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武勇伝  作者: 真田大助
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祭り_弐

「さぁさぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!極上の串焼きだぞ!おう、そこの兄ちゃん、コイツを食わないで彼女を満足させられるか?そっちの別嬪さん、美人にはオマケつけるぜ!」

「…呆れた。」


どのお店よりも人を集めていたのは武雄のお店だった。売っているのはどうやら串焼きのようだ。

炭火の上で焙られているのはお肉の刺さった串。良い香りを立てて周囲の人を集めている。見れば他にも魚や野菜串なんかも置いてある。絶妙にニーズを抑えているのが妙に腹立たしい。


「おう、お嬢も匂いに釣られて来たか。」


頭に布を巻いた武雄が炭で汚れた顔を拭う。こう見ると本物の職人さんみたいだ。

炭火の前に出れば肉の焼ける強烈な匂いがする。


「肉は影尾衆から仕入れてな。今日は干し肉じゃなくて生肉を焼いたから柔らかくて美味いぞ。」


「ホレ。」と差し出された串を手にする。鹿か猪か判別は出来ないが、串にささったお肉からは肉汁が滴っている。

周囲の視線を浴びつつ一口。


「…美味しい。」

「だろ。ちゃんと血抜きもして流水にさらしたからな。それに塩揉みしてから丁寧に筋を取ってある。味付けは塩だけど味変用に味噌もあるぞ。」


確かに獣肉の臭みが殆どない。それに干し肉と比べて随分と柔らかくて食べやすい。

武雄が差し出した小鉢から味噌を一匙掬ってかければ、また味が変わって何本でも食べれそうな美味しさだ。


「出倉さま!こっちに二本くだせぇ!」「こっちにも二本!」「こっちは五本!」

「おうおうちょいと待ってな。悪いなお嬢。」


ニカッと歯を見せて笑った武雄は焼き場にかかりきりになる。見ればお代の受取やお肉の補充をしているお手伝いさんがいるようだ。武雄と同じように頭に布を巻いている。…ねぇ、もしかしてその人って。


「な、なんたること。あれは石黒殿か。」


そうよね。どうみても石黒光興さんよね。

石黒党の党首が何をしているのか。どうして武雄と同じような格好で出店で働いているの…。いや、そんなことよりどうして汗だくになって良い笑顔をしているのよ!


「みっちゃん!炭はまだあったよな?」

「えぇ、まだまだ潤沢に用意してあります。しかし串の方が些か心もとなくなってまいりました。」

「うし。そんじゃちょっくら串うちしてくるから焼き場頼むわ。よっちゃん!みっちゃんと場所変わってくれ!」

「かしこまりました!出倉様!」

「ばかやろう、今夜は店長と呼べって言っただろ!」


よっちゃんと呼ばれて店の裏から顔を覗かせたのは石黒党の一人、今見吉次さん。

光興さんのことをみっちゃんと呼び、今見吉次さんのことをよっちゃんと呼んでいる…。頭が痛い。

でも呼ばれている二人は楽し気に働いているのを見ると複雑な心境になる。光興さんなんて腕まくりをして焼き場に入っているわ。

どうしようも無いわね。隣にいるお爺様はワナワナと震えて青い顔しているけれど。


「あ、あ、あのたわけ者は…。」

「お爺様、落ち着いて。あの二人が石黒党と露見すれば騒ぎになりかねないわ。ここは黙っておきましょう。」


そうだ。お祭りの熱気に当てられた幻ということにしよう。あの二人は石黒光興さんと今見吉次さんによく似た二人だ。うん、そうに決まっている。

串を握ったまま硬直しているお爺様を引きずって人だかりから離れる。


人が人を呼び込むのか。武雄のお店にはどんどん人が集まってきている。


「これは武雄の独り勝ちかしら。」


一息ついて人だかりを眺めていれば、背後の木陰から低い声が聞こえて来た。


「主があそこまで楽し気に笑われているのは久方ぶりにお見受けした。」

「こ、これは立山頼道殿。申し訳ない、出倉のたわけが無礼なことを。」

「家重殿、どうかお気になさらず。最初こそ無理やりではございましたが、今では主も楽しんでおられるご様子ですので。」


石黒党の一人、立山頼道さんが渋い顔をして立っていた。

お爺様が頭を下げるがそれを止めるようにして腰を屈めている。


「その、うちの家臣がすいません。」

「お心遣いは無用にございます。民草を知る機会にもなります故。」


私に対しては相変わらずツンとそっけない態度だが、以前よりトゲは減って来た気がする。

少し気まずい空気が流れるが、先に口を開いてくれたのは立山さんの方だった。


「それに今宵の祭りはただの慰安ではございますまい。」


腕組みをした立山さんが私を推し量るようにジッと見つめてくる。


「えぇ。福光は木舟石黒家の領地ですがその影響力は高くない。ここで高藤家の影響力を高めることで来るべき時に優位に動くようにする下準備でもあります。」

「加えて例の経典でございましょう。あれは中々に興味深いものでした。」


肩をすくめた立山さんの袖に何か入っているのが見える。


「ふふ。立山殿も経典をお読みになるのですね。」


私が少し笑ってみれば、立山さんは袖を隠すようにして腕を組みなおす。


「何が書かれておるか知っておいて損は無いと思うたまでにございます。」


フイと横を向いてしまった。素直じゃない人だ。

だけど石黒党との連携も順調の様子だ。これ以上武雄が何かやらかさなければ、だけれど。


「お雪よ。もう一度出倉を叱って来ても良いかのう。」

「そんなことしなくても武雄は…えぇ、どうぞ。すぐに戻って来てね。」


食べ終わった竹串を握りしめたお爺様は、顔を輝かせながら足早に武雄のお店に向かっていった。

お肉、好きだものね。


・・・


「いやぁあのたわけは何たることを。」

「そう言いながら四本も食べるなんて。食べ過ぎて胃もたれ起こさないようにね。」


口の周りに味噌ダレを付けたままのお爺様と連れ立って五件目の屋台に到着する。

石黒党のおじいちゃん達もこっそり光興さんから肉の串を渡されていたのがなんだか可笑しかった。お年寄りは新しい物や珍しい物に否定的だと思い込んでいたけど、案外そんなこともないのね。

五件目の屋台は簡易的な茶屋のような店構えになっており、何脚もの椅子が並び、お客さんがほっと一息つきながら何かを飲んでいる。お祭りの喧噪の中でここだけは落ち着きのある静かな空間だ。それに先ほどの食欲がそそる匂いとは打って変わって、爽やかで胸のすくような良い香りが漂っている。


「これは薬湯ですか。」

「はい。慣れない物を食べると身体に負荷もかかりますので。」


お爺様の呟きに答えたのは瑠璃さんだ。いつもの綺麗な着物ではなく、私達が着るような無地で色味の薄い小袖をまとってニコリと笑っている。


「これは瑠璃姫殿。ご挨拶もせずにとんだご無礼を。」

「家重様、そのようにかしこまらないでくださいな。今宵はお祭り。私は茶屋娘にございます。」


口元に手を当ててクスクスと笑う瑠璃さん。恰好こそ地味だが漂うオーラからは高貴な香りが隠せずにいる。これが育ちの良さと言うものなのかしら。


「ささ家重様もご一献。そのご様子では沢山お召し上がりになったのでしょう?」

「よくお分かりで。流石は瑠璃姫様にございます。」


口の周りに味噌ダレが付いているからよ。とツッコミたくなるのを我慢してそのやり取りを見る。

瑠璃さんのお薬はよく効くのだが、とても苦いと噂だ。

(それを毎日のように飲んでいる早川家のご当主がいるようだが、味覚は大丈夫なのだろうか。)

もしかしたらこの薬湯も大変な味わいなのではないだろうか。出来ればお爺様の様子を見てからにしたかったが、「お雪さんもどうぞ。」と瑠璃さんから渡されてしまった。

頂いたのは小さな木製のお椀。中には薄緑色の液体が揺れている。

お爺様を見れば覚悟を決めたように大きく深呼吸をしている。よ、よし。私だって武家の棟梁。これくらいの難敵、なんたるもの。

覚悟を決めて一口含んでみれば、鼻から爽やかな香りが抜ける。ドクダミの系統だろうか、まるでハーブティーを飲んでいるようだ。

お爺様も「ほう」と息を吐いて感嘆の声をあげている。

思っていたよりも全然飲みやすい。いや、むしろ美味しい。


「この薬湯、とっても飲みやすくて美味しいです。」

「そう言って頂けると励みになります。本当はもう少し濃いものを用意していたのですが、義人さんがお水の量を誤ってしまって薄くなってしまいました。」


シュンとする瑠璃さんだが、こればかりは早川さんのファインプレーに感謝だ。きっと原液は強烈だったのだろうことは容易に想像がつく。それがそのまま配られていたらと思うと大惨事だ。

さすがは早川家の当主!ありがとうございます!


「ですが皆さん美味しそうに飲まれていますね。薬湯に慣れていない私達はこれくらい薄い方が飲みやすいのかもしれません。」

「そうでしょうか。私には物足りなく感じてしまって。家重様、宜しければ別に煎じることも出来ますが如何でしょうか?」

「あいや、儂のような者にそこまでお手を煩わせてしまうのは申し訳なく。それにまだ巡視がございますので…。」

「そうですか。では義人さんに振舞うとします。今日一日お手伝い頂いてお疲れでしょうから。」

「ええ。ぜひそうしてくだされ。」


あ、早川さんを売ったわねお爺様。

冷や汗を拭うお爺様は「さ、最後の店に参りますぞ。」なんてわざとらしく急かして瑠璃さんのお店から遠ざかっていく。


・・・


ぐるりとお店を周って帰って来たのは福光寺の前。

相変わらず円順和尚さんが経典を配布してくれている。視察に出た時は山積みだった経典もだいぶ減っている様子だ。


六つ目のお店は軒先には何も並んでいない。それもそのはず。だって店主が出かけていたんだもの。


「お雪様。おかえりなさいませ。準備は整っておりますよ。」

「おようさん、ありがとう。六助さんは大丈夫?暑さに負けていないかしら。」

「何のこれしき。荷運びはお任せくだせぇ。」


高藤家の使用人、六助さんとおようさん夫妻がにこやかに出迎えてくれた。


「さぁお爺様。私達も負けていられないわね。」

「どうしても儂らも参加せんといかんのか。」

「まだ言っているの?そんなんじゃ部下に示しがつかないわよ。さぁ、みんな並べて!」


渋々のお爺様を急かしながら空の屋台に品物が並んでいく。

私が【銭一文】の旗を掲げた時には興味を示したお客さんが集まって来ていた。

ここはひとつ、私も武雄みたいに掛け声をかけてみようかしら。


「さぁさぁ!寄ってらっしゃい見てらっしゃい!ここに並ぶは各地の伝承をまとめた絵図物語!北から南まであまねく世界の物語を描いた絵本ですよー!」


私が売るのは絵本。

内容はイソップ童話だったり日本昔話だったりを多少改変したもの。私は絵の才能は無いので絵の部分は錦之助に原画を任せ、千早に木版にしてもらった。皆の協力もあって今夜は五種類の本を木版印刷で用意してきたのだ。


「五つの世界を垣間見れるのは今夜だけよ!経典と合わせた驚天動地!さぁさぁ手に取って見て!」


「これ、お雪。」とたしなめるお爺様を押し返しながらも、集まった人々は続々と本を手に取ってくれる。

出遅れたけど私のお店は五種類の本が並んでいる。一冊一文。五冊で五文。破格の値段で大赤字だけど、これは識字率の向上を図る目的もある。「面白い本を読みたい!」と思う人が増えてくれれば徐々に学ぶ意欲も伸びていくはずだ。

経典を受け取った人がどんどんとこちらに流れてくる。最初は仏頂面をしていたお爺様も忙しさに慌てたのか、買い求めるお客さんとの交流も徐々に始まっている様子だ。


うんうん、良い感じ。

他の出店も好調みたいだし、概ね私の狙い通り。


一つだけ誤算だったのは、近づいて来てほしくない一団も招いてしまったことだ。


「どけ、どかぬか!」「道を開けよ!」


お祭りの喧噪とは質の異なる怒号が響く。

道行く人々を押しのけて進んで来たのは法衣を纏ったお坊さんの一団。全員が険しい顔をしており、腰には刀を差し、穂先は鞘に収まっているものの手には槍を持っているお坊さんもいる。とてもお祭りを楽しみに来たようには見えないわね。

一団は私の前まで来るとドンと石突で地面を突いて立ち止まる。


「高藤殿。これは一体如何なる事にございましょうや。」


先頭にいた大柄なお坊さんが私を睨む。

どこかで見た覚えがある顔ね。


「これとは一体?」

「この経典にございます。これは我らの教えとは異なるもの。なぜこのような紛い物を広められるのか!」


お坊さんは一冊の経典を懐から取り出して地面に叩きつける。それは私達が作った経典に間違いない。


「あら。多くの民に理解してもらえるように作ったものですよ。御仏の教えが記された経典をそのように扱って良いのでしょうか。」

「このような物は経典にあらず。版で作られたものなど徳の無い紛い物よ。」


お坊さんは地面に叩きつけた経典を踏み、座ったままの私を見下すように威圧する。


「高藤殿。女子だからと言って見逃されるとお思いか。」

「見逃して頂けるならありがたいわ。」

「我らを(たぶら)かすようなことは止めるのだな。」

「誑かすだなんて。お坊さんに色は通じないのでしょう?」


わざとらしく声をあげて笑う。

目の前のお坊さんが見る見る赤くなっていく。これは照れているわけじゃなくて怒って赤くなっているようだ。


「ここまで我らを愚弄する者がいるとはな。」


目の前で真っ赤になったお坊さんを押しのけて一人の若いお坊さんが出て来た。

あぁ、この若いお坊さんを見て思い出した。この一団は善徳寺から来たのだろう。出て来た若いお坊さんは武雄と門前で取っ組み合っていた人だ。


「お祭りの賑やかさに釣られて善徳寺から出てこられましたか?まるで天岩戸伝説のようですね。」

「女狐に弄ばれる民が哀れになって出張ったまでよ。」


若いお坊さんは手槍を肩に担いで私を見下す。


「女狐よ。何を考えておるのか知らんが、さっさと山に帰れ。でないとその尻尾を切り落とすぞ。」

「山へ帰るのはあなた達の方よ。楽しい祭りに無粋な人間は不要。おうちに帰ってお祈りしてなさい。」


また女狐呼ばわり。

女だというだけで下に見て。そんな人がいくらありがたい言葉だと言って説法を唱えても少しも心に響かないわよ。

思いっきり睨んで言い返せば、若いお坊さんから返って来たのは罵詈雑言ではなく、強烈な一打だった。


バチン。と大きな音が鳴り、私の身体が横に飛ぶ。積まれていた本が崩れ、銭一文と高藤家の家紋が描かれた旗が倒れる。


「女の分際で我らに逆らうか!この仏敵め!」


倒れた私に対して容赦なく蹴りが入る。

「止めよ!」と大きな声と共にお爺様が間に入るが、それも構わず若いお坊さんはお爺様に蹴りを入れた。


「高藤殿、退かれよ。その女子は狐に憑かれておる様子。今我らが退治して進ぜよう。」

「円勝殿。どうかご容赦を。」

「退かれよ。」


お爺様は私を庇って動かない。

殴打された頬が痛い。血の味がする。

身体を起こそうとすれば六助さんとおようさんが支えてくれた。


「高藤殿もその女狐に誑かされてしまったか。ならば致し方あるまい。」


円勝と呼ばれた若いお坊さんが合図すると、屈強なお坊さん達が私達を囲うようにして立つ。

鉄が擦れる音がして、太刀の鈍い光が浮かんだ。

同じ鉄の音なのに、雪丸と千早が店先で売っていた鐘とは似つかない音ね。そんなことをぼんやりと考えるくらい、私には余裕があった。

だってここには私の仲間が沢山いるんだもの。


「抜いたな?」


私達を取り囲むお坊さんの向こう側から声が聞こえた。

瞬間、バキリと鈍い音と共に一人のお坊さんの身体が宙に舞う。


「抜いたってことは殺る気なんだよな。ってことは殺られる覚悟も出来てるよなぁ。」


頭に布を巻いたままの恰好で武雄が立っている。

そのすぐ後ろには石黒光興さんと今見吉次さん、立山頼道さんまで。そのすぐ後ろからは小姓の皆が駆けて来ている。


「喧嘩は祭りの華って台詞、知ってるか?」

「お主はあの時の。」


円勝が指さす先に、すでに武雄の姿はなかった。

眼にも止まらない速さで取り巻きの間を縫い、その右拳が円勝の顔面を捉えていた。


「おめぇら!俺達のお嬢がこのクソ坊主共に殴られたぞ!女子供に手をあげるようなクソ共だ!思う存分叩きのめしてやれ!」


雄叫びのような武雄の声に、周囲にいた人々が呼応する。

善徳寺の一団に組み付き、殴りかかり、締め上げていく。


「お嬢。大丈夫か。」


喧噪の真っただ中、ポツンと取り残された私と六助さん、おようさん、お爺様に武雄が近づいて来た。


「大丈夫。歯は折れていないわ。」

「そりゃよかった。で、このクソ坊主共はどうする。」


見ればお坊さん達は武器を取り上げられて民衆に組み伏せられている。

どうやら怪我をした人は(お坊さん達以外は)いないようだ。

あっという間の捕物だけれど、参加した皆は歓喜の声を上げて喜んでいる。


「これで十分報いは受けたでしょう。生かして帰してあげて。」


武雄だけじゃなくお爺様までもが不満げな顔をする。


「こんなことで無用な殺生はしたくないの。」


私が念押しすれば、武雄が頭を掻きながら立ち上がる。


「おう、全員大手柄だ!坊主共は縛って転がしとけ!捕り物に参加した連中は後で俺の店に来てくれ!一本馳走してやるぞ!」


わっと歓声を上げる民衆をしり目に、これが決定打になってしまったと少し後悔をしている私がいた。



次回は11月27日(木)18:00投稿予定です。

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