ナチュラルネイル
「今しがた、フローレンス様から連絡がありまして、今日のネイルの予定はキャンセルされると」
アリがサロンの扉を開けると、リリーは自身のスキルで新しいカラージェルを作成しているところだった。彼女のスキルにはキャパがあり一日にいくつも創ることはできないらしい。そのため地道に一日一個、無理のない範囲で商品を増やしているのだ。
「すみません、作業中に」
一刻も早くと思い、慌てていたので、ノックもせずに入ってしまったことを詫びる。リリーは顔を上げるとなんでもないという風に首を振り、机の引き出しから、ノートを取り出す。
「十四時からのフローレンス様」
それはリリー自身で管理しているスケジュール兼お客様管理ノートである。もちろん、来客のスケジュールは迎え入れる準備があるので、アリとエドも把握しているが、リリーはそれに付け加えて、その日にどんなデザインのネイルをしたとか、会話の中で交わした約束事なんかも細かくメモしている様だった。
そんなことよりと、アリは視線をサロンの壁にかかる時計にやる。時刻は十三時五十分。本来であればフローレンス様が来店してもおかしくない時間だ。
「珍しいわね。フローレンス様、こんな急にキャンセルをされるなんて。………………なにかあったのかしら、他に何か言っていた?」
大抵の一定以上のお金がある過程には通信機と言う魔道具が家にあり、送りたい相手の座標を設定するとメッセージを送信することできる。フローレンスからのメッセージもこれで送られて来て、内容を確認したのはアリだった。
「受け取ったメッセージには、奉公先の公爵家でトラブルが発生したとだけ。詳しいことはなにも」
フローレンスはフォックス公爵家に勤めるメイドの一人である。彼女自身も地方の男爵令嬢の出身。貴族の席に名前を連ねるなど、おこがましいと彼女は言うが、おこがましくもなにもない。正真正銘のれっきとした貴族のお嬢さんである。ただ、ご実家の財政状況がかんばしくないという理由から、公爵家に奉公に出ることとなったと、そんな話を本人の口からなんとなく聞いた。
リリーネイルには何度か来店され、その度に礼儀正しいきちんとした立ち振る舞いをする令嬢だとアリは印象に残っている。もしフローレンスに欠点があるとしたなら、自己評価がかなり低い点だろうか。
「アリは、フォックス公爵の家で何があったか知っている?」
フォックス公爵の大奥様は隣国、モーゼルのご出身で、国家間に関わる小さな問題が起るとフォックス家にも火の粉がふりかかることは知っていた。しかし、
「いいえ、最近は特になにもなかったと。今日突発的に生じたことでしたら、流石にわかりませんが」
リリーはノートに目をやりながらこくりと頷く。
「フローレンス様に、今日の夕方から夜ならお客様もいないので、もし時間があればいらしてください。そう連絡しておいて」
「かしこまりました」
アリは同じメイドの仕事を貴族令嬢でありながら、きっちりとこなすフローレンスを好ましく思っていた。それに、彼女は約束をたがえる人ではない。
――なにかあったのだろう。
リリーに指示された通りに、公爵家のフローレンス宛にメッセージを送る。
返事はなかった。
十九時。
玄関の呼び鈴が来客を告げる。
いつもなら、エドが応対するのだが、リリーの用事で不在にしていたので、アリが対応にかけつける。
「夜分にすみません」
扉を開けると、現れたのはフローレンスであった。
「いいえ、その、」
「メッセージを貰って……迷ったのですが」
暖かくなってきたとはいえ、夜はまだ冷える。
すっぽりと羽織ったショールを前で押さえる指が青白く見えた。
「わざわざ来てくださって、さあどうぞ。――大丈夫だと思いますが、今、リリー様に確認して参ります。寒いので中に入って少しお待ちいただけますか?」
フローレンスは恐縮した様子で、玄関の中に入る。明るい場所でみた彼女の表情は疲れてみえる。アリは玄関の扉を閉め、鍵をかけると、キッチンにいるリリーの元へ向かった。
「お嬢様」
ドアを開けると、リリーは夕食である野菜のポタージュスープをスプーンで口に含んだ所だった。ぎょっとした表情で振り向く。
「フローレンス様がいらっしゃいました。サロンにお通ししても?」
リリーはこくりこくりとうなずく。口に含んでいたスープを流し込む。
「ええ、もちろん。今、行くわ。先にフローレンス様をサロンへお願い。きっとお部屋は冷え切ってしまっていると思うので、火を入れて。それから飲み物と軽食の準備も」
「かしこまりました」
アリはひとり待たせていたフローレンスの元に戻る。彼女はただそこに佇んでいた。いつもなら立っているだけでもどこか凛とした空気をまとわせているのに、今日はくたりと顔を落とした向日葵の様に元気がない。
「お待たせしました。こちらへ」
「リリー様は、その……お時間は大丈夫なのですか?」
自分の方がくたびれているのに、相手に対しての気遣いを忘れない出来た人だと、アリはまた感心を寄せる。
「リリー様に今夜は特別なご予定はありませんでしたから、先だってあのようなメッセージを返信いたしました。何も気に病まれることはありません。それよりも、冷えてまいりました。どうぞ」
サロンの扉を開けると、ツンと部屋の中は冷えこんでいた。アリはすぐに明かりと暖炉に火をともす。
「こちらにおかけください。お部屋があたたまりましたら、ショールはこちらへ」
ソファーを引き、部屋の隅にあったラックを引き寄せる。フローレンスは神妙な表情でアリを見た。
「本日、本来十四時のお約束でしたが、その、来られなくなった理由と、謝罪を……」
「私は一介の使用人にすぎません。そういった話はリリー様に直接お話いただいた方がよろしいかと。今、参りますので」
アリがそう言いかけたところでリリーがばたばたと部屋に入ってくる。
「お待たせしました。フローレンス様、お忙しい中来ていただいてありがとうございます」
フローレンスは大きく頭を下げる。
「私の事情で約束を破ってしまって、本当に申し訳ございません。しかも、この様な夜の遅い時間に振り替えていただき本当にありがとうございます」
「いえいえ、今日は特に用事もありませんでしたし、それに少し伺いましたが、公爵家で何かあったと――その場合はそちらが優先になるのがあたり前ですもの。だから、そんなに謝っていただかなくとも大丈夫です。それより私は、ネイルサロンを嫌ってしまったのかと」
リリーは一瞬、かなしそうな表情を見せる。
「まさか――」
フローレンスの言葉を聞きながら、アリはパタリとドアを閉める。
――嫌ってしまったのかと。
先ほどの言葉がアリの脳内に反芻される。
最近、新聞のコラム欄に匿名者からよせられたとある批判文が掲載されていた。タイトルは”女性のジェルネイルの是非”である。
アリも読んだが、ジェルネイルに対して非常に否定的なもので、『女性の社会進出を遮っている』と。ジェルネイルをする女性は爪が長い傾向にあり、その爪で仕事などは一切できない。ジェルネイルは装飾としての価値しかなく、手が装飾品であれば女性は何もするなと言っているのと同義だ。すなわち、女性の社会進出を遮っていると独自の意見を展開していたのである。
リリーはその記事に対して『様々な考えを持っている人がいるから』と言うだけだったが、貴族以外の客層の方々のキャンセルがややあったのも事実である。
アリ自身もリリーが練習だからと言って、自身の爪にされたジェルネイルを見る。仕事があるので、ぎりぎりまで長さは短くしており、色も一目みてぱっとわかるような派手なものではなく、頬にチークをふんわりとのせたくらい、わずかに色づいている程度だ。
貧民街出身で、リリーの使用人として生きて来たここ十年程は、リリーが言う練習に付き合って、ジェルネイルをしているが、うとましいと思ったり、仕事がやりにくいと思ったことは一度もない。むしろ爪が強化された感覚があって、使いやすいと思っている。
「もっと、ジェルネイルの良さが伝わったらいいのに」
ぼそり本心が口をついて出る。実は裁縫をするときなんかは、爪に負荷をかけ、針をさせるので、結構使えるのだ。
仕事をする必要のない貴族のお客様に対しては、確かに爪を長くし装飾的なデザインをすることがほとんどなので、そのデザインばかり見ている場合は、匿名投稿の様な批判的な意見も生まれるかもしれないけれど……………もしかしたら、あの投稿者は貴族の誰か? なのだろうかと、アリはふと思う。
キッチンでミルクを多めに入れたカフェオレと、サンドイッチをトレイに用意して、急ぎサロンへ戻る。扉を軽くノックした後、ゆっくりと開けると、
「実は、……」
フローレンスの話を始める声がした。部屋の向こうに居たリリーがアリに目配せをする。つまり、ここに一緒にいて話を聞く様にとのことだ。カフェオレとサンドイッチをサイドテーブルにのせると、アリはすっと扉の方に下がり、そこに控えた。
「明日は、モーゼル国から大奥様のご友人を招待して、フォックス家で晩餐会を開く予定になっています。現在、モーゼル国とアンバー王国の二国間が緊張関係にありまして、その辺りの事は聞いたことはございませんか?」
モーゼル国の一部、派閥がアンバー王国との過去の対立をぶり返し、せっかく二国間で築いて来た、友好関係を壊そうとしている。そんな動きがあるとアリの耳にも入っていた。
「噂には聞いています。あまり詳しい事は存知あげませんが」
リリーはやんわりとそう答える。もちろん、アリが知っていることはリリーも全て知っている。
「私も、詳しい事は存知上げないのですが、モーゼル国の方々、皆さんがそんな過激な人ばかりではなくって、今まで築いてきた友好関係を維持するべきであると、働きかけて下さる方々もいらっしゃるのです。特にフォックス家の大奥様は、モーゼルに縁の深い方ですから、信頼できる来客を呼んで、強固な友好関係を維持しようと。今回の晩餐会にもそういった意味が大きくある様です。フォックス家としても大きな意味のある晩餐会にしようと思っておりますので、晩餐会のことは事前にアンバー国王にも打診されていらっしゃいまして。国王も出来ることならば、戦争になることは避けたいと。そう言った気持ちを示されていらっしゃいます。ですから、国王から友好関係を維持したいと意向を述べられた書状をフォックス家でお預かりしていまして、モーゼル国からいらっしゃる来賓の方に、書状をお渡しする手筈になっていたのです。ですが、………………その書状を紛失してしまったのです」
重々しく語られたその話に、リリーの左手を持ったまま思わず手を止めた。ちょうど、ジェルオフが終わって細かい粉をはらっている所だった。
「それは、一大事では……?」
「仰る通りでして」
まさか、失ってしまったので、書状をもう一部出してくれないだろうかと、国王に言える訳もなく。しかし、渡すべきだった書状を渡さなければフォックス家がアンバー国とモーゼル国の不和を望んでいると。そう捉えられてしまえばそれこそ大きな問題に発展するだろう。
リリーはようやく現実に意識が戻って来たとでもいう様子で、作業をようやく再開し、爪の形を整えるべく、やすりを使って手際よく形を整えながら、その時の状況を出来れば教えて欲しいとフローレンスに聞いた。
「実は書状が盗まれたのは大奥様の部屋でして」
その言葉に思わず目を見張った。リリーも驚いた様子で一瞬手元を見ていた顔を上げた。
「明日の来客に備えて、大奥様自ら、様々準備に関わっておりました。それで、書状についても念のため金庫から出していたところ、急にモーゼル国から、メッセージが来たため、書状を机に置いたまま大奥様が部屋を出まして。部屋に戻って来ると窓が開け放たれ、書状も見えなくなっていて……すぐに、使用人総出で周囲を捜索しましたところ、屋敷の壁にぶら下がった不審な男があって」
「では犯人は見つかったのですか?」
アリはそう簡単なモノだろうか、と首を傾げる。
「書状を盗んだのは、その男だと思われるのですが、逃げられないと悟ったのか、私どもが捕らえた時、男は毒薬を飲んでもう、息のない状態でした」
アリはあっけない幕切れに違和感を感じた。
リリーは少し沈黙した後、今回はどんなネイルにしようかとフローレンスにたずねる。
「いつも通り、ナチュラルな感じで。その、さっきアリさんの手元を見て、綺麗な色だなと思ったので、私もそれにしてもらいたいのですが」
アリは、はっとして思わずリリーを見た。
「新作の色なんです。じゃあ、あの色で仕上げて行きましょう」
リリーはにっこりとする。気付かれぬ様に視線を下げて、アリ自身の手元を見る。
やわらかな白。
こまかいラメが散りばめられているが、よく目を凝らしてみなければわからない程度のもので、ギラギラと光る様なラメではない。これを浅めのグラデーションで仕上げているので、より一層ナチュラルに見える。
「それで、その書状は見つかったのですか?」
リリーは口調を変え、話を戻す。
「男の着ていたもの、身体も含めてくまなく探したのですが、見つかりませんでした。魔法やスキルを使用した形成も確認しましたが、そういった痕跡もなく。出来る限り公爵家として手をつくしたのですが」
「その男の身元は?」
フローレンスは首を横に振る。
「わかりません。死人に口なしと言いますから。衣服などはアンバー王国でつくられたものでした。男の人相もアンバー王国でよく見るありふれた容姿――他国の者である可能性もなくはないとは思いますが」
「例えばですけれど、アンバー王国内で書状の存在を知っていて、その書状を消し去りたいと思う一部の人がいると思いますか?」
フローレンスの話を聞く限り、国王からの書状の存在を知るものはごく一部の人間のみだと思う。その情報をキャッチして、尚且つその書状を葬り去ろうとする人間となると、かなり限られてくるとは思うが、探り出すのは容易ではないとも思った。
「つまり、フォックス家が破滅すればと思っている一部の者がないとは言えないでしょうけれど」
アリはフローレンスの言葉にゆっくりと頷く。
ジェルネイル前の、プレパレーションを終えたリリーは、棚からカラージェル等を次々と机に並べる。ふとフローレンスのの手元が見えた。やはり彼女も短めに揃えている。
ベースジェルを塗布するとき、リリーはぷっくりとややしっかりめに爪に乗せる。手先を使う仕事が多い彼女の生活を理解してのことだ。
「書状はどこに行ってしまったのですかね」
リリーは作業の手を止めずそう言った。
「わかりません。もちろん公爵家の屋敷中、探しましたがやはり見つかりません。私がここにいる今もきっと探していると思うので、見つかればいいのですが」
「もし、盗まれていたとして、捕らえた男がすでに他の手の者に書状を渡していたとしたなら……今頃どこにその書状があると考えますか?」
一通り、ベースジェルの塗布が終わった所でリリーはそう聞いた。
「金銭が目的なら、フォックス家に何等かの連絡があると思うのですが、そちらも今のところはなにも。もし、他国に渡っていたとしたならば」
「ですが、その書状の内容はモーゼル国とアンバー王国の友好を示すものだと。それが他国にわたったところで、その国になにかメリットがあるでしょうか?」
「わかりません……その、私も一般的な知識しか知りませんので、書状が他国に渡った場合のメリットやデメリットなど細かい部分については」
フローレンスは謙遜してそう言ったが、彼女が勉強家であり、一般的な令嬢よりも知識が豊富であることは一目瞭然であった。
そこからしばらくリリーは無言になる。もしかしたら色々と考えを巡らせているのかもしれないとアリは思う。カラージェルの塗布を終え、トップジェルを重ねる。
みるみるうちにフローレンスの爪先がつやりと光を放つ。
「……出来上がりましたよ」
リリーの控え目な声にフローレンスはぱっと顔を輝かせる。
「わあ、今日も素敵です。本当にありがとうございます」
そう嬉しがって言うものの、表情の陰りが取れることはない。
「もし、さしでがましくなければ………………その、フローレンス様のお話を聞いて書状の行方について私なりに考えてみたのです。よろしければそれについてお話させていただいても?」
フローレンスはリリーの申し出に対して、視線を彷徨わせもじもじとする。
「本当はその事について私の方からお願いをする予定でした。以前にシャーリー王女が我が家のミネラ奥様の元にお忍びでいらっしゃる途中、行方不明になられてしまって、その際、シャーリ―様を発見する手助けをされたと、リリー様のお話を伺っていました。ですから、公爵家としても今、非常に難題をかかえておりまして、明日までには何等かの答えを出さなければならいません。最悪、ミネラ奥様が王家に赴き、低頭するシナリオも考えているのですが、出来れば何事もなく解決してほしいと思っております。わらにもすがる思いで、リリー様にお知恵を拝借できればと考えていた次第でございまして」
その意図もあって、わざわざ出られない状況の公爵家を抜け出て来たのだとアリは頷く。
「フローレンス様は私の大切なお客様ですから。色々箔をつけてくださっていますけど、私は一介のネイリストに過ぎません。ですから、あくまでも意見としてご理解いただけますと幸いです。――それで、状況を整理して考えますと、大奥様の部屋にあった大切な書状が盗まれ、盗んだと考えられる男も自殺を図って死んでしまった」
「仰る通りです。その男も身元もわからず、こちらもお手上げ状態でして」
リリーがこの事件を解く手助けをすると名乗りを上げたので、アリに何か命が下るのかと色々、自身で考えてみたが、現時点ではかなり難しいと思っていた。フォックス公爵家の敵対者を探すとしても、一朝一夕では見つからないだろう。アリの手札にもそのカードは持ち合わせていない。なにより、リミットは明日であり、目的は敵対者を探すということよりも書状を取り戻すことにある。リリーはこくりと頷き、口を開く。
「その男が外部に書状を送った形跡はないことは公爵家の方々が調べて下さっています。そこから導きだされるのは、書状は公爵家のどこかにあるという答えだと思うの」
「ですが……」
フローレンスの訴えに、リリーは言葉を遮る。
「話を聞いて、おかしいと思ったの。お奥様が書状からわずかに目を離した隙に、すぐに対応できたということ――恐らく、公爵家の方の中に内通者がいらっしゃるのでしょう。その犯人像までは私も流石に今のお話だけではわからないので、それが誰かと言う話はお任せするとして、もう一点。オカシイなと思ったのは、なぜその男はすぐに逃げようとしなかったのかと言うこと」
リリーの言葉にきょとんとフローレンスは首を横に傾げる。言われて確かにと、アリも思ったのは事実。
「つまり書状の紛失を知って、屋敷中を探し舞ったと。その間に逃げる時間は十分にあったと思うのよ。でもその男は恐らく書状を持ったまま、公爵家の外壁にはり付くようにしていた、それはなぜか――その理由を考えた時に男の目的は書状を盗み出すことではなく、書状を一時的に隠す、見えなくするのが目的ではないかと思ったの」
「隠す? ですか?」
フローレンスはその発想はなかったのだろう。目をぱちくりとまたたかせる。
「男がたたずんでいたという壁の辺りを探してみてください。恐らくですが、ギミックがあって、どこか隙間に書状が隠されていると思うのです」
もやがかかる視界が晴れた瞬間だった。フローレンスの表情もようやく明るさを取り戻す。
「わかりました。帰り次第。早速、執事長に伝えます」
フローレンスを見送った玄関で、
「今回はアリの出番はなかったわね」
リリーがぼそりと呟き、食事の続きをするのだろう。キッチンへ向かった。
翌日。
――本当にありがとうございます。
公爵家から朝一番にメッセージが入っていた。
「書状が見つかったそうです」
起きて来たリリーにそう伝えると、ほっとした表情を見せる。