モブにあるまじき出会い。
アネット先輩の話が終わった時にはすでに一限目が始まっていたが、そこら辺はアネット先輩が手を回していてくれていたらしく、授業に遅れてもおとがめはなかった。だがしかし、俺に対しての視線はモブとしてはあり得ないほどに集まってしまった。
ただ、それについては不朽の百花の空間から出てきたときから、ただの間違いであった時の何とも言えない表情を浮かべているから、ドレルムからの質問を答えてそれは終わりだ。
はぁ、俺はモブライフをエンジョイしていただけなのに、どうしてモブという役だけをくれないのだろうか。俺の落ち度であることは分かっているが、それでも俺が油断していた時をピンポイントで狙われていてはどうしようもない。
今日からだ。今日の放課後にアネット先輩にチームメイトの顔合わせで呼び出されている。一日、二日くらいは俺が注目されるだろうから普通の生活を送りたいと言ったが、どうもファーストシーズンの残り試合に俺を出したいらしく、その都合で今日から調整しないといけないと言われたから、俺は頷くしかなかった。
あー、ものすごく嫌だぁー。俺以外にもいただろうに。俺以上にその役割をこなせる人間なんて探せばいくらでもいる。それなのに俺を選んだのはどうしてか。
俺に心当たりが一つあるが、それは決してセシルを含めた他の人間が知るわけがないからそれは排除してもいい。セシルが俺の能力を知っている以上、役割を完璧にこなす人間、と条件を絞れば俺しかいないという結果になりそうだ。
まぁ考えても面倒で嫌になるから思考を打ち切ってこれからのことを考えながら、授業中にもかかわらずクラスメイトたちから視線を受けていることに居心地が悪そうな表情をして過ごした。
☆
「ベルナルド先輩とはお楽しみだったか?」
「バカなことを言うな。そんなことになったら俺が殺されるだけだ」
一限目の授業が終わり、ドレルムがこちらに来てそう聞いてきた。俺の発言に一言一句聞き逃さまいと周りのクラスメイトが耳を傾けるのは分かっていた。
「じゃあどんな用で呼び出されていたんだ?」
「……いだよ」
「ん? 何だって?」
「……か、勘違い、だったみたいだぞ」
俺はドレルムの質問に言いにくそうに、だが周りに聞こえる声でそう言葉を発した。
「勘違い? どういうこと?」
「何か、不朽の百花にスカウトするメンバーがいるらしいけど、それを俺と勘違いしたみたいだぞ。そんなこと見た瞬間から分かっていることなのにな。俺のどこに勘違いする要素があるんだよ」
「あー、それは確かに」
「それはそれで失礼だな」
「じゃあどうしろと?」
俺とドレルムの会話を盗み聞いていたクラスメイトたちは、すぐに俺から嫉妬、憎悪、嫌悪、困惑の視線を向けるのをやめて周りの人間と会話し始める。中には短い休み時間のはずなのに嬉々として外に走り始めた男子がいるところを見ると、学校中に誤解が解けるのは問題ない。
「しっかし、二回も勘違いされるとは災難だな」
「まぁ、ベルナルド先輩に呼び出されて少しの夢は見れたから、それだけで十分だ。俺みたいなやつは絶対に会話できない高嶺の花のような先輩だからな」
「それもそうだ。俺たちは俺たちのレベルがある。ああいうトップかーストの住人とは違う」
「そうそう。関わることがまず間違いなんだ」
ドレルムと会話しながら、俺は自身の今の状況に胃を唱えるように言葉を発した。ただこれ以上何か思っても意味がないから、もうこれだけにしておく。
「それよりもカランブーはどこに行ったんだ?」
いつもドレルムと一緒に俺のところに来ているはずのカランブーがいないことをドレルムに聞いた。検討はついているが、一応聞いておくことにする。
「あー、なんか隣のクラスの女子につれていかれていたな。たぶんロンのことを聞きたくてつれていったんじゃないのか?」
「……それは申し訳ないことをしたな」
俺とつるんでいるドレルムとカランブーはモブキャラではあるが、ドレルムは男子生徒との人脈が広く、カランブーはイケメンであるためモブ女子からの人気が高い。モブと連呼することに対して、不快に思われるかもしれないが、俺としては極上の褒め言葉に値するから許してほしい。
モブキャラだから陰キャだとか、モブキャラだから友達少ないとか、不細工だとか、そんなわけがない。モブキャラも多彩なキャラであるに決まっている。まぁ俺は二人ほど長所はないが、クラスメイトたちと会話していたり目立つことのない生徒なわけだ。
☆
午前の授業が終わり、お昼休みとなった。体を動かす授業があったり成長盛りということもあって、かなりお腹が減っている。さらに今日は弁当ではないため、俺は食堂に向かっていた。
ドレルムは別の友達と食べ、カランブーはそもそもお昼を食べずに寝ているため、俺一人で食堂に向かっている。
食堂で男子生徒には人気で、カロリーが盛りだくさんの超大盛り焼き肉丼を頼み、それが乗っているトレーを手に席を探す。そこそこ席が埋まっているため、空いている席を探すのに少し難航したものの、端の席が空いていたことを見つけた。
俺はそこに直行してその席にトレーをおこうとするが、他の誰かもその場所にトレーをおこうとしている瞬間であった。
「あっ」
「あっ」
俺と声からして女性が同時に声を発して、俺はそちらの方を見た。
淡い青色の髪をツインテールにしている、背のためか少し小動物の愛らしさを持っているがそれでいてしっかりと美人と言える女子生徒がケーキを大量に乗せたトレーを持って俺の方を見ていた。
「す、すみません。俺は他のところに行きますね」
「いえ、私の方が少し遅かったのであなたが座ってください」
「いえいえ、大丈夫です」
俺がその女子生徒を見た瞬間、かなりの嫌な予感が全身を駆け巡った。だから早くこの場から立ち去ろうとそう言って他の場所に移動しようとする。
「待ってください」
「うおぉっ!?」
だがそれをツインテールの女子生徒が俺の腕を引っ張ってきて危うくトレーを落としそうになったから、驚いてその場にとどまってバランスを保つ。
「あっ、ご、ごめんなさい。意地悪をしようとか、そういうつもりは決してありませんから!」
「いえ、大丈夫ですよ。少し驚いただけですから。それでは」
「待ってくださいっ!」
「うへっ!」
流れるようにその場から離れようとするが、ツインテールの女子生徒に首根っこをつかまれたことで変な声を出しながら後ろに倒れそうになるものの、バランスを保ってそれを阻止した。
「何ですか!? 俺に何か恨みでもあるんですか!?」
「わざとではありません! あなたがここに座らないのが悪いんです!」
「だからそっちが座れば終わる話じゃないですか! それをこじらせようとしているのはそっちですよ!?」
「だーかーらー! あなたが座ればこの話は終わりですー!」
「レディファーストですからそちらがどうぞ!」
「私は他の席を探すので大丈夫です!」
「だからそれは俺がするのでどうぞ!」
「私の方が遅かったから私がするのは当たり前ですー!」
あぁ、このやり取りをいつまでやればいいんだろうか。しかもこの状況を周りの人から見られているから、すぐにでも立ち去りたい。絶対に物語で言ったらメインどころにいるくらいの可愛い女子生徒じゃん。より一層立ち去りたくなる。
それになんだよ、どっちが席に座るとかじゃなくてお互いに席を譲り合うとか不毛な争いすぎだろ。その間にも他の空いている席は埋まっていくのに。俺がここで座れば、この可愛い女子生徒に席を奪い取ったとか言われかねない。
言葉のやり取りがなくなったが、俺とツインテールの女子生徒のにらみ合いが続く。うわぁ、このツインテールの女子生徒、アネット先輩やセシルくらいに肌が綺麗で見れば見るほど可愛い。めっちゃ離れたい。
「じゃあ、こうしましょう。今日はそっちが座ってください。明日は俺が座るので」
「……いや、明日もこうなる可能性があるわけがありませんよ! 騙されませんよ!」
流れで何となくいけないかと思ったが、適当なことを言うものではないな。仕方がない、あまりしたくない方法ではあるが、こうするしかない。
「そちらが座ってください。あなたみたいに可愛い女性をどこかに行かせてこの席に座るほどの性格ではないので、あなたが座ってくれた方が俺としても気が楽なんです。ここはあなたの可愛さに免じて座ってくれませんか?」
「……何を言い出すかと思えば、口説いているんですか?」
「そういうわけではありませんよ。ただ思ったことを言っているだけです。さ、座ってください」
「……わかりました」
こういうことをあまり言いたくないが、これ以上の被害を出すくらいならここでこう言って彼女を納得させる方がいいと思った。幸い、彼女はこういうことを言われ慣れない人だと感じたから上手く行くと思っていた。
「それでは」
「あの、ありがとうございます」
「いえ、気にしないでください」
俺はそう言って他の席を探すために歩き始める。その手に少し冷たくなった焼き肉丼を持って。