わざとではないわざと
二年目の春。卒業したお兄さんは在宅のお仕事を止めて結局に普通に働いている。顔が良いから是非とも営業にと言われたらしい。
忙しく働くお兄さんの様子は前より頻繁に見なくなった。が、ゆらめちゃんが『一人ゴロゴロ』をバラしたらしい。
あと私は料理は誰かに振る舞うなら、そこそこ気合いを入れるが自分だけだと適当だ。と、これまたゆらめちゃんがバラした。お兄さんは妹の友人から心配な友人に変わったみたいで、たまにご飯を食べに来るように言われた。
大学二年。そろそろ就職を意識したい頃なのでご飯ついでに相談してもらい。何だか良い友人になってきた気がした。今度は少しは親友の兄である彼を友人として支えようと思った。
とりあえず春は出会いの季節。良い出会いを聞いたが良い先輩達と同僚に恵まれてると期待した答えは来なかった。ちなみにこの頃。私はまた友人にしか見れないとフラれている。ちくしょう。
夏。久しぶりにサークルに挨拶に来てたお兄さんを大学で見つけた。キラキラとやはり目立つ人だ。一年や彼を知らない人間は「あれ誰?」と色めきだっている。
精神を集中させ……見えた!人混みや色めきだつ人間遠目から伺う人間の中にキラキラした女の子を見つける。普通に可愛い。
「OBの星野ゆらぎ先輩だよ。天文学研究サークルの……」
見知らぬ女の子なのであえて近くの友達に彼女に聞こえる声で情報を話すと近くから「ゆらぎ先輩」とつぶやき見つめる彼女が見えた。作戦は成功である。
これきっかけでお兄さんに良い恋が見つかるといいんだけど……。
「あ、友子ちゃん!」
用事が済んだのかお兄さんがこちらに走ってきた。友達がキャーと嬉しそうに叫ぶ。良い子なんだけどミーハーなんだよね。
「今からお昼?」
「あ、はい。食堂で友達と……」
ちなみに私は大学では特技の友達力を生かしてお見合いババア的なのをしているのでお礼の食券でお昼代が浮いている。
「そうか……じゃあね?」
ニコりと微笑んで去っていくお兄さんに「あ、紹介してもらう隙無かった!」と友達に騒がれた。とりあえず彼には忘れられない人がいると適当に流しチラリとあの女の子を見る。ずっとお兄さんを見つめる彼女の姿に新しく始まる恋の予感を感じた。
が……予感は見事に砕けて散る。
秋。また大学でお兄さんと会った。実は何度かすれ違ったけど私にはキラキラが無いからお兄さんは気付いていない。と、思っていた。
「友子ちゃん!」
なのにお兄さんは真っ直ぐに私を見つけてしまう。苗字ではなく下の名前で呼ぶから目立ちまくっている。
「友子ちゃん。最近、家に来ないね。ご飯ちゃんと食べてる?バイトにサークルに忙しそうだってゆらめが心配してたんだよ?」
「はぁ…………」
でた。おかん。いや、お兄ちゃんモード。たまにゆらめちゃんと私が重なるからか、このモードが頻繁に現れる。
「僕も正直めちゃくちゃ心配。就職もどうするの?相談に来ないしずっと心配してたんだよ」
目の下の隈や体調崩した事まで出してきて、くどくど説教始めるせいで周りから親しく見えるのかフラグが折れる音が聞こえてしまう。
「今日は友子ちゃんの好物作るからおいで?」
あ!キラキラちゃんが泣きそうな顔でこちらを見ている。
「あ、えと……お兄さん過保護すぎ!心配しなくても大丈夫ですって!今日は合コンだし!ご飯いらないから!」
あ、キラキラちゃんの泣きそうな顔が戻った!
「嘘つかない。何で噓つくの?さっき友達と今日は暇だって言ってたでしょう?君のお母さんにも何かあったら、よろしくお願いしますってお願いされたんだよ。ほら、行くよ」
「え、おかあさ、え??」
問答無用でずるずると連れて行かれながらキラキラちゃんを見れば何かを諦めてしまった顔で、とぼとぼ帰って行くのが見える。
「……帰ったか」
「え」
低い。感情のない声が聞こえた。無表情で暗い瞳。何も興味のない様に見える無の表情にぞっとしてしまう。
「友子ちゃん行くよ?」
何だか怖くて俯いて歩く道の途中に考える。お兄さんはもしかしたら私を使ってフラグを折ったのではないか?と優しく頼りになるけどちょっと天然。
その姿はもしかして見せかけの姿なんじゃないか?
「ん?」
不安げに見上げた顔に優しい笑顔を見て、その考えを消した。きっと気のせいだ。こんな優しい人があんな拒絶するみたいな顔はしない。怖い顔なんて気のせいだ。その日のお兄さんのご飯も変わらずに美味しくてとりあえず安心した。
ちなみに母は近所のスーパーで会った時に話しかけられて、ゆらめちゃんとのお泊り会や遊んでて遅くなった時に迎えに来たお兄さんを覚えていて、いかに娘がだらしないか等をお兄さんに言ったらしい。
で、よく遊びに来る事を聞いてイケメンだし冗談で任せたら、まさかの快く承諾。良い笑顔で「友子さんにはとても妹共々お世話になっておりますので、彼女の為にも任されます」と言った。なので任せちゃったの。えへへ。と母は嬉しそうに言っていた。嘘だろ。おい。お母さん。
クリスマス。私は走っていた。サークルのクリスマスパーティーが終わった後に二次会に行こうとしたら話したい事があるとお兄さんから連絡が来ていたからだ。
「いらっしゃい!寒かったでしょ?ご飯は食べたって聞いたけど、まだちょっと入る?」
「はいる~!」
リビングに向かうと一人にはちょっと多いご馳走があったのでサークルのパーティー後のテンションで楽しくなって鼻歌を歌いながら手を洗いに行く。一応プレゼントのチョコケーキと猫のミルクちゃんのおやつを渡す。チーズケーキチョコまみれ事件を掘り返されたので軽くぺちんと叩く。そんな平和な時間。
相変わらず、実の母よりも心配されたけど凄く楽しく二人と一匹で過ごした。
パーティーも終わって玄関でお見送り中。ミルクちゃんがついてこようとしたので何とか扉を閉めた。にゃーと寂しげに鳴かれてうしろ髪が引かれてしまう。ミルクちゃんはあざとい。
「はい。じゃあ気を付けて帰るんだよ。」
「は~い。」
ふわふわした感じ答えて家に向かう。少し歩いた頃に誰かが走ってくる音が近づく。それは何故かこちらに向かっている。
「友子ちゃん!」
振り返るとふわりとした良い香りに包まれた。お兄さんに抱きしめられている。抱きしめられている!?何で!?
「ごめん。滑ってぶつかっちゃった。」
「ぴ」
抱き締めたのでは無かったらしい、けど驚いて口から出た擬音にお兄さんが首を傾げる。甘い。語彙力が無いからうまく言えないけど、柑橘系だけどスッとしたミント優しい甘い香りがした。つまりはめちゃくちゃ良い香り。なんか私、変態くさい。
「プレゼントのマフラー忘れちゃって……つけてあげる」
わざわざ正面からつけられるマフラーにむちゃくちゃ頑張って顔を反らす。近い。近い。じっとしてと言われ冬なのに熱くて汗が滲んだ。上手くいかないのか離れない距離。
「まだ。ですか?」
「もう、ちょっと……はいできたよ。うん。似合う」
そう言いながら耳に手が触れた。また変な擬音の悲鳴が漏れる。変な擬音にお兄さんが笑い出す。わざとやったみたいだ。文句言ってやろうとした後ろで音がしたので振り返れば少し遠くにキラキラした女の子が立っていた。
フラグが折れたあの子とは別の女の子で驚いていると彼女は泣きながら走って行く。
「どうかした?」
わざと?気付いてなかったの?心底不思議そうな顔にお兄さんに心がざわつく。
「送るよ。雪が降ってきたからね」
「…………はい」
ぽんぽんと頭を撫でられてうやむやなままクリスマスは静かに過ぎていった。
年越し今年は頑張ってそばを作って食べている。ゆらめちゃんから何をしてるのか聞かれたのでちゃんとそばを作って食べてると写真で送った。
それから直ぐにお兄さんからもメッセージがきて、何をしてるかと聞かれたので「普通に過ごしてます。」と返す。
「何が普通?どう普通?答えになってない」と何だかお説教みたいな返事が来た。「普通にそばたべてます。」と返せば「来年は来なさい。どうせ、そばだけで力尽きたんでしょ?」と手抜きそばの写真を叱られた。おかんめ。
お正月に挨拶に行ったらおせちやらお雑煮やらを振る舞われたなので感謝するけどさ。
そしてバレンタイン。まさかのキスされた。
わざとではない。義理を渡した帰りにミルクちゃんと玄関のドアまで開けて寒いのにお見送りしてくれたんだけど私の肩についたミルクちゃんの毛をお兄さんが取ろうとして近寄り、そこに肩にミルクちゃんが乗って起きたミラクルな『事故』でだ。
「あ、ごめん」
あくまで事故なので驚き半分申し訳なさ半分で謝られる。事故。これは事故。
「いや、お互い災難で……でしたね!」
事故でキラキライケメンとキスできてしまった。ミルクちゃんが退かないのでまだ近いお兄さんを震える手で押す。ミルクちゃんがやっと退いたと思ったら両手で頬を掴まれた。
「なに?おにいさ……」
ちゅうと軽いキスをされれば後から何かが落ちる音。キスされてしまった目が驚きで見開く。
「驚き過ぎだよ。かわいい。友子ちゃん」
くすりと笑い薄く目を細めて少し後ろを見るお兄さん。まさかと思ったら声がした。
「あ、あの……ごめんなさい!!」
震える可愛い声に走り去る音に流石に確信する。この男はまたフラグ折りに私を利用したんだ。ついでに私にまだ残ってるかも知れない恋心も酷い男を演じて消してやろうって?冗談じゃない。
「………友子ちゃん」
俯く私が泣いたのかと心配した彼の手が頬に手が触れてカッとなってバチンと叩く。冗談じゃない。だいたいあれも勘違いだ。あんたなんか好きじゃない。嫌いでもないけど……今、嫌いになった。
ああ、くそ。何でこんなに胸が痛いのか!
「面倒そうな恋愛避けに使いやがって!イケメンだからって許されないし……やり過ぎ!」
「え?」
びっくりした顔してわざとらしい。何様だ。
「もう絶交!い、イケメンだけどもう顔も見たくないんだから!……ゆらめちゃんとは親友続けるけどね!」
本人が一番気にしてる事をフォローしてやる。これでお兄さんとは縁が切れたはずだ。痛い。見たくない。逃げたい。そんな思いを振り切りぎゅと目を閉じてくるりと周り一歩足を進めれば雪でつるりと滑った。
「危ない!!」
「きゃ!!」
後から支えられて腕を引かれてまた玄関に逆戻り。恥ずかしい。
「危ないよ。本当に目を閉じるなんて……」
手を離されその場にへたり込んだ私の耳にカシャン。カシャン。ガチャン。と音が聞こえた。何の音?
「こら。聞いてるの?」
「あ、はい。ごめんなさい」
音の方向を見ようとしたらその方向にはお兄さんが立っている。何だか怖い。
「あの、かえり……」
「駄目だよ。友子ちゃん座ったから汚れたでしょ?拭いてあげる。靴も雪で濡れただろうから立てかけてね」
しょんぼりと靴を立てかけ家に上がればミルクちゃんも先程の事を怒られてしょんぼりしてる。
「まったく友子ちゃんはぼんやりし過ぎ」
「あ、はい。すいませんでした」
腕を引かれるまま階段を上がりお兄さんの部屋に入るとバタンと扉が閉められた。
「もう……あんなこと言ったら駄目だよ。凄く凄く悲しかった」
「はい。すいませんでし……」
言いかけた言葉はキスで消される。綺麗で爽やかな顔の人間には似合わない激しいキスに苦しくて驚きで顔を背けるけど「だめだよ」とまた押さえつけられてキスされてしまう。
「嫌いにならない?」
そんな言葉をくらくらした頭で聞く。その言葉にこくこくと頷けば「ありがとう」と微笑まれ。気付けばめちゃくちゃ丁寧に服を脱がされていた。代わりにお兄さんの服を着せられてぼんやりしている間に服は持っていかれる。
「洗ったからね」
しばらくして帰って来た彼は当然の事の様に言う。
「じゃあ、続きしよう」
キスの理由も何もかもが説明されないままベッドに引き寄せられ座らされ、手を繋がれた。
ちゅうと可愛い音を立てて頬や耳にキスされ、ぼんやりとした頭を振る。
「だめです。これ以上は⋯⋯」
弱くて情けない拒絶はゆっくりと唇にキスをされて「だめ?」と甘えた声で見つめられて消えてしまう。
「明日、休みなんだ。友子ちゃんも大事な授業ないでしょ?」
「あ、えっと……私は……」
言い終わる前にまたキスされて初めての感覚にまたくらくらする。ふわふわしてくらくらして気持ちよくて痛くてドキドキしてしまう。
一通り『こと』が終わり裸で眠る彼にガチガチに抱き締められ逃げられないのでそのまま考える。
もしかして違う意味の友達になってしまったんじゃないか?とそんな事を……。