立食パーティ
◇ 竹の間にて ◇
清明とキャラハン、スカイ国王たちが「松の間」で会食をしていた間、
結婚式に参加した一般客、と言っても実際には 王国の貴族たちだが、
この者たちは、「竹の間」にいた。
今回 スカイ国王は 結婚式の進行役なので、
王族代表として参列したチッチが、その場をとりしきった。
「コンコーネ公爵の華燭の典にお集まりの皆様方、主役の登場までに
のどを潤し 腹を満たしてしまいましょう。
人は その身も満ち足りてこそ 幸せも実感できるといいます。
コンコーネ公爵とテクノクラート子爵継承者の婚姻を祝い、
お二人を祝福にいらっしゃいました皆様方、
その幸せを分かち合うために、
こちらに用意した料理を楽しみつつ ご歓談ください」
チッチの合図を受けて 楽団が演奏を始めた。
「フィガロの結婚 序曲」 その軽やかな音楽が 場の空気を和ませ盛り上げた。
ビュッフェ形式の会場には、コンコーネ領特産のワインや 各地の地ビールや 目新しい食材を使った料理、様々なフルーツも並んでいた。
出席たちは、日頃食べなれた料理と合わせ、珍しい品々の味も楽しんだ。
◇
王国の国土が 龍の山を取り囲むドーナツ状に広がっているため
実のところ 王国の全領主が集うことなどめったにない。
それこそ 国王の就任式か結婚式くらいであるが、これもまた、王都から2か月も3か月も離れたところに住む領主ならば 祝いの品と文だけ送るのが精いっぱいであった。
ゆえに、領主就任か叙爵の時にしか 国王に拝謁できない者がほとんどであった。
ところが今回は、コンコン会でご成婚に至った貴族籍の者たちのお披露目会もかねて
公爵家の披露宴転じて 「(実は)コンコン会ご成婚者合同の大大披露宴」を行なうことになってしまった。
つまり、この立食パーティには、王国の大多数の貴族家の者が参加しているといっても過言ではない状態になっていた。
それゆえ、この披露パーティの参加者からは、結婚祝いをもらわない代わりに、披露宴参加料(飲食代)を集めることにした。
パーティ参加者側からすれば、義理で招待されたのがお互いわかっているので、
変に体裁を気にした祝いの品を贈るよりも、披露宴の参加料として低額・定額料金を支払う方が気楽だと、この形式も好意的に受け入れられた。
この宴の参加資格は、清明・キャラハンからの招待状を持つ者と
コンコン会の会員で成婚にいたったカップルとその者たちの両親である。
なので、こちら立食パーティの実行委員長は、スカイ国王の側近アランである。
(尚 このように結婚披露宴が大掛かりなものになったので
清明とキャラハンの結婚式は 婚約してから半年後の開催となった。)
◇
ここまで大掛かりになったので、馬車で1か月以上かかる領地の者たちは、
所定の日時に 最寄りの集合場所から王宮まで 転移陣で送迎してもらえることになった。
これには 全面的に ドラゴンクランが協力した。
早い話が デュラン(彼も一応魔力持ちなので転移陣を発動できる)と男装したミューズが
働いたのだ。
「言っとくけど 僕が ここまで転移サービスをするのは 生涯一度のことだからね。
これは すべて 親友清明の為なんだから、もう2度とやらないから」と
スカイ国王は 全貴族に言明したうえで、転移陣を提供した。超特別サービスとして。
まあ ほとんどの利用者たちは 転移酔いがひどかったので、
「帰りは馬車で帰る、転移陣の利用は 我々も生涯でこの一度で十分」
と決意したのであるけれど。
◇
というわけで、新郎新婦の到着を待つ間も、出席者たちは せっせと めいめいの社交に励んだ。
立食パーティ会場に居た者たちにとっての優先順位(願望も含む)は
1,国王陛下に拝謁 それが無理でも拝顔したい
2,コンコン会で成婚に至ったカップルのお披露目
3,これまで直接会ったことのない遠方の領主たちとの社交
4,コンラート公爵の結婚祝い(建前)
であった。
◇ ◇ ◇
メンデルスゾーンの結婚行進曲が鳴り響き、「松の間」との間を隔てていた扉が開いた。
スカイに先導されて 新郎新婦が現れた。
スカイ国王は、
「わが友 コンコーネ公爵夫妻の結婚披露宴に集まってくれてありがとう。
今後とも この若い二人をよろしく」
とあいさつして さっさと 自分用に用意されていた特別席に移動して座り込んだ。
一方 チッチは 素早くキャラハンのもとに移動して、盛大に 花嫁を祝福し
二人の結婚に祝いの言葉を述べた。
チッチの祝いの言葉を受けて、会場の脇に控えていたアランが拍手をし、
それにつられるように会場からも一斉に拍手が沸き起こり その音がにホール中に鳴り響いた。
なにしろ コンラート公爵が 大掛かりな結婚披露宴を主催してくれたおかげで
この「王国挙げての貴族家の交流会」&「コンコン会ご成婚カップルの合同披露宴」が実現したのだから、ここで 拍手をケチっては 義理に欠けるというものである。
キャラハンは 古くからの習わしに従って 花嫁のブーケをチッチに手渡した。
チッチはにっこりとして、キャラハンと清明だけに聞こえるように言った。
「実は 私 こちらに居るバランと婚約したの」
そして 後ろに控えていた青年を紹介した。
バランは、アランの後輩で、同じくスカイ国王の側近の一人だった。
清明もキャラハンもびっくりしたが、二人の未来の幸せを願った。
◇
チッチは コンコン会でいろいろな男性とデートをしたが、
王家に仕えることに慣れたバランと一緒に居る時が一番気楽で、寛げたので、彼と婚約した。
婚約前に、スカイは バランを問いただした。
「おまえ、何 考えてんの?」(チッチを利用しようとしてんのか?)
バラン曰く、
「代々 王家に仕えてきた一族として、今更 傍系の姫との結婚を利用したりはしません。
そんな野心を持っていては 王の側近は務まりませんから。
むしろ 複雑怪奇な王族のしきたりに詳しく、
野心をもって婿選びをしない女性を見つけることの方が重要ですし、
これがまた 非常にむつかしい。 私も コンコン会で苦労しました。
チッチのことは 幼い頃から見ているので その人柄や性格も知っています。
彼女が 私を好いてくれるのであれば、
自分としても ありがたく 結婚の誘いを受けようと思います。」
スカイ
「外では 国王に仕え、家では 姫にかしずくのか?」
バラン
「むしろ 夫婦で 公私ともに国王陛下にお仕えします。
それに 夫婦としては 自分達の屋敷の中で仲良くしますから ご心配なく。
そのあたりの切り替えができるというか わきまえがあるのが、
私とチッチさんの共通点であり、
結婚相手に求める点でもあるというのが共通しています。
それに 彼女になら 安心して仕事上の愚痴もこぼせるっていうのが、
私にとってポイント高いです。」
というわけで スカイ国王も 二人の婚約を認めた。
チッチは若いながらも 歯で舌を抑えることを知っているし、
バランが身を固めて、さらに職務にまい進してくれれば、主としても助かるから。
ちなみに チッチとバランの結婚式は内輪だけで行い、広報は、成婚後の告知だけで済ませる予定である。
二人とも その立場上、プライベートなことを あまり公開したくなかったのだ。
そして バランと結婚するならば、チッチは これまで通り王宮の一角で暮らせるので
社交を気にせず、ひっそりと気楽に生きていけるという利点もあり、
ことさらに婚約や結婚を披露する必要もなかった。
◇
「松の間」に居た貴族たちも、「竹の間」に流れてきた。
キャラハンの母を送り返したミューズは、男装として会場に戻り、
「松の間」に残っていた児童合唱団の面々を引率して連れ出し、手筈通り 王宮の別棟にある宿泊室へ送り届けた。
子供たちは ここで1泊し、翌日 王都見学をしたあと、転移陣を使ってコンラート領に帰る予定である。
(ちなみに子供たちが利用する転移陣は「超高級なものなので」転移酔いはしない。
子供たちの体に負担をかけないためのスカイ国王からの配慮である)
◇
立食バーティに出席していた地方貴族たちは 順番に スカイ国王に拝謁を願った。
スカイは 席について 鷹揚にそれに対応した。
時々 フルーツの盛り合わせをつまみながら。
時々 休憩のために離籍しながら。
一方 清明とキャラハンは、各地の領主たちの間を挨拶して回った。
清明は、「私の大切な妻です。」とキャラハンを紹介し
二人はそろって、「今後もお引き立てのほどよろしくお願い致します」と頭を下げるのだ。
領主たちも、二人の結婚がきっかけとなって、国王に拝謁したり、他領の者たちと幅広く交際するきっかけがつかめたので、その分の感謝の気持ちも込めて 二人を祝福した。
『なんとなく この二人には 変な野心がないのは感じられたし、
この二人が聡明かつやり手であることは すでに噂と実績そのどちらにおいても有名であり
さらに この二人にちょっかいを出すことは許さない!と国王が睨みを利かせ、
すでに制裁を受けた愚か者達の末路も、アラン・バラン・チッチ経由でしっかりと聞かされてしまったので
変に嫉妬したりいじわるをして 身を亡ぼすのはわりに合わない。
ここは素直に 二人の結婚を祝福し、良好あるいは無難な縁をつないでおくに限る』
というのが 王国の領主たちの間の共通認識となっていた。
二人の結婚式への参列から立食パーティに二人が姿を現すまでの経緯から。
◇
コンコーネ領の隣のバリバリ領の領主婦人は、自分と年齢差の少ないキャラハンと隣あうことになったと歓迎してくれた。
「近々 ぜひとも うちの領主館に遊びに来てくださいね。約束ですよ」
彼女は キャラハンの手を握って言った。
バリバリ領主は 少し年かさだったので、
「妻の良き友人となってもらえるとありがたい」と清明とキャラハンに言った。
「わしは 少々やきもちを焼きやすくて、わしと同年配の領主にも妻と同世代の領主にも
ついつい警戒心を抱いてしまい、妻は領主婦人としての付き合いに苦労しておるのだ。
その点、新婚のお二人なら妻が浮気するかもと心配せずに招待できるから
最初はご夫婦で、慣れれば奥様だけがうちの領に遊びに来て下さるのは歓迎だ。」
「いえいえ そうなると 私の方が心配になってしまうので、ぜひ奥様の方がわが館に遊びに来てください。」清明は笑って答えた。
「はっはっはっ、互いに美人で気立ての良い妻と結婚すると 気苦労が絶えぬなぁ」バリバリ領主
「私は 妻一筋。妻のことも信頼しております」清明
「コンコーネ領主様が剣の達人であることは有名ですから
その奥方にちょっかいをかける男などいないでしょう」
かつて バリバリ領主の一方的な悋気に悩まされたことのあるイライラ領主夫妻も会話に加わった。
イライラ領はコンコーネ領ともバリバリ領とも接している小さな領だ。
「まあまあ めでたい席でのご近所談義はその辺にして、
今は 新婚カップルを友人たちの元へと返してあげましょう」
キャラハンと同じタウンハウスを利用しているスクスク領主が 間を取り持つように入って来た。
スクスク領は、バリバリ領とは 龍の山をはさんだ反対側にあるので、
これまでコンラート領界隈とは無縁だった。
というわけで、キャラハンを中心に、タウンハウスにフロアを持つ領主たちと、コンラート領界隈の領主たちとの 初顔合わせ&交流会が始まった。
やはり、タウンハウスの利用者は コンラート領よりは 王都に違い側の領主たちが多かったから。
やがて 「キャラハンタウンハウス管理会社」を利用したことのある管理組合長や、そのタウンハウスを利用している領主たちも集まり、
互いに 紹介に紹介を重ねあっての歓談が 展開された。
そうなると、今度は タウンハウスの管理人を探している よそのタウンハウス組合長までやってきたので、キャラハンは デュランを呼び寄せ、彼を ほかの領主たちに紹介した。
清明が デュランを、「元王宮技師にして、スカイ国王の紹介によりドラゴンクランに加入した男」でもあると紹介したので、一気にデュランの株が上がるとともに、キャラハンの管理会社にも箔がついてしまった。
◇
披露宴と立食パーティに参加した人々は 途中 宴会場付属の休憩室も利用しながら、
夜遅くまで 歓談を続けた。




