07 にゃんこ布団でおやすみ
07 にゃんこ布団でおやすみ
抜け毛が入っていたけど、にゃんこたちが作ってくれた料理は最高だった。
「まさかこんな山の中で、ごちそうでお腹いっぱいになれるとは思わなかった……」
気がつくともう夜になっていて、フクロウの鳴き声やオオカミの遠吠えが聞こえてきていた。
あたりは真っ暗だったけど、不思議と怖くはない。
にゃんこたちは焚火のまわりに集まり、オレンジ色の光に照らされながら寛いでいる。
お腹を見せてゴロゴロくねくねしている姿を眺めていると、なんだかほっこりして気持ちが落ち着いた。
不意に、太ももにムズ痒いような感触を覚える。
見ると、ボロボロになった制服のズボンの隙間から、アリが這いのぼってきているのが見えた。
それで急に、僕はボロをまとっていることを思い出す。
ビリビリになったブレザーの生地をつまんで伸ばし、ひとりぼやいた。
「服を直せるにゃんこがいてくれたらいいのになぁ」
と、傍らに置いてあるリュックサックを見やると、新しいにゃんこと視線がぶつかる。
頭にバンダナを巻いたにゃんこだった。
『ソーイングにゃんこ』 レベル2
「ソーイング……? もしかしてキミ、服を繕えるの?」
自分で口にしておきながら、それがどれだけ異常なことかと思ってしまう。
裁縫ができる召喚獣なんて聞いたこともない。
「でも待てよ、料理ができるにゃんこがいるんだから、裁縫ができるにゃんこがいてもおかしくないか……?」
僕はダメ元で上着を脱ぎ、リュッサックからひょっこりしているソーにゃんに渡してみる。
すると、ソーにゃんは獲物を狙うかのようにぴょんと跳躍、僕の上着に襲いかかった。
「ニャグミャグフニャグルルルル!」
ソーにゃんは両手でガッと上着を抱え込んで、ちっちゃな牙の生えた口で生地をガブガブ、短い両足で蹴り蹴りはじめる。
まるで上着と取っ組み合っているかのように、あたりをゴロゴロと転がっていた。
僕は一瞬、「ダメだこりゃ」と思ったけど、それはすぐに間違いだと思い知らされる。
よく見るとソーにゃんの牙はハサミのような形状をしていて、爪は針みたいだった。
爪には蜘蛛の糸かと思うほどの細い糸が通っていて、生地を引っ掻いているのではなく、縫い上げている。
しかも極めつけは、どこからともなくアップリケのようなものを取りだし、ピターン! と貼り付け、上からバリバリと縫い込むという技まで披露。
ボロ布同然だった僕のブレザーはあっという間に、衣服と呼べるレベルにまで回復していた。
「す、すごい! まるで魔導裁縫装置みたいだ!」
ブレザーを修繕し終えたソーにゃんは、針がギラリと光る肉球をサッと差し出してくる。
「もしかして上着だけじゃなくて、ワイシャツとズボンも繕ってくれるの……?」
さっさとしろとばかりに「ぐにゃ!」と鳴くソーにゃん。
僕は慌ててワイシャツとズボンを脱ぎ、肌着と靴下以外の衣服をすべて差し出した。
「ウニャフニャミニャグニャァァーーーー!!」
ソーにゃんは大興奮で僕の服を相手どり、さらなる大暴れをはじめた。
触発された他のにゃんこたちも参戦して、ボコスカと煙幕が起こるほどの大乱戦に発展する。
にゃんこたちがフーフーと肩で息をする頃には、僕の制服はすっかり元通りになっていた。
「やった! ありがとう、ソーにゃん! 他のにゃんこたちも手伝ってくれてありがとう!」
僕は裸同然で寒かったので、大喜びで修繕された制服に袖を通した。
しかし、すぐに違和感に気付く。
制服はアップリケがあちこちに付けられていて、それがすごく可愛らしいデザインだった。
僕はただでさえ背が小さくて童顔なので、こんな服を着たらすごく幼く見えてしまう。
「制服を着たら年相応に見てもらえるかと思ったのに、これじゃあ子供に逆戻りだよ」
しかし、にゃんこたちは知らぬ存ぜぬ。
ひとしきり暴れて満足したのか、健闘を称えあうかのようにお互いの身体を舐めあっていた。
こんな雰囲気を出されると、僕はもう何も言えなくなってしまう。
「まあ、ボロボロの制服のままよりはマシかぁ……。
おかげで寒さもだいぶ柔らいだし、虫にくっつかれることもなくなったし、茂みの中も歩きやすくなっただろうし……」
無防備の状態が改善されたとわかると、なんだか急に気持ちがゆるんでしまう。
そろそろ寝るかぁ、とアクビをしていると、僕の身体が急に光り出した。
「えっ、もうレベルアップ!? ごはんを食べさせてもらって、服を繕ってもらっただけなのに!?」
しかしよく考えてみたら、召喚獣にそんな世話をしてもらった人間なんて、僕くらいのものかもしれない。
目の前の暗闇にはハッキリと、水晶のように輝くレベルアップウインドウが浮かび上がっていた。
『レベルが3になりました! にゃんこが6にゃんまで同時召喚できます!』
『リュッサックがパワーアップしました!』
「にゃんこって、レベルの倍の数だけ同時召喚できるものなのかな?
それに、リュックサックがパワーアップって……?」
レベルアップウインドウからリュックサックに視線を移す。
「見た感じ、ソーにゃんが出てきたときと何ら変わりはなさそうだけど……」
と、またしてもひとりでにリュックサックがモゾモゾして、ピンと立った三角の耳が覗く。
中から出てきたのは、白と黒のぶち模様で、バイザーだけの帽子を被ったにゃんこだった。
『預かりにゃんこ』 レベル3
その名前で、僕はピンと来る。
「預かりにゃんこってことは、なにかを預かってくれるのかな?」
僕はためしに、近くに積んであった果物の中から、レモンのような黄色い実を手に取る。
たくさん採りすぎて、どうやって持ち運ぼうか悩んでいたやつだ。
「あずにゃん、これを預かってもらえるかな?」
すると、あずにゃんは僕が差し出した実を両腕で包み込んでくれた。
大事なもののように抱えたまま、リュックサックの中に引っ込んでいく。
ちょっと前にリュックサックに果物を入れたときは、にゃんこの手で放り出されてたけど、今回はそうはならなかった。
僕はパワーアップの意味を理解する。
「なるほど、あずにゃんが召喚できるようになったら、リュックサックにものが入れられるようになるのか」
しばらくしてまたあずにゃんが顔を出したので、僕は果物をぜんぶ預け入れる。
果物はかなりの量があったけど、ひとつ残らず収納できた。
しかもリュックサックは膨らむことなく、重さも軽いままだった。
どうやらこのリュックサックは、容量拡張と重量無視の魔法錬成がなされているのかもしれない。
「そう考えると、すごい触媒かも……。ふぁ~あ、いい加減、眠たくなってきた……。そろそろ寝ようかな」
しかしこれからさらに冷え込むかもしれないので、このまま寝るのは不安だった。
「せめて、布団みたいなのがあればいいんだけど……大きな葉っぱとか……」
あたりを見回してみると、うってつけのものが目に入った。それもたくさん。
「よーし、みんなで寝よう!」
僕は焚火のまわりにいたにゃんこたち、まとめて抱き寄せる。
ぜんぶで5にゃんいたので、さらにリュックサックからキュアにゃんを取り出した。
6にゃんを僕の身体に乗せてみると、最高級の羽毛布団ですらかなわないほどの、フカフカでヌクヌクの感触に包まれる。
「ふわぁ、あったか~い。最高の、にゃんこ布団だぁ……」
僕は一瞬にして夢見心地になる。
にゃんこたちも気持ち良さそうにゴロゴロの大合唱。
僕はその音色を子守歌にしながら、ゆっくりと瞼を閉じる。
……今日は、すごくいろんなことがあった。
ショックなこと、辛かったこと、痛かったこと、苦しかったこと……。
どれも大変だったし、これからも間違いなく大変なことが起こるだろう。
だってシルバーリーフ一族を追放された僕は、もう誰からも守ってもらえないのだから……。
でも僕は確信していた。
これからどんなことがあっても、きっと大丈夫だと。
……だって僕には、にゃんこたちがいるんだから……!