福光合戦_壱
稲穂が刈り取られた後の田んぼは少し寂し気に見える。高藤家の領内は今年も豊作だった。
私は満足げに腰に手を当てて蔵に積まれた米俵を見上げている。
農業の知識はテレビ番組でやっていたのをなんとなく覚えている程度だったけれど、見様見真似でも成果はあるものね。
今年は千歯こきを本間千早に試作してもらったのだけど、これも大成功だった。この冬の間にもいくつか農具改良を進める予定だけれど、不安なのが病気や天災。
暑さ寒さに強い稲を用意したいのだけれど、品種改良のやり方がわからないのが悔しいところ。試作的に数枚の田んぼは収穫せずに放置して、長く生き残った稲を残して寒さに強い品種にしてみようと思うけれどうまくいくかどうか。
詳しい人からすれば「そんなコトしても無駄」「間違っているよ」と笑われるかもしれないけれど、今はこのやり方しか思いつかないので仕方ないと割り切る。
「お雪様、少しばかり年貢の免除をし過ぎました。私の見通しが甘かったです。申し訳ございません。」
「蓄えに不足はございませんが昨年を下回る蔵入りです。お雪様、申し訳ございません。」
蔵の中で米俵の数を数えていた中村雪丸と本間千早がヒョッコリと顔を覗かせてから頭を下げる。昨年を下回るといっても誤差の範囲。年々生産量が増加しているので多少年貢を免除しても大丈夫でしょう。
「良いのよ。最終的に決断をしたのは私なんだから。それに年貢の免除があったからこそ、あれだけの早さで木版が出来上がったのよ。それを考えればおつりが来る出来よ。」
話しながら木版造りを依頼してからもう一年が経ったのか、と思う。
善徳寺との決裂はあったものの、総じて平穏な一年だった。防寒具の商いも順調。新しく作った三又村も影尾衆の協力もあって無事に稼働し始めている。
今年の冬は木版作成の代わりに三又村と香上村を繋ぐ街道整備を方々に依頼するつもりだ。参加日数と進捗具合によって来年の年貢を免除する約束をしているので、既に参加者が殺到しているらしい。
越後から送られてきた六人は順調に育っている。まだまだ子供だけれど、私や武雄、お爺様に付いてあちこち周っていることで良い刺激を受けているみたい。最近では夜な夜な高藤家の天下取りについて語っている様子も見て取れる。なんだか気恥ずかしいさもあるが、頼もしい家臣になってくれているのが嬉しい。
読み書きはもちろんだけれど、最近は近岡家残党の襲撃もあったことから武雄とお爺様の武芸稽古が厳しさを増しているのも影響しているみたい。六人とも懸命に打ち込んでいるけれど、やっぱり長瀬十兵衛と葛西清隆の二人が抜きん出て腕を上げている。私が手合わせしたらあっと言う間に負けてしまった。それでも護衛としてはまだまだ不十分な力量らしく、今日も武雄が二人を連れて稽古に出ている。
「今年も色々あったけど、来年は飛躍の年にしたいわね。」
だいぶ冷たくなった晩秋の空気を胸いっぱいに吸い込む。小高い丘の上に建つ高藤家からは砺波平野がよく見える。
今年の冬はどれくらい雪が積もるかしら。
そんな事を考えながら景色を眺めていれば、遠くの山が揺れた気がした。
「ねぇ。今、あの辺りが動かなかった?」
「どの辺りですか?」
「ほら、あそこの山の中腹。」
「桑山城のあるお山でしょうか。言われてみれば木々が揺れているような気もしますが。」
雪丸と千早と三人で並んで、背伸びをするようにして目をこらす。三人並ぶとまだ私が一番背が高い。だけどドングリの背比べ程度の差しかないから、もう数年もしたら追い越されそう。
そんなことを考えながら目をこらしていれば確かに木々が揺れている。桑山の木々以外は揺れていないから地震ではなさそうね。
「石黒党の人が薪用に伐採でもしているのかしら。」
私の呑気な問いかけは、武雄の声にかき消された。
「お嬢、お嬢!」と叫びながら武雄が走ってくる。その随分と後ろに長瀬十兵衛と葛西清隆が続くが、三人とも血相を変えているのは見て取れた。
三人は近隣の巡視に出ていたはず。その三人が駆け戻ってきたと言うことは何が起きたと言うこと。
ドクンと心拍数が上がる私の前に着いた武雄は、荒い呼吸をしながら桑山方面を指す。
「桑山城に敵襲だ。一向宗が石黒党を攻めていやがる!」
ゾワリと寒気が走った。
「一向宗の数は少なく見積もっても二百。善徳寺からも兵が出ている。連中、福光も抑えるつもりだぞ。」
なんで。どうして桑山を、福光を攻めるの。
桑山城は廃城になっていて防衛力なんてほとんどない。いや、だから攻めたと言うのだろうか。東西へ通じる山道でもある桑山を抑えてから福光を攻めるってこと?
でも福光は木舟石黒家の所領。そして木舟石黒家は神保家に従っている。神保家と一向宗は良好な関係を築いていたはず。だって般若野の合戦では協力して長尾家と戦っていたのに。
私が善徳寺ともめ事を起こしたから?ううん、それが理由なら善徳寺は私の所領に攻め込むはず。それとも福光を通ってこちらまで攻め込んで来るつもり?
だけどそれは早川家や近隣の豪族との戦にもなる。そんなことをするのだろうか。
あれこれと答えの出ない考えが頭の中を駆け巡る。
ドンドンと太鼓が鳴る音が響く。
出陣の陣触れだ。
「お雪!早川殿の陣触れじゃ。戦じゃぞ!早う才川城に参るのじゃ!」
「十兵衛、清隆!兵を集めてこい!雪丸は六助とおヨウを手伝って飯の準備!千早は錦之助と弥五郎と一緒に武具を運び出せ!」
立ち尽くす私を他所に、背後からお爺様の大きな声が響く。武雄が戦支度の指示を飛ばす。
遠くの木々の隙間から、南無阿弥陀仏の旗が見えた。
・・・
「当家は一向宗と対決姿勢をとります。」
才川城に登城して開口一番、早川さんがそう宣言した。
居並ぶのは早川家の家臣に加えて近隣の土豪達。小具足姿で集まった男達のその殆どが小さく頷き、賛同の意を示している。
高藤家は早川家勢力の中では真ん中くらいの身代に落ち着いている。その発言力や影響力は決して大きくないが、小さいものでもない。その高藤家が善徳寺と揉めてしまったから…と思いきや、そうではないらしい。
「神保家は井波寺との交渉を続けていましたが、先日ついに決裂したと使者が来ました。」
井波寺と言うのは越中における一向宗の一大拠点。聞いたところによると城と見間違うほどの規模で堀を構え、数百の兵を擁しているらしい。
その井波寺と決裂したと言うことは、武家と一向宗の武力衝突につながる。
「どうやら神保家は能登の畠山家と手を組んで一向宗を排するようです。が、どうやら先手は取られたようですね。」
早川さんが渋い顔をして口を結ぶと、控えていた川上さんが頭を下げてから口を開いた。
「福光に攻め寄せたのは高坂勢と見受けました。善徳寺勢も交じっているものの、多くはは木舟石黒家に備えて守りを固めている様子。」
「桑山を超えて来たか。」
「は。桑山城跡には福光と高坂を繋ぐ山道がありますので、そこを通って来たと思われます。」
「桑山城は、石黒党はどうなったのですか。」
思わず声を出してしまい、周囲の注目が私に集まる。
眉間に皺を寄せた川上さんがチラリと早川さんを見るが、早川さんは頷いて川上さんを促す。
「桑山城跡から火の手が上がったと知らせがありました。仮に何者かが居たとしても、既に勝敗は決しておりましょう。」
そんな。
「して早川殿、これから如何いたしますか。」
「兵をまとめて福光の手前まで進みます。」
「一向宗と戦う時がきましたか。腕が鳴りますな。」
勇ましい事を言う男達が話しを進めていく。
石黒党の話しなんて誰も興味がない。
それもそうか。城跡に住み着いた一党、ましてや賊とも呼ばれている人たちのことなんて気にする人はいないわよね。
悔しくて、虚しくて、何よりも何も出来ない自分が惨めで。自嘲的に笑ってしまう。
「一向宗が福光より南下してくるなら一戦交えましょう。ですが福光で留まるならこちらから手出しはしません。」
早川さんが息巻く男達をたしなめると彼らは「左様でございますか。」と簡単に食い下がる。口では勇ましいことを言っているが、正面切って戦う気は無いのだろう。
「川上は上見城で飛騨と城端に備えるように。福光への抑えは広谷殿と土生殿に先陣を任せます。ですが、下知があるまでは前に出ないように。その他の諸将も兵が集まり次第、広谷殿と土生殿の後陣へ布陣を。」
「おう。」と野太い声と共に男達がドカドカと退出していく。
「お雪。急ぐのじゃ。」と、私の後ろに控えていたお爺様の声に押されてようやく立ち上がる。
今の下知の中に石黒党のことは一切考慮されていない。それなら、私達だけでも助けに向かうべきではないか。
「お爺様、石黒党は。」
「今は考えるでない。考えたところでどうにもならぬ。」
「まだ桑山城で戦っているかも。私達だけでも援軍に行けば…。」
「たかだか数十が駆けつけたところで何になる。」
才川城を出て高藤家へ戻る道中で必死に考える。
慎重派のお爺様の意見は分かった。それなら武雄と一緒に抜け出そう。大丈夫、少人数で山の中を進めばきっと一向宗に見つからず桑山城へ近づけるはず。着いたらどうにかして桑山城に入って石黒党の人を探して…。
「お嬢。兵は集まった。飯も済ませた。今回の戦場はすぐそこだから荷駄は用意しないぞ。」
高藤家の前には二十名程の兵が並んでいた。六人の小姓はサイズの合う甲冑が無かったのか、小具足姿で手槍を握り締めている。
「錦之助と弥五郎はお爺様の戦支度を手伝って。雪丸と千早は皆の戦支度の再確認を。十兵衛と清隆はここで待機。何か知らせが来たらすぐに教えて。」
矢継ぎ早に指示を飛ばしてから最後に声をかける。
「武雄、ちょっと来て。」
バタバタとせわしなく人が駆ける家の前から離れ、縁側に腰を下ろす。完全武装した武雄がドカリと私の横に腰を下ろすと縁側がギィと嫌な音を立てて軋んだ。
武雄の呼吸が落ち着くよりも早く、私が口を開く。
「石黒党を助けたいの。」
腰に差した小太刀の柄を握る武雄の眼を真っ直ぐに見て語り掛ける。
「桑山城から火の手が上がったと聞いたわ。石黒党がまだ戦っているかもしれない。どこかに捕らえられているかもしれない。一刻も早く駆けつけて助けないと。」
甲冑を付けた武雄はいつもより大きく見えた。福光屋さんにお願いした甲冑は、予算の関係から胴鎧と籠手の色が異なるのですこしチグハグに見える。それでも武装した武雄を見ると「なんとかなる。」と不思議な自信が湧いてくる力があった。
「私が手勢を率いて山の中を進むわ。小人数なら気付かれずに桑山城に入れるはず。そうしたら」
「止めておけ。」
石黒党を探して、と言おうとした私を武雄が制する。
「もう遅い。」
感情の篭っていない口調で、武雄がハッキリと言い切った。
どうして、そんなこと言うの。
なんで、そんなことが分かるの。
私を見るその眼から何かを読み取ることは出来ない。
「一向宗が福光入った。既に福光は敵の手に堕ちたんだ。高坂との中継地となる桑山城は高坂勢が確実に抑えているはずだ。生き残りがいるとは思えない。」
「まだ分からないわ。まだどこかに隠れているかもしれない。」
「仮に隠れていたとして俺達が見つけられると思うのか。派手に探せば一向宗に見つかる。たかだた数十の兵なんてあっと言う間に討ち取られるぞ。」
どうしてよ。
石黒党を助けたいと思わないの?
彼らに何の想いも無いと言うの?
「お祭りで一緒にお店までやっていたじゃない。」
「俺達の手の届く範囲を超えている。桑山は、福光は、今の俺達じゃ届かない。」
武雄が福光の方角を見る。
私が才川城に行っている間に、福光は南無阿弥陀仏の旗で溢れてしまったっている。
「私が才川城に行かなければ。」
武雄が知らせてくれた時にすぐに動いていれば、石黒党を助けられたのだろうか。
「そうしたら止めたさ。俺が知らせた時には桑山城は高坂勢が囲んでいたんだ。」
どうやっても間に合わなかったと言うの。
自分の無力さに嫌気が差す。自分が情けなくて、自分に呆れてしまって、眼に涙が浮かぶ。
「お嬢。泣くな。戦はこれからだ。ここで泣けば兵は不安になる。他家から侮られる。」
「わかってるわよ。」
武雄の影に隠れて眼を拭う。
そう。私は武家の棟梁。今でさえ女というだけで侮られているのに、これ以上醜態を晒せない。
「錦之助、弥五郎!私の胸当てと籠手を持って来て!おヨウさん、手伝って頂戴。急いで出るわよ!」
胸のつかえを振りほどくようにして立ち上がり、大きな声を出した。
・・・
お嬢の小具足を抱えた錦之助と弥五郎を連れてお嬢が室内に入っていく。家人のおヨウがそれを追って行くのを見届けてから一つため息が漏れる。
福光はダメだな。最後に見た時には一向宗の旗が福光の雪崩れ込んでいた。
お嬢の気持ちは理解できる。だがどうしようもない。ここでお嬢の下知に従って桑山城に単独で寄せたところで待っているのは無惨な敗北だ。
戦は完全無敗で終わることはない。局地的な勝ち負けを経て、最終的に勝利することが大事になる。ここは局所的に負けを認める場面だ。
桑山城からは高坂城方面を見張ることができる。石黒党の連中は高坂勢が迫る様子が見えていたはずだ。石黒党は逃げるか戦うかの決断をした。その結果はわからないが、城は落ちたのが事実。もし落ち延びているなら手を差し伸べる。骸が晒されていれば供養をする。それが今の俺達に出来る数少ない事。
こんな話をすればお嬢は「冷たい奴だ。」と機嫌を損ねるかな。いや、高藤家当主として俺の進言を聞いてくれたんだ、大丈夫だろう。
福光の方角を見れば連中は福光寺を本陣に据えたのか、一際大きな南無阿弥陀仏の旗が翻っている。
数はざっと五百はいるだろうか。九頭竜川合戦と比較すれば取るに足らない数に見えるが、俺達の用意できる兵はもっと少ない。真正面からの戦は厳しいのもになるだろう。
「円順和尚は無事でしょうか。」
不安げな顔をした葛西清隆が近づいて来た。
「恐らくな。一応、福光寺も一向宗徒の寺だ。無下には扱わないだろう。」
「福光屋は…。」
「乱取りに合っているかもな。」
「それは…まるで夜盗です。」
「戦なんてそんなもんだ。特に一向宗はな。」
越前でもそうだった。九頭竜川から北に一向宗を追いやった時の惨状を思い出す。
反抗する民を殺し、奪えるものは奪う。庄屋の周りに積まれた骸。剥がされた着物、空になった蔵。イナゴのように奪うのは連中の十八番だ。
といっても武家も同じような事をするからな。一方的に非難はできない。
あぁ、コイツら六人も同じような経験をしているんだったか。
戦前に気持ちが揺れるのは良くない。立ち上がって清隆の頭をグリグリと撫でておく。
「福光屋はやり手だ。大方の荷は先に逃がしているだろうよ。俺達に出来るのは早いとこ福光を奪うことだけだ。」
「木舟石黒家は出てこないのでしょうか。福光は木舟石黒家の所領です。」
「出てくるさ。だが福光に来るには善徳寺を叩かなきゃならん。そこが関門だな。」
木舟石黒家の動員できる兵力は知らないが、中には一向宗に加担する兵もいるだろう。全力を挙げて戦うことは出来ないはず。
「武雄様。兵が離反しようとした時は如何いたしましょう。」
いつの間にか横に来ていた十兵衛が太刀の柄を握って聞いてくる。
「戦いから逃げるようなら逃がしてやれ。歯向かうようなら容赦はするな。」
十兵衛と清隆は一つ深呼吸をして頷く。
高藤家が発行した経典の影響は大きかった。今のところ、高藤勢の中で一向宗に走る兵はいない。福光方面に向かう他家の連中も見えるが、どの家の兵も落ち着いているようだ。
「教えは一つじゃない。高位の者が贅沢をするような組織とは決別する。それがあの経典に描いた内容でもある。」
こちらの経典に描いた教えはまだ浸透しきっていないだろう。だが、着実に読んだ者の心に影響は与えている。
対一向宗として兵を動員出来ているのがその証左だ。
福光の手前に早川勢が集まりつつある。百に満たない兵が集まり、横に幅広く布陣していく。
福光に陣取る一向宗もこちらの動きは掴んでいるようで、福光寺にはひっきりなしに人が出入りしているようだ。
「さて、どこまで叩くか。お手並み拝見だ。」
いつもの桃色小袖に胸当てと籠手を着けたお嬢を見ながら、小太刀を据え直した。
次回は12月5日(金)18:00投稿予定です。




