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02 測定不能の獣

02 測定不能の獣


「それでは次に、シャンテ君」


「はい」


 マックスの次に名前を呼ばれ、落ち着いた返事とともに、祭壇への階段を将来を約束された花形スターのようにのぼりつめたのは……。


 シルヴァーリーフ一族の、『シャンテ・シルヴァーリーフ』。

 細身の身体に、透き通るような白い肌にサラサラの長髪を沿える、中性的な美少年であった。


 特注デザインのエナメルホワイトの制服、レースがあしらえられた袖から白魚のような指を覗かせ、女神像の右手を取る。

 しゃがみこんで、女神の手の甲にキスをしていた。


 すると女生徒たちの間から、「キャーッ!」と歓声が起こる。

 光輝く女神の左手に現われたのは、宝石がちりばめられた豪奢な(かんむり)だった。


 もうそれだけで、これから現われるのがただの獣ではないことがわかる。

 シャンテはかすかに微笑みながら冠を頭に乗せ、そして呼んだ。


「さぁ、おいで。この王冠に負けないほどの、美しい姿を見せておくれ」


 祭壇の背後、ジャイアントの隣に白い滝のようなうねりが起こった。

 それはジャイアントと比肩するほどの大きさであったが、音もなく静かに降臨する。


 現われたのは、女王の王冠(ティアラ)のような、白く美しい大蛇であった。


 『ティアラ・オブ・ミッドガルド』 ランク:A


 水晶板に映し出された獣の名前に、女生徒たちはハチの巣を突いたような大騒ぎになる。


「きゃあああっ!? うそでしょ!? ミッドガルドだなんて!?」


「もっとも美しいといわれる伝説の獣を、こんな近くで見られるだなんて、夢みたい……!」


「力強い獣が多いシルヴァーリーフ一族の獣に美しさが加われば、もう無敵ね!」


「決めた! 私、シャンテ様の召使いになる! シャンテ様になら何されてもいいわ!」


 シャンテはダイヤモンドの山のような蛇を背後に、祭壇の下の新入生たちを優雅に眺めまわす。

 そして新たな王となったかのように言った。


「マックスが力でこの学園を支配しようとするのなら、僕は美しく優雅に、この学園を手に入れてみせる。

 みんな、この僕のために力を貸してほしい」


 大いなる拍手と、「キャーッ! シャンテさまーっ!」と黄色い悲鳴が巻き起こる。

 すでに新入生の女子たちの心は、すっかり絡め取られているようだった。


 そしてついに、僕の番がやってくる。


「それでは次に、キスカ君」


「は……はいっ!!」


 僕は誰よりも大きな返事をして、祭壇への階段を駆け上がった。


 僕はマックスのような力強さも、シャンテのような美しさもない。

 背は小さくて、ひ弱で力も弱いし、頭脳も容姿も人並みだ。


 しかし注目度においては、他のふたりを遙かに凌駕していると思う。


「おい、アイツが……! 『キスカ・シルヴァーリーフ』……!」


「今回入学したシルバーリーフ一族のなかで、いちばんの期待の星だそうだ!」


「ああ! 獣使いの才覚の判定では、測定不能レベルの結果だったらしいぞ!」


「ってことは、与えられるのは聖獣なのは間違いないな!」


「いやいや、ひょっとしたら神獣もあるかもしれんぞ!」


「マジかよ、そうしたらチャンプ様と並ぶ神獣使いになるってことか!」


「チャンプ様と同じ!? ああん、素敵っ!」


「決めた! 私、キスカ様のペットになる~っ!」


 新入生すべてから羨望のまなざしを集めながら、僕は白亜の女神像の右手を取った。


 女神像の左手に光が生まれると、さらなる熱い視線を感じる。

 他人の獣には興味のなさそうだったマックスとシャンテも、この時ばかりは僕に釘付けになっていた。


 そして何よりも、帝都会長……チャンプ兄さんが、僕を見てくれている。

 期待をありありと浮かべた眼差しで、前のめりになるほど夢中になって。


 みなの期待が最高潮にまで達したところで、女神像の光がやむ。

 女神の左手に握られていた触媒は、思いも寄らぬものだった。


「りゅ……リュックサックぅぅぅ~~~~っ!?」


 それも子供がするみたいな、丸っこくて派手なデザインのリュックサックだった。


 リュックサックの面には水晶玉を割って付けたような半球状の覗き窓がある。

 そこから中を覗いてみても、中はカラッポ。


 チャンプ兄さんは拍子抜けした様子だったが、僕を励ますように、玉座の上から声をかけてくれた。


「ふ……ふむ、リュックサックとは変わった触媒だな。

 だが今までにない触媒だということは、それだけ召喚される獣も、見たことがないほど強靱なものに違いない。

 我が弟、キスカよ! さあ、その偉大なる神獣をみなに見せつけ、ひれ伏させてやるのだ!」


「は、はい、兄さん!」


 僕は気を取り直し、リュックサックを手に取る。

 すると、頭の中に触媒の使い方が浮かび上がってきた。


 リュックサックの上蓋を開けて、中に手を突っ込んで、獣を取り出す……。


 ……取り出す? 取り出せるほどちっちゃい獣なの?

 まあいいや、ちっちゃいけどすごい獣なのかもしれない。


 僕は心の中で自分に言い聞かせながら、リュックサックの蓋を開け、中に手を入れてみた。

 中は暗闇でよく見えなかったけど、


 もふっ。


 とした毛の感触があった。

 それは温かくて、柔らかくて、もちもちの感触。


 強さとは程遠そうな要素ばかりだったけど、僕はくじけずにそれを引っ張りだしてみる。

 出てきたのは、実物でも図鑑でも、どこでも見かけたことがないような獣だった。


 白くて毛むくじゃらで、姿形はまるで小さなライオンのようだけど、子ライオンよりずっと小さい。

 僕の手の上で腹ばいになってるんだけど、なんだかしまりがなく、つきたてのおもちみたいにだらしなく垂れている。


 しかも初めて召喚されたというのに、その獣は僕の手のなかで、グッスリと寝ていた。


「な、なんだ、その、へんな獣は……!?」


 チャンプ兄さんが、唖然として言った。

 その言葉を合図とするかのように、水晶板に文字が現われる。


 『シュレディンガー・オブ・にゃんこ』 ランク:測定不能


 そして、驚愕が爆発した。


「にゃっ、にゃんこだとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 チャンプ兄さんは激昂、玉座から立ち上がり、ドスドスと祭壇まで降りてくる。


 僕は兄弟たちのなかで、いちばんチャンプ兄さんに可愛がられてきた。

 いままで僕を一度も叱ったことのない兄さんが、今は鬼のような形相で僕を睨み据えている。


 僕は心臓を掴まれたみたいに動けなくなってしまった。


「貴様っ! 『獣使いの才覚』が俺様と同じ測定不能だったから、今まで目をかけてやっていたが……。

 まさか低いほうの測定不能だったとはな! よくもこの俺様を、今まで騙してくれたなッ!」


「そんな、チャンプ兄さん!? 騙すだなんて、僕はそんな……!」


「馴れ馴れしく兄などと呼ぶなっ! にゃんこなどという、仔犬のように小さく弱々しい獣を持つ者など、俺様の弟である資格などないっ!」


 チャンプ兄さんは、貫くように僕に指をつきつけた。


「この、シルバーリーフ一族の恥さらしめっ! そのにゃんこを、今すぐ貴様の手で始末するのだッ!」


「そ、そんな……!? 与えられた召喚獣を殺したら、僕はもう……!」


「そうだ、貴様はなんの力もない、ただの下賤の者となるのだッ!

 さぁ、やれっ! みなの見ている前で、にゃんこをブチ殺すんだ!

 そして謝れっ! ゴミのような召喚獣を持って生まれて申し訳なかった、とな!

 そうすれば特別に、我が一族の荷物持ちとして飼ってやるッ!

 わかったら、さっさとしろっ! この俺様がしびれを切らして、貴様を追放する前にな!」


 チャンプ兄さんの剣幕はすさまじく、僕は首筋に斬首台の刃が食い込んでいるかのように、生きた心地がしなかった。


 で、でも……このにゃんこを殺せば、許してもらえる……!

 荷物持ちになっちゃうけど、召喚獣の名門である、シルバーリーフ一族にいられるんだ……!


 それに、断れば一族から追放なのであれば、もう迷うことなんて、なにも……!


 不意に、ゴロゴロと唸るような音が立ち上ってきて、僕はふと、にゃんこを見た。

 にゃんこはこんな時だというのに、まだ眠っている。


 それどころか僕の手の上から胸のあたりに移動しており、僕の胸をベッドにするみたいにすっかり身体を預け、さらなる深い眠りについているようだった。


 それはあまりにも小さく、か弱い。

 いまの僕とおんなじで、何かに頼って生きていかなければ、すぐに死んでしまいそうな生き物だった。


 ……この子は、僕がいなければ、ダメなんだっ……!


 僕はまるで、それが当たり前であるかのように叫んでいた。


「い……嫌だっ! いくら兄さんの頼みでも、にゃんこは殺さないっ……!

 僕は、僕は……! この子といっしょに生きていくって、決めたんだっ……!」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 魔獣よりも強く、聖獣より可愛く、神獣よりも万能なにゃんこちゃんの活躍が楽しみです。 実に可愛らしいですねぇ。
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