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08 ひとりぼっちの少女

08 ひとりぼっちの少女


 『ビートヴァイス帝立獣神学園』は、獣使いの才覚を与えられた者のみが入学を許される学園である。


 所属する生徒たちは、民衆に召喚獣の力を見せつけ、畏怖による支配を行なう。

 より多くの民衆を支配することで、学園内の評価を勝ち得るという仕組みになっていた。


 そのため必然的に、生徒たちは派閥を作り上げた。

 より多くの獣の力を見せつけるほうが、民衆を震えあがらせることができるからだ。


 学園内には数多の派閥が乱立していたが、なかでも最大派閥はチャンプ一派であった。

 帝都会長のチャンプをはじめとし、召喚獣の名門であるシルバーリーフ一族の者たちが多数所属していたので、学園内においては逆らえる者がいなかった。


 そして学園内においては、派閥に所属するのは常識とされていた。

 派閥なき者は人にあらずとされ、なにをされても文句は言えない風潮が蔓延していた。


 しかしこの学園において、たったふたりだけではあるが、派閥に所属していない生徒がいた。


 ひとりはキスカ。

 少年は入学式においてシルバーリーフ一族から追放され、今は学園外でサバイバルの真っ最中。


 そしてもうひとりは、少女であった。

 彼女は今日も風説のまっただなかを、風雪のような冷徹なる表情で歩いていた。


「おい、見ろよ、レティセンシア様が来たぜ」


「相変わらず、お美しいなぁ」


「さすが、伝説の聖獣ユニコーンを従えておられるだけはあるよな」


「レティセンシア様はどの派閥に入るんだろうな? やっぱりチャンプ一派かな?」


「いや、噂によると勧誘を断ったらしいぞ! しかも、チャンプ様自らの勧誘を!」


「マジかよ!? チャンプ様にノーって言えるだなんて、すげえ度胸だなぁ!」


「しかし、なぜなんだろうな?

 レティセンシア様ほどのお方であれば、派閥を作ればみなが入りたがるというのに、派閥も作られないなんて……」


「もしかして、意中の人がいたりするのかな? それも、俺だったりして……!」


「そんなわけねぇだろ! って、どこに行くんだ?」


「いやぁ、ダメ元でレティセンシア様を誘ってみようかと思って」


「おい、バカなことはやめろっ! レティセンシア様のそばにいるユニコーンは凶暴で、気に入らないヤツが近づくと攻撃してくるんだぞっ!」


「大丈夫だって! 俺って動物には好かれるタイプなんだよね! それに、俺の獣も馬だし!

 人間と獣、同時カップル成立なるかも!? ……なーんてね!」


 と、軽口を叩いて少女に近づいた少年は、ユニコーンに腹を刺し貫かれて重傷を負った。

 少女は血の海に沈む少年を一瞥すらせず、まっすぐ前を向いたまま、


「だから、近づくなと言ったのよ。誰か、保健室につれていってあげて」


 誰に伝える風でもなくつぶやいて、そのまま去っていく。

 ざわめくヤジにも、少女は顔色ひとつ変えなかった。



 ――これで、いいの……。

 こうしていれば、誰もわたしに近づかなくなる……。


 わたしが本当のひとりぼっちになれば、誰も傷つけずに、すむようになる……。

 それまでの、それまでの辛抱……。



 しかし心のないヤジが、彼女を責めさいなむ。


「うわぁ、レティセンシア様、また男子を大ケガさせちゃったの!?」


「言い寄ってきたんだったら振ればいいのに、やりすぎよねぇ!」


「そうそう! ケガさせても平気な顔してるだなんて、どうかしてるわ!」


「ユニコーンを与えられたからって、お高くとまってるんでしょ!」


 レティセンシアは学園の校舎である城を足早に出ると、ユニコーンにまたがる。

 外に出てもなおまとわりついてくる、生徒たちの好奇の視線を振り払うように走りだした。


 居住区と呼ばれる生徒たちが住まう敷地を抜け、はずれの森へと飛び込んでいく。

 自分と森の動物だけが知る獣道を、風のような速さでひたすらに進んだ。


 少女の背後にあった城の喧噪がぐんぐんと遠ざかっていき、あたりが森の静寂に満ちた頃、ユニコーンはとある湖の前でその足を止めた。

 そこにあったのは、青空を映す一面の水鏡、小鳥のささやきと風に揺らぐ草花の音のみ。


 少女はユニコーンを降り、ほっとひと息つく。 

 振り返り、傍らにいたユニコーンに頬ずりしながら、春風のようなやさしい声でささやきかけた。


「ユニコ、ちょっとまわりで遊んで待っていてね」


 ユニコと呼ばれた角の生えた白馬は、ブルル、と鳴き返して茂みの中へと入っていく。


 少女はその後ろ姿を見送ったあと、制服のリボンを外し、ブラウスのボタンを上からひとつひとつ外す。

 衣擦れの音とともに、衣服がぱさりと足元に落ちていく。


 チェックのスカートをすとんと落とし、最後に白いソックスを脱ぐ。

 少女は生まれたままの姿でしゃがみこみ、脱いだ制服をきちんと畳んで重ねる。


 そして湖のほとりに立ち、白い足のつま先を湖面に沈めた。

 くびれた腰と、控えめに穿たれた縦長のおへそのあたりまで浸かったあと、しなやかな太ももを躍動させていっきに飛び込む。


 魚が跳ねるような小さな水しぶきがあがり、少女の姿は波紋を残して消えた。

 少女は波もたてず、水のなかに咲く花のように、静かに漂う。



 ――ユニコーンは、主人に近づく者をすべて攻撃しようとする……。

 それは主人であるわたしにも、決して止められない……。


 この湖は安全だから、ユニコーンも安心して、わたしのそばから離れる……。

 だから、ここだけが……ここだけが、わたしがわたしでいられる場所……。


 わたしはずっと、ひとりぼっち……。

 これまでも、そしてこれからも……。


 それが、ユニコーンを宿すことを運命づけられた、一族の女の宿命……。



 少女は湖の反対側の岸まで泳ぎつくと、黄金色の髪を振り乱し、人魚のように水面に浮かび上がった。


「ぷはあっ!」


 大好きな湖で泳いだおかげで、モヤモヤは消え去り、スッキリといい気分になっていた。


 身体から滴り落ちる雫は、陽の光を受けてダイヤモンドのようにキラキラと輝いている。

 晴れ晴れとした表情で、顔に張り付いた前髪を手ぐしで元通りにする。


 そして目の前が明るくなった瞬間、少女の頭の中は白く飛んでいた。

 いま目にしているものへの理解が追いつかず、頭ばかりか身体まで彫像のように固まってしまった。


 少女の視界に飛び込んできたのは、なんと、


「ど、どうも……」


 湖のほとりでしゃがみこんで、今まさに水を飲もうとしていたひとりの少年。

 少年の首には、少女が今まで見たこともない、白くて小さな生き物が、マフラーのように巻き付いていた。

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