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モブで生きるには難しい。

「話を戻そう。今の不朽の百花はイネスを除いた四人、私とセシル、それにここにいないクロエとアリスが単騎で相手を倒すだけの火力を有している」

「それならそれでいいじゃないですか」

「いや、あくまでコンプリメントゲームはチーム戦、四人がそれぞれ力を発揮しようとも、相手が団結してくれば不利になる」

「それは、まぁ……」


 今の俺は分かっていないような顔をしているが、なるほど、ベルナルド先輩が何を言いたいのか分かった。どうして俺が選ばれたのかも。セシルの合理的な意図も私情な意図も。


「イネスは私たち四人の隙を狙われないように、私たち四人の連携を上手くできる状況に持ち込むような役割を担っている。ただ、それは本来三年生の先輩方が二人で行っていたことで、ましてや入学して三ヶ月の一年生が一人でやることではない。だから私はイネスを補うか、イネスと同じ役割を担ってもらおうとキミを勧誘した限りだ」


 俺の思っている通りのことを言ってきた。でも今の俺の出している成績ではその役割を担えないから、セシルは俺に力を出させようとしている。


「……すみません、俺にはその役割をこなせるとは思いません」


 だから俺は断るしか選択肢はない。何よりモブキャラとしての矜持がそれを許さない。不朽の百花に入ったらモブキャラじゃなくなるだろうが! 俺にデメリットしかないのに入るとでも⁉


「ヴァンはここに入ってもメリットがないとでも思っているんじゃないのかな?」

「ふむ、確かにそうだな」


 こういう時のセシルは役に立つ。俺が何も言わなくても相手にそう伝えてくれる。これのために俺が中途半端な演技をしていると言っても過言ではない。


「なら、ここに入った時のメリットを提示しよう。まず、不朽の百花はトップグループに属しているから、それなりのお金を一試合につき手に入れることができる。それにこの空間にキミの部屋を用意するから自由に使うこともできる。トップグループに入っていれば、進路などの融通がかなり利く。他にも色々とメリットはあるが、聞くか?」

「……いえ、大丈夫です」


 ヤバい、全く俺がメリットと思えるところがない。まず入ること自体が一番のデメリットで、お金も別に困っていないしこんなところに部屋を用意されても家に帰るだけだ。何より進路に俺が困るわけがないだろ。モブキャラが大きなところに行かないからな。


 さて、ここからどうやって断って教室に帰ろうか。幸い、俺がこの場で説得するのはセシルだけでいいから、セシルさえやれば後は簡単だ。


「あの……、ジラード先輩」

「うん? 何か聞きたいことでもあるのかな?」

「いえ、その、違いませんか?」


 俺のその緊張して言い間違えたかのような一言に、セシルは目をものすごく泳がせて俺と目を合わせようとしなかった。


 セシルがこういう手に打ってきた時の対処法はすでに考えているからこの場を乗り切るのは簡単だ。ノリでやり過ごせると思ったら勘違いもいいところだ。


「あっ、間違えました! ジラード先輩、離れてくれませんか?」

「えっ、う、うん……」


 言い間違えを修正して離れてくれと言ったところ、セシルは大人しく離れてくれた。そのセシルの顔はすごく分かりやすく動揺している顔だった。そして俺はベルナルド先輩に本当に申し訳なさそうな顔をして口を開いた。


「やっぱり、俺には無理です。勧誘してもらったことは嬉しかったですけど、その役割は俺よりもできる人がいると思います。だから……、すみません」

「そうか……、まぁ無理には勧誘しない」


 これでこの空間から出て、恥ずかしそうに人違いだったと他の人に聞こえる声でドレルムとカランブーに言えば万事解決だ。おかえり、俺のモブライブ。


「それならこれをうっかり流出させてしまうかもしれないな」

「はい?」


 ベルナルド先輩の言葉に顔を上げると、ベルナルド先輩はスマホを持っており、そのスマホの映像が再生される。


「ッ⁉」


 その映像に、俺の演技の仮面は無様にはがされることになった。これまでずっとモブとして生きてきたが、過去で二番目に衝撃的な映像がそこに流れている。


 その映像は、小さい頃の俺が写っていて、俺の前には漆黒の鱗に鋭い爪、さらに体に見合った翼のドラゴンが叫んでいる。そしてそれを、小さい頃の俺はドラゴンよりも大きい魔力の弾を放出してドラゴンを欠片も残さず消し飛ばした。


 そして小さい頃の俺はカメラの方に向けて冷たい視線を向けたが、その直後に映像が終わった。


 この映像を撮ったのは背丈から言っても俺の母親だ。そしてそれをセシルに渡したと言ったところか。あのクソババアがぁっ! 余計なことしかしねぇじゃねぇか! ……はぁ、どうやら世界は俺を物語の一部として組み込もうとしているのか。くそがッ。


「セシル……ッ!」

「……てへっ!」


 俺はベルナルド先輩を前にしても、もう関係ないと思ってセシルを思いっきり睨みつけたが、セシルは可愛い顔でやっちゃったと言った仕草をした。


「それがキミの本性か? すごい変わりようだ」

「……別にそんなに珍しいことではないでしょう。男子には優しい女子でも裏では気持ち悪いと思っている女子と似たようなものです」

「なるほど、アリスのようなものか。それなら納得だ」

「はぁぁぁぁぁ……」


 俺はモブとしてのキャラを崩して、さっきまで緊張していた感じを解いた。別にモブとしてのキャラを演じる分には楽しいし、〝今、モブをしているぞ!〟と思って疲れることはない。疲れているのはこの状況だ。


「それで? あなたは俺に何を望むつもりですか?」

「さっきも言っただろ? 私のチームに入って役割を担ってくれれば、それ以外は何も要求しない。この映像も消すことを約束しよう」


 思ったよりも善人ではないベルナルド先輩に、俺は感心した。こういう手を真顔で使える人は、下手な善人よりも信用に値する。まぁ、俺を脅してきた時点で食えない先輩であることは揺るがないが。


「いいでしょう。お望み通り、あなたのチームに入ります。ただし条件が二つほどあります」

「私のできる限りのことはしよう」

「それなら一つ目、俺のその映像を決して広めないこと。そして不朽の百花を脱退時にはこの世からその映像をすべて消去すること。これが一つ目の条件です」

「分かった。……セシルもいいな?」

「私はヴァンがチームに入ってくれるのならオッケーだよ!」

「俺の母親にも言っておけ」

「うっ、やっぱりバレてるんだ……、さすがだね!」


 バレて落ち込んでいるのかと思えば、俺のことを絶賛するセシルを尻目に、俺は二つ目の条件をベルナルド先輩に言う。


「二つ目、俺はモブとして生きています。ですから学園生活でモブとして生活できないようなことは決してしないでください」

「モブ……? モブとはどういうことだ?」

「本の中で言えば、主要人物とは違い名前が紹介されていないキャラ、大勢の中での一部みたい立ち位置の人物のことです」

「……なるほど、分かった。コンプリメントゲームは、あくまでゲームという形を取っているから顔出しや名前出しを生徒の前ではしなくてもいいことになっている。ただし、先生方やチームメイトにはそれは通じない。それでもいいか?」

「はい。ただし、俺は与えられた役割を全うするだけですから、それ以上のことを求められてもすることはありません。それでも構いませんか?」

「十分だ、これからよろしく頼む」


 ベルナルド先輩は俺の条件を快く引き受けてくれ、立ち上がって俺に手を出してきた。だから俺も手を出してベルナルド先輩の手を握って握手をした。


「はい、よろしくお願いします。ベルナルド先輩」

「アネットで構わない。私はキミのことをヴァンと呼ぶことにするよ」

「はい、アネット先輩。でも、くれぐれも周りの目がある間は俺に話しかけてこないでください。それから周りに俺のことを聞かれたとしても、間違えだったと言うのを忘れないでください。それは二つ目の条件ですから」

「あぁ、分かっている」


 アネット先輩なら別に約束を違えるようなことはないし、口が堅いと思っているから大丈夫だと感じた。だが、俺がこの場で許せない奴が一人だけいる。


「おい、セシル」

「うん? なに?」

「何事もなかったかのようにしてんじゃねぇよ。俺との約束を破ったな?」

「えっ? 何のこと?」

「しらばっくれるな」


 俺は俺の後ろに立っていたセシルに心底軽蔑した視線を向けた。それを見たセシルは媚びるような態度を取ってきた。


「ちょっとしたイタズラだってぇー、許して?」

「これからは日曜だけな」

「そ、そんなぁ! 私に死ねと言っているの⁉」


 このセシル・ジラードは俺の世話のために命をかけていると言っても過言ではないほどの女だ。他の男の世話をしろと言っても、俺以外は嫌だと言ってくる。やめろと言っても決してやめない不屈の精神の持ち主だ。


 だが、セシルの言う通りにしていては俺のモブライフを脅かしかねないため、俺は平日に接触するのは禁止だが、土日はいくら俺の世話をしてもいいという制約を付けたことで大人しくなった。


 それが今、この瞬間砕け散った。


 そこから俺とセシルによる不毛な言い争い、主にセシルの駄々が続いたが、一ヶ月は日曜日のみということで収まった。そもそも俺がこのチームに入る時点でセシルが俺の世話をする勘定に入っているのだから何を言っているのかと思ってしまった。


「キミたちは、仲がいいのだな」


 アネット先輩から生暖かい視線を向けられたことに、俺は心底不愉快だった。

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