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武勇伝  作者: 真田大助
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祭り_壱

キッカケは「夏といったら祭りだろ!」と言う武雄の掛け声だった。

蝉の大合唱が響く福光で一層賑やかな声が響く。


「これは壮観ですな。福光にこれだけの人が集まるなど久方ぶりにございます。」


私の右隣に立つ円順和尚が両手を合わせて笑っている。

福光寺の前にある通りにはいくつもの露店が並び、多くの人が行き交っている。

正直なところ、福光の復興はほとんど進んでいない。と言うのも、福光は木舟石黒家の領土であり私達が勝手に家を建てたり田畑を整備することは好ましくないからだ。福光屋だって事前に木舟石黒家にお伺いを立てて許諾を得てから店を構えている。

福光は木舟石黒家の領地の中でも飛び地になる。木舟石黒家の本拠地である木舟城と福光の間には善徳寺の寺領があるため、そこまで厳密な管理はされていないようだが仮に高藤家が手を出せばたちまち兵が飛んで来るのは必定だ。


「このような祭りを行って頂ける高藤家の皆さまには何とお礼を伝えれば良いか。」

「よしてください和尚さん。福光には沢山助けてもらっているんです。その恩返しをさせてください。」


今度は私に対して手を合わせて拝む円順和尚さんに笑いかける。

武雄や石黒党を助けてくれた福光寺。今も私達の良いビジネスパートナーとして活躍してくれている福光屋。福光の皆への恩返し。

左隣に立つお爺様も感心したように腕を組んでにこやかに笑う。


「お雪よ。これだけの民が笑っておるのは良い眺めじゃのう。これこそ儂が見たかった景色よ。」

「お爺様。これで満足しては困るわ。もっと多くの人を笑顔にするために私は頑張っているのだから。」

「木舟石黒家も喜んでおろう。自らの懐を痛めるどころか米を受け取って更には祭りまで催すなど。」


福光は木舟石黒家の領地。そこで高藤家が勝手にお祭りを開催すると色々とこじれてしまう。それを避けるために、早川家を通して事前に許諾を得ている。『福光寺には当家の家臣が大恩があるので、その恩返しのために祭りを催したい。お騒がせするのでお詫びにお米も贈りますね。』と言った具合に話をまとめている。もともと荒れて人も少ない土地だ、木舟石黒家の注目度も低いようで特に問題なく許可をもらえた。


「しかしこれほどの人が集まるとは。お雪様の人徳の賜物ですな。」

「そんなことありませんよ。私はただ、お祭りがあることを触れて回っただけです。」


もちろん、例の経典を添えて。

早川家からも経典配布の許可は得た。砺波郡の各地に赴いて祭りの開催を伝える。ついでに経典も渡して布教活動。絵入りの経典は大好評で、どの村でも娯楽の一つとして読みまわされているらしい。『もっと欲しい』と言う声が毎日のように高藤家へ舞い込んでいる。

そうして集まったこのお祭りでは、ここ福光寺の門前で経典を無料配布することで、さらなる布教を図るのだ。


「これほしかったんだ!」「高藤様、ありがとうございます!」


人々が経典を手に祭りに参加していく。

神輿も盆踊りも無いけれど、こうして人が集まって語るだけでも十分な娯楽のようだ。それに今回はとっておきのイベントも用意してある。

腰に手を当てて笑顔の人々を見送っていれば、左隣のお爺様からグゥと腹の虫が鳴く声が聞こえた。


「お雪よ。儂らもそろそろ回らぬか。いや、出倉がまた何か悪さをしておらぬか見張りにだな…。」

「はいはい分かってますよ。では円順和尚さん、ここはお任せしてもよろしいですか?」

「えぇお任せください。」


ニコニコ笑顔の円順和尚に経典の配布を任せ、私はお爺様と連れ立って露店の並ぶ通りを進む。

露店は様々な物が並んでいた。草履を売る店、藁紐を売るお店、笠や蓑を売るお店。普段は農作業に勤しんでいる人が一生懸命に呼び込みをしている。お代は主に物々交換。貨幣制度が浸透していないのでこればかりは仕方ない。露店を見る人たちも交換用の荷を背負っている人が多く見える。

そんな中で目立つのが六本の旗。高藤家の家紋と共に【銭一文】と記された旗が六つの店に翻っている。全て高藤家が出店したお店だ。


「お雪よ。まことに銭一文で売るのか。いくら何でも大盤振る舞いが過ぎるのではないのか。それに武士が商いなど…。」


お爺様が眉間に皺を寄せながら小言を言ってくるが聞き流しながら歩く。


「いいのよ、お祭りなんだから。それに彼らの度胸を鍛えるための訓練でもあるのよ。」

「しかし商人の真似事など…。」

「勝ち負けを学ぶ良い機会じゃない。」


私が企画したのは売上競争のイベントだ。六つの出店では売り上げを競い、売り上げが一番多かった出店は六つ全ての売り上げ金を総取り。商品は一つ一文だけど、原価は全て高藤家持ち。となれば、(人件費を考えなければ)優勝者は丸儲けと言う寸法だ。

といっても参加するのは高藤家の関係者だけ。あくまで高藤家の人間が大安売りをする、民へ還元する、と言うのが大事なポイントなのだ。

ちなみに一文も持っていないお客さんは福光屋さんが待ち構えているので安心してほしい。様々な物を売っている福光屋だが、今日は買い取り専門。物々交換用に持ってきた物を買い取って銭にしている。どこのお店よりも混んでいるように見えるのは気のせいだろうか。


雑踏の中には幾人か見慣れた顔もあった。

城端の薬問屋の長次郎さん、石黒党のおじいちゃん達。流石に党首の光興さんは出て来ていないようだ。

何人かと挨拶をしつつ、渋い顔のお爺様を引き連れて着いた最初のお店は射的屋だった。


「十兵衛、清隆。調子はどう?」


私が声をかけると、小さい弓矢を持った長瀬十兵衛が顔を覗かせた。


「お雪様!客足は上々です。しかしなかなか的に当たらないのでどうしたものかと。」

「それは十兵衛の教え方が下手だからだろう。先ほどの石黒党ご一行くらいしか的に当たっていないぞ。」

「なんだと清隆。これはお前が作った竹弓だ。当たらないのはコイツの出来が悪いからじゃないのか?」


子供に弓を握らせている葛西清隆が十兵衛をちゃかすと周囲のお客さんから笑い声があがる。

五メートル程先にある的目掛けて何人かが矢を放つ。数本は的に命中するが、的まで届かない人や的を大きく外す人もいる。それでも初めて弓矢に触れる人々は随分と楽しいようで、応援する野次馬も集まっている。


「これは武芸稽古にもなりますのう。民が弓を扱えるようになれば戦でも大いに役立ちますぞ。」


お爺様が周囲に聞こえないように低い声で囁く。そこまで見込んでの射程屋なのかは分からないが、ともかく皆が楽しそうなのは良いことだ。

そう言えば先ほど見かけた石黒党のおじいちゃん達は弓を扱っていたはず。高藤家では弓をまともに扱える人はいないので、いつか指南してもらうのも良いかもしれない。

そんなことを考えながら「頑張ってね。」と、十兵衛と清隆に声をかけて次へ向かう。


少し先にある銭一文の旗の下は、先ほどの射的屋とは打って変わって静かな雰囲気だ。なぜだか薄暗い雰囲気すら感じる。が、決して閑古鳥が鳴いているわけではない。人はいるのだが、その誰もが口を結んでじっと品物を手にして見つめている。ちょっと異様な雰囲気だ。


「こ、これは。」


お爺様が引きつった顔をして並ぶ品々を見る。

並んでいるのは骨、骨、骨。小動物の頭蓋骨から鹿の角や猪の牙。骨ばかりが並んでいる。

勇気を出してひとつ手に取ってみれば細かい加工がしてあるようだ。何やら文字が刻んであったり、穴を空けて藁紐でくくってある物もある。これはネックレスになるのだろうか。


「お雪様!お待ちしておりました。」


ひと際良い笑顔で店番をしていたのは浅尾錦之助。お洒落好きと言うか傾奇者と呼ぶのか、奇抜好きな彼らしいラインナップだ。


「これは錦之助らしいお店ね。」

「そう言って頂けると頑張ったかいがあると言うものです。ですが半分は弥五郎の手業によるものです。」


弥五郎の?少し意外だ。気弱なイメージの弥五郎がこうした趣味があるなんて。


「お、お雪様。誤解です。」


お客さんからお代を受け取っていた弥五郎がオロオロしながら近づいて来た。


「ただ動物の骨を売り物にするのは縁起が悪いと思い、供養のためにこうして念仏を彫ったのです。」

「そしてそれを持ち運べるように穴をあけ、紐を通しました。お雪様にはこちらがお似合いではないでしょうか。」


弥五郎を押しのけるようにして錦之助がジャラジャラと骨の付いた紐を差し出してくれる。


「これは一体?」

「鹿の歯にございます。草を食む平たい歯は、天下を平たくする縁起物にございます。」


本当だろうか。聞いたことが無いけれど。


「私が考えた売り文句にございます。」


ドンと胸を張る錦之助を見て弥五郎がため息をついている。なんだか詐欺に加担しているような気になるが大丈夫だろうか。

しかしこの品揃えを好むお客もいるようで、何人かが手に取って品定めをしている。


「あまり変な噂が広まらないように気を付けてね。」


錦之助へ鹿の歯のネックレスを返しながら次の店に向かう。

あれだけ口が回れば外交官、交渉役としては適任だろう。軽口だけは注意が必要だけれど。


少し不安な気持ちが尾を引きつつも、三つ目のお店では涼し気な音が響いていた。カランカランと鉄と鉄が響く音がする。


「これは小さな鐘ですかのう。」


お爺様が手にしたのは音のなる小さな鐘。お店の軒先に風鈴のように吊るした小さな鐘は、風に揺られてカランカランと小気味良い音を鳴らしている。

その音に聞きほれて道行く人が足を止め、軒先に吊るされた小さな鐘に触れる人が沢山いた。


「ここでは鐘と団扇を売っています。」

「音と風でこの暑さを吹き飛ばすのです。」


カランと鐘を鳴らしたのは中村雪丸。

フワリと風を起こしたのは本間千早。

なるほど、この暑さの中では団扇は必需品だろう。竹と和紙で作られた団扇には高藤家の家紋が描かれている。既に何人かは団扇を仰ぎながら通りに繰り出しており、まるで高藤家の勢力がどんどん拡大していると錯覚してしまう光景だ。

それにカランと鳴る鐘は耳に心地よい。風鈴ほどの高い音では無い分、なんだか心が落ち着く、一向宗徒の多いこの地域では尚更喜ばれる一品かもしれない。

うーん、需要をよく捉えた良い商品選択ね。これまでの射的屋と小物屋(?)は彼らがやりたいこと、売りたい物が全面に出ていたが、この二人はしっかりと顧客のニーズを考えている。


「さすが奉行候補。良い着眼点だわ。」

「恐れ入ります。ですがあちらには敵いそうにありません。」


算盤を弾いた雪丸の視線を追ってその先を見る。


「なによ、あの黒山の人だかりは。」


少し先にあったのは凄い人の集まり。銭一文の旗が辛うじて見えるが、店番の姿は全く見えない。

お爺様と顔を見合わせてから、四つ目のお店であろう人だかりに近づいて行った。


次回は11月21日(金)18:00投稿予定です。

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