16 商売の種
「好きに真似すればいい」というメイラに、ベルティーヌは膝を突き合わせ、身を乗り出して説明をした。
「そういうわけにはいかないわ。あなたが考えたデザインはあなたのものだもの。他人に無料で差し出して何が悪いと思うかもしれないけど、お金は受け取ったほうがいい。頭の中で考えたものも、立派な作品だもの。エバンスの考えている変わった家だって、エバンスにしか思いつかない立派な作品で商品なの」
メイラは「そうなの?」と小首を傾げて考えている。
「あなたが褒めてくれているのはわかるけど、エバンスのへんてこりんな家と一緒にされるのはなんだか腹が立つわね」
「おい!失礼なことを言うなよメイラ」
「だって、あんたの家はどう考えてもおとぎ話の家じゃない?私のネックレスはちゃんと形になって役に立ってるもの」
幼馴染みならではの遠慮のないやり取りに思わず笑いそうになるが、ベルティーヌは(これははっきりさせなければ)と思った。
「帝国の商売人やサンルアンの人に見せたらきっとお金を払わずにそのデザインを自分のものにすると思う。お金にこだわらない大らかなところが南部の皆さんの素敵なところなのはわかってる。でも、お金があれば怪我をしたり病気になったりした時に、お金を払って最新の治療を受けられるし、夢を叶えられる可能性が生まれるの」
「夢?」
「そう。メイラさんが結婚して子どもができて、素晴らしい才能を持つ子どもが生まれたとして、その才能を伸ばしてやりたくても、お金がなければその子どもはまず食べるために手近な仕事で働かなくてはならないでしょう?」
「それは、そうだけど」
いつの間にか周囲の人たちもベルティーヌの話に耳を傾けていたが、ベルティーヌは話をするのに夢中で気づかない。
「セシリオ閣下が小麦の最低価格を決めたのも、病院や学校を建ててこの国の子どもたちの未来が『これしかないからこれで働く』ではなくて『自分の未来にはこんなにいろんな道がある』と夢を持てるような国にしたいからだと思うの。閣下はそのために小麦を育てたこの国の皆さんに対して真っ当な代金を要求しなさい、というお考えだと思うわ」
メイラが不思議そうな顔で尋ねる。
「今日初めて会った私のためになんでそこまで心配してくれるの?」
「あなたのためと言うより、うーん、この国をこれから支えていく子どもたちや若い人たちのため、かしら」
そこでやっとベルティーヌはその場にいる全員が自分の話に耳を傾けているのに気づいた。
「あっ、ごめんなさい。最近この国に来たばかりの私が偉そうなことを言ってしまいましたね。お許しください」
「いや、なるほど。あんたの考えは耳馴染みがないものだが、もっともな話だ。ワシらはこの国の太陽と土のおかげで飢えることはまずない。だから金金言う帝国の人間は意地汚いと見下していたが、確かに金があれば夢が叶うこともあるな」
そう族長のブルーノが同意してくれた。
「私の母国のサンルアン王国は八十年ほど前までは塩と魚介しか売るものがありませんでした。でも帝国だって自分のところで塩と魚介は手に入りますから。ずいぶん買い叩かれていたそうです。土地が狭いから野菜は自分の家で食べる分を育てるのが精一杯で出荷もできず。その頃の国民は悪天候が続けば食べる物に不自由して無理に海に出て命を落とす人も多かったそうです」
「ほう。あの金満国のサンルアンが?」
ブルーノの『金満国』という表現に思わず苦笑したが、ベルティーヌは歴史で習った知識を話し続けた。
「はい。あまりに多くの国民が若くして海で命を落とすことと、食い詰めて帝国に出稼ぎに行き、つらく危険な仕事に就くしかないのを見かねたそうです。それが観光に特化した国造りのきっかけなんです。おかげでサンルアンの国民は今では長生きする人がほとんどで、帝国に働きに行くにしても昔ほど劣悪な条件の仕事をしないで済むようになりました」
ベルティーヌの隣にいて手酌で飲んでいた男性が少し驚いた顔で尋ねる。
「俺らは帝国のコバンザメと馬鹿にしてたが、そうか、サンルアン王国にはそんな歴史があったのか」
「ええ。苦しい時代を経験している世代はもうほとんどいないので、今のサンルアンは少しお金にこだわり過ぎているかもしれません。国民に安全で健やかに生きてほしいという三代前の国王の願いは忘れられてますね。偉そうに語っている私も、この国に来るまでは贅沢できることが幸せなことなんだと思ってました」
さっき踊りの説明をしてくれた老人が面白そうな顔になって尋ねる。
「じゃあ、今は考えが違うのかい?」
「はい。この国で暮らして変わりました。首都で近所のみなさんの優しさや温かさを知って、お金では買えないそのありがたさを知りました。この最深部に来て、より強くそう思うようになりました。ここは、私から見たら楽園です」
それまで静かに話を聞いていた宴会の参加者が一斉に笑った。
「なんだ、気づかれちまったか。その通り。この国は楽園そのものだよ。たいして働かなくても飢えて死ぬことはないし、ボロ家でも凍えて死ぬことはない。金はないが楽園だとワシらは思っとる」
皆、うなずきながらお酒を飲んだり料理を食べたりし始めた。そして口々にベルティーヌに話しかけてくる。
「俺たちの国は楽園だ。なのに帝国から来る連中はみんなこの国を馬鹿にする。そして連中は取り引きが終わったらサッサと帰るんだよ。踊りも見ず、エムーも食わずにな」
「お嬢さんは違うようだ」
ワハハと笑いながらみんなの酒盛りは勢いを増した。その様子を見ながらベルティーヌはくつろいでいる自分に気がつく。
サンルアン王国にいる時、夜会はある意味戦いの場でもあった。
いかにおしゃれか。
いかに上品か。
いかに美しく踊るか。
いかに気の利いた会話をするか。
それらは全部、頭に『他の人と比べて』が付くものだった。それはそれで嫌いではなかったけれど、くつろいだことなどなかった。
だがここでの酒盛りは他人と自分を比べることなど誰もしない。楽しんだ者勝ちだ。
「ベルさん」
「はい、なんでしょうメイラさん」
「私、ネックレスのデザイン、売るわ。全部で六種類あるから大銀貨六枚になっちゃうけど、ほんとにいいの?」
「いいわ。是非売ってください」
メイラは「はあぁぁ」とため息をついた。
「私、自分ちの農園で働いてるのよ」
「はい」
「決まった額のお金を貰ったこと、ないの」
「そうなんですか?」
「ここってお金がなくてもだいたいの用事は足りるのよ。お金が必要な時は理由を言って父さんにお金を貰うの」
それは少々不便ではなかろうか、と思う。父親に言いにくい買い物だってあるのではないか。『無くても暮らせるけど、心を満たすために手に入れたい物』はないのだろうか。
ベルティーヌの心を読んだかのようにメイラが苦笑する。
「でもね、四十歳を過ぎた父に言いにくい買い物もあるのよね。大銀貨が六枚もあったら、自分が欲しい物を遠慮せずに買えるわね」
「ええ。なくても暮らせるけどあったら嬉しい物って、やる気の源ですよ!香水とか、化粧品とか、アクセサリーとか」
「上等で豪華な下着とかね」
「ええ、そうね」
「帝国製のレースたっぷりの下着、一度身につけてみたかったのよ」
なるほど。あれは国を越えて若い女性を魅了する物だ、と思う。
「明日、お支払いします。六種類全部のネックレスをスケッチさせてください」
「ありがとう、ベルさん。私の頭の中で考えたものがお金になるなんて、今まで考えたこともなかったわよ。生まれて初めて自分一人でお金を稼ぐわ。なんだか大人になった気分よ」
ベルティーヌは力強くメイラの手を包んだ。
「こちらこそ、商売の種をありがとう!」