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プロローグ リリー 12歳

 リリー・アスセーナス――私は十二歳を迎えた。

 この国での成人年齢は十六歳なので、成人まであと四年。

 三つ上の兄、ハイド・アスセーナスに婚約者が出来た。ナタリー・フォンと言う男爵家のご令嬢である。私も挨拶のため一度、顔を合わせたが、笑顔の素敵な、頭の良い女性であった。

 そして、それを機に私が成人した後には、この家を出なければと言う気持ちが強く湧いて来た。

 ネイルサロンをオープンさせると言う明確な目標はあるし、開業に向けて着々と準備もすすめている。ただ、一つだけ決定的に足りないものがある。それは店舗をどこに構えるかと言うことだ。

 客層は出来るだけ、広い方がいい。貴族だけではなく、市井の商家の娘さんとか、もし可能ならジプシーのダンサーとか。そんな人にもぜひ来てほしいと思っている。もちろん、貴族とは料金設定を変える。使うカラーも例えば、貴族向けに純銀や純金を用いたラメを使うが、市井の人にはそうではないもの、と言った様に差異をつけて。

 そう考えると、都市の郊外に店を構えると言うよりは、町の中に店を構える方が都合がいい。そうなると、家を買う必要があるのだが…………。どうしたものかと思っていた時に、ふと思い出す。

 リリー・アスセーナスの母のエブリンの実家は裕福な伯爵家だ。そして私の祖父母に当たる。

 思い立ったが吉日。

 久しぶりに祖父母の伯爵家を訪れる。

 母は子爵家に嫁ぐにあたって、祖父と口論になった経緯がある聞いているが、私に対してはいつも笑顔で迎えてくれる。そして、リリーの成人の時には、素敵なプレゼントを贈りたいんだ。なかなか私達が出来ることは多くないからね”会うたびに祖父母はそう言ってくれた。昔はそれについて、どう言葉を返していいのか、思いつかなかったが、今は欲しいものが出来た。ダメ元で、それをお願いしようと思ったのだ。

 メイドが私の前に紅茶とクッキーを置く。

「前にお話下さったことで」

 私がそう話を切り出すと、優しく「どうした?」と祖父は私の話を促す。

「私が成人した時に贈り物をくださると言ってくれた話はまだ有効ですか?」

 祖父母は顔を見合わせてふっと、笑う。

「ああ、もちろんだとも」

「欲しいものが出来たのです」

「なんだい? 言ってごらん。成人まで待たなくとも、今でもいいんだよ」

 祖父はあまり強請らない私がそう言ったのが嬉しかったのか、身を乗り出して私の言葉を待っている。

「欲しいものはなんでもいいのですか?」

 上目遣いにそう聞くと、「もちろん」と大きく頷く。

「王都の町に、私が一人で暮らせる、こじんまりとしていてもいいのだけど、お家が欲しいの」

 思ってもみなかった申し出だったのだろう。祖父母は少し目を見開いて私を見返す。

「無理かしら……」

 流石に突拍子もない、希望だったかと視線を彷徨わせる。

「いや。リリーが欲しいと言うのなら、いくらでも屋敷を用意することは可能だが、一体何のために? 今の家に、生活に不都合な事が?」

 祖父はそう言って厳めしい顔を見せた。私がアスセーナスの家で劣悪な扱いを受けているとでも思ったのかもしれない。すぐに、私はそれを否定する。

「ただ、ゆくゆくは、お兄様が子爵家を継ぐにあたってナタリー様がアスセーナス家にいらっしゃると思うのです。色々と先々の事を考えて私だけが一人で気兼ねなく過ごせる家があったらいいなと思いましたの。ゆくゆくは、ネ………………えっと、お友達を呼んでサロンとして使うのも良いかもしれませんし」

 ネイルサロンとはまだ言わなかった。商売を始めると言ったら、優しい祖父母は不安に思われてしまうかもしれないとそう思ったから。

「それなら、郊外の大きなお屋敷の方がいいんじゃないかしら。王都の都市部で、新たに大きな家をとなると、なかなか手ごろなモノを見つけるのは大変かもしれないから」

 祖母は眉尻を下げて、そう言った。確かにその通りなのだが、私の目論見では店は都市部に開きたいと思っていたのでそこは譲れない。

「それも考えたのですけれど、市井の方が活気があって、色々なお店もあるから楽しいだろうなと思って」

「そうかもしれないわね」

 即席で考えた理由であったが、祖母は大いに納得してくれた。

「それに、そんなに大きくなくていいのです。私と、エドとアリが三人で生活できるくらいで」

「エドとアリと言うのは?」

 祖母の疑問に、いち早く祖父が答えた。

「いつもリリーに仕えている、貧民街で見つけた使用人だよ」

「ああ、あのお二人は貧民街の出身なの? どこかの商家のご子息と娘さんが行儀見習い来ているものとばかり」

 祖母は本当に驚いた様子だ。私としても二人が褒められるのはどこかこそばゆい。

「信頼できる二人と、こじんまり――そうですね、隠れ家みたいな家があったらいいなと思ったのです」

 祖父は腕を組み、考え込んでいる様子で頷く。

「わかった。そんなに急がないのだろう? リリーが成人するまでに探しておこう」

「わあ、ありがとうございます」

 ダメ元ではあったが、当初の目論見は成功し、私は将来のネイルサロンの店舗をこの様に確保したのである。

「旦那様」

 慇懃な礼の姿勢で、一人の執事が入って来る。祖父の視線を受けて、

「ご歓談中に大変申し訳ございませんが、少しだけよろしいでしょうか」

 執事は、ちらりと私の方を見るので、

「お祖父様、私は構わないから。お祖母様とお茶を飲んで待っています」

 リリーが微笑んだ所で、後ろでばんっと大きく音がして扉が開いた。入って来たのは、成金の様な身なりの男。

「いや、ご在宅だと伺いましたので、私の方からぜひに挨拶をと思いました。中々そこの執事さんが通してくれませんでしたので――初めまして、スティーブン・シャーマンと申します」

 シャーマン氏が笑うと、にっと歯茎が見えるほど口角が上がる。そこに見えた金歯。

 背中に戦慄が走る。

 まさか、いや、まさかだと思う。いや、思いたい。

「おや、こちらに小さなお嬢さんがいらっしゃったとは存じあげませんでした」

 蛇の様な視線が私に注ぐ。体がこわばって上手く笑顔を作ることが出来ない。

「人見知りのお嬢さんですか? いや大丈夫ですよ。私はそういった方にも好意が持てます。ただ、次にお会いするときはほんの少しで構いませんので、私に慣れていただけているととっても嬉しいですね」

「いや、遠縁のお嬢さんなんだ。仕事の話ならばこちらで」

 私の様子を見て、祖父は気をつかったのだろうと思った。それから、祖父は色のない声でなかば強制的に、シャーマン氏を部屋から出て行かせるべく、手で指し示し、執事に合図を送る。しかし、シャーマン氏が祖父に執拗に声をかけるので、祖父もなし崩しに一緒に部屋を出て行った。

 パタリと扉が閉まった所で、やっと息を吸う事が出来た。

 祖母が心配そうに顔をのぞかせる。

「大丈夫です。ちょっと驚いただけですから」

 やっと笑顔がつくれるようになって、祖母は安心して笑った。

「紅茶を飲みましょう。時期にあの人もこの部屋に帰ってくるでしょうから」

 私はこくりと頷いて、ティーカップに手をかける。

 間違ってもあの男と鉢合わせたくはない。なんなら、ちょっと仮病を使って、祖父母の家にあの男の影が消えるまで、隠れさせてもらうのも手だと思っていた。

 

――なんであの男がいるの。


 見覚えのある金歯。

 気持ちの悪い笑い方。

 既視感。……


 それをかき消す様に、紅茶を一気に飲み干した。


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