12歳の時の選択
10代の頃、キャラハンは、このひどい生活環境から母と自分を救い出すためには
学歴をつけて宮廷官吏になるのが一番だと考えていた。
己の自由を第一に考えるなら、自分が持つ「生涯年金権」を盾にして、
テクノクラート伯爵家に身を寄せ、研究者か法律家として身を立てるのが一番簡単だったかもしれないとは思うことはあった。
しかし その場合 すでに精神を病んでいた母を見捨てなければならなかったので、その選択枝を12歳にして捨てたキャラハンであった。
◇
というのも、キャラハンが12歳の時に、
代替わりしたテクノクラート新伯爵のところへ、
母の代理で「子爵位継承者」としてご挨拶に伺ったときに、伯爵から告げられていたことだから。
その話が出た時、伯爵の最初の一言が、「君を我が家の養女としたい」という言葉だった。
その瞬間 キャラハンは「今のひどい状況から逃げられる」と一瞬、心が躍った。
しかし 続いて、「そのためには 君はお母さんと別れなければいけない」という言葉出てきたので、それはひどいと思った。
なぜなら キャラハンは 日常的に、「あなたのために自分の人生を棒に振った」と嘆く母を見て育ったからであった。
当時 12歳のキャラハンは、まだこの世に性暴力が存在することを知らなかったから
母が言っていることの真の意味に気づかず、言葉を額面通りに受け取り、つじつまの合わない話だと疑問に思っていた。
それゆえ 自分なりいろいろと調べて、テクノクラート家の当主がどういう人間か知りたいとも思っていた。
というのも、キャラハンとその母の困窮の最大原因は
テクノクラート伯爵一家が結束して、
キャラハンの祖父が築いた財産とキャラハンの祖母が持っていた個人財産(彼女が結婚前から持っていた資産)を 当時まだ未成年だったキャラハンの母から騙し取り、
「キャラハン母子への年金」というはした金でごまかしたあげく、
キャラハンの父の存在が目障りになった伯爵家が。
今度はキャラハンの母の意思を踏みにじる形で、
キャラハンの母の個人財産となっていた「年金権」を勝手に現金化してその半額を使って、
キャラハンの父の追い出しを実行としたからだということまでは、すでに知っていたからだ。
つまり テクノクラート伯爵一家は2度 詐欺を働いて キャラハンの祖父母の遺産=キャラハンの母の財産をだましとり、今のキャラハンの生活苦のきっかけを作っていたのだった。
なので そうしたことを一切キャラハンには言わず、
ただキャラハンの母を批判して、親切ごかしにキャラハンに 自分のもとへ身を寄せるようにと声をかけてきた伯爵へ キャラハンは不信感を抱いた。
◇
なぜ キャラハンが キャラハンの祖父の遺産を巡る裏事情、キャラハンの母が不審を抱きつつ手が出せなかった事柄まで知っていたかと言えば、
12歳の時には、すでに母に代わってキャラハンが家計を切り回していたからだ。
というよりも、キャラハンは 12歳にして すでに現状打破のために、
法的機関へ赴き、金銭的権利関係について調べ上げ、自分に何ができてできないかを
専門家から説明してもらっていたのだ。
そして 遺産相続関係に関しては キャラハンの母が生きている限り彼女にすべての権利があるので、キャラハンからは 伯爵家や キャラハンの母の叔父一家に対して何も請求できないこと、
しかし キャラハンの祖父母が亡くなって30年以内にキャラハンの母が亡くなれば、
キャラハンの母の遺産相続時に不正な手続きが行われたので遺産相続のやり直しを請求する権利をキャラハンが引き継ぐことができることを知った。
(王国の出訴法の期限が30年だったので)
まだ12歳の子供だったキャラハンは、自分の母親が死ななければ自分の生活環境の改善を図れない現実に その時、戦慄したのであった。
(自分の幸せを手に入れるために、人の死を願わなければいけないなんて>< と)
なので キャラハンは、テクノクラート伯爵からの申し出への返答に対して、考える時間が欲しいと答えた。
◇
そのころ、すでに キャラハンは 母がもはや正常な判断がつかない状態に陥りつつあることに気付いていた。
だから せめて 彼女の精神が安定するように 願わくば彼女の心が安らかになるように
大人の援助が欲しいと願った。
だが 身内の大人は キャラハンの母が相続するはずだった遺産を奪うことを最優先にして
キャラハンの母への思いやりがまったくない。
そういう不幸な人を助ける専門家はいないのか?と調べたが
あいにく王国には 心の病を見る医者もいなかった。
法律は あくまでも それを活用できる成人の為にしか存在しなかった。
完全にキャラハンとキャラハンの母が無収入であれば、「公的扶助の枠組み」に入ることもできたのだが・・
しかし 何かできることがないか?と調べ続けたキャラハンは、サナトリウムの存在を知った。
そこは 精神を病んだ人が穏やかに暮らせるように配慮された有料の施設であった。
◇
そこで、キャラハンは、テクノクラート伯爵のもとへ会いに行き、
先日 私を養女にという話があったが、自分としては
母が生涯サナトリウムで生活できるように手配して欲しいと思っていると話した。
実のところ サナトリウムに入るための費用は、減額前のキャラハンの母の年金受給額とほぼ同額であった。
そしてまた キャラハンが年金権に関して言及すれば、
今後 祖父の遺産相続のやり直し請求に支障がでることを知っていたから
あえて 母のサナトリウム入りの打診だけをおこなったのであった。
すると テクノクラート伯爵は キャラハンからの申し出を拒絶した。
「そんなこと わが伯爵家には 何の得にもならないことだから」と言って。
そして 今後 我が家の門をくぐるなと キャラハンに言い渡した。
キャラハンは、「未成年である私に対して 伯爵が絶縁を申し渡した事実を 王宮に報告いたします」と言って、その時の会話を録音した記録玉を示した。
記録玉というのは、貴族籍にある者が、縁切りするときの会話を録音して担当部署に即時転送する装置である。
通常は 縁を切る側が用いるのであるが、不利な立場に立つ者が、不当な理由で追放されるのを防ぐために用いられることもあった。
今回キャラハンは、宮廷の相談部署を通して この記録玉を受け取っていた。
担当者は キャラハンの祖父の遺産相続に関してキャラハンにできることは何もないが
これ以上 伯爵家からキャラハンが利用されることのないように手を打つために
記録玉の利用を進めたのであった。
その結果、キャラハンとキャラハンの母が 今後「子爵位継承権」を伯爵家に取り上げられることだけは防ぐことができた。
なぜなら キャラハンから 母のサナトリウム入りを打診されるほど、
キャラハンの母の精神状態が悪化しているにもかかわらず、伯爵が一切の援助を断ったことが
記録として残されたので、
今後 伯爵側から キャラハンの母の不行状を理由に「子爵位継承権」をテクノクラート伯爵家に対して返還するよう命じることができなくなったからだ。
◇
このようにして キャラハンは12歳にして 自分と母の生活を守ることに成功した。
しかし テクノクラート伯爵の振る舞いは、貴族として恥ずべきことであり
公になれば テクノクラート家のとりつぶしにも波及しかねない。
それゆえ キャラハンとしても 自分が経験したことを 軽々しく人に話すことはできなかった。
伯爵家のとりつぶしにより 多くの人が生活が左右されることくらいは 理解できたから。
さらにまた 伯爵家からの経済援助が一切期待できないことが明確になったので
これはもう 歯を食いしばってでも 自分が進学して王宮官吏になって
母の余生を支えるしかないと決意した。
なにしろ 今の自分の年齢では 母をサナトリウムに入れるための手続きをとることが法的に認められていないから。
王国の成人年齢は18歳
王国の義務教育は6歳から16歳までの10年間
精神的に破綻した母親を抱えていては、16歳での一般就職は難しい。
下町育ちなので 水商売しか仕事先がないことくらいは知っていた。
なので15歳から受験できる大学にさっさと進学して、国家公務員試験を受けるのが一番確実な身の立て方だと考えたのだ。
よもや、自分の母親が この先 娘を敵視するようになるとは 夢にも思わなかった12歳。