に赤い痕が付いていた。


「まだまだ私も捨てたもんじゃないわ。ちょいと仕掛けりゃ大抵の男は転がっちまうんだから。」


クスクスと笑うお福さんを見て、胸の奥がギュッとする。

そんな私を知ってか知らずか、お福さんは話を続ける。


「高坂勢は早々に兵を退くみたいよ。北から神保と木舟石黒が迫って来ているみたいでね。」

「今夜の戦は陣替えをしようとした連中を善徳寺が突いたって所か。」


武雄が問うとお福さんがコクリと頷く。


「どうやら神保家の連中がぐるりとまわって高坂城を突こうとしているらしいわ。それに備えるために高坂勢は早々に城に帰ると。名残惜しそうに男が鳴いていたわよ。」

「すると福光に残るのは善徳寺の僧兵連中のみ。」

「高坂もそれなりの将を置いて置くみたいなことを言っていたけどどうだかねぇ。それでも大した数は残らないはずよ。」


お福さんの話す情報はとても貴重なもの。内容はもちろん、その取得方法も相まって言葉の重みを感じずにはいられない。


「あの、お福さん。大丈夫ですか。」


言わずにはいられなかった。

暗がりに立つお福さんが私を見つめている。


「私が勝手にやってるんだ。気にしないことね。福光屋としても一向宗連中より高藤家の方が商いしやすいってだけよ。」


福光の方角から勝鬨の声が聞こえた。


「そろそろ戻るわ。善徳寺に駆けて行った小男がまた私のところに帰ってくるみたいでね。あと二晩も貰えればもう少し仔細を探るわ。」

「頼む。無理はしないようにな。」

「お武に心配されるほど、やわじゃないよ。」


武雄の声掛けに対してニコリと笑うお福さんは、いつもよりも暗い目元をしていた。


・・・


翌朝。

見慣れた人が早川勢の本陣に訪れていた。


「福光寺の円順と申します。」

「早川家当主、早川義人にございます。」


福光の南にある広谷村の庄屋で甲冑を着込んだ早川さんと、疲れた表情の円順和尚さんが向かい合って座る。その二人を囲むように座っているのは早川家に従う土豪達。全員が厳しい視線で円順和尚さんを睨む。

よかった、円順和尚さんの無事な姿を確認できて安心した。昨夜、お福さんから話は聞いていつつも実際に姿を見るまでは不安だった。ほっとした気持ちでつい顔が緩んでしまいそうになるが、ギュッと口を結んで二人の会合を見守る。


「本日は高坂城のご城主、高坂喜三郎様から言伝を預かって参りました。何卒お聞き入れ頂きたく存じます。」

「伺いましょう。」


早川さんが促すと、円順和尚はため息とも取れるような吐息を吐いてから口を開く。


「『我らは桑山に住まう賊を討ち、荒廃した福光を救いに参った。これは木舟石黒家の傲慢による民の苦しみを救うもの。邪魔するのであれば天罰が下ることになりましょう。今は福光より先に進むことも無い故、早々に退かれよ。』とのことにございます。」


円順和尚が深々と頭を下げる。

低い唸り声がいくつかあがるが、罵声を浴びせるような人はいなかった。

昨晩武雄が話していた仮説の一つだ。一向宗は福光までで止まる。早川家との一戦を避ける方針のようね。


「福光より先には進まぬと。その言葉に偽りはございませんか。」

「はい。そう聞いております。」


居並ぶ諸将の視線が早川さんに集まる。

早川さんは暫くの間、眼をつぶって考えていたようだが、やがて小さく頷いた。


「あい分かった。我らの土地に関与しないと言うのであれば兵を引きましょう。ただし、一歩でも兵を進める動きがあらば我らも討って出る事、お伝え願いたい。」

「かしこまりました。拙僧の顔を立てて頂き、ありがたく存じます。」

「昨夜の戦は大勝と聞きましたが、一体どれだけ討ち取られたのですか。」


円順和尚が深々と頭を下げると、早川さんは少しリラックスしたように円順和尚に語り掛ける。

『大勝と聞いた』と言うのはハッタリだろう。前線で警戒していた私達でさえ何が起きているのかわからなかった。日が昇っても福光の先は一向宗が構えていたので善徳寺の様子までは到底確認できなかったし。早川家に独自の情報網、忍びがいるなんて話も聞いたことが無い。


「仔細は存じませんが、善徳寺を焼かんと攻め寄せた神保家、木舟石黒家を誅したと聞きました。」

「左様でしたか。どうか負傷者を無下に扱われないように願います。無論、桑山の戦で負傷した兵も同様に。」


早川さんがそう言うと、円順和尚さんの表情がこわばった。


「無論にございます。桑山でも多くの人が傷付きました。残念ながら桑山に寄られた方は手当すること叶いませんでしたが、拙僧がしかと弔いましょう。」


聞きたくて、聞きたくなかった答えだった。

結んだ口の中で歯を食いしばる。この怒りはどこに向けたものなのだろう。高坂家か、一向宗か、私か。

光興さんは、今見吉次さんは、立山頼道さんは、お爺さん達は。全員亡くなったのだろうか、それとも捕らえられているのか、まだ見つかっていないのか。

聞きたい事が喉から溢れそうになるのを必死に押しとどめる。


「高坂家は明日、兵を退きます。御家も明日中には陣を払って頂きますよう、伏してお願い申し上げます。」

「あい分かった。明日には兵を退きましょう。くれぐれも福光より先に進むことの無いようにお伝えください。」


円順和尚さんがまた深々と頭を下げて退出していく。

まって、少しで良いの、話をさせて。

私が腰を浮かせようとした所で、左右にいた豪族が怪訝な表情で睨みつけてくる。あぁ、だめ。円順和尚を追うのはこの場から逃げる臆病者と誹りを受ける口実になってしまう。武家の棟梁としてこの場を離れるわけにはいかない。

その姿が見えなくなるのを見送ってから早川さんは周囲を見渡した。


「これにて戦は仕舞いとなります。各々、ご苦労でした。明日には兵を退きますので、それぞれ支度をしてください。」


バラバラと男達が退出していく中、私は足早に円順和尚さんを追って庄屋を出る。

ようやく見つけたその背中は遠く、間もなく一向宗の群れに飲まれていってしまった。

次回は12月10日(火)18:00投稿予定です。

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