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チーズケーキとチョコケーキ

気まずい。会いたくないと思いながら、こっそり外でお兄さんの家の庭の木の隙間から家の様子を確認する事にする。明らかに憔悴してるなら声はかけよう。見てきてとは言われたが話しかけろとは言われてない。


縁側が見えたお兄さんは膝の上の猫を撫でてる。大丈夫っぽい。それから数日後。お兄さんは縁側で猫を撫でてた。……それからまた数日後もだ。同じ場所でしかも明らかにやつれている。


流石にこれはと思いお兄さんの家のチャイムを鳴らす。見えたのは期待が落胆に変わる瞬間。そしてそれは気まずそうな物に変わる。そういえば私はフラれた設定だった。


「ゆらめちゃんが忙しいから代理です」


ゆらめちゃんの名前に暗かった瞳に少し光が見えるが、そこにはまだ疑いの目が消えない。


「もう!私、彼氏作るのに大忙しで暇はないんですよ?」


ほら、無害だよ。まるで野良猫相手だ。ここには自分に惚れてる女じゃなくて()()()ゆらめちゃんの友人がいるんだとアピールする。ここで『友』は踏み込まない。


「じゃ、様子確認したんで帰りますね」


「あ」


あくまでドライに感情は出さない。それから今度は数ヶ月後に訪問してお兄さんが好きなチーズケーキを差し入れて長居せずに帰った。


思えば確かゆらめちゃんが聞いてお兄さんが答えた好みのタイプの長い髪に自分が当てはまると気付く。まだ狙ってると勘違いされたら困るとポニーテールをバッサリ切ってショートカット。


お兄さんはやっとこちらを見て髪を切ったんだね?と話しかけてくれるようになった。


そこからはちょっとだけ家にお邪魔して私のケーキとお兄さんの入れてくれたお茶で短い時間を過ごす。話は全て私が知る最近のゆらめちゃんの話。家事を頑張ってる話に本人が語らないであろう失敗談を交えるとお兄さんは楽しそうに笑う。


ついでに私の事を聞かれたが一言だけで返して後はゆらめちゃんの話。望んでるのはそれじゃないだろうに律儀な人だ。


一年目の夏。お兄さんはゆらめちゃんの情報を一方的に貰う事にいつしか躊躇うようになってしまった。その対価なのか大学での勉強法や教授の癖などを教えてくれる。


机は大きなテーブルにお兄さんのとなりを座らない場所。となりはゆらめちゃんの場所だからだ。秋はゆらめちゃんが一時的に帰り料理の勉強にお兄さんの家に何度か帰って、幸せそうだったので行ってない。その間。私は二人の男の子にフラれた。何故!?


そして冬。出された炬燵で蜜柑を渡され、向かいや横に座らずいつもの様に離れた場所に座った。


「友子ちゃんはクリスマス予定はあるの?」


いつものついでの私の話題。


「んー……サークルで暇な人達と飲み会ですかね?」


「そうなんだ。……ゆらめは今年は帰らないみたい」


この人はまだ切り替えられないらしい。妹と一生一緒に暮らす予定だったから急には無理だろうけどモテるし彼女も居た事があるのに重い……いや、これと決めたら一途な人だ。


クリスマス何となく気分が乗らなくて『何となく』チーズケーキを買ってお兄さんの家に行く。チャイムを押し。出て来た顔は期待と落胆ではなく驚きだった。


「め、メリークリスマス」


正直恥ずかしい。受け取られたら帰ろう下を向く。すると差し出した箱にお兄さんが触れた。


「三丁目目の『ステラ』はチーズケーキが美味しいんだけど四丁目の『ララ』はチョコケーキが美味しいんだ」


「は、はぁ……」


突然のご近所のケーキ豆知識にぽかんとする私にお兄さんが続ける。


「チーズケーキはゆらめの好物。ゆらめに喜んで欲しくてクリスマスも僕の誕生日もチーズケーキで……でも」


受け取られない箱。うつ向くお兄さんは時間をかけて顔を上げた。


「僕は本当はずっとチョコレートのケーキが食べたかった」


泣いているような笑顔に私が代わりに泣いてしまう。確かに恋ではない。だけど多くの想いを失った彼の傷は失恋のように重い。


とりあえず私はチーズケーキを玄関に置いて走り真っ直ぐ走った。チョコケーキの美味しい店は閉まってたのでスーパーでチョコケーキを探して何とか二つ入りをゲット。生クリームと板チョコを買っておまけに派手なチキンも買う。


「キッチン貸して下さい!」


泣きながら叫ぶ女にお兄さんが慌ててキッチンに案内する。リビングのテーブルにはいつもと変わらない質素な食事があった。お兄さんはゆらめちゃんの為にしか頑張らない人だ。


イライラした。だから生クリーム入りのチョコレートを思い切りチーズケーキにかけてやる。もっと自分の為に生きろ。


「ちょ「メリークリスマス!!」」


静かな部屋に私もご飯食べたいと猫のミルクちゃんの声が聞える。その声にようやくちょっと落ち着いて周りを見ればヤバイ事になっていてようやく冷静になった。


「……チョコ勿体ないね?残りは生チョコにしよう」


笑顔のお兄さんは残りのチョコに何か入れて生チョコを作っている。その背中は震えてるので心配して手を伸ばせば大きな笑い声が響く。


「ははは!チーズケーキにチョコぶっかけるのは流石に予想外だ!」


お兄さんが声を出して笑っている。いつも静かにニコニコ笑っているお兄さんにしてはレアだ。


「そのスーパーのチョコケーキは喜んで食べるけどチョコまみれのチーズケーキは君が責任を取って食べる事。……座って?」


引かれた椅子は向かいの椅子。レアだ。しかも引き止められるなんてウルトラレアだ。


「さて、もうちょっと豪華にするから待っててね」


「あ、私も手伝います!」


チョコのボウルやまな板を洗う所から始まったクリスマスパーティーは何だかんだ楽しく終わった。


年越し珍しくご両親が帰って来て騒がしい星野家には行っていない。ゆらめちゃんからメッセージで家族写真が来て「珍しくみんな揃ったよ!友子ちゃんは?」と届く。お兄さんの幸せそうな顔よ。


一人暮らしにまだ慣れず帰るのも面倒なので狭い部屋でベッドでテレビを見ていた。「普通に一人ゴロゴロ」と返すと「もう!実家にも帰るんだよ?」と私を叱ってくる。とりあえず私に構う暇は無いだろうと「皆さん良いお年を」と適当に返した。


一年が終わり。お兄さんもちょっとは立ち直れたんじゃないだろうか?


と、考えてたがバレンタインがあったんだ。そう思い出し、いつもの感じで自然にゆらめちゃんにチョコの行方を聞いたら離れて暮らしててもお兄さんにもあげたらしい。私からはもちろんあげてない。まだちょっとは怒ってるし勘違いされたくないもんね?


こうしてイベントっぽい事が終わり、ゆらめちゃんのいない。お兄さんの二年目の春が来た。

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