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小国の侯爵令嬢は敵国にて覚醒する 【書籍発売中・コミカライズ】  作者: 守雨


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16/60

15 美味とネックレス

 その夜、エバンスの実家ではベルティーヌのために宴会が開かれた。


 近くに住む親戚が集まり、総勢は二十数人ほど。広間には大木を分厚くスライスしたようなテーブルが置かれ、背もたれのない丸い椅子の座面には植物の繊維で編まれた厚みのあるクッション。


 ベルティーヌは角を挟んでブルーノの隣の席だ。

 ブルーノだけは背もたれと肘掛けのついた椅子に座っている。


「みんな、こちらのお嬢さんがイビトでエバンスを助けてくれたベルティーヌさんだ。ベルティーヌさんの滞在中、失礼のないようにしてくれ」


 同席した人々がジッと自分を見つめるのでベルティーヌは緊張したが、侯爵令嬢として叩き込まれたマナーが反射的に甦る。上品に微笑みながら優雅に頭を下げた。


「エバンスは大食いだから食わせるのも大変だろう?」

「エバンスを泊めるなら屋根裏で十分だぞ」

「エバンスが不埒なことをしそうになったら叩き出すんだよ!」


 あちこちからからかいの言葉が降り注ぐ。

 エバンスは頭をかきながら

「俺も用心棒としてちゃんと役に立ってるぞ」

とモソモソ反論するが誰も聞いてない。


「では、ベルティーヌさんの親切に乾杯!」

「乾杯!」


 背の低い円筒形のグラスに注がれたのは薄黄色の濁り酒で、ひと口飲んだベルティーヌは華やかな香りに気がついた。あの星の実の香りだ。


「美味しい!これは星の実のお酒ですね」

「お。星の実を知ってるのかい?」

「はい。さきほど果樹園で味見させてもらいました」


 隣の席で一気にグラスを空にして取っ手付きの壺からお代わりを注いでいる四十歳くらいの男性が話しかけてきた。


「同じ星の実でも中が真っ赤なのもある。その酒も美味いぞ」

「そうなんですか。是非飲んでみたいです」


 二人でそんな会話をしていると料理が運ばれてきた。

 子豚の丸焼き、川魚の姿揚げ、果樹園にいたタマウサギの炙り焼き、エムーの煮込み。肉がメインで付け合せは芋の蒸したもの、茹でた大きな花のつぼみらしいもの、何種類もの果物。


 皮がパリパリに焼かれた子豚の皮付き肉は岩塩が振ってあり、香りのいい緑の葉に包んで食べると、肉汁がたっぷり。緑の葉の爽やかな香りもいい。


 隣の男性によると、タマウサギの肉はピリリと辛いソースを何度も塗って炙り焼きにしたのだそうだ。その肉は癖がなく甘ささえ感じる脂が美味しい。


 スープで煮られたエムーの肉は鶏の胸肉みたいにサッパリしている。甘塩っぱい味のナッツのペーストをつけて食べると、何切れでも食べられそうだった。


「帝国の人間は食べ慣れない動物の肉は嫌がるのが相場なんだが。あなたは平気なんだな?」

「はい、ブルーノさん。美味しいものなら慣れてなくても気にしません。肉も全部美味しいのですが、蒸したこのお芋のねっとりした舌触りが最高ですね」

「だろう?好きなソースに付けて食べるといい。ワシはこの川のカニをすり潰したソースが好きだ」

「では私も……うーん!なんて美味しいんでしょう。カニの濃い風味がお芋に合いますね」

「酒にも合うぞ」


 遠慮なく全部の料理を食べていると、広間の奥に通じるドアが開いて、五人の男たちが楽器を奏でながら入って来た。見慣れない形の楽器ばかりだ。その後ろから踊り手の女性たちが続いて入って来る。


「よ!待ってました!」


 あちこちから指笛や拍手、かけ声がかかって、ベルティーヌも身体をそちらに向けた。


 踊り手は全員が髪をきっちりとお団子に結い上げて、襟元に華やかなデザインのネックレスをしている。お揃いで着ているのは緋色に染められた布の、身体のラインを強調するピッタリしたドレスだ。

 彼女たちは両手に金属の小さな円盤型の打楽器を持ち、演奏に合わせて踊りながらシャンシャンと手の中の打楽器を鳴らしている。


「まあ……」

 見とれていると近くにいた老人が話しかけてきた。


「南部の踊りは気に入ったかい?」

「はい!素敵ですねぇ」

「これは大切な客を歓迎する時の踊りだ。帝国の人間にはまず披露しない。お嬢さんは特別扱いだな」


 女性たちはクルクルと回りつつシャンシャンと両手の楽器を鳴らし、客席の間を移動していく。     

 ベルティーヌは、その踊りを食い入るように見た。ダンスももちろん素晴らしいのだが、アクセサリーの店を開いている身としては、彼女たちの胸元でキラキラ光る豪華なネックレスから目が離せなかった。緋色の布も興味深い。


「ネックレスのデザインが似ているようでいてみんな違うんですね」

「ああ、あの大きさと形ならなんでもいいんだ。作り手が好きなように作るのさ」


 胸に向かって逆三角形になるようたくさんのパーツでできているネックレスの素材は、宝石ではないようだが、ランプの光を受けて複雑な色合いにキラキラと光っている。


 やがて演奏が佳境に入り、踊りも次第に激しくなる。目が回らないかと心配になるくらい激しく回りながら踊っている女性たちは、再び広間の正面に少しずつ集まり、最後にポーズをとってピタリと止まった。呼吸が苦しいはずなのに誰も荒い呼吸をしていない。

(あれは相当我慢しないとあんなふうに静止できないはず)

 ベルティーヌは、彼女たちの練習の積み重ねを感じ取った。


 盛大な拍手を受けて、踊り手の娘たちはパッと笑顔になった。ベルティーヌも手が痛くなるまで拍手を送った。


「あれは売れるのでは!?」

「何がだい、ベルさん」

「あのネックレスよ、エバンス。豪華だし、帝国にはないデザインだわ」

「あれが帝国で?売れないだろう。昔からある古い形だぞ」

「それを伝統があると言うのよ。素材を変えれば売れるわ。あれ、デザインを参考にさせてもらえないかしら。全部素敵だもの。それにあの緋色に染めている染料も知りたい。あんな深みのある緋色、初めて見るわ」


 そこまで会話したところで十七、八歳の踊り手の女性が近寄ってきた。


「エバンス!死んだって噂だったけど、生きてたのね」

「勝手に殺すなよメイラ。生きてたよ。ベルさんに救われたんだ」


 メイラと呼ばれた女性はベルティーヌに

「エバンスがお世話になりました」

と頭を下げた。


「で?エバンスは戻ってくるの?」

「いんや戻らねえ。俺は俺の建築の道を進むつもりだ」

「あのおとぎ話みたいな家、誰も注文しやしないわよ。いい加減に夢の世界から戻って来なさいよ」

「いやだ。おれは俺の理想の家を建てるまでは帰らねえ」

 

 言い合いになりそうな空気だったのでベルティーヌは急いで割って入った。


「メイラさん。ところでそのネックレスはどなたが作ったんです?素晴らしいデザインですね」

「わかる?今日踊り手が着けていたのは全部私が作ったの。得意なのよ、こういうの」


 ベルティーヌはネックレスに顔を近づけた。


「素材はなんですか?貝みたいに見えるけど」

「よくわかったわね。白いのは海辺の地区から取り寄せた白蝶貝で、ところどころに配置しているのは紫水晶、黒いのはオニキス、赤いのはレッドスピネル。宝石の方は全部難があって投げ売りしていた安い物だけどね」

 

 ベルティーヌはじっくりデザインを見て(これはいける)と思う。

 父に言われて商売の基本を学ぶために自作のアクセサリーを専門店に卸していたことがあった。アクセサリーは素材も大切だがデザインも重要だ。この豪華なデザインは使う素材によっては帝国の高位貴族も喜んで買うのではないか。


「ねえ、メイラさん、今日みなさんが着けていたネックレスのデザイン、ひとつに付き大銀貨一枚でデザインを買わせてくれないかしら」

「デザインを買うの?しかもひとつで大銀貨一枚って。このネックレス本体じゃなくて?」

「そう、このデザインを真似させてほしいの」

「そんなの、お金なんていらないわよ。好きに真似すればいいわ。私が適当に考えて作っただけだもの」


 こういうところなのかもしれない、南部連合国が帝国に搾取されてしまうのは。


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書籍『小国の侯爵令嬢は敵国にて覚醒する』1・2巻
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