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小国の侯爵令嬢は敵国にて覚醒する 【書籍発売中・コミカライズ】  作者: 守雨


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10 豪農カルロス

 ベルティーヌは首都の近くで大々的に小麦を育てている農家を目指して移動している。豪農と呼ばれる規模の農家だ。


 馬車に揺られながら周囲の景色を眺めると、南部の景色は北の帝国とは全く違う。見渡す限り広がる畑は平坦で緑が濃く、流れている川の流れまでゆったりだ。川幅も湖のように広い。広大な耕作地の所々に植えられている木はすくすくと育って枝葉を茂らせ、畑仕事の合間に休む小作人たちに木陰を提供している。


 南部の人々は伝統を大切にし、のんびり働いて暮らしている。

 ベルティーヌの目にはこの国の人はあまり物欲は強くないように見える。よく聞くのが「明日でいいことなら今日慌ててやらなくてもいいさ」という言葉で、それでも飢えずに暮らしていけるのはこの国の温暖な気候と栄養たっぷりな土壌のおかげだろうか。


 セントール帝国は北の端まで行くと一年の半分が冬のような厳しい土地があり、首都のあたりの気候は暮らしやすいものの土はそれほど肥えていない。


 しかし勤勉を美徳とし、物欲や知識欲が旺盛な帝国の国民性のおかげで生活のレベルは高く文化芸術も発達している、と思っていた。

 一方、連合国のことは古い価値観と古い暮らし方の国、と思っていた。


 だがそれは自分が生活している国の価値観で勝手に推し量ったことで、今は帝国のやり方に疑問を持つようになったし連合国の民の大らかで情に厚いところは得難い美点だと思うようになった。

 自分が知っていると思い込んでいたのは、小さな島国の侯爵家に届くわずかな情報で作り上げたあやふやなイメージだった。




「今日こそ面会してくれるといいけど」

ベルティーヌは大きな農家の門で馬車を降り、建物を目指して歩き出した。この農家を訪問するのは今日で三回目。


 その農家の家の中。五十代の妻が夫に声をかけた。

「あなた、昨日の女性がまた来ています」

「帰ってもらえ」


 断っても邪険にしても、服装こそ南部風だが帝国の貴族のような雰囲気の女性は諦めずに連日カルロスの家に通ってくる。昨日は見かねた妻が女性と会話してしまい、妻と息子はすっかりその女性の言い分に賛成しているのがカルロスは面白くない。


「あなた、ベルティーヌさんのお話はもっともだから一度聞いてほしいの」

「必要ない!」


 セントール帝国から来る仲買人とは長年の付き合いだ。

 だから『前回の契約書を見せてほしい、次はもっと割の良い契約にできる』などと言われても、仲買人との関係を損なうようなやり方はしたくない。

 そもそもその女だって帝国側の人間だろうに、なぜ帝国の損になることをするのか。それに今まで通りの契約で十分この農園は潤っているのだ、とカルロスは苛立つ。


 少しして、ドアをノックする音がした。

「入れ」と返事をすると、なぜかその女性が笑顔で入って来た。


「なんであんたがここにいる!」

「息子さんが入れてくださいました。カルロスさんは小麦を荷馬車一台分につき大銀貨五枚で売ってるそうですね?仲買人に手数料まで渡しているとか」


 妻や息子はそんなことまで話したのか、とカルロスはカッとなる。


「そうだ。それで十分うちは儲けている。あんたに口出しされる理由はない」

「ですが、大損してますよ。お隣のシリノ農園では私の助言を聞いてくださって、小麦を荷馬車一台につき大銀貨八枚で売ることが決まっています」


 思わずカルロスはあんぐりと口を開けてしまった。

「なんだと?あいつはそんなに高値で売ってるのか?」

「はい。こちらよりも六割も高く。そして手数料は無しです。そもそも帝国で売るときの差額で儲けるのが仲買人の仕事なのに、なぜ手数料まで払うのでしょう」


 女性の背後にいる息子が父の自分をとがめるような目で見ている。


「カルロスさんは小作人の方々を手厚く面倒を見る優しい地主さんだと聞いています。今より多くお金が入れば小作人の方々にもっといい暮らしをさせてやれます。私を利用してください。仲買人の言いなりになって損をする必要はないんです」

「なんであんたがそんなことをするんだ。俺はそこが納得いかないんだよ」


 カルロスの声から少し力が抜けている。ベルティーヌはここぞとばかりに笑顔で攻め込んだ。


「私、帝国の人間ではなく、サンルアンの出身なのですが、母国とこの国の政治に巻き込まれてしまって。この国に住みたかったら大金貨千枚を稼ぎ出さなければならないんです」

「千……そりゃ無理だろ!」

「いいえ。既に私が契約書の見直しをした結果、大金貨五十枚分この国にお金が残りました。一週間で五十枚ですもの、そのうち千枚だって稼げます」


 黙って話を聞いていた息子がたまらず、といった口調で割って入ってきた。


「父さん、契約書を見てもらおうよ。うちだけ安く小麦を売るなんて悔しいじゃないか。うちの小麦がシリノさんちの小麦よりも品質で劣ってるわけじゃないんだしさ」

「あたりまえだ!うちの小麦がシリノんとこに劣るわけがない」


 そう言ってからカルロスは腕組みをして考え込んだ。本当にこの女を信じていいものか、と。

「あんたはなぜ大金貨千枚を払う必要があるんだ?」

「サンルアンの国王は賠償金を出し惜しみして私をこの国に花嫁として送り込んだのですわ。でも閣下は国を立て直すためには私よりお金が必要なのです。なので私がこの国に住みたかったら母国が出し惜しみした分を私が払うべきだと自分で思ったんです」


 妻が一歩踏み込んだ。


「あなた。私たちも助かる、小作人たちも助かる、このお嬢さんも助かる。何も都合の悪いことは無いじゃありませんか」

「ううむ、サンルアンか。酷いことをしやがる国だな」

「サンルアンは『お金は命の次に大切』ではなくて『命と同じくらい大切』と言い切る国ですから。それより何より私はこの国が大好きになってしまったんです」

 ベルティーヌは明るく笑いながら答えた。


「あなた」

「父さん」

「ああ、もう!わかった!今、契約書を見せる」


 こうしてベルティーヌは去年の契約書を見せてもらうことができた。


「やっぱり。安く買い叩かれている上に手数料が高すぎます」

「ええ?」

「黙って言いなりになっていたらどんどんむしり取られます。仲買人はいつ来るんですか?」

「二ヶ月後だな」

「では私が書き込んだ箇所は全部訂正してもらってから契約してください。契約書を公用語に書き直しますからじっくり読んでください。こちらの言い分が通るまで、絶対に契約書にサインをしないようにしてください。それで相手が契約を断るなら私が帝国に行って、私が書き直した契約書でいいという新たな仲買い業者を見つけてきます。絶対に」


 ベルティーヌが差額を計算してはじき出すのを見ているカルロスは、目の前で自分の利益が膨らむのを見て唖然とする。


「なあ、お嬢さん。あんた、他の農家も助けちゃくれないか?うちより小さい農園の人間は、字が読めない者も多いんだ。そういう連中は口約束で売買してるんだよ。俺だけがこんないい話を聞いて得をしては居心地が悪い」

「もちろん助けますとも。それで私もこの国に住み続ける事ができますから」


 こうしてベルティーヌは紹介先でもこの国のお金が不当に帝国に渡るのを防ぎ、そこの農家からまた紹介を受けて無償で契約の見直しをした。カルロスの紹介状の効き目は絶大で、十日の間にベルティーヌが目を通した農家の契約件数は二十三件、この国から無駄に流出しないで済んだ額は大金貨八十三枚になった。




 そしてついにセシリオとの面会の日。

 セシリオから訪問の日時の連絡が届き、昨夜のうちに交渉の材料は準備万端に整えておいた。事情を話して豪農のカルロスにも同席してもらっている。



 小さな店舗のドアをノックする音がしてベルティーヌとドロテは同時に立ち上がった。





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書籍『小国の侯爵令嬢は敵国にて覚醒する』1・2巻
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