【3】
【みんな、今日も来てくれてありがと~】
治美と話してから初めてになる、『せいらのハッピーラッキーたいむ』。
《“星来”さん、こんにちは~》
《今日は定刻~!》
“望夢”の挨拶の直後に表示されたコメントの主は“パルフェ”、……治美だ。
《“パルフェ”ちゃん、“ここまる”さん、こんにちは~》
リアル事情などおくびにも出さず、加代子はごく普通にリスナー同士としてのコメントを投げた。
その二人だけではなく、他からも送られた挨拶が入り乱れる。配信コメントにおいてはいつものことだ。
《うわ、“パルフェ”ちゃんが最初からいるなんて! 何? 今日なんかあった? これからあるの?》
《“ここまる”さん、ひどいです~( ;∀;)》
【え~、これ“星来”が重大発表しなきゃならない流れ!? どうしよう、そんな仕込みしてない~】
常連リスナー同士の軽口の叩き合いに、“星来”が乗っている。
《仕込みw “星来”さんにわざとらしい仕込みなんて誰も期待してませんよ~》
そこへまた別の常連のコメント。
そういえば、治美と「実際の知り合いだとは明かさないでおこう」と申し合わせなどはしていなかった。
しかし『ネット』に不用意に『リアル』を持ち込まないのは、暗黙の了解で常識だと加代子は考えている。
そしてこの分だと、友人の方も同じ感覚を持っているのだろう。
その翌日、加代子は約束通り治美とカラオケに行った。
始めから見栄を張る気などなく告げたが、正真正銘「初めての友達とのカラオケ」になる。
母が歌好きで、定期的に二人でカラオケボックスには出掛けていた。そのため曲の入れ方からわからないといったことはない。
ただ、それ以上に「親以外の他人とボックスに二人きり」で上手く振る舞えるだろうか、という不安はあった。
しかしそれは杞憂に終わる。
ドリンクを取りに行って部屋に戻って来るなり、いきなりタッチパネルを操作し始めた治美を見ているだけの加代子に、彼女が曲を入れ終わった端末を向けて来た。
「ミユちゃんは? ほっといたらあたし、自分一人で続けて歌っちゃうよ!?」
真顔で促され、慌てて曲を検索して入力する。
「あ、これあたし! 『ステイ!』」
壁のディスプレイに曲名が映し出されると、治美がマイクを手にスタンバイしていた。
「ボーカロイドだよね?」
「そ。あたし好きなの、“めろん”ちゃん」
二人でひたすらに曲を入れては交互に歌い、二時間はあっという間に過ぎてしまう。
「また絶対来よう」
笑顔で言い合いながら、部屋を出て精算に向かった。
学校でも治美が加代子に話し掛けるようになったため、自然と他のクラスメイトと言葉を交わすことも増えて来ていた。
「御幸さんて一人が好きなのかと思ってた」
「そうだよね~。いつも物静かだし、落ち着いた大人っていうかあ。……あ! もし『仲間外れにした』みたいに思われてたらゴメン!」
意外だという感情を隠そうともしない同じクラスの女子たち。
「そ、そんなことない、から! 私、喋るのヘタだし、自分から行けなくて……。私の方こそ嫌な感じだった、かも」
「それはないよ~。ミユちゃん、全然悪口言ったり態度に出したりしないもん。むしろすごい『できた人』だな~と思ってたよ、あたし」
謝る彼女に慌てて弁解する加代子に、治美が援護射撃のように言い添えてくれる。
「そうそう! 高校生にもなっていっつもグチグチとか、ちょっとしたことで不貞腐れる子ってめんどくさいよね! いちいち機嫌取ってらんない~」
そこに便乗した他のクラスメイトに、何人もが口々に賛同の意を示した。
◇ ◇ ◇
「ミユ、明日はどうしよっか?」
「私、観たい映画あるの。昨日──」
金曜日の学校帰り。
もともと明日の休みは出掛ける約束をしていた。二人でよく会っては遊んだ夏休みが終わって、もう一か月になる。
治美の問いに希望を述べた加代子に、彼女はすかさず先読みして来た。
「『Invisibledays』? “星来”さんがお勧めしてたやつ」
「そう! 別に明日じゃなくていいけど観に行きたいな、って。治美もそれでいい?」
「OK!」
治美とは急速に親しくなって、今では「親友」とも称せる間柄になれたと思っている。
話してみると、“星来”関係以外でも想定外に気が合うのがわかった。「陽キャ」の典型に見えていた、いつもクラスメイトの輪の中にいた彼女と。
「予約できるか調べてみようよ。まだ上映期間あるはずだけど、早く観たいじゃん?」
早速スマートフォンを手にした治美が、映画館の空席状況を確かめているらしい。
昨夜の配信でも、エンディングのメッセージは伝えられた。
【また“星来”に会いに来てね!】
治美との縁を結んでくれた、加代子のアイドル。
そして治美からさらに広がった関係も、元を辿れば同じところに行き着く。
透明人間ではなくなって、日々話して笑い合う現実の友人が増え、『親友』さえできた今でも“星来”の存在は色褪せない。
──だから「会いに行く」よ。“星来”さん。私があなたに会いたいの。
~END~