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ヴァンサンはモブとして生きたい。

 俺は本をよく読む。ただの暇潰しとしてや、脳から送られてくる読書欲求を満たすためによく読んでいる。


 ジャンルは様々で、英雄譚から始まり恋愛物やミステリー物まで幅広く見ている。


 本の中の主人公に感情移入できる作品はとても素晴らしい作品だと言えるが、現実でその主人公のように物語の主役となり、話の中心にいつもいることは俺にとっては耐えられないものだ。


 主人公は物語を円滑に進めるために、時に普通では勝てない相手でも神が味方したかの如く格上に勝つことができたり、時に格上に負けて次なるステージに上がる踏み台にする。


 その物語は主人公が中心で世界が回っているが、そんな主人公補正があるからこそ、主人公に様々な事件に巻き込まれるか、起こしてしまう。


 だけど、そんな立ち位置に誰がなりたいんだ。


 毎回毎回事件の中心にいるとか、普通なら嫌になるだろう。しかも嫌になっても主人公補正で次々と事件に巻き込まれて行く。そんな主人公のどこがいいんだろうか。


 俺はそんな立ち位置じゃなくて、普通のモブキャラで十分だ。


 主人公みたいにモテなくても、主人公みたいにみんなに認められなくても、主人公みたいに世界の中心に立たなくても、モブキャラで十分すぎる幸せは掴み取れる。


 むしろモブキャラの方が、主人公が苦労して得られる幸せよりも苦労せずに幸せを得ることができる。それがモブキャラと言うものだ。


 だから俺はモブキャラであろうとひたすらに頑張っている。登場人物でもダメだ。モブじゃないと。登場人物だったら外伝作品で主人公にされてしまう。


 あの日、俺に魔法の才能が他よりとてつもなく優れていることを分かった日からずっとモブキャラを演じている。


 そのはずだった。


「ヴァンサンくん、私のチームに入ってくれないか?」


 ほとんどの人間がいない夕日が差し込んだ教室に、俺と目の前の女性しかいなかった。


 目の前にいる女性は、波打った長い金髪に、俺の一個上とは思えない落ち着いた雰囲気を纏っている美人の女性、アネット・ベルナルド先輩だった。


 ベルナルド先輩はこの学園でとてつもなく有名で、誰にでも優しく、学園で一、二を争うくらいに強いことで男女問わず人気の女性だ。


 さらに言えば、こういう女性は主人公のメインヒロインとか頼れる先輩枠として登場するメインキャラだ。


 そんな女性が俺に話しかけている意味が分からなかった。しかも誰もが入りたいと思っているベルナルド先輩のチームに勧誘されるなど、モブとしてはあり得ない光景だ。


 それに俺の学園でのモブとしての動きは完璧だったはずだ。だから俺は一つの結論にたどり着いた。


「えっと……、人違いではありませんか?」

「うん? キミはヴァンサン・ロンべェーくんではないのか?」

「俺は確かにヴァンサン・ロンべェーですが、ベルナルド先輩が勧誘するほどの能力は持っていませんよ?」

「キミの幼馴染みのセシルから、キミが私が望んでいる人材だということを聞いたのだが……」


 ベルナルド先輩からセシルの名を聞いて納得してしまった。それと同時に俺の幼馴染みとは言えないくらいに美女で世話好きなセシルの思惑にも気がついた。


 だが俺のモブライフは誰にも邪魔させない。


「セシル、ですか? ……すみません、俺にはセシルという幼馴染みはいませんよ?」

「そ、そうなのか? すまない、私が勘違いしていたみたいだな。同姓同名がいるとは思わなかった」

「いえ、大丈夫です。勘違いは誰にでもありますから」

「そう言ってもらえると助かるよ」


 この先輩、きっといい人なんだろうな。だからこういう人に嘘を言うのは少しばかり心が痛むが、それでもこういう人に関わらないようにしないといけないのだ、ごめん。


「それでは俺は帰りますね」

「あぁ、勘違いで時間を取らせて本当にすまない」

「本当に気にしていませんから大丈夫ですよ」


 俺はそう言ってベルナルド先輩に頭を軽く下げて教室から早足で出た。そしてそのまま廊下も早足のままで歩き続け、内心ひやひやとしていた。


「ふぅぅぅぅぅ……」


 モブとしてはベルナルド先輩との接触は禁忌ではあるが、それでもあれくらいの時間ならギリギリセーフになるだろう。


 それにしても、あれだけ俺のことを言うなと口止めしていたのにベルナルド先輩に俺のことを言ったセシルのことを俺は許せない。


 本来、モブにそんな幼馴染みがいること自体がおかしいことだが、セシルはどんな手を俺が使っても俺を嫌うことはなく俺の世話をしてくれている、とてつもなくキャラとしてお姉さんポジションがお似合いな女だ。


 だから俺がモブとしてセシルにお願いすることは俺のことを誰にも言わないでくれと言うことくらいだ。それがダメだったから、もう一度お願いするしかない。


 そう思いながら俺は帰路へとついた。

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