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武勇伝  作者: 真田大助
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来訪者_弐

本丸といっても小さな建物だ。謁見に使われる広間は玄関から上がって二部屋ほどで着く。

お嬢に連れられて進めば襖が開け放たれた広間の上座、一段高い場所に城主の早川義人。その隣に時瀬家の瑠璃姫が座っていた。

左右には川上鏡之介などの早川家家臣や近隣の土豪が数人座っており、末席にはお嬢や瑠璃姫のお付きの桔梗も座っている。

そんな早川勢に囲まれるようにして座っている男達が十名。誰よりもキチンとした身なりで背筋もピンと伸びている。雪の中進んで来たとは思えないほど質の良い衣服を身に着けておりお上品な身なりだ。なんだか上座と下座があべこべに見えるくらい恰好が違う。

話しはだいぶ盛り上がっているようで、早川と瑠璃姫をはじめ、居並ぶ連中は上機嫌に笑っていた。


「では豊川は私に仕えてくれるのですね。」

「は。お父君からもお許しを得ております。」

「父は怒っていましたか?」

「いえ。姫がご見聞を広げられていることをお喜びにございました。願わくば今少し便りを欲しいと。」


フン、と大きな鼻息が聞こえた方角を見れば、お付きの桔梗が「ほら言ったでしょ。」と言わん顔で瑠璃姫を睨んでいた。

キチンとした身なりの男達の中、最前列で受け答えしているのはどうやら豊川のようだ。時瀬家に仕える武士で何度か都で会ったことがある。といっても初めて会った時は延暦寺の坊主。二度目は朝倉家の密偵。二回とも助けてもらった形になるが、俺の事を認識しているだろうか。

着物越しにも分かる武骨な背中を見つつ、京の様子を聞くために静かに座る。


「そうします。義人様、豊川達の俸給は私が支払いますので、お許しを頂けますでしょうか。」

「無論です。俸給も当家からお出ししましょう。どうぞご心配なさらず。」


「ありがたきお言葉。」と瑠璃姫が頭を下げると、豊川一行も深々と頭を下げる。

数カ月前、福光屋に頼んで俺は越前の朝倉家へ。瑠璃姫は京の時瀬家へ文を送った。上見城に捕らえられており、自由の身になったとは言え都に帰らずここに残るとでも伝えたのだろう。その返事が豊川一行と言うことか。

腕の立つ護衛が参陣するとなれば早川家としても願ったりかなったりだ。


「そうかしこまらないでください。豊川殿、都の様子を今少し伺わせてくださいませんか。」


義人が声をかけると、豊川はもう一度軽く頭を下げてから顔を上げる。


「は。都は荒むばかりにございます。細川家を筆頭に武家が横暴を働き、民を虐げております。公家にそれを止める力はなく、それどころか日々の糧に事欠く家もある程。」

「都を良くしようとする武家は無いのですか。寺社衆などの施しは無いのですか。」

「さて。私利私欲にまみれた坊主共が何やら唱えておりますが、僅かな炊き出しの引き換えに高利な貸付を行う寺もございました。中には善良な坊主もおりましょうが、稀有な存在となっておりましょうな。」


珍しく豊川の声に怒りが滲んでいる。


「都には比叡山延暦寺もありましょう。かの者達はこの国難に何をしているのですか。」


瑠璃姫が問うと豊川が首を振る。


「幾度か炊き出し等も行っておりましたが、今では門徒を食わすのに精いっぱいの様子。それに都では本願寺が台頭しております。これとの小勢り合いが頻発しており民は辟易としております。」


京では本願寺対延暦寺の宗教戦争の気配か。確かに民からしたらたまったもんじゃないな。武家だけじゃなくて僧侶も争い始めるようじゃ世の終わりだと嘆く気持ちもよく分かる。


「そのような惨状の中、よく来てくれましたね。」

「瑠璃姫のお呼びとあらば、一刻も早く参るのが某の勤めにございます故。」


豊川がまた頭を下げる。


「義人様。豊川は幼き頃から桔梗と共に私によく仕えてくれているのです。以前お話ししました薬草取りの件、彼が護衛について来れば安心です。どうかお許しいただけませんでしょうか。」


瑠璃姫が小首をかしげて伺うと、義人はわざとらしい咳払いを二三してから座り直す。

「認めたいところですが。」と義人は豊川に向けて厳しい顔を向けた。


「薬草採取のために山へ分け入る件については、豊川殿の腕前を拝見してから決めましょう。」

「もちろんです。豊川は当家でも腕利きの男。きっと義人様もご納得いただけます。」


瑠璃姫が「そうですよね、豊川。」と声をかければ、豊川は「過分なお言葉にございます。」と頭を下げる。

そんなやりとりの中、お嬢が俺を見てウインクした。なるほど、豊川の実力を測るために俺を呼んだってことか。任せておけ。

確かに豊川は腕利きだが俺も実戦を経て成長している。手合わせをしたことのない相手だが何度か戦い方を見た。俺の方が分があるはずだ。

そうとなればさっそく。と、腰を浮かせたところで義人の声が耳に入ってきた。


「では、ぜひ私と手合わせを願いましょう。」


「ん?」とその場にいた全員が義人を見た。


「早川殿。手合わせなら当家の出倉が立ち会います。」

「左様。殿に万が一の事があっては困ります。ここは高藤殿にお任せされては。」


お嬢と川上鏡之介が進言するが、義人は手を挙げてそれを制する。


「いえ。私が。」


ギラリと獰猛な目をした義人が立ち上がり、室内に冷たい風が吹き込んだ。


・・・


あぁもう。これだから男って生き物は困る。

才川城の本丸横。開けた場所で木刀を持って向き合う二人の男を見る。

私の斜め前には不安げに両手を合わせる瑠璃さん。そんな顔してるけど、こうなったのはアナタのせいでもあるのよ。なんて少し小言を言いたくなる。瑠璃さんが豊川さんを褒めたせいで、義人さんの嫉妬心に火がついてしまったのだから。


はぁ、とため息をついて義人さんを見る。中段に木刀を構えてジリジリと距離を詰めていく。

川上さんが言った通り、何かあったらどうするのか。今の早川家が置かれている状況は安心とはいいがたい。飛騨の山下家に越中の一向宗と敵に囲まれており、家中もまだまだ安定していない。そんな中で怪我でもしたら…。

カンと甲高い音が響く。一瞬目を離しただけなのに、もう豊川さんと義人さんが一手交えていた。

数舜の鍔迫り合いの後に双方が距離を取る。

チラリと横を見ると武雄は不満げな表情で腕組みをしている。それもそうよね。自分の出番を奪われたようなものだもの。

それにしても義人さんの入れ込みようはなかなかのものだ。瑠璃さんが少し褒めただけでこうも張り合うなんて。これが悪い方向に転がらないと良いけれど。

ため息をつけばまた甲高い音が数度響く。義人さんが何度も打ち込んでいくがそれを豊川さんが受ける格好だ。目にも止まらない速さで繰り出される連撃に周囲の男性陣が声を漏らす。

ひと際大きな音が響き、再び鍔迫り合い。


「やるな。」


武雄が呟く声がやけに大きく聞こえた。

先に動いたのは義人さんだった。声を上げて豊川さんを押しにかかる。ズリズリと豊川さんが押し込まれるが、その顔に焦りは見えない。

押し込まれたその勢いを利用して、豊川さんが木刀を滑らせるような動きで義人さんをいなす。


「あっ」と声が上がる。豊川さんの繰り出した一撃は義人さんの頬を掠め、転がって避けた義人さんから血が滴る。

今度は豊川さんの番だ。態勢を崩した義人さんに対して木刀を打ち込む。受ける義人さんの表情は苦し気だ。数撃をいなし、上段から振り下ろされた一撃を何とか堪え、逃げるように転がって態勢を直す。

再び見合う二人。ピシッとして埃一つ付いていない豊川さんと、砂まみれの義人さん。互いに中段に構えて距離を詰めていく。


「急いてるなぁ。あれじゃ早川の負けだぞ。」

「そんなことありません!義人様だってお強いのです!」


武雄の呟きが聞こえたのか、瑠璃さんが振り返って大きな声を出す。その声に反応したのは私達だけでは無かった。

カンと木刀が交わる音が響き、二人が三度目の鍔迫り合いを始める。

瑠璃姫の視線が武雄から二人へとうつる。義人さんがこちらを見たような気がした。

聞いたことのない声量で義人さんが雄叫びを上げる。次の瞬間、豊川さんの木刀が宙に飛んだ。


・・・


「最後は力押しでした。我ながら恥ずかしい。」

「いえ。お見事な腕前でした。」


広間に戻った早川と豊川が手合わせの礼を言い合う。俺の見立てとしては技量はほぼ互角。急いていた早川の方が分が悪いと思ったが、最後の最後は早川の力技で押し切って終わった。瑠璃姫の声に驚いたのか、豊川の構えに隙が出来たのも勝負の決め手になったかもな。

手合わせを終えた二人は腕を認め合ったようで、手合わせ前よりも穏やかな表情をしている。反対に周囲の連中は疲れた顔をしているが、まぁその辺は見ないでおこう。


「義人様。豊川の護衛があれば外に出てもよろしいですよね?」

「えぇ。あれだけの腕前があれば。しかし出る際は必ずお声がけください。当家からも出来る限り人を付けます。」


ほっとしたような表情で瑠璃姫が笑っている。

ドーベルマン豊川が護衛にいれば仮に山下家や近岡家の残党が襲ってきても対処できるだろう。それにしても豊川の腕前は中々のものだ。近々俺も手合わせをお願いしたい。

腕組みをしてイメージトレーニングを始めようとしたところでお嬢がポンと手を叩いて声をあげた。


「では豊川殿の参陣を祝って、今宵は一献如何でしょうか。」


お嬢が周囲を見渡せば、居並ぶ連中の顔がほころぶ。


「そうですね。気が利かずに申し訳ない。豊川殿、如何ですかな。」

「は。ありがたき幸せにございます。」

「些少ではございますが当家からもお食事を振舞いましょう。武雄、まだ干し肉はあったわよね。」


干し肉と聞いて周囲の連中は微妙な顔をする。肉食はまだまだ一般的ではないようで、避ける人も多い。が、肉を食わないと強くなれないぞ。


「影尾衆から買い込んだ分がまだ残ってたはずだ。ちょっくら取ってくる。」


誰かに止められる前に立ち上がり、さっさと高藤家に向かって駆け出した。

100話を迎えることが出来ました。相変わらず遅い更新で申し訳ございません。

私自身は楽しく書かせていただいております。

話しは遅々として進みませんが、お暇な時に少し覗いて頂けると嬉しいです。

引き続きどうぞよろしくお願いいたします。


次回は11月17日(月)18:00投稿予定です。

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