私を見ない友人の話
友人を殺した。五分前の話だ。
一時間前まで、けらけら笑っていた友人は、もう動くことはない。
うつ伏せの友人の首には、赤黒い跡があって、喉の下には、白いスカーフが落ちている。
去年の誕生日、友人がわたしにくれたスカーフだ。
でも、今年の誕生日、友人は私にプレゼントをくれなかった。
友人の頭は、彼氏のことでいっぱいだったからだ。
出会った時から、友人の話は、新しいネイルとか、SNSでちょっとパズった写真とか、そういうことでいっぱいだった。
友人はいつも、きらきらした世界に居た。
そして、そっちの世界に行きたくて、でも、ぐずぐず留まってたわたしを、見つけてくれた。癖っ毛で、化粧なんてできなくて、人と話すことが苦手なわたしを。
高校に入った時、わたしは勇気を出して、黒いネイルを塗った。
ネイルを塗ることは初めてだった。
だから、塗り方なんてわからなくて、気泡ばかり入って、全然綺麗に塗れなかった。
そんなわたしを、友人は見つけてくれた。校則違反の、赤いリップを塗った唇で、綺麗な黒じゃん、と言ってくれた。私、黒色好きなんだよね、と言ってくれた。
帰ってから私は、結局ネイルを落とした。はしたないと、晩ご飯を食べてるとき、母親が、甲高い声で言ったから。
浮気ばかりの父親に、母親はいつも不安定で、わたしに当たってばかりだった。だから、別にそれはいつものことで、わたしはそうだよね、って、諦めてネイルを落としたのだけど。
でも、友人はそれからもわたしに話しかけてくれた。
それから彼女は、たった一人のわたしの友人になった。
でも、友人にとっては、そうじゃなかったのだ。
二月前、友人に彼氏が出来た。初めての彼氏だって、友人は笑った。
それから、友人は、変わってしまった。
最近流行ってる歌から、デートでの彼氏が照れたことに、友人の話は変わった。
それだけじゃない。
友人が、わたしと一緒に居る時間は、どんどん減っていった。
一緒に駅まで帰る日は、どんどん減っていったし、休みの日に、SNS映えのするカフェに誘われることも、なくなった。
その代わり、友人のSNSには、彼氏との写真が増えていった。
わたしは友人の彼氏なんて、どうでもよかった。むしろ、さっさと別れてしまえって思ってた。
でも、我慢してた。だって友人に嫌われたくなかったから。
そんな我慢に、結局意味はなかったのだけど。
一昨日の土曜日の話だ。
友人は私の誕生日に、メッセージをくれなかった。代わりに、SNSには、おそろいのソフトクリームの写真がアップロードされていた。
そして、昨日の話だ。
母親が、リビングで首を吊っていた。そして、父親に、電話が繋がらなくなった。
リビングはぐちゃぐちゃで、誰かが暴れたことは明らかだった。
遺書はなかった。多分、父親が殺したんだと思う。
わたしは決めた。
友人を殺そう、と。
だって、いくら我慢しても、彼女はわたしを見てくれないのだ。
友人にSNSでメッセージを送ると、すぐに既読がついた。多分、SNSに写真をアップロードした直後だったからだろう。
どうしても話したいことがある、って言ったら、友人はいいよって言ってくれた。そして、わたしの望み通り、放課後に家に来てくれることになった。十三階建てのマンションの、十階の端にある、わたしの家に。
わたしはリビングを見せずに、友人を自室に通した。そして、母の睡眠薬を入れた、ココアを出した。
友人は、疑いもせずに、ココアを飲んだ。
友人は、ちらっと見て、わたしにおいしいねって笑った。そして、何かあったの?って、真剣そうに、わたしを見た。
わたしは久しぶりに遊びたかったと言った。友人は、びっくりしたじゃん、そんなこと言わなくたって遊ぶのに、って、困ったように笑った。
徐々に友人の舌は回らなくなって、そのうち友人は寝てしまった。
そして、わたしは、彼女の首を絞めた。
白いスカーフで、力一杯締めると、がたがた友人の身体が震えて、しばらくして、動かなくなった。
わたしの息は切れていて、力をいっぱい込めた、腕も痛かった。
人を殺すことは、とても疲れることだと知った。
そして、わたしの前には、友人がうつ伏せで寝転んでいた。
もう、友人が動くことはない。
だから、これで友人が、わたしを嫌うことはないのだ。
わたしは肩で息をして、地面に尻餅をつきながら、胸をなで下ろした。
心底ほっとしていたのに、何故だか、目が熱かった。
わたしは、これからどうしようかなあ、と思った。
そして、死のうかな、と思った。ぱっと浮かんだ考えだったが、それが一番いい考えの気がした。
わたしは立ち上がった。そして、窓から飛び降りるまえに、ふと、まだ湯気を立てている、ココアが目についた。どうやら友人は、半分ほど飲み残していたようだった。
なんとなく、もう死ぬしな、と思って、コップを持ち上げる。そして、わたしは、ココアを飲み干した。
「………苦っ」
薬の味のせいだろうか。甘いはずのココアは、やたら苦かった。
友人は、なんでこんなものを飲んだのだろう。もしかしたら、舌が馬鹿だったのかもしれない。
気がつかなくてよかった、と、ほっとして、ココアを机に置く。
そして、わたしは、窓から飛び降りた。