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清明の結婚  作者: 木苺
Ⅳ 婚約を前提としたお付き合いに向けて
28/42

星空のもとで

少し早めの夕食をとり、小休止のあと 清明は キャラハンを外壁の屋上へと誘った。



コンラート家の館は、公爵家としての格式を示すため、城塞(じょうさい)のような造りになっている。


中心にある母屋(おもや)は主の居住用、その周りを、庭園や使用人寮や

(うまや)の代わりの家畜小屋などが取り巻いている。


さらにその外側を囲う外壁が これまた二重構造の2.5階建ての長屋形式で、円を描くように広がっている。

 2.5階建てというのは、1階と2階の間に中2階があるからだ。


 有事の際には、この城壁兼長屋部分に、城下の人々や家畜が避難できるようになっており、

 中2階が共同寝室として使えるようになっていた。

  1階部分は生活空間、

  2階部分は兵士が詰めて、外壁に敵兵が取りつかないように狙撃したり、油を流したり、

  石を落とす一方で、屋上で戦う仲間の救護&休憩場所ともなっていた



かつては、城下町を囲う外壁を建設し、そこに領内の人々全員が家畜とともに避難できるようにしようという話もあったらしいのだが、

戦もないのに予算の無駄だ、建築するための人手が足りない、

そもそも籠城用の物資の備蓄もできないのに人を収容できない、

そんな壁を建てたら、他領との交易(通行)のじゃまだと、さんざん叩かれ没になったそうだ。


というわけでコンラート館を囲む外壁が、有事の際の砦&避難所となり、

平素は、町の目印になるほど 街はずれからも目立っていた。


その屋上に立てば、四方八方が見わたせる。


 北側には竜の山がそびえ、

 南側にはコンラート領が広がり、領境が見えないほどだ。

 東西にはお隣の領地があるのだが、境界線が視認できるほど近くにあるわけではない。



今夜は新月なので、満点の星を見に行こうと、清明はキャラハンを城壁の上へと誘った。


王国には街燈がないので、普通、月明かりの無い夜に散歩する人間はいない。


新月の夜に 星空を眺めに散歩をするのは、実のところ夜目の利くエルフやドワーフだけだ。


清明は 生まれた時から目が悪かったので、暗闇も平気だ。

スカイに眼を直してもらってからも ドラゴンクランでドワーフやエルフ、それに神獣たちと一緒に暮らしていたので、

夜道も平気、闇も気にならず ただただ単純に きれいな星空の下で キャラハンとおしゃべりしたかっただけなのだ。


一方のキャラハンは、月明かりのない夜道を歩いた経験はなかった。


それゆえ、館の外に出て、手で触れることができそうなくらいの暗闇に囲まれて、

足がすくんでしまった。


そうとは気づかない清明は、ごく一般的なマナーとしてエスコート用の腕を差し出し、庭園をすたすたと歩き始める。


思わず キャラハンは 清明の腕にすがりついてしまった。

それでも 全く何も見えない状態で足を踏み出すのは心許(こころもと)ない。


「鼻をつままれてもわからない闇夜(やみよ)ってこういうことを言うんですね」キャラハン


「えっ?」

立ち止まったままのキャラハンに 腕を後ろにひっぱられて

清明は思わず振り返る。


「私、無灯火で日暮れてから外を歩いたことがないのです。

 特に今日は 月明かりもありませんし」


「あっ すみません

 明かりの用意を忘れていました」

あわてる清明


「もしかして 清明さんは、無灯火で真夜中の外出も平気なんですか?」キャラハン


「夜は 人の気配がなく まじりけのない大気が音や匂いを運んできてくれるので、

 日中の街中(まちなか)を歩くよりも気楽ですね」清明


「子供の頃から(きた)えられた清明さんが五感を通して感じる世界は

 視界に頼りっきりの私とは また違った世界が広がっているのでしょうね」キャラハン


「そうか それで 屋敷で働く者たちの中には 私のことを不気味がる者がいるのですね。

 やっと 意味が解りました」清明


「えっ?」今度はキャラハンが驚いた。

(私 何か変なこと言った?)内心で(あせ)るキャラハン


「屋敷の者たちは、私が領主になってから雇った者ばかりなのです。


 つまり 私の視力がもどって10年足らず、それ以前はあまり見えてなかったのだということを知らない者たちばかりなのです。


 そして 目が使えるようになってからの大半の時間を、夜目の利くクラン仲間とともに暮らしてきたので、

 私にとって明かりを持たずに夜間外出するのは、ごくごく当たり前のことなのだけど、

 たいていの人にとってはそうではないということを ついうっかりと忘れていました。

  すみません。


 使用人たちは、私が彼らの感覚と違うことをしでかしても 私には何も言いません。

 ただ ひそひそとささやきあうだけで。


 だから キャラハンさんに はっきりと感覚の相違を言っていただけて

 はじめて あの者たちが なにを変に思っているかが理解できました」清明


「そうだったのですか・・


 自分にとって当たり前のことが、周囲からしたら全然当たり前ではない状態で生きていると  なにかと気を使ったり 煩わしく感じることがおありに・・」キャラハン


「そうですね。

 でもそれを 一々気にしていると もっと生きにくくなるのが人生だと思いませんか?」

と言いつつ、清明は キャラハンを連れて館の中にもどり、ランプはどこだ?と探し始めた。


「扉の近くのロッカーの中に 傘と提灯が入っていると執事さんから伺いましたが」


と言って キャラハンは、館内案内の時に見せてもらった提灯とろうそくを取り出し

火打ち石で火をつけた。


「素晴らしい。 私よりも よくご存じだ」

清明は 明かりのともった提灯を受け取りながら言った。


「客への案内上手な 執事さんの手柄ですわ」キャラハンは微笑(ほほえ)んだ。


「あなたは ごく自然に周囲を引き立て 手柄を譲る。奥ゆかしい方ですね」清明


「そんなつもりは・・」キャラハン


というわけで、提灯を持って あらためて夜の散歩に出かけた二人。


「ほんとうは、外壁にある塔の上まで登って、一緒に星を見たかったのですが

 少し遠すぎますかねぇ」清明


「そこが清明さんのおすすめの場所なら 歩きましょう」キャラハン




シンと静まり返った夜道に、がさがさと移動する二人の物音だけが響く。


「なんだか 自分が 侵入者のような気がしてきました」キャラハン


「どうして?」


「自分の立てる物音が気になって」キャラハン


くすっと笑って清明は言った。


「こうもりは 超音波を出して 自分が出した音が跳ね返ってくるまでの時間をもとに、周囲にあるモノの位置などを知るそうです。


 私も こうやって」と言ってパンパンと手をたたく清明。


「この音の響き具合から 周りに何があるか想像して、実際に モノがあると思うところまで歩いていって(さわ)って確かめるのが面白かったです。子供の頃。


 ていうか 手をたたいても なかなかいい音が出せなくて

 いろいろ試しましたねぇ」

と言って 今度はペチペチとした音を出して見せた。


「自分の置かれた状況で いろいろな楽しみを見つけて、

 自分の能力を伸ばしておられたのですね。

 そうやって 幸運を自分に引き寄せる生き方、いいなぁ」キャラハン


「スカイには 厚かましいのに全然厚かましく感じさせない奴だって よく言われます。


 たぶん キャラハンさんがおっしゃてるのと同じような意味を込めて言っておられるのだと思いますけど、

 厚かましいと言われるより、幸運を引き寄せる生き方って言われたほうが数倍うれしいですねぇ」清明


「そういう スタイルを身に着ける何かきっかけのようなものがありましたの?」


「人に恵まれていたのかもしれません。

 剣の先生も 生活の先生も

 いつも 私を前へ前へ 引き出す接し方をしていました。


 あの人たちがいたから 私は怖がらずに前に進めたのかもしれません。

 あの人たちに誘われて前に踏み出せば、必ず何かが なにかを つかみとることができた。

 こうして振り返ってみると 恵まれた子供だ時代だったのだと思います。」清明


「うらやましいです。

 振り返って自然に笑顔が浮かぶ子供時代を持ってらっしゃることが」キャラハン


なんとなく寂しげな雰囲気を感じた清明は

自分の右腕にかけられたキャラハンの手の上に そっと左の掌を重ねた。

 彼女の手の甲は 暖かくも冷たくもなく 自分の掌とのなじみがあまりにもよかったのでびっくりした。


一方 キャラハンは 自分の甲にそっとのせられた清明の掌のやさしさに目を向けると、

彼の指先がスッと自分の甲の向こう側にまで伸びているのを見て ドキッとした。


思わず右手の指を 清明の掌の横に並べてみて、

「指 長いですね」とつぶやいた。


清明はくすっと笑って 「指の長さ比べですか?」言って 自分の指先をピッと伸ばして見せた。


「暗くてよくわからないので、 また 明るいところで比べっこしませんか?」

キャラハンは 笑いながら右手をひっこめた。


「その時は 掌をあわせて確かめると面白いかもしれませんね」

そう言って 清明も自分の左腕をもとに戻した。



などと話しているうちに塔まで来た。


塔の中は当然真っ暗。


清明は 明かりが無くてもすぐにランプを探し当てたが、

肝心の火をともすのがうまくいかなかった。


「私 ランプをともしたことがないので、キャラハンさんお願いできますか?」


というのも清明は今でもランプの必要を感じることがほとんどなく

客を迎えるなど、ランプが必要な時には、使用人たちがすべて手配もしているからだ。


(注:物理的に目が使えるようになっても、

  「目を使って見る=視認できるようになる」には「見る訓練と練習」が必要

   清明は生まれた時から、

   明暗やぼんやりとモノの影がわかる程度にしか見えてなかったので

   今でも「字を読む」とき以外は ランプを使わない)


キャラハンは、提灯の中のろうそくを取り出し、ランプに火をつけた。

清明は明かりのついたランプを 扉の内側のランプ台においた。


キャラハンは 提灯をたたんで、扉の内側に置き、

ろうそくを持って階段を上った。

途中清明から手渡されるランプに火をともしながら。


清明は 階段の壁のランプ台から ランプをとっては、キャラハンに渡して火をつけてもらい

それを台の上に戻しながら 階段を上った。


階段を登り切ったとき、清明は尋ねた。

「屋上に出る時には、ろうそくを消して無灯火で出たほうが安全ですし

 星もよく見えるのですが だいじょうぶですか?」


「暗闇の中に一人で踏み出すのは怖いですが、

 清明さんがエスコートしてくださるのなら。

  エスコ-トよろしくお願いします」キャラハン


「はい (うけたまわ)りました」清明も重々しく答え 笑顔を浮かべた。



キャラハンは、ろうそくを消し、それを 清明は何も置かれていなかったランプ台の上に置いた。


そして しっかりとキャラハンの手をとって、屋上に出た。


星は 頭上だけでなく 目の前にも輝いていた。


星のとぎれるところが、龍の山の山際。

あるいは地平線。


(そうか 降るような星というのは、天頂から地平線まで星が続いているから

 まるで 星が上から下まで降るように並んで見えるってことなんだなぁ)

とキャラハンは思った。 


思わず知らず キャラハンは清明にそっと身を寄せた。


吸い込まれるような闇に これ以上引き込まれたくなかったから。


彼の確かな存在を確かめようと、清明の体に手を伸ばすと、

左側に立っていた清明は、左手をのばして、キャラハンの右手を受け取め

彼の右腕を伸ばしてキャラハンの体に回し そっと彼女を引き寄せてくれた。


キャラハンはそろっと左腕を伸ばして清明の背に腕を回した。


そうやって 二人は しばらくの間 互いに寄り添いながら星の輝きに包まれ 立ち尽くした。


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