身内の話
星空を見に行った翌日、コンラート領に着て6日目の朝は ちょっと遅めに目覚めた。
寝過ごしたときまり悪い思いで、身支度をして控室に行くと、
キキョウとなでしこ、つりがねにんじんの花が活けてあり
涼し気で華のある清明の姿が思い浮かんだ。
そんな自分に ドキッとしたキャラハン。
廊下にでると、階段の脇に置かれた椅子に座っていた従僕が、手にしていたペーパーを手早くたたんで椅子に置き さっと立ち上がった。
「おはようございます」キャラハン
「おはようございます」従僕は一礼し、
「朝食会場に ご案内いたします」と言った。
「もしかして 待っていてくださったの?」キャラハン
「はい」
「それは申し訳ないことを」キャラハン
「そんな お気になさらないでください。
これも 従僕の仕事の一つですから」
「そうなの?」
「はい その時々により朝食会場が変わることは珍しくないので
お客様を煩わせないように、ここで案内係の者が座って待つのが当家の習わしです。
むしろ その時間に こうして座って 雑誌やタウン紙を見ることが許されるので
従僕にとっては ありがたい時間ともいえます」
「そうなの」
「はい」
◇ ◇
「本日のブランチは こちらにご用意いたしました」
従僕に案内されて行った先は 四阿だった。
少し小高い場所にあるので、周囲を見渡すことができる。
少し離れたところで、ウサギ達は草を食べたり 日向ぼっこをしているのが見えた。
四阿の周りに咲くコスモスが まるで 四阿の縁取りのように見えた。
食卓の傍らには、ホカホカとしたスクランブルエッグやフレンチトースト
香ばしい香りを放つ何種類かのソーセージに 色あざやかに温野菜たちが並ぶホットプレートもあった。
「今朝は 趣向を変えて とりとりメニューにしてみました。
たべたいものは、何度でもお代わり自由、係のものに言ってください」清明
というわけで、今回は侍女と執事が キャラハンと清明の傍らに控えた。
ホットプレートが載った台車と テーブルをはさんだの向かい側には
数種類のパンや、スープの入った保温鍋が置かれていた。
キャラハンがそちらに目を向けると
「パンは 食べてみたいものを かごに入れてテーブルに置き、
随時 ご自分で取れるようにすると便利ですよ。
かごの中のものを残してもだいじょうぶですから」清明
(あいかわらず よく気が付く人だなぁ。
見ているのか 気配で察しているのか どっちだろう?)キャラハン
清明は フランスパンをカリッと焼いてスクランブルエッグと焼きソーセージと一緒に持ってくるよう注文すると、
それが届くまでの間にと、すぐに運ばれてきた分厚いハンバーグと温野菜のセットを食べ始めた。オレンジジュースもいっしょに。
キャラハンは、コーンスープと水菜のサラダで食欲を刺激してから
今日は ベーコンエッグ(半熟目玉焼き)とレーズン入りの生地にカスタードをつめて粉砂糖をトッピングしたデニッシュから 取り掛かることにした。
なんとホットプレートでは、ベーコンや卵も好み通りに焼いてくれるのだ。
飲み物の選択に迷ったキャラハンは 暖かい飲み物とだけ頼んだら
さっぱりとしたミルクとコクのある紅茶を組み合わせたミルクティーを提供された。
その紅茶の味に触発されて、今度はシナモンロールとさっぱりめの焼きソーセージと こしょうがほどほどに聞いたソーセージ、そしてオニオンスープをお願いした。
八丁味噌でアクセントをつけたソースのかかったハンバーグを食べ終えた清明は、最初に注文したスクランブルエッグなどを カリッとしたバゲットスライスにのせて食べていた。
オニオンソースのかかった生野菜や、ミネストローネと一緒に。
◇
朝・昼兼用の食事 ブランチ。
しっかりと 肉・野菜・卵料理を食した後は、
デザートメニューを残して 付き人達はその他の料理・使用済みの皿をもって退出した。
キャラハンと清明は そのまま残って のんびりとティータイムを楽しむことにした。
キャラハンの前には デザート代わりの、板チョコをはさんだパネトーネ生地のデニッシュ(先ほどのものよりは生地がソフト)
砂糖漬けのスライスオレンジを載せて焼いたクッキー
果実やナッツをたっぷりと含んだ焼き菓子に
カスタードクリームをくるんだ、ふんわりとしたたまごの風味豊かな蒸しパン
それらをつまみながら 少量づつ注いだホットココアやアイスコーヒーを楽しむキャラハン。
清明は無糖無添加のヨーグルトに、砂糖漬けの果実の小片や、キャラハンの前に置かれていた焼き菓子を砕いてふりかけ 食べていた。
「あー 幸せ。 甘いものに満たされる喜び」
うっとりと 味わうキャラハン
「コックたちも 腕のふるいがいがあると 喜んでおります」清明
「この2・3日 張り切って メニューを考えているようです」
「そうなんですか。うれしいですわ」キャラハン。
◇
そして おもむろに 居住まいをただして、話始めた。
「このまま 婚約について前向きにご検討いただく前に
お伝えしておくべきことがあります」と。
彼女は 自分の親族関係について話した。
そして このような生い立ち・身内を持つ自分の存在が
公爵である清明の立場に及ぼす影響もしっかりと検討したうえで
将来を考えてほしいといった。
「その 私一人では 清明様にご迷惑をかけることが絶対にないとは
いいきれない。そういう因縁を背負っているので、
なにかあったときには 即離縁したとしても やっぱりご迷惑をかけることもあるかと」キャラハン
「うーん
それが これまで キャラハンさんが独身をとおしてこられた理由だということは理解しました。
それに キャラハンさんと同世代の方々にとっては、荷が重かったと言えるほどの
重荷を背負ってキャラハンさんが生きてこられたことも。
これまでのキャラハンさんのご苦労・過労のほどを思うと 切なくなります。」
清明は 軽く目礼した。
そのうえで 静かな声でつづけた。
「ですが、私は キャラハンさんよりも長く生きてきた分
蓄えてきたものもございます。
腕に覚えありといっても それは違う系統での話だろうと言われればそうなんですが、
それでも キャラハンさんと一緒に人生を歩んでいくだけの力があるとお認め頂ければ、
私は 喜んで これからの人生を共にすることを考えていきたいと思うのです。
そういう視点で 私のことをご検討いただければ幸いです」清明
「でも・・ 母が生きている限り・・・
彼女は 勢いにまかせて無茶をして 周囲を巻き込んで破滅していくタイプの人です」キャラハン
「家族の一人が そんな風になってしまうと、
その人を家族と思う心のある人間にとっては
ただ つらいだけでなく、社会人として生きていくことそのものが困難になるのは理解しています。
ただ、私が 私と同程度の障害を負って生まれた子供たちよりも
恵まれた環境で育つことができたのは、
私の両親にそれだけの社会的な力があったからです。
だからこそ 私は 重い肉体的障害を持ちながらも、
そこから派生する社会的障害を最小限に抑え、ハンディキャップまで背負う必要のない「生き抜く力」というものを身に着けて育つことができました。
キャラハンさんは 守ってくれる大人の居ない中で子供時代を生き抜いてこられたわけですが
ご自分が持って生まれた才覚をフル活用して、
厄介な身内に対して その時々にできる手段を活用して己の身を守り
できる範囲で 禍根の芽を絶ち、
やがては ご自分が勝ち取った社会的影響力を駆使してお母さまをサナトリウムに入れて ご自分の活路を開いた。
その あなたの力と生きざまに 私は敬意を抱きました。
だから あなたが 私をパートナーとして受け入れてくだされば、
二人で力をあわせれば、
今後のあなたの人生を もっと豊かに 歩きやすい平坦なものにかえていくことができると思うのです。
少なくとも あなたおひとりで 今後のあなたのご家族の問題
あなたに背負わされた宿命に立ち向かうよりは
良い結果を導き出させると思うのです。
あなたが背負う荷物が配偶者に影響を及ぼすことが心配だとおっしゃいますが、
私だって 「変人」と呼ばれる結果につながる過去を背負っているわけです。
たとえば ランプの使い方を知らないとか
ちょこちょこ日常生活で ご不便・ご迷惑をかけることは多いということは
すでにお気づきでしょう。
ほかにも お言葉にされないまでも 困惑させてしまったことは
この五日間にも あったのではないでしょうか?
そんな風に 人とは なにかと 変なものを背負っていたりするので
背負っているもののことで 引け目を感じることはないですよ。」
そこで 一息ついて 清明は言った。
「お身内のことを 話してくださってありがとうございます。
私にとって そのことが あなたとの「婚約を前提とした交際」を打ち切る理由にはなりません。
その問題について あなたも私も納得のいくまで進んだら、
その時は 婚約しませんか?
その一方で あなたも 私のような変人との婚約 嫌じゃありませんか?
そのあたりについても しっかりと踏まえたうえで 婚約まで進めればいいなと思います。
あるいは 婚約にいたらなかったとしても
それは 二人で 真面目にコンコン会の活動に取り組んだということで
いいんじゃないでしょうか?」
まっすぐに話しかけてくる清明の言葉に キャラハンは動揺した。
「だけど これまで私の周りに居た人たちは・・
うまくいかなると 私は責めたり 憐れんだりで私を傷つけたり
くどくどと言い訳を重ねて 私の足を引っ張ったわ。
その人たちを どかさないと、私の生活がつぶれるまでまとわりつこうとしたあげく、
『私がその人たちを拒絶したのだ あいつは性格が悪い』と悪口言いふらして
それまで築いた私の信用と生活基盤を完全に破壊することまでやってのけた」
思わず 湧き出す涙。
清明は そっとハンカチを差し出した。
そのハンカチを受け取ろうとしないキャラハンに
「あなたの涙をぬぐう名誉を 私に与えていただけますか?」
と優しく問う清明
仕方がないので、キャラハンは 清明が差しだしたハンカチを受け取り
目元をおさえた。
そんな キャラハンの前に、新しく入れた紅茶を置いた。ミルクとレモンの両方を添えて。
清明が置いたティーセットを眺めながらキャラハンは言った。
「どうして そこまで 私のことを受け入れてくださるのです?
私の存在って、損得勘定でいえばマイナスにしかならないと思うのです。
それでも 付き合ってもよいと思えるのは どんな魅力があるからですか?」
「あー 損得勘定でいえば プラスしかないですよ」清明
「えー どうしてぇ?」
「だって あなたの才能。魅力です
あなたが抱える家族関係だって 今の私の立場からすれば ぜんぜん問題になりません。
私の財力はすでにご覧になりましたよね。
今後は 公爵家が持つ力というものにも目を向けてください。
そしたらわかるはずです、私の言ってることが。
あなたは どうしても 責務の重さばかりを考えるみたいですけど」
「理屈の上では そうなるのでしょうねぇ」キャラハンはつぶやく
「ただ あなたの気持ち・情の置き所に 私は気をつかう
それは あなたと良い関係を持ちたいから。
この場合の「良い関係」というのは、心の絆・信頼と言った意味です。
だから 物理的に問題を解決する際に、
あなたの心を傷つけるやり方をとりたくないし
あなたのお気持ちを損ねることはしたくない。
だから そこだけは気を使います。
なので 話し合いましょう。
話し合って おとしどころがみつからなければ
それはもう 仕方のないことですね というだけの事なんです」清明
「それ ほかの人に言われたら 私 すごく気分を害していたと思います。
でも 清明さんとなら 確かに そうかもしれない と思いました。
ただ ちょっと 今までとは 全く違う世界が見えたので
動転してます。」
そう答えるキャラハンの体は 少し震えた。
「隣に座ることを お許しいただけますか?」
そう言いながら 清明は キャラハンの横に移動した。
反対がないのは同意とみなして
清明は キャラハンの横に座った。
四阿のいすは横長だったので、清明が キャラハンに寄り添うように座るだけのスペースが十分にあった。
(そこまで狙って セッティングしたのだ 清明は。
それはなにも スケベ心ではなく
あくまでも キャラハンと立ち入った話をするには
それくらいの「場の配慮・用意」が必要だと考えたからだ)
キャラハンは 最初おずおずと、やがては力を抜いて清明に身を寄せた。
清明は 礼儀正しく寄り添った。
背もたれの上に自分の腕をのせて、キャラハンを守りたいという気も示すために彼女の体に腕を回したが、べたついたりはしない。
何と言っても 彼は品行方正に育つよう しっかりとした教育を受けているのだ。
それに 己の心を統べ、互いの統制をとるだけのセンスと力量も身に着けている。(だって心眼使いだからw)
気持ちの落ち着いたキャラハンは このまま甘えたいなと言う気持ちが湧いてきたので、それを そっと脇に押しやり 少しだけ清明から身を離した。
「あの その その方向でこのままよろしくお願いします」
懸命に前に気持ちを向けて キャラハンは清明に告げた。
何かをはっきりと口にするのが怖くって 「あの その」で済ませることしかできなかった。
「では 婚約に向けて、お互い気になる点を 片付けていきましょう」
清明は キャラハンの手をとり 力強く告げた。
キャラハンも震えながら 「はい」と言って、清明の手を握った。
懸命に清明の手を握ろうとするキャラハンの気持ちを受け止め
その勇気を励ましくたくて、
それ以上に
震えながらも困難に立ち向かおうと 自分と一緒に歩む心構えを示すキャラハンの健気さと勇気に胸を貫かれた清明は、
両手でキャラハンの手を包み込んだ。
できれば この胸で彼女を受け止め この腕で彼女を抱きしめ、
「あなたを大切にします」という自分の思いを伝えたいと思いながら。
その思いが通じたのが キャラハンが少し赤くなった。
いやいや 思いが通じたというよりは 彼女の羞恥心を刺激したのかも?
と反省した清明は、このまま抱きしめるべきか 手を放すべきか迷った。
もっと正確に言えば、手を放すべきだと思いつつ
抱きしめたいという思いを振り切れなかったのだ。
ピーヒョロ どこかでトンビが鳴いた。
(助かった)二人はともにそう思い、手を離した。
(うん 生き物の気配が多い場所を選んでよかった。)
清明は 心の底からそう思った。
唐突にキャラハンは言った。
「あっ 私って嫉妬深いんです。
浮気も 目移りもダメです。
私と一緒に居るときに 若い子の外見に眼を止めたらだめですよ!
年齢に関係なく わき見は禁止!」
「えっ! あっ はい」(@_@) \(◎o◎)/!の清明である。
(この点に関しては 誰かに解説してもらわないと わからないな)
と清明は思った。




