04 モモンガにゃんこ
04 モモンガにゃんこ
にゃんこの頭上に突如として浮かびあがったウインドウ。
それは犬とかライオンの足にある、肉球の形をしたスタンプがあしらえてあって、中にはこう書かれている。
『キュアにゃんこ』 レベル1
新たに登場した単語に、僕はアッと声をあげていた。
「キュア!? キミは『癒し』ができるの!?
すごい! まるで聖獣みたいじゃないか!」
癒しの能力を持っているのは聖獣と呼ばれる、ごく限られた高ランクの獣だけだ。
有名な獣としては、ユニコーンなどがいい例だろう。
しかしユニコーンでも、瀕死の傷を短時間で完治させることはできない。
「キミってもしかして、相当すごい獣なの……?」
頭にちっちゃなナースキャップを乗せているにゃんこは、「そうだ」と言わんばかりに「にゃーん」と鳴き返す。
にゃんこの鳴き声は初めて聞いたけど、鈴をこねるような、なんとも形容しがたい愛らしい声だった。
「なるほど、にゃーんって鳴くからにゃんこなんだね」
「にゃーん」
そして初めて召喚したときは、ショックが大きかったから感じなかったけど……。
「こうして見ると、キミってすごくかわいいなぁ」
『キュアにゃんこ』の毛並みは真っ白で、真珠を溶かし込んだみたいにツヤツヤですごく奇麗。
肌触りもビロードのようで、全身がやわらかくてモチモチしている。
まんまるで大きな瞳はアクアマリンの宝石のように澄んでいて、見つめられるだけで、なんだか幸せな気持ちになってくる。
白くて長いしっぽが、甘えるように僕の手首に絡みついてきた。
それだけで僕はもう、すべてを捧げたくなるほどにキューンとなってしまう。
「ああもう、かわいいかわいいかわいいっ! キュアにゃーんっ!」
僕は即席でつけた愛称とともに、キュアにゃんを抱き寄せて頬ずりしようとする。
しかしキュアにゃんは両手を突っ張って、僕の頬をグイグイと押し返してきた。
召喚獣というのは普通、主人に絶対服従するものなのだが、どうやらにゃんこは違うらしい。
「嫌なものは、嫌ってちゃんと断ってくるんだね……」
僕はすこし残念な気もしたけど、嫌がっているのを無理やりするのも嫌だったので、キュアにゃんを顔から離す。
そして本来なら追放された直後なので落ち込むところなんだけど、僕は不思議とやる気に満ちていた。
これも、キュアにゃんの癒しの力のおかげかもしれない。
僕はキュアにゃんを抱っこしたまま、スクッと立ち上がる。
「僕は、まだ生きている。なら、やることはひとつだ!
シルバーリーフ一族じゃなくなったけど、僕はビートヴァイス帝立獣神学園の生徒なんだ!」
獣を使って帝国の役に立つのが、僕の子供の頃からの夢だったんだ。
キュアにゃんの癒しの力があれば、多くの人たちを助けられるかもしれない。
しかしそのためには何よりもまず、学園に戻らないと。
僕はちょっと名残惜しかったけど、キュアにゃんをリュックサックの中に戻した。
「ケガしたらまた呼ぶから、それまでは中で休んでてね」
キュアにゃんは特になにも言わず、そそくさとリュックサックの中に引っ込んでいった。
リュックサックを背中に担ぎ直し、僕は山頂めざして出発する。
入学式のときは魔導転送装置で一瞬で城の展望台まで移動できたけど、今は自力で登るしかない。
幸い目的地は頂上なので、登っていけばいつかは着くだろう。
そう思い、張り切って歩き始めたんだけど、森の山道は思ったより大変だった。
険しいうえに茂みが生い茂り、1メートル進むのもやっと。
しかも着ているものがボロボロで、草木のトゲが素肌や生地に引っかかってしまい、そのたびに立ち止まらざるをえない。
100メートルも登らないうちに、僕はすっかり傷だらけ。
そのうえクタクタでへばってしまい、岩の上に倒れ込むようにしてひと休みした。
「はぁ、はぁ、はぁ……。夕方までには山頂に着くつもりだったけど……これは、1日以上かかるかも……」
そうなると、山のなかで夜を明かすことも考えないといけない。
そう考えるだけで、嫌な想像がムクムクと膨れ上がってきた。
「夜になると、オオカミとかクマとか出てくるかも……いやそれどころか、モンスターが出てきたりしたら……」
その嫌な考えに連鎖するように、お腹がぐぅと鳴る。
「いまは、お昼過ぎくらいかな……。入学式が終わったらパーティがあるだろうと思って、朝からなにも食べてないんだよね……」
僕はお腹をさすりながら、あたりの木々を見回す。
なにか食べられそうなものがないか探してみたら、高い所にある枝に、果物が生っているのを見つけた。
「あの果物が取れればいいんだけど、すごく高いなぁ……」
僕は木登りはできるけど、いまはだいぶ疲れている。
あんな高い所まで登ったりしたら、ヘトヘトになってしまうだろう。
「もっと低いところに果物があればいいんだけど……」
そう考えて、はたと思い直す。
「もしかして、キュアにゃんは木登り得意だったりしないかな? ちょっとノンビリしたところがあるけど、身体が小さいし身軽そうだから、案外……」
僕はリュックサックを開けて手を突っ込み、キュアにゃんを取りだそうとする。
触れたもふもふに手を差し入れ、引っ張り上げてみると……。
僕の手には、見知らぬにゃんこがだらんとぶら下がっていた。
リスみたいな縞模様で目が大きく、手足にマントのようなヒレが付いている。
頭上のウインドウには、『モモンガにゃんこ』とあった。
僕はあいているほうの手で、思わず目をこすってしまう。
なにかの見間違いかと思ったけど、『モモンガにゃんこ』は以前としてそこにいた。
「キミ、誰っ!?」
召喚獣というのは、普通はひとりに1匹だけど、たまに2匹以上与えられる者もいるそうだ。
しかし複数の召喚獣を与えられたとしても、種類はひとつと決まっていて、違う種類の召喚獣を操れる者はいない。
そのはずなのに、いま僕の手には、別のにゃんこがいる……!?
なんで、どうして!?
しかし考えたところでわかるはずもない。
そしてモモにゃんと見つめ合っていたら、そんなことはどうでもよくなってしまった。
僕は尋ねる。
「あの……キミは、木登りが得意だったりする? もしよかったら、あそこにある果物を取ってきてほしいんだけど……」
「ふみゃあ」
モモにゃんはキュアにゃんとはまた違った鳴き声をあけると、僕の手からピョンと飛び立つ。
そのジャンプ力はかなりのもので、5メートルほど離れたところにあった木の幹に、ひとっ飛びで飛びついていた。
そのままするすると木を登り始める。
「あっ、モモにゃん、そっちの木じゃないよ、果物があるのは……」
僕が言い終わるより早く、モモにゃんは木から木へと飛び移り、目的の果物にたどり着いていた。
モモにゃんは枝になった果物を、パシパシとにゃんこパンチで落とす。
降ってきた果物を、僕はすかさずキャッチ。
モモにゃんはそのまま高所の枝からダイブ、僕は肝を潰して「危ない!」と叫んだ。
しかしモモにゃんが大の字に身体を広げると、手足にあったヒレが風を受けて広がり、空を滑るように降りてくる。
「す、すごい……! 空を飛んでる……!?」
モモにゃんは見事、僕の腕のなかに着地をキメる。
最高の木を見つけたかのように、そのままひしっとしがみついてきた。