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清明の結婚  作者: 木苺
Ⅱ キャラハン
11/42

キャラハンの両親

キャラハンの母は貴族家のこどもだった。

キャラハンが物心つく前に両親は離婚。


父は離婚後、俗に「貴族界」と呼ばれる「貴族家出身者や宮廷官吏の集団」から完全に離脱し

キャラハンの目の前から消えた。


なぜなら、母がテクノラート一族の「子爵位継承権」を持ち 父はただの入り婿に過ぎない存在であったから。


◇ ◇


 母の一族は代々テクノラート伯爵位を保持しており、母の父の兄、つまり母の伯父は伯爵であった。(現在は 母の伯父の子がテクノラート伯爵位についている)



 王国の子爵位には本人の功績に基づいて審査され叙爵されるが、

子爵継承権を持たない「一代限りの子爵」位と、

優秀な人物を輩出する一族が保有する伯爵位や公爵位に付随する「子爵位継承権」により

当主推薦により優先的に審査され叙爵される「子爵」位の2種類がある。


(ちなみに 当主が子爵位継承権に基づいて、わが子を子爵に推薦したにもかかわらず

 その子が子爵位にふさわしくないと、審査で落選すると

 「推薦した当主には人を見る目が無かった」と判断され、

 その一族がもつ「子爵位継承権」が王家に没収されることになる。


 ゆえに、子爵位継承権を持っていても、安易にわが子を子爵に推薦するわけにはいかないのだ。

 なので 代々「子爵位継承権」が発動することなく、次世代の伯爵や公爵に受け継がれていくことも珍しくない。)



 通常、「一代限りの子爵」位は、当人がなくなれば王家に返還することになっている。


 一方、伯爵や公爵家が持つ「子爵位継承権」に基づく推薦で子爵となった者は、

一族の「子爵位継承権」をも引き継ぐ。


「子爵継承権」を持つ子爵が、次世代の子爵候補を指名しないまま亡くなった場合は、

子供がいれば、子供とその子が産んだ子までは、「子爵位継承権」が引き継がれる。

ただし、「子爵位継承権」を持つのは 一世代につき一人までである。


 ゆえに、「子爵継承権を持つ子爵」に複数の子がいた場合は、「子爵位継承権」を引き継ぐ者をだれにするのか早めに決定する必要があるのが 当人にとって悩ましいところである。


 しかも「子爵位継承権」のみを持つ一族が3代続けて 子爵に叙爵されることなく、ただ「継承権」のみを相続させた場合は、「子爵位継承権」が王家に没収されることになっている。


なぜ、こんなややこしい規定があるかと言えば、一族に能力の高い女性が生まれた場合、

遺伝的素因(能力の高さ)は母から子へと引き継がれる割合が8割~9割である一方

子爵に叙せられるほどの業績を上げるには、成人後それなりの期間と活躍する場が必要なので

子爵当人が急逝した場合、あるいは継承者が女性であった場合を考えると

3世代くらいは「継承権」の保有を認めるべきであろうという観点からである。


早い話が 優秀な遺伝子を持つ一族を、次世代の官僚・領主予備群としてキープしておきたい、

しかし現在目立つ業績も上げていない者に、爵位に伴う権力を持たせたくはない

という王家の思惑が この「子爵位継承権」に反映されているのであった。



 キャラハンの母の父は、領地と呼ぶほどではないが、それなりの土地と財産をもって経済活動を展開する起業家であり、その功績から当時のテクノクラート伯爵家から「子爵継承権」を譲られるとともに、子爵に叙せられていた。

 

 キャラハンの母方の祖父母が急逝(きゅうせい)した時、一人娘であったキャラハンの母は、成人するまでにまだ1年たりなかった。つまり 父が残した会社の社長なることが法的に認められていなかったのである。


それゆえ、未成年のまま孤児となってしまったキャラハンの母は、「子爵位継承権」を相続することはできたが、

会社の経営権を、叔父(=父の弟)に移譲せざるを得ず、

かわりに 一時金と 自分と将来自分に子供ができた時にはその子への「生涯年金権」を受け取ることになった。

 

 早い話が、会社の権利を買い取るだけの資金力のなかった叔父が、

 叔父の立場を利用して、キャラハンの母から経営権を強奪して

 会社の価値に見合わないほんのわずかの金をキャラハンの母に一時金として恵むとともに、

「年金権」という紙切れで1枚で、経営権の買い取り費用をちょろまかしたのであった。


なので、キャラハンの母もキャラハンも貴族籍の保持者ではあったが、その生活はつつましやかであった。


「子爵位継承権」を持つ伯爵の存在は極めて珍しかったので、それが持つ効力と子爵になるための制約などについて

一般的にはほとんど知られていなかった。


なので 子爵や伯爵位を持たない者たちは、

「子爵位継承権を持つ娘と結婚したら無条件に子爵になれる」「子爵位継承権を持つ家に生まれただけで子爵になれる」などと誤解している者が多かった。


そのような誤解に基づいて、孤児となったキャラハンの母に付きまとい

彼女が成人する誕生日に、「祝い」に押しかけ 強引に婚姻にまで持ち込んだのが

キャラハンの父であった。



彼は、キャラハンの母の祖父母のだれかの係累だった。

葬祭のさいに キャラハンの母と顔を合わせることがあるかないか程度の関係であった。


実際 キャラハンの母が彼の存在を認識したのは 自分の両親の葬式の時であった。

それ以前にも顔を合わせたことがあると彼は主張していたが、キャラハンの母の記憶にはなかった。


キャラハンの母は、事故で両親を一気になくし、その痛手から立ち直る暇もなく

父の会社の相続問題に絡んで 叔父や彼に味方する親族にガンガン攻め立てられ、困惑し疲労困憊していた時に、

優しい声をかけてくれた年上の若者につい関心を向けたら、あっという間に結婚まで押し切られて妊娠。


己の不覚を恥じるとともに、腹をくくって子育てを頑張るしかないと思い定めた。

が、しかし 子育ては思ったよりも大変。

 孤立無援の中で 必死に赤子を育てるも、夫はわがままばかり。



一方、キャラハンの父からすれば、せっかく結婚しても自由にできたのは財産だけ。

 爵位を継ぐことも宮廷官吏の席に着くこともできないとは 当て外れもよいところ。


なので、「テクノクラート一族の分家の跡を継いだ」と吹聴し、その噂を知ってすり寄って来た女たちの中から

気に入った女を愛人にして、キャラハンの母の財産を食いつぶすことに専念した。


貴族の矜持を知るキャラハンの母は、財産は夫に譲っても、爵位継承の推薦だけは断固として(こば)んだから。



キャラハンの母が、己の父の会社の経営権を委譲するときに 叔父から受け取っていた一時金を、完全に食い尽くしたキャラハンの父は、妻の年金権まで奪い取ろうと画策した。


さすがに ここまでくればテクノクラート本家も黙ってはいられない。

一族の名誉にかかわる事態だ。


というわけで、テクノクラート伯爵の介入により キャラハンの両親は離婚した。


離婚に際して、手切れ金として キャラハンの母が受け取る予定だった生涯年金の半額相当分を

キャラハンの父に渡す代わりに、キャラハンの父を テクノクラート一族から完全に放逐した。


そもそも当人の意思があれば貴族と平民との結婚もOK

業績を上げ続けなければ貴族籍も喪失することも珍しくない王国内では

「身分の違い」をあからさまに言わない傾向にあった。

なにしろ血縁関係にあっても、貴族籍には無い者も珍しくなかったから。


ゆえに それを悪用して、血の一滴でもつながりがあれば あるいは婚姻関係を結ぶだけで

「一族の一員」と吹聴して悪事をなす者もたびたび出現する。

そのような不埒者を 厳しく取り締まり、関係をきっぱりと断ち切るために法的措置をとるのも、貴族家当主の責任であった。


そのため、平民を配偶者にするときには、婚姻前に婚約者の親族関係をきちんと整理させる必要があったし、離婚に際しても、それなりに厳しい処断を下すこともあった。


一方では 婚姻における両者の意思を尊重し、他方では 家としての立場を守られなければいけない貴族家を維持するのは、思いのほかたいへんだった。

 だからこそ 貴族系当主による自主的「爵位返上」も珍しくない王国だったが、それはまた別の話。



話を元に戻すと、

キャラハンの父は、離婚後すぐに 長年囲っていた愛人と再婚した。


キャラハンにとっては、就学前に父の存在が完全に消えたのと同じ。

 ただ 両親が離婚する前も すでに 父の姿を見るのは、彼が母にお金をせびるに来るときだけであったので、父の存在が消えて寂しいと思うことはなかった。


一方、キャラハンの母は、離婚後 キャラハンを連れて下町暮らしを始めた。


 彼女としたら、自分の両親が死んだあとは、「親戚」を名乗る連中に翻弄されて

 自分は、不本意ながらも授かった子供の世話に明け暮れて

 全然「自分の人生」と呼べるものがなかったが、


 その一方で 不本意な結婚生活ではあっても

 己の収入(正確には年金)で自活してきたという意地だけはあったので、

 離婚したからと言って 親戚の誰かの家に居候する気にはなれなかったのだ。


早い話が 離婚後も自活して 親族一同を見返してやろうと思っていたのである。


 もっとも 離婚の際に、こっちが夫から慰謝料をもらうべきところを


 なぜか テクノクラート伯爵の意向で かってに夫側へ「手切れ金」が支払うことにされ、

 その費用にあてるからと 勝手に自分が受け取るはずの生涯年金額が 半額にされてしまったのは不正行為であり不当な仕打ちであると思ったが、


 自分の権利を守るための訴訟や異議申し立てを起こす方法を 彼女は知らなかったので、


 少なくなった収入に合わせて 下町に転居する以外の方法を思いつかなかったというのが実情ではあったが。



こうしたいきさつで、キャラハンは、礼儀作法を 就学前の家庭教育で完璧に身に着け、

貴族としての生き方の基本も母を通して学んだが

通った学校は ガサガサとした下層階級が大半をしめる地域校で、

クラスメートの半分は問題児(義務教育後はごろつきになった連中)という状況で育つ羽目になったのであった。


そしてキャラハンの母は、社会人として生きていくすべを身に着ける前に両親を失い、結婚・離婚を経験し、「さあ!私の人生を生きるわ!」とはりきったものの、

生涯年金が半額支給になってしまったために、生まれて初めて経験する貧困生活に苦しみ

娘が学校でいじめられているのに気が付いても 何もしてやれない己の無力さに身を切られる思いをしたものの、

それに抗議しに行ったときに娘の担任達から罵倒されたり 徒党を組んだ教師たちに狭い部屋におしっ込められて集団で威圧されたショックから精神が破綻してしまい


最後は 娘であるキャラハンが自分の腹に宿らなければ 私の今の苦労はなかったのに!

と思い込むようになってしまった。


キャラハンとしては、幼いころには信頼して母が、

やがて 自分に対してヒステリックにわめきちらすようになり

その時は 母の置かれた状況を理解して 母の心の弱さを気の毒に思って

母の心が安らかになるようにとアレコレ気遣い続けた。


それこそ、教師たちの理不尽なふるまいから母を守るために

己の心を殺す生き方を選択するほどに。


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