06 にゃんこクッキング
06 にゃんこクッキング
クロにゃんは軽やかなステップで僕のところまでやってくると、咥えていた肉をボトリと落とした。
そしてお座りして、なぜか得意気な表情で僕を見上げている。
「クロにゃん、その肉どうしたの?」
「うにゃ!」ともふもふの胸を反らして鳴くクロにゃん。
山の中には生肉なんて落ちてないし、ましてや木になっていたりもしない。
しかしクロにゃんの態度で僕は察した。
僕はその予想を裏付けるべく、おそるおそる肉の塊を手に取ってみる。
それは見たところ鳥の肉のようで、モンスターや動物を倒したあとに出てくるドロップアイテムのようだった。
「もしかして、狩ってきてくれたの?」
クロにゃんは「うにゃ!」と即答。
「そういえば、クロにゃんは僕が果物を食べてるところをじっと見ていたよね。
僕が果物ばっかり食べてたから、栄養を心配してくれたとか?」
「うにゃ!」
「それとも、僕が狩りもできない無能だと思ってたとか……?」
「うにゃ!」
クロにゃんの本当の意図はわからなかったけど、この鳥肉は僕にくれるらしい。
寒さをしのいだあとは、夕食をどうしようかと思ってたんだけど、いきなり確保できちゃった。
しかし問題はまだまだある。
僕は料理がまったくできないんだ。
「それに道具もないとなると、いったいどうすればいいのやら……」
鳥肉を手に途方に暮れていると、ふと、僕の身体が光輝いているのに気付いた。
「……!? これはもしかして、レベルアップ……!?」
そのもしかしてだった。
僕の目の前に、初めて見るウインドウが現われる。
『レベルが2になりました! にゃんこが4にゃんまで同時召喚できます!』
『にゃんこが「たっち」できるようになりました!』
入学式にあった『具現化の儀式』で才覚を引き出されたあとは、レベルアップができるようになる。
獣使いの才覚の持ち主は、召喚獣が活躍することによりレベルアップすることできるんだ。
レベルアップを果たすと、召喚獣がさらにパワーアップする。
レベルアップウインドウによると、僕は4体までにゃんこを召喚できるようになったらしい。
しかしそんなことよりも、僕は別のことが気になっていた。
「にゃんこって、1にゃん、2にゃんって数えるんだ……」
そしてそれ以上に気になっていたのは、にゃんこが新しく得た能力。
「『たっち』って一体なんのことなんだろう……?」
そうつぶやいた途端、僕のそばにいたクロにゃんとファイにゃんがすっくと立ち上がった。
「立てるようになりましたが、何か?」みたいな表情で僕を見ている。
その様子がかわいくておかしくて、僕はつい吹き出してしまった。
「ぶっ! そっか、2にゃんとも立てるようになったんだね、えらいえらい!」
2にゃんを抱き寄せると、クロにゃんもファイにゃんも僕の膝の上でおなかを見せるようにゴロンと横になる。
無防備な格好で、気持ち良さそうにゴロゴロと鳴いていた。
そのおなかを撫でてあげながら、僕は思案に暮れる。
あたりはもうだいぶ暗くなっていた。
「さて、そろそろ本格的にお腹がすいてきたから、この鳥肉をどうやって食べるか考えないと」
そこで言葉を切り、傍らに置いてあったリュックサックをチラ見する。
「いくらなんでも、料理してくれるにゃんこなんて、いるわけないよね……。
だって料理する召喚獣なんて、聞いたことないもん……」
と、上蓋が開け放たれたリュックサックから、何かがチラ見えしていた。
それはよく見ると、白い帽子のようだった。
人間の被るサイズではなく、明らかににゃんこサイズ。
「まさか……!?」と息を呑んだ途端、ひょっこりと顔を出したのは……。
ちっちゃなコック帽を頭にちょこんと載せた、クリーム色のにゃんこ……!
「いっ……いたぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!?」
『クックにゃんこ』 レベル2
クックにゃんこはリュックサックから出ようともぞもぞしていたけど、途中でリュックサックが倒れてコロリンと後ろに転がっていた。
何事もなかったように這い出てきたクックにゃんは、僕の前ですっくと立ち上がって一礼する。
今までにない礼儀正しいにゃんこだったので、僕も思わず「ど、どうも」と頭を下げた。
しかしそんなことで驚いている場合じゃなかった。
「とうとう、呼ばなくても出てくるようになっちゃった!」
召喚獣というのは触媒を使い、所定の手続きを踏まないと呼び出すことができない。
それは高ランクの獣になればなるほど集中力を必要とし、手順も儀式めいてくるんだけど、にゃんこの呼び出し方は実に簡単だった。
リュックサックに手を入れるだけで良かったんだけど、とうとう、それすらも必要なくなってしまった。
あまりにありえないことだらけで、僕は混乱しっぱなしだったけど、にゃんこたちはおかまいなし。
ククにゃんは鳥肉を品定めしたあと、クロにゃんに手伝いを依頼。
クロにゃんが鳥肉を切り分けている間に、ククにゃんはどこからともなく取り出した小さめのフライパンに油のようなものを引き、焚火にかけて温めていた。
やがて目の前で、前代未聞のにゃんこクッキングが始まる。
ひと口サイズの鳥肉がフライパンに投入されると、じゅうじゅうと音をたてた。
ククにゃんは片手でフライパンを振りながら、これまたどこからともなく取り出した塩コショウをパッパと振りかけている。
やわらかな湯気があたり一面にたちこめて、僕は思わずニオイにつられて鼻をヒクヒクさせながらフライパンに顔を近づけようとしたんだけど、「ミャッ!」とククにゃんから叱られてしまった。
それもそのはずで、ククにゃんはちょうどフライパンにお酒を入れようとしているところだった。
僕が顔を引っ込めた途端、フライパンからボンッ! と炎が高くたちのぼる。
「おおーっ!」と僕が拍手をしているうちに、料理は完成したようだ。
白いお皿に盛られたのは、フルーツソースのかかった見事な鳥肉のソテー。
色鮮やかなソースに、照り返す鳥肉が宝石のようにキラキラと輝いていた。
「すごい! フルーツソースなんていつの間に作ったの!?」
ふと見ると、ファイにゃんが肉球の火打ち石を使って、フルーツを擦り潰している姿があった。
ククにゃんから木のフォークを渡されたので、それを使ってさっそく頂いてみる。
もちろん、3にゃんへの感謝の気持ちも忘れずに。
「いただきます! そしてありがとう、クロにゃん、ククにゃん、ファイにゃん!」
食べ盛りの子供を見るような目で、頷く3にゃん。
にゃんこからすると、やっぱり僕は未熟な人間に見えるんだろうか。
そして鳥肉のソテーは、シルバーリーフ一族の食卓でも食べたことがないほどに絶品だった。
まず焼き加減が素晴らしく、外側の皮はパリッとしているのに、中の肉は柔らかくてジューシー。
噛みしめるとジュワッと肉汁があふれ、フルーツソースと混ざり合って絶妙なハーモニーを奏でる。
「おっ……おおおっ!? おいしぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーっ!?!?」
あまりの美味に、僕は心の底から叫んでしまっていた。
夢中になって食べ進めていると、口の中でまとわりつくような違和感を感じる。
ぺっ、と吐き出してみると、クリーム色の抜け毛が混ざっていた。
「ちょ、ククにゃん!? 毛が入って……!」
しかしにゃんこたちは「苦情は一切受付けません」とばかりに、お座りした丸い背中を僕に向けていて、そしらぬ顔でしっぽをパタパタするばかりだった。