悪名が高いと…… 全ての悪事が奴のせいだと言われる。
「なぁ? これは……」
転移の魔法陣に消えたジンが投げた物に、ノアール卿ことトモキの目が釘付けになっていた。
放物線を描いて宙に舞う黒くまん丸い玉の様な物に、トモキは見覚えがあった。
「アレって…… ガチャ!?」
トモキの声が終わる前に、黒に白で髑髏マークが書かれたガチャカプセルが地面に落ちた。
その瞬間に落ちた衝撃でガチャカプセルが開き、トモキ達がいる部屋を閃光に包む。
「くっ!」「攻撃か!?」
「ノアール卿! お下がりを!!」
トモキを守る様にして、兵がトモキの回りに集まる。
「クソ! 閃光弾か!?…… 何だ…… アレは……」
部屋を包んでいた激しい光が消えて、トモキがガチャカプセルの落ちた場所に目を向けると……
ギチギチギチギチギチギチ……
大きめな成人男性と同じくらいの…… 油を塗られた様にテカテカに黒光りする…… 巨大な〝黒い昆虫〟が居た。
「おい…… まさか……」
「ど、どうした? アレは何だ?」
「ノアール卿…… 奴は…… 魔境の掃除屋と言われる魔物の1体です」
「掃除屋? なら、たいした事ない「いいえ! ノアール卿、すぐに撤退しましょう! 今すぐに!!」!?」
掃除屋と聞いて油断するトモキに、兵の一人が小声ながら怒鳴る様に進言してきた。
「おちつけ…… ノアール卿、魔境の掃除屋を甘く見てはいけません! 奴は…… なんでも喰らうのです。魔境に巣食う魔物ですら…… おまけに繁殖力が高い…… 彼方をご覧ぐださい…… すでに産卵を始めています」
トモキを背で押す様に後ず去る兵が目線を送る先に、テカテカと光る黄色い楕円形の物体を吐き続ける…… 昆虫の尾が見えた。
「こいつ…… 強いのか?」
「最初の内は弱いんですよ」
「なら、今の内に倒せば良いのでは?」
「我等だけでは無理です。この【レギオンコックローチ】は、一斉に全滅させないと…… 卵から進化した個体が生まれるのです」
【レギオンコックローチ】……
フロンティア・エデンは、知らない者が居ないと言われる程の有名な魔虫である。
その特性は……
人々の食料、動植物、魔物ならば大概の物は喰らう雑食と1匹で生涯産卵を続ける繁殖力の高さ……
そして、最大の特性として〝親が殺された時に、その攻撃に耐性を持つ子が生まれる〟と言う…… 進化力の高さである。
そんなレギオンコックローチだが、何故に魔境以外に居ないのかと言うと……
急激な進化に大量の地域魔力が消費されるからと言われている事と、進化し過ぎた個体の寿命が短く、何故か進化し過ぎると繁殖力も失うからである。
「奴を殺すには、その卵も瞬時に殺しきる攻撃をしなければなりません…… 我等の現装備では無理です」
「すぐに魔法士大隊に応援を要請しましょう!」
「新参者がそんな事して見ろ…… 見下されるだろうが!」
「し、しかし」
「おい、侵入者が捕らえた奴等を逃がしてると言ったな?」
「はい、何者かに牢が破られました」
「よし、そいつ等がこいつを放った事にして撤退する。行くぞ!」
「レギオンコックローチを放置するのですか!?」
「侵入者に押し付けて時間を稼ぐんだよ。お前達の言う通りの魔物なら…… この砦ごと跡形も無く、焼くしかないだろうが! ちきしょうが…… 全部侵入者達のせいだ! 分かったな?」
「「「「はっ!」」」」
「よし、この砦は破棄する…… 撤退命令を伝えてた後、各自撤退しろ」
「ノアール卿は?」
「私は先に転移して、この砦を焼き払う用意をする。撤退をいそげよ」
そう言っては、トモキは転移魔法を発動して砦から姿を消した。
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「此処か…… 裏切者の居城は?」
トモキが撤退を命令した少し後……
「ちょっと待って下さい! まだ救出任務中なんですから、不用意に突っ込まないで下さいよ」
トモキが捕らえていた人々を逃がした侵入者達が、まだ砦に潜んでいた。
「まあまあ…… 人命第一って、王子様も言ったんですから、堪えましょうよ」
捕らえれていた人々を逃がす為に、彼等は追跡を妨害する為の破壊工作を仕掛けていたのだが……
「おい…… なんかおかしくないか?」
「確かに、逃亡者が出たのに追跡の部隊の動きが…… 無いですね?」
「牢破りの爆発音で、近くの農村から来た行商達も騒ぎ出してるのに…… 兵達の動きが無い?」
トモキが居た砦は、ネネの祖国に近いジーニアス帝国の城塞都市だった。
ネネの祖国がジーニアス帝国とクラフタニアに攻め落とされた事で、ジーニアス帝国とクラフタニアは事実上の魔物の堤防を失い……
ジーニアス帝国一の農村が集まる地域で、その穀物を集積する要所として使われていた城塞都市は、魔物との最前線基地と化していた。
「しかし…… 魔物が溢れ出してんのに、今だに此処で穀物の集積してるのが信じらんねぇよな?」
「帝国は魔法に誇りを持っていますからね…… 魔法が弱い農民は、奴隷と同じ扱いなのかも知れませんね?」
「これだから選民思想は…… 農民が居なければ、パンも食えんと言うのに」
「輸入で食えるとでも思っているんでしょう。一昔前は、魔法士が最強だって言われてましたから……」
「その魔法士も、最近では銃の狙撃を恐れて戦場に出ないけどな…… な!?」
「どうした?」
「レギオンコックローチだ! しかも繁殖している…… かなりの数だ」
「何!? 都市の中だぞ」
「ひょっとして…… 裏切者が何か悪い事していたのでは? 証拠隠滅の為にレギオンコックローチを放ったかも!」
「くっ、あの野郎…… おい、農民を逃がすぞ!」
「いいのか?」
「帝国は俺の敵だ! だが、民間人を殺すのはただの殺人だ…… 俺には祖国兵士としての誇りがある。兵士は民間人を守る者だ!」
その言葉に全員が頷いた。
その数時間後に、ジーニアス帝国の都市が1つ焼け落ちた。
その時に都市から逃げて来た者達は言う……
都市が瞬く間に焼け落ちたのは……
「ノアール卿が…… 危険な魔物を解き放ったから」だと……




