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清明の結婚  作者: 木苺
Ⅴ 結婚に向けて
33/42

キャラハンの家・始めてのお部屋訪問♬

婚約が調ととのうと キャラハンの気持ちがすぐに結婚式へと向かったのは、やはり女心というものであろうか?


それでも衣装選びをしたいとは言い出せず、

憧れのブーケを手作りしたいと言い出したのがキャラハンらしい

 と清明は思った。


賢い彼女は、衣装選びでは、会場や招待客との釣り合いを考えねばならないからと、

あえて 自分の趣味の範囲で通せるブーケに気持ちが向かったのであろうと察したのだ。



清明としては、結婚式の詳細を決めるより先に、キャラハンを迎える館の準備に着手したかった。

 ほんとうは、前回 キャラハンがコンラート領に来てくれた時に

 彼女の部屋の場所選びや改装の希望を聞いておきたかったのだが

あのときは それ以前に話し合うことが山積で、

その手の話は 今にいたるまで 全然できていなかったから。


というわけで、真面目な二人は、婚約後2回目のデートは、

婚約期間の過ごし方についての話し合いになった。


話し合いの場所は、キャラハンの部屋。

 はじめての お部屋訪問に 清明は ドッキドキであった。


◇ ◇


王都には、最近 富裕層のための集合住宅タウンハウス街が形成されつつあった。


かつて 地方貴族たちにとって、王都に別宅を持つことがステータスであった。


しかし 爵位に伴う責任を果たさなければ あっさりと爵位が没収されたり返還しなければならない昨今の王宮事情を反映して、

貴族たちの別宅が、売り出されることが増えた。


その一方で 新しく叙爵された者たちは、才能はあっても、資産をさほど持たぬ状況から爵位持ちとしての生活をスタートするものがほとんだ。別邸宅を構えるには無理がある。


というわけで 邸宅を、フロア単位でばら売りするタウンハウスが台頭したのだ。



そこに目を付けたのが、別宅維持費を節約したい地方貴族、

何も無理に邸宅を持たずとも、いつでも使えるフロアだけを購入したほうが安くつく。


あるいは 地方の商人たちや、王都近郊の富裕層。

 商人たちは、仕入れや商談で王都に出向くときに、その都度 場所を借りる手間を思えば、少々値が張っても「別宅」が欲しい。

 たとえそれが集合住宅の一角であっても。


 王都近郊の富裕層は、一族のだれかが、王都に出向くときの拠点があれば便利だし、「王都に別宅がございますの」と見栄を張れるのも気分が良い、というわけ。


王都には今のところ、「接客サービスの良いホテル」はないので

旅人の宿泊場所は、宿屋か別宅かの二択なのであった。


とはいえ、生活習慣のちがう 異なる階級が同宿となれば

互いに気も使うし、犯罪率も高くなる。


それゆえ タウンハウスは、従来「邸宅」を構えるはずだった「爵位持ち用」と、新興の「商人用」「近郊に住む富裕な家族利用タイプ」の3種類に分かれていった。



爵位持ち用のタウンハウスは、社交シーズンには満室になるが、シーズンオフは閑散としている。


タウンハウスは、あくまでも邸宅の縮小版なので、

各自が所有するフロアに出入りできるのは、フロアの所有者の家族か直属の使用人のみである。


しかし 防犯も兼ねた家屋管理人が必要なのは、邸宅もタウンハウスも同じ。


というわけで、王都住まいの貴族籍の者、特に身元・身持ちがしっかりとした単身女性に1フロアを貸しだし、代わりに共用部分の管理を任せることが多かった。


互いのプライバシーを守りつつ、部外者をむやみと近づけたくない爵位持ちならではの人選である。



一方 商人用のタウンハウスの管理人として好まれたのは、家族持ちの貧乏貴族家であった。

 執事やメイド頭が務まるほどの貴族的常識を持ち、なおかつ夫婦として家のメンテナンスをしながら、出入りの多いフロア所有者の動向をきっちりと管理・監視するなら、住み込んでもらうのにちょうどいいというわけ。

 


キャラハンは、テクノクラート家の子爵継承者であり、16歳で大卒資格をとって官僚となり、その仕事ぶりもまじめだと評価されていたので、上司の紹介で20歳の時から 爵位持ち用のタウンハウスの住み込み管理人となった。


 賃貸料は 官僚宿舎と同じ、フロアは2DKでバストイレ付きだから、官舎よりも快適。(官舎の個室部分は寝室分だけだから)

仕事は、共用部分の清掃・修理を行う人間を管理したり、各フロアの所有者の依頼により、めいめいのフロアの補修などを行う人物を手配するだけ。(つまり あくまでも人を手配するだけのお仕事)


しかし キャラハンとしては、いつまで管理人を続けられるか心許(こころもと)なかったし、

管理人をやめると即住居を失うことになるのは嫌だった。


それゆえ、26歳で王宮官吏試験に合格したときに、まずはお金をためて、自分の家を持ちたいと思った。


そのために せっせと質素倹約に努め、貯蓄に励んでいた。

キャラハンが28歳になったとき、3LDKのフロアに住んでいたご婦人が亡くなった。



彼女は もともとこの邸宅を丸ごと所有していた一家の末娘で、早くに夫を亡くした人だった。

その後、王都にあった実家が売りに出され、

彼女は、子供の頃の幸せな思いのつまった庭を残したいと思い、

売り出された2フロアを亡夫の遺産で買い取って住んでいた人だった。


それゆえ、彼女だけは このタウンハウスのフロア所有者の中でただ一人、

この建物内に常在している人だった。



その老婦人が亡くなり、遺言で 彼女の全財産がキャラハンに譲られた。


その遺産とは、キャラハンが住んでいた管理人室と老婦人が住んでいた3LDKのフロアの所有権と

その部屋の中に残されたものだった。


 キャラハンは知らなかったが、老婦人の生活費は、キャラハンが収めた管理人用フロアの賃貸料と老婦人が持つ終身年金で成り立っていたのだった。

 それゆえ、老婦人が亡くなった後に残されたのは、2フロアとその中身のみであった。


老婦人は、いつもせっせとタウンハウスの庭の手入れをしていた。


ご老人が一人で庭仕事をしているのを見かねて、キャラハンも休日には彼女を手伝った。

雨が降り続いた日には、老婆の代わりに食料の買い出しにも行った。

亡くなる3か月ほど前から、寝込みがちになった彼女の世話もした。

 それらは管理人の仕事ではなかったが、ほっておけなかったのだ。


彼女は遺言書には、キャラハンのこれまでの無償の労働への感謝と

一緒に庭仕事をしながら 老婦人の思い出話をいつも聞いてくれたことへの感謝の念がつづられていた。


そして タウンハウスの管理組合に対しても、彼女が2フロアを所持するにふさわしい人間であり

管理組合長の仕事を引き継ぐにふさわしい人物であると 推薦の言葉が書かれていた。


遺言の末尾には 老婦人からキャラハンへのメッセージが添えられていた。


 「あなたがいなければ、私はもっと早く ここを引き払うことになっていたわ。


  あなたがいたからこそ 私は 幸せな思い出をもって旅立てるの。


  今日まで 私に寄り添ってくれてありがとう」


その言葉は 最近書き加えられたものらしく インクの色も鮮やかに、少し震える文字で書かれていた。



本来 このタウンハウスは、爵位持ち貴族の別宅専用なのだが、


この老婦人が 邸宅の元の所有者の親族であり、

本来 タウンハウスの管理組合が負担すべき庭(共有部分)の管理を老婆が無償でひきうけ、

本来、フロア所有者たちが2年交代で回り持ちで引き受けなければならない管理組合長の仕事(その主な仕事は管理人の選定なのだが)を一手に引き受けてくれていたので、

管理組合は、老婦人が亡くなるまで定住することを認めていた。


タウンハウスのフロアの所有権の移転や、フロア所有者が実際に入居するには

管理組合の同意が必要であった。


老婦人が遺言の中でキャラハンへの信頼を表明していただけでなく

フロア所有者たちも キャラハンの管理人としての仕事に満足していたので、

管理組合は、彼女が2フロアを所有し、このタウンハウスに永住することを認めた。


さらに、管理人としてまた管理組合長としての仕事を、今後も引き受けてほしいと要望した。


キャラハンは、管理組合長の仕事を1期のみひき受けること、彼女としては 管理人を辞職することを考えていると答えた。


管理組合の面々は、もともと彼女が王宮官吏になったときから、キャラハンが管理人の仕事をいずれやめるだろう、それを引き留めることができる者がいるとすれば老婦人だけだろうと、思っていたので、

キャラハンがの要望を受け入れた。


というのも、どこのタウンハウスでも、適切な管理人をみつけることは 年々むつかしくなっており、

最近では 管理人をみつけることが組合長の主要任務となっていたこと、

管理人が見つかるまでは、組合長がその仕事を代行していることを、

フロア所有者たちは知っていたからだ。


そして 責任感の強いキャラハンならば、彼女が組合長でいる間に、次の管理人を見つけてくるだろう、

と、期待もしていた。


というわけで、キャラハンは28歳にして、タウンハウスのフロア所有者となった。



一方、キャラハンの代わりとなる住み込みの管理人を見つけることは難航した。

それは 管理組合の面々もキャラハンも予期したことではあった。


そこでキャラハンは、管理人経験と管理組合長としての横のつながりを生かして、「タウンハウス管理会社」を設立した。


これは、人材派遣の確かさに定評のあるドワーフギルドと提携して、タウンハウスの要望に沿った管理人を、契約したタウンハウスに派遣する会社である。



王国の貴族は 現在、人間のみである。

王都のタウンハウスの所有者・居住者も現在人間のみである。

そこにドワーフが管理人として入り込む余地はない。


しかし 貴族階級が求めるタウンハウスの管理人の要件は、実は 勤勉実直・長生きで定住志向を持つドワーフには向いていた。

 家の管理:得意です。 庭の手入れ:お任せください。

 守秘義務?:口の堅さに定評があります(特に人間に対しては)


一方 ドワーフ達の中では、時代の流れの中で、都市に定住することを希望する夫婦者が増えていた。

しかし 王都のドワーフ居住区はすでに満杯。かといって人間たちの居住区に ドワーフは住みにくい。


さらにじわじわと増えてきた 両親が人間とドワーフの組み合わせであるハーフドワーフ達は、人間的な要素とドワーフ的要素のどちらをも持つがゆえに、いろいろと思うことがあった。


というわけで、人間との接触は限定的だが、ドワーフとしての特性が生かせ、安定した生活が実現できそうな「タウンハウスの管理人」の仕事に魅力を感じるドワーフ夫婦が一定数いたのであった。


そしてタウンハウスのフロア所有者たちにとっても、

従来 管理人を通して作業員を雇用しなければならなかったことが、ドワーフの管理人夫婦だけでまかなえたり、

大掛かりな作業でも ドワーフ管理人のつてで信頼できる職人に依頼できるとなれば、費用と時間の節約&信頼性のupが期待できる、


ということで 

まず最初に キャラハンの誘いに乗ったのが、キャラハンが組合長だったタウンハウスであった。


そこでの高評価が広がり、ゆっくりと「キャラハンタウンハウス管理会社」への依頼が増えていった。



もともとこの会社の設立目的が、キャラハンの後任となる管理人を見つけることであったので、

キャラハンとしても 信用第一に、

それぞれのタウンハウス管理組合とドワーフギルドとの橋渡しを務めた。


 キャラハンの役割は 単なる仲介ではなく、双方の相性を見極め、時に必要な助言を与えるマッチングの技であった。


 逆にいえば 人間側とドワーフ側の要望がマッチしないときには

あっさりと「管理人の派遣依頼」を断っていた。


「~管理会社」としては2件目になる管理人の派遣

 (=キャラハンの住まいであるタウンハウスを除けば初めてのお客様からの依頼)を果たしたとき、彼女は30歳になっていた。


◇ ◇

と言った話を、清明は キャラハンの家を始めて訪れた時に聞かされてびっくりした。


現在このタウンハウスの管理人は ハーフドワーフの夫婦者であった。


夫は大工、妻はドワーフギルドに勤めており、二人は 以前キャラハンが住んでいた2DKの管理人室に住んでいた。


管理人室の所有者であるキャラハンは、退去時の現状回復を条件に、室内の造作をドワーフ仕様に変更することを認めていた。もちろん改造費用も 回復費用も 管理人夫婦持ちである。


それでも この夫婦は 自分達の体格にあわせて改造できる賃貸物件に入居できたと喜んでいた。

そして 夫婦で せっせと共有部分の掃除も 庭の手入れも、フロア所有者からの依頼に基づいた補修や改装の手配も行なっていた。


今では タウンハウスのフロア所有者たちも この管理人夫婦に大満足である。


そして キャラハンは、新しい管理人が決まった段階で 3LDKのフロアに引っ越して今にいたっている。


「それにしても キャラハンさんが 王都にタウンフロアを所有しているって なぜ 言ってくれなかったんですか」清明


「そのタイミングが 回ってこなかったから」キャラハン


「しかも 自分で設立して運営している会社の社長だなんて」清明


「社長業とタウンハウスのフロア所有権についても 結婚前に 考えないといけないですねー」キャラハン


「それが 結婚契約書に書いてあった、キャラハンさんの『結婚前の財産目録 (現在作成中)』の中身ですか」


「今のところそうですね」キャラハン


「結婚するからって あわてて タウンハウスのフロアの所有権を売ったり

 会社の所有権を売る必要はないですよ。」清明


「そりゃまた どうして。」キャラハン


「だって この物件 好立地じゃないですか。


 あなたが売り出すなら 私が即金で買いたいくらい」清明


「ここは 別宅仕様だから、商談には使えないわよ。

 接待もだめ。 定住もだめ。 グループ利用もNG

 かなり 使用制限が厳しいのよ」キャラハン


「だったらなおのこと、あなたが 王都に出た時の居住用として 安心して使えますね。

 それに あなたの管理会社が雇用している管理人に タウンハンス全体を管理してもらっているほうが、安心感が増します」清明


「そりゃまあ あなたのように ほいほい 王都と領都の行き来ができる人はいいですよねー」キャラハン


「むむむ これはもう 将来的には あなたを クランメンバーに迎えて、

 スカイに 送迎サービスを頼んでみたほうがいいかもしれない。

  実現するかどうかは別にして」清明


「厚かましい って そういうところを言われているのかしら?」


「まいりました」清明

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