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お地蔵様のまなこ 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 おー、雨が上がってくると、地元に帰ってきた感がすごいなあ。

 電車に何時間も乗っていると、いくつも県をまたぐっしょ? 山越え谷越えしていけば、当然天気の具合も変わってくる。

 どうせ旅行に行くならば、いい天気のもとに時間を過ごしたいところだけで……まあ、悪い天気もそれはそれで味があるかな?

 雨は肌や服に触れれば、その箇所をたちまち冷やしにかかり、窓に当たればその表面をおおいに濡らして、向こうを見づらくしてくる。


 恒温動物たる僕たちには、何かとマイナスに働くことの多い側面だ。

 けれども、その不都合のおかげでもって、普段は触れられないものに触れられる、ということもあるかもしれないな。

 目的地までの時間でよければ、僕の聞いた昔話、耳に入れてみないかい?



 むかしむかし。

 とある旅人が、路上で雨に降られたときのことだ。

 たまたま人通りの少ない道に差し掛かった頃合いで、近くに雨宿りのための軒を借りられそうな人家はない。

 仕方なく、道端に生える一本の巨樹の根元へ身を寄せたのだそうだ。張り出したこずえはしっかりとした屋根ほどではなくとも、真っすぐ落ちるしずくからは、どうにか身を守るのに役立ったからだ。


 彼が腰を下ろした樹の根元には、お地蔵さまが一体たたずんでいた。

 赤い前掛けに錫杖を携え、横たわる道へと顔をまっすぐ向けている。その隣へどかりと腰を下ろした旅人は、羽織っていたものを外しては、順番にしぼっていき、身体の冷えを取り除こうとしばらくはかかりきりになっていたそうな。

 風はないものの、先ほどから遠方でゴロゴロと雷の鳴る音が聞こえてくる。しばらくは様子見の一手だろう。

 急ぐ旅でもなく、この身ひとつの心配さえしていればいいというのは、幸いか。

 替えの着替えを出し、布団の代わりにして身体をくるんでいく。

 まだ陽が沈むには時間があるはずだ。雨足が弱まったと見るや、すぐにでもここを発って、泊まれる場所まで急ぐ腹積もりだった。


 しかし、雨はなかなかおとなしくならない。

 見るに、真っすぐに降り落ちていたしずくは、じょじょに横殴りへ変わり始めた。

 これもまた幸運だったが、巨樹の根元にも背の高い草たちが、身を寄せ合って生えていて、あたかも自然の垣根となっている。

 お地蔵さんと旅人とを側面から包むような形で守っており、さほど身体が大胆に濡れることはなかったとか。

 それでも皆無とはいかず。ときおり正面から回り込んでくる、利口な雨粒たちが肌を濡らしてきた。

 それらをぬぐいながら、「早く雨を晴らしていただけませんかねえ」と、いわんばかりに、すぐ隣のお地蔵様を見やってしまい、それに気が付いたんだ。


 お地蔵様のまなこが、開いている。

 来たときは、確かに閉じ切った目でもって、道を見やっていたはずだ。

 それがいま、はっきりと開いているんだ。もちろん、石でできているお地蔵様がこうもすぐに格好を変えるとは信じがたい。あらかじめ、細工でもしていない限りは。

 思わずまじまじと観察してしまう旅人は、その開かれた目の中心に輝きを見る。

 人の黒目の部分よりも、わずかに小さいくらいのガラス玉のようなものが、お地蔵様の双眸にはまっていたんだ。

 旅人のように、自ら水を拭うすべを持たないお地蔵さまは、回り込んだ雨粒を素直に受け止め続けている。

 その頭から、顔全体から流れ落ちる雨水は、幾度もガラス玉の上に被さっては通り過ぎていくわけだけど、しばらく眺めていた旅人は気が付いた。



 水が玉の上を横切るたびに、玉の表面がわずかに色を変えていくんだ。

 はじめは透明だったのが、一度目は緑、二度目は紫、三度目は赤色……といった具合に。

 自分の見間違いかと、何度も目をこすってしまう旅人だったけれども、それは確かに起こっていることだったんだ。

 そしてもう一点。強まる雨音によって、旅人は当初は気づけずにいたことがあった。

 足音だ。

 先ほどまで雨に支配されるがまま、おとなしくしていた他の者の気配が、にわかに強まったんだ。

 お地蔵様の瞳が紫色に光り出した中、旅人は自分がよけた街道側を見やる。



 先ほどまで、人っ子ひとりいなかった街道を、しきりに行き来する影があった。

 一見、それは人馬を引くもろもろの通行人の姿であり、その上を、羽根を広げた鳥が遠慮なく横切っていく。この降りしきる雨の中にもかかわらず。

 空気がかすかに紫がかった中を行き来する彼らだったが、旅人はほどなく、彼らのおかしな点に気がつく。

 顔だ。彼らの顔は身体と合致していない。

 歩く人は牛、それについて回る牛や馬は鳥、そして飛び交う鳥たちはいずれも人を思わせる顔つきだったのだという。

 彼らはいずれも、それを苦にしていない面持ちで、道を往来している。この雨の中を。


 さらによくよく見ると、彼らはいずれも濡れる気配もないことに、旅人は気づく。

 自分がこの中を歩いたのなら、すでに肌も衣服もぐっしょりと濡れて、足元の土は緩みに緩んで、水音を隠せずにいたはずだ。

 しかし、彼らはそれらを受ける様子がない。

 先ほどから広げる鳥の翼しかり、人らしきものの羽織しかり、付き従う動物の毛皮しかり……いずれも、わずかな湿り気を帯びるにいる。

 まるで屏風絵の中にいるかのごとく、軽やかに行き来し、あたかも晴れの日に歩くかのような足音に終始して、水の気配をいささかも感じさせない。


 それらは、お地蔵様のガラスの色が変わるたび、変化した。

 それぞれの顔が入れ替わり、図体が入れ替わり、また姿を完全に消してしまう。お地蔵様のまなこの色の移りように合わせて、それらを包む空の色も微妙に彩りを変えていった。

 彼らが見えなくなる時は、ただひたすらざあざあぶりの雨が存在を主張し続ける。空の色合いも、元通り。旅人が雨宿りに身を寄せた、あの通りのままだ。


 雨は半刻ほどであがり、旅人はその間、幾度かその往来を目にしたらしい。

 雨が止んでからお地蔵様を振り返ると、そのまなこはしっかりと閉ざされていた。指などで押し上げようとしても、びくともしない重さ。

 これがああも目を開いて、奇妙な景色を前にしていたお地蔵様と同じとは、とうてい考えられない。

 帰ってから旅人は、このことを自村の者たちに話す。

 様々な憶測を呼んだが、有力なのはお地蔵様が見せた景色は、お地蔵様が救わんとしている者たちの姿ではなかったか、という意見。


 お地蔵様は六道に赴き、あらゆる衆生を救い出す存在。

 その奇怪な姿を持つものは、いずれもお地蔵様が出向いた六道のいずこかにいるもので、お地蔵様が助けようとしている者たちの姿だったのではないかと。

 その六道それぞれを隔てる膜などが、雨によって流れ落ち、透けて見えたのではないかと考えられたんだ。


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