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軍人令嬢と気弱令息の入れ替わり騒動

作者: のれんにうでおし

長文が書けないから短編でお願いします。

途中途中の話はうっすら脳内を漂ってるけど文章に起こせない。ちょうぶんってなぁに。

「父上!私の婚約とはどういうことか!」


 辺境伯家の令嬢、アリア・エーデルは()()()部屋へと乱入するとそう叫んだ。


 日課の鍛錬を終え、我先にとメイドから手渡される数あるタオルの中から1つを選び、汗を拭いながら自身の部屋へと戻る道すがら、窓から漏れ聞こえた声に何やら不穏な気配を感じて耳をそばだてたのがつい先ほど。

 そして断片的に聞こえた「アリア」と「婚約」の言葉。それから、「ついに」というセリフ。


 前々からせっつかれていた自身の婚約についての話かと瞬時に思い至ると、アリアはすぐさま声の聞こえた部屋へと向かう最短距離――つまり壁と木を利用した壁登り――に思い至り実行した。即断即決はアリアの美徳であると彼女は自負している。


 幼い頃から、婚約者は自分で選ぶと豪語していたアリアだったが、いかんせん、目に留まるような相手が居ない。

 自分より強い相手との婚姻を望んではいたが、爵位と腕前が比例するものが中々居ない。仮にいたとしても既に相手が居たり性格が合いそうにもなかったりと、中々良い巡り合わせが無かった。

 そうこうしているうちに早数年。つい先日18歳となった自身が、だんだんと「嫁ぎ遅れ」と言われる年代に近づいてきていることは自覚していた。していたが、自身との約束を無下にされている事実に腹が立ったのは仕方ない。

 せめて、その場に自分を呼んでくれさえいればこうも腹立たしいとは思わなかったのに、と。


 そして勢いのままに行動した結果が冒頭の、窓からの乱入である。


 換気の為に開けていた窓から現れた愛娘に、辺境伯は頭痛を堪えるように額に手をやるといささか明後日の方向で注意した。


「・・・アリア、せめてノックをしなさい」

「失礼」


 窓から入ってきた非常識な相手(愛娘)にノックしろとはよくわからない注意ではあるが、アリアとしても先ぶれも無く来たのはマナー違反だったと素直に反省し、窓から部屋へ入ると後ろ手で窓枠を3回ノックした。

 何とも言えない表情の父を見据えて、でようやく、彼の目の前にアリアの兄であるロダンが座っていることを認識した。


「兄上もご一緒でしたか。それで、私の婚約とはどういうことですか?」


 挨拶も何もかもをすっ飛ばし、後ろ手に手を組んで端的に要件を尋ねる、軍人然とした言動に辺境伯もロダンも頭を抱えた。鍛錬の為にズボンを履いていたのがよりそれを強調している。


 家の外であればそれなりに淑女らしく行動出来るのに、身内の前ではコレ。気を許していると言えば聞こえはいいが、もし婚約者へも同様の態度を取った場合に誤魔化しようがない。大抵の者は女性には女主人としての役割を求めるものだ。だからこそ、婚約者を宛がうのは非常に骨が折れたため、自分で婚約者を見つけたいというアリアの願いを一も二も無く受け入れたのだが、やはり失敗だったかと、二人は同時にため息を吐いた。


 幼少期は父母や上の子の真似をしたがる子供特有の可愛らしい行動に微笑ましく見守っていた辺境伯家一同ではあるが、あまりにも高いクオリティで発揮される家族や部下の物真似に段々心配になってきてはいた。

 それでも淑女教育を嫌がらず、むしろ積極的に学ぼうとする姿勢に、息抜きにでもなれば、と温かく見守っていたのが運の尽き。気づいた時には立派な軍人令嬢の出来上がりだった。辺境伯家一同崩れ落ちたのは言うまでもない。

 ちなみに淑女教育を嫌がらなかった理由は、「使える武器は一つでも多い方が良い」というおよそ令嬢らしくない答えだった。その時の威風堂々たる立ち振る舞いに、辺境伯は何故息子として生まれなかったのかと疑問が湧き上がってしまった。

 そんな戻らない過去に思いを馳せていた自身の思考を切り離し、辺境伯は徐に口を開いた。


「友人のアドラー公爵から、3番目のご子息のマーティン殿との婚約の打診があった。話を聞く限りではアリアと相性が良さそうだったから、とりあえず本人同士で話をさせてから決めたいと伝えたのだ」

「私は了承しておりません」

「茶を飲むくらい良いだろう。彼は騎士として働いているから、話題には困らないだろう?」

「おかしいですね、腕のある騎士であれば記憶に留めるようにしておりますが、私の記憶には無い名のようです」


 アリアはどこか挑発的な目を辺境伯に向けるが、辺境伯は視線を合わせないまま話を続ける。


「彼は20歳とお前と歳も近いし、少々人見知りのケがあるそうだが、何より心優しく懐が広いらしい。婚約者相手に無理に淑女らしくせずに済むんじゃないか?」

「ほう?心優しく、懐が広い、と?」


 人見知り云々はどうでも良いが、どこか遠回しに語られる人となりにアリアの中で不信感が募る。

 そんなアリアの様子に気づいたロダンが、にこりと人好きのする笑顔を浮かべて言葉を添えた。


「断りたいなら断ってもいいんじゃないかな、今の話を聞いてそう決めたいのならそうするといいよ、アリア」

「・・・兄上・・・」


 人の噂話を鵜呑みにして判断を下す人間を蛇蝎のごとく嫌うアリアの性格を十二分に理解した上での発言に、彼女はじとりとロダンを睨んだ。

 アリアの動かし方を理解しているロダンも辺境伯も、その様子を見て笑みを浮かべた。

 とりあえず、第一関門のお茶会だけはセッティングできそうだ、と安堵のため息を押し殺して。






 そしてお茶会当日。


 アリアは淑女然とした装いで自室に待機していた。

 楚々とした雰囲気のドレス、結い上げられた髪。ただし残念ながら家族の前で発揮される雰囲気はそのままだったためにどこかちぐはぐな印象がぬぐえない。社交に出ても婚約の打診があまり無いのは、ふとした瞬間にこの様子が見られるせいであることは否めない。

 物珍しさで打診が来ることもあるが、そう言った手合いはアリア自身が直接相手と相対した結果、跳ねのけられていたために話が全く進まなかったのもある。


 辺境伯も辺境伯夫人もロダンも、これさえ隠し通せていれば完ぺきな淑女の擬態ができるのに、と遠い目で微笑む。以前アリアにそう伝えたこともあるが「常時嘘をつくのは疲れるし、嘘で塗り固めた自分を望む人間など信用ならない」と一蹴されていた。確かに四六時中気が抜けないのではアリアが幸福になれない、と当時は納得していたが、最近になって「結婚してしまえばこちらのものだったのでは」という思いがあるのも事実だった。


 そうこうしているうちにアドラー公爵たちが到着したようで、アリアたちは出迎えの為に階下に降りた。


 アドラー公爵たちが約束の時間より10分ほど早く到着したことに、アリアは、やはり騎士たるもの時間に余裕を持って行動すべきだな、と静かに、しかし満足げに頷いた。――ちなみに約束の時間より5~15分前の間に絶対に来てくれと辺境伯が願い出たことをアリアは知らない。ちなみに早すぎても遅すぎてもアウトだ。


 そして玄関から入ってきたのは、貫禄のある立派な体躯のアドラー公爵と、同じく体躯は立派だが非常に気弱そうな青年だった。

 アリアは若干マーティンへの評価を下方修正した。人を見た目で判断する気は無いが、やはり自身の無さそうな相手に対しては少々評価を下げざるを得ない。時間前行動と合わせてプラマイゼロだった。


 辺境伯とアドラー公爵が互いに挨拶をしているのを視界の端に捉えながら、アリアはマーティンを静かに観察した。

 騎士としては中々立派な体躯をしているが、若干身体が震えており視線が彷徨っているせいで貧弱な印象が拭えない。人見知りというよりは人目を気にしているような態度に、まるでコソ泥のようだ、とアリアはマーティンを評価した。


 次いでお互いの挨拶となったところで、マーティンがふらつきそうになる足をゆっくりとアリアの方へ向けた。


「っマーティン、アドラーと、申します…本日は、お時間を頂き、ありがとう、ございます…。っお、お会いできて、光栄です…っ」


 消え入りそうな声を精一杯張り上げているような話し方に、アリアは複雑な心境を持った。

 騎士としてはありえ無い。しかし努力しようという気概は感じる。ひと先ず女と見れば口説くような軟派な男でも無ければ、女を見下すような阿呆でも無いことは良いことだろう。

 騎士の中には何を勘違いしたのか高圧的に出て来る輩も居ることを考えれば、マーティンは善良な部類だった。そのためアリアはひと先ず淑女らしく微笑んで挨拶をした。ちなみに軟派男や阿呆には無表情で返すのがアリアだ。


「アリア・エーデルと申します。こちらこそ、本日はよろしくお願いいたします」


 特に会えてうれしい訳では無いので当たり障りのない返事を返す。自分に正直に、嘘は極力つかない、がアリアの信条だ。

 そんなアリアの返答に、とりあえず門前払いでは無かったことに安堵した辺境伯はさっそく若い二人をサロンへ押し込めた。アリアの視線の抗議に屈することなく。


 辺境伯にサロンへと押し込められたアリアは小さく息をつくと、おどおどしながらもついてきたマーティンへと視線を向けた。


「父がすみません。どうぞおかけになってください」

「いえ、そんな…、ありがとうございます…」


 ふわりとほほ笑んで着席を促すが、人見知りらしいマーティンはこちらを見ようともしないまま席に着きそうになった所で、アリアのエスコートを思い出したのか恐る恐るアリアの椅子を動かした。

 アリアが小さくお礼を言うと、驚いたようにマーティンの手がびくっと震えた。

 その様子に、女性の扱いに慣れてい無さそうだと判断したアリアは、しばらく逡巡したのち、徐に口を開いた。


「顔をあげなさい」

「はっ…!」


 軍人然とした声掛けに、反射的にマーティンは返事とともに顔を上げた。

 いささか声は小さいが、消え入りそうな話し声よりは余程良い。

 アリアは少しだけ満足げに頷くと、どこか狐に化かされたような表情をしたマーティンに、腕を組み軍人然とした態度でぽつりと漏らした。


「女を知らぬような態度だな…」

「は…っ…ぇ…え…っ?」


 思わずしかけた返事を止めてマーティンは狼狽しながらもアリアに視線を向けた。

 どこか観察しているようにこちらを見ていたアリアと視線が絡むと、マーティンの目元が僅かに赤らんだ。


「なん…っいや、あの…っ」

「なんだ?言いたいことがあるなら言うと良い」


 うろうろと視線をさ迷わせ、マーティンは口を開いたり閉じたりと言葉を探して――目の前に居るアリアを女性として見れば良いのか、上司として見て良いのか謎の葛藤をして――いた。

 ただ、今まで自身が言われてきたように、男だから、女だからと性別による言動の違いに関する言葉を吐くのだけは嫌だった。

 そのせいで出て来た言葉は、相手が本物の淑女であれば顰蹙を買うようなものだった。


「っな、何故婚約者が居なかったのですか…っ?」

「ん?」


 予想外の言葉にアリアの顔から作っていた笑顔が消えた。本人的には予想外の質問に素できょとんとしているだけだったが、質問を投げかけた当の本人の顔は可哀そうな程青ざめていた。――目の前の令嬢の顔から笑顔が消えたのだからさもありなん。

 マーティンは慌てて頭を下げた。


「も、申し訳ありません!変な意味ではなく!あなたのようにしっかりと自立した素敵な女性に婚約者が居なかったのが不思議で…っ!」


 今までのおどおどした態度とは一転、真摯に謝罪する様子にアリアは感心したように頷いた。

 自分が悪くても謝らない輩の多さに辟易していたせいか、素直に感謝や謝罪ができる相手にアリアは寛容だった。

 高位貴族であれば軽々に頭を下げるべきではないという考えが主流ではあるが、少しも反省しない輩が居ることを考慮すればそんな馬鹿な話があるかと言いたい。


 更にそんな中で、マーティンの口からポロリと出て来た。

 見た目や外面を回りくどい詩的表現で褒められることは多々あるが、直接的な誉め言葉である「素敵」という言葉は中々聞かない。しかも軍人然とした態度を「しっかりと自立した」と表現したのである。自分のありのままの姿が受け入れられたようで悪くない。

 アリアは満更でもない様子でその言葉を舌の上で転がして吟味した。


「ふむ、素敵な女性か…」

「っ!」


 まるでとんでもない失態を晒したかのように大きく息を呑んだマーティンを不思議に思い彼を見ると、見事に顔が赤く染まっていた。わかりやすく目が泳ぎ、片手で口を塞いでいる。

 思わず零してしまったのだろうことはよくわかったが、よくもまぁ三男とはいえ公、爵家の子息でありながら色んな意味で無事だったな、とアリアは妙に感心してしまった。実は世渡りがうまいのか、大事に守られているのか。だからだろう、ついぽろっと口に出してしまったのは。


「…わかり易いのは有り難いが、そんなに感情を露わにして今までどう過ごしてきたのだ?」

「っ…!も、申し訳「謝るな」…っ!」


 アリアとしては疑問半分、好奇心半分としての問いかけだったが、余程触れられたくなかったのか、マーティンの顔が瞬時に青ざめ、どこか怯えたように謝罪の言葉を口にしかけたのでアリアはきつめに言葉を遮った。

 アリア自身の不用意な発言のせいで相手の気分を害してしまったためではあったが、相手から見るとどうも違った捉え方をしたようだった。自分の端的な物言いは、家族ならまだしも初対面の相手に通じる筈もないことに思い至り、アリアは極力柔らかい声音で謝罪した。


「失礼、不用意な発言だったようだ。貴殿にとって触れられたくない話であるならばもう聞かない。だからそう怯えなくて良い。申し訳なかった」

「?!い、いえ!あなたが謝ることなど何も…!僕…いえ、私が悪いのです…!」


 アリアの謝罪に対して、マーティンは驚いたように目を瞠ると、首をぶんぶんと振りながら自分が悪いのだと言い張った。


「何を言う。明らかに私の言葉のせいではないか」

「違います!僕のせいです…!」

「いや、私が…!」

「いえ、僕が…!」


 どちらも退かぬ謝罪合戦に二人はぴたりと言葉をやめた。

 何故か息の合ったその様子に、アリアはふと自然に笑ってしまった。


「ふっ…貴殿は意外と頑固なようだ」

「あ…いえ、すみません…ですが、あなたが謝るようなことでは、ありませんから…」


 どこか気まずそうに視線を逸らしながらも、アリアは悪くないのだと尚も言い募るその様子に、アリアはたまらず笑いを零した。

 何故かマーティンは謝罪に並々ならぬ情熱があるらしい。今まで会ったことの無い人種に興味が沸いたアリアはマーティンにすっと手を差し出した。


「ふ、くく…っわかった、謝罪はやめよう、お互いに、だ。そうだな、頭を冷やすために少し庭を散策しないか?」

「え…?あ、はい、喜んで…あれ?いや、ありがとうございます…?」


 戸惑った様子でアリアの手を握ったマーティンはつい零した言葉に混乱していた。

 握手の形とは言え、手を差し出されて「喜んで」など男女が逆では無いかと。

 ただそれが妙にアリアの態度に似合ってしまっているのも事実だったので、特に言及せず、散策に誘われたことを感謝するに留めた。大抵は義務的な会話が終わればすぐに関係が絶たれていたために、令嬢と庭を散策するなんてことも無かったからだ。


 そんなマーティンの様子に、アリアはどこか面白そうに口の端を上げるとパッと手を離して立ち上がる。

 アリアの立ち上がる音に我に返ったマーティンも急いで立ち上がると、エスコートの為にアリアの傍へ慌ただしく近寄った。


 さて、前日は雨が降っていたが今日はカラりと晴れており、地面も土もすっかり乾いていたため、庭に出ても何の問題も無いはずだった。

 庭師の仕事も屋敷を守る騎士の仕事もいつも通り完ぺきで、何の問題も無いはずだった。

 強いて言えば、運が、いや、タイミングが悪かった。


 出会ったばかりの二人が、お互いの性格や行動を理解しているはずもなく。

 予期せぬ事態が起こった際に、積極的に動ける人間は中々に少ない。

 それでも、この場に居合わせた軍人然とした令嬢と気弱だが騎士でもある令息は、突発的な事態に、相手を守ろうとする気概があったことだけは事実で。

 普段であれば賞賛すべきことではあるが、今回に至っては裏目に出てしまった。


 庭の死角から、突然、ガサリという音ともに黒い影が飛び出して来たら、騎士としての矜持があれば、当然自らを盾に、相手を守るべく前へと踏み出すことだろう。

 不幸だったのは、この場に、自分を【騎士】だと認識している人間が、二人居たことだった。


「「危ない…!」」


 同時に発せられた声は、お互いの耳に同時に入り、同じように一歩を踏み出せば、瞬発力のある令嬢と、一歩が大きい令息が同時にぶつかったのも致し方ないことだったのかもしれない。


「「え…」」


 そしてまさかタイミングが重なるなど露ほども思わず、相手の反応にお互いに困惑する間もなく、身体の側面を衝撃が襲ったことも混乱に拍車を掛けてしまった。


「「あ…!」」


 そしてまた息がぴったり重なったかのように、相手を助けようとお互いに手を伸ばし掴んだまでは良かったが、やはり力では男性に叶うはずもなく。


「「わ…!!?」」


 予想以上に軽いアリアに驚いたマーティンに想像以上の力で引っ張られてうまくバランスを取れなかったアリアは、体当たりのごとく相手へと向かい、何がどうしてそうなったのか、お互いの頭を強かに打ち合った。


「「っ~~~~~!!!!」」


 声にならない痛みが同時に発せられたかと思えば視界が暗転。


 数時間後、目が覚めた二人は自身の運命が変わったことを悟り、一人は即座に行動し、一人は茫然と声を無くした。






 庭で起きた珍事件から数時間後、二人が目覚めてすぐ、辺境伯家一同とアドラー公爵が額を突き合わせて…いや、頭を抱えながら状況を整理していた。

 そんな彼らの目の前には、腕を組み憮然とした表情の軍人然とした青年と、青ざめた顔で身を震わせる気弱そうな令嬢が座っていた。


 何を隠そう、マーティンの姿になってしまったアリアと、アリアの姿になってしまたマーティンである。

 どういう原理か、頭をぶつけ目が覚めたらお互いの身体が、いや、中身が入れ替わっていたのだ。


 その時の二人の狼狽、いや、マーティンの狼狽っぷりは可哀そうな程だった。目が覚めた途端「お嬢様」と言われて固まっていた所にマーティンの身体に入ったアリアが乱入してきたのだ。傍から見れば自分が令嬢の部屋に押し入ったようにしか見えない状況に絶望したのは言うまでもない。

 ちなみにアリアは「お目覚めですかマーティン様」と声を掛けられた瞬間、直感で行動した。状況を確認するより先に「父上たちを呼んでくれ!」と叫ぶと、すぐさま自身の部屋へと駈け込み事実確認を行ったのだ。


 誰もが受け入れがたい事実に、一人マーティンの身体に入ったアリアは淡々と事実を述べた。


「父上、起きてしまったことは仕方ありません。もう一度頭をぶつけてダメだった以上、他の方法を探すか潔く諦めましょう」


 キリっと自信を持った声で発する言葉は、マーティンの体躯もあってかどこからどう見ても立派な青年だった。

 しかし最後の発言に、アリアの身体に入ったマーティンは更に青ざめた。目の前にあるのが自分の顔なせいか、しっかりとした声で抗議した。


「諦めちゃだめですよ?!」

「しかし戻り方も分からんだろう?正直、こちらとしては全く問題無いんだ」

「え…」


 まさかの発言にマーティンは言葉を失くした。

 年頃の令嬢の身体に得体の知れない、自分のような男が陣取っているなど、気持ち悪くて仕方無いだろう、とアリアに申し訳なく思っていたら、まさかの問題無し発言である。


「な、何言ってるんですか?!大事な身体でしょう?!」

「実は騎士として身を立てたかったのだ。私としては願ったり叶ったりでな」

「え…?」


 不敵に笑う自分の顔が、まるで別人のように見えて、マーティンは一瞬気が遠くなるのを感じた。

 しかし本人が良いと言っても家族はそうでは無いだろう、と気を取り直し、辺境伯家一同に助けを求めるように視線を向けた。


「あ、あの!皆さんは違いますよね?!大切なお嬢さんの身体を僕のような冴えない男が…」


 マーティンはそこまで言って話すのをやめた。

 全員と視線が合わない。

 まさかの事態に恐る恐る公爵を見る。


「ち、父上…?」

「・・・・・」


 すっと視線を逸らされた。

 マーティン以外、儚げな雰囲気を放つ令嬢らしさ満載のアリアに「このままでも別に…」という思いを持っていた。さすがに皆口を噤んではいるが。


「なんで目を合わせてくれないんですかっ?!」


 味方の居ない状況に、マーティンの顔色はどんどん悪くなっていく。青さを通り越して白くなりそうな顔を、横から伸びた手がぴたりと覆った。突然触れられたことと、火傷しそうな程の手の熱さにマーティンは固まった。

 強張った身体を落ち着かせるように、その手が冷えた頬や背を撫でていくと、聞き慣れた、けれどどこか違った音を出す声が落ちて来た。


「落ち着きなさい。顔色が悪過ぎる。ままならぬ事態に焦る気持ちはわかる。だがそういう時こそ落ち着くべきだと習わなかったか?」

「あ…。はい…すみません…」


 淡々と当たり前のように並べられる事実に、マーティンはふと肩の力を抜いた。

 マーティンの身体の強張りが取れたのを確認したアリアはぽんぽんと頭を撫でてから手を離した。どうにも見慣れた自分の顔が、迷子の幼子のように見えて仕方なかった。外見は同じでも、中身が変わるだけでこうも別人に見えるのかと密かに感心していた。


 一連のやり取りを見ていた辺境伯家一同とアドラー公爵は、互いに視線を合わせると揃って頷いた。


「という訳で二人の婚約はこのまま進める」

「は?」「え…?」


 眉間に皺をよせ不機嫌さを前面に押し出すアリアと、突然の話に困惑が隠せないマーティン。

 しかし続く言葉には納得せざるを得なかった。


「いずれ戻るにせよ、このまま戻らないにせよ、下手に知られない方が良いだろう?」

「そもそも誰がどう見たって性格が変わってるのよ?恋は人を変えるっていう位だもの。それで何とか誤魔化せ…いえ、何が何でも誤魔化すのよ?」

「まぁさすがに変わり過ぎにも程があるから、うん、アリアは記憶喪失ってことにでもしとく?」

「あぁ、それが良いだろう。マーティンは責任感に目覚めたことにでもしておけ。ただ王家には伝えておいた方が良いだろうが…」


 立派な騎士の様相を呈しているマーティン姿のアリアの扱いが微妙ではあるが、騎士として文句のつけようがない立ち居振る舞いな為、マーティン以外がスルーした。


 そんなことより、下手にこそこそ隠し立てして良からぬことを企んでいるなどと噂される方が問題だし、それ以前にどう説明したものかと、近い未来にせざるを得ない事態に思わず大きくため息を零した。もういっそ全員にぶちまけてしまいたいと皆の心は一つになった。


 急ぎ王家への面会を依頼し、返事が来るまでは辺境伯家で過ごすことになったが、それでも不安は拭えない。


 元々アリアの外見は高貴な猫を彷彿とさせるが、垣間見える軍人然とした雰囲気のせいか豹のような鋭さを持っていた。そのため男性からは観賞用として見られ、女性からはお姉さまと呼ばれ親しまれて(?)いた。しかし内面がマーティンになってしまった今では、大変庇護欲をそそる生まれたての子猫である。色々と面倒な事態が起こる未来しか見えない。


 一方マーティンは、黙っていれば精悍な狼を彷彿とさせるのだが、いかんせん、気弱な性格を前面に押し出しているせいで貧弱な子犬にしか見えなかった。そのため男性からも女性からも陰では馬鹿にされることの方が多い。ただ挨拶や謝意をしっかりするため一部から信頼はされている。しかし内面がアリアになってしまった今では、本来の見目好い外見が遺憾なく発揮されており、威風堂々たる立ち振る舞いは、やはり色々と面倒な事態が起こる未来しか見えなかった。


 若干、匙を投げた様な雰囲気ではあったが未だかつてない不測の事態に、彼らは考えるのをやめた。



 ――王家へ丸投げしたともいう。










 ―――――――――入れ替わり直後―――――――

「父上たちを呼んでくれ!!」


 アリアは直感でそう叫ぶと、急いで自室へと向かった。

 制止の声を振り切り、自分の部屋の前に着くと、ノックもせずに扉を開け放つ。


 突然扉が開いたことなのか、扉を開け放った相手の姿を見てなのか、呆然とした様子のアリアの身体に入っている相手の様子を気遣うことなく、アリアはベッドへずんずんと近寄る。

 侍女たちが悲鳴に近い声でマーティンの名を呼ぶが、アリアは気にすることなくベッドに乗り上げると、茫然とした表情をしている元自分の顔を両手で挟んだ。

 一瞬、自分の顔はこんなに小さかっただろうかと不思議に思う間もなく、近すぎる距離で相手の目を覗き込みながら、小声で名前を確認する。


「貴殿はマーティン殿で間違いないか?」

「っは、はい…あの、やはり、あなたは…」

「アリアだ」

「あ、あぁ…」


 絶望したようにぷるぷると震える自分の身体を無視して、アリアは端的に声をかけた。


「よし、行くぞ」

「え」


 相手の返事を待つまでも無く、アリアは自分マーティンの頭を振りかぶると、躊躇することなく相手の頭に打ち付けた。中々に良い音がして部屋が更に騒然となったのは言うまでもない。

 侍女の非難の声とジンジンと痛む頭を我慢して目を開くが、期待とは裏腹に目の前にある変わらない自分の顔に、アリアは気が抜けたように項垂れた。

 大きく息を吐きながら、細身に感じる自分の身体の肩に額を付けて。


 一方、突然淑女の部屋に乱入してきた自分の身体が、何のためらいもなくベッドに乗り上げたかと思えば、自分アリアの顔を掴んで間近に覗き込んだ途端、振りかぶって頭突きをかました挙句、被害者に縋りついているという訳の分からない状況に、マーティンの思考は完全に停止していた。

 ただ騎士としての矜持なのか何なのか、あまりにも落ち込んだ様子のアリアが可哀そうで、自然と手が伸びたマーティンは、アリア(マーティン)の頭を慰めるように撫でる事しかできなかった。

 それは、目覚めた直後にアリアが呼んだ辺境伯家一同とアドラー公爵に声を掛けられるまでずっと続いた。




マーティン

劣等感の塊。優秀な兄たちが居る。お兄さんたちは人格者なので兄弟仲は良好。

幼い頃一度つまづいた時に中傷されたのがトラウマになり自信喪失。以降ネガティブキャンペーン中。

本来スペックは高い筈なのにできないと思い込んでほんとに出来なくなってしまっている上に、周りが心無い言葉をかけて落ち込む、という悪循環に陥ってるところ。


アリア

向上心の塊。苦労性な家族が居る。勝手に縁談さえ持ってこなければ家族仲は良好。

大抵の障害は乗り越えるためにあるものだと豪語する淑女。正義感が強く他人を悪く言ったり馬鹿にしたりするような相手には武力行使も辞さない所存。セクハラ貴族への制裁が素敵すぎると淑女たちに大人気。

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