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転生勇者は世界を救わない!!!  作者: 白石 楓
第一章 「使命」
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1-6 真紅の防衛戦

「ん······?なんだ······?」


 外が騒がしい。体感夜中の三四時くらいだろうか。外からの異様な程のざわめき声が聞こえて思わず目を覚ます。

 覚醒状態にまでたどり着いていない脳を目覚めさせるために開口一番、ベットからゆっくりと起き上がり、そのまま流れるように台所へ。そしてコップで一杯、井戸の水を貯めてある小さな樽からすくい上げて勢いよく飲み干す。


「ん·····?」


 ふと見た窓。そこから入る光がやけに明るい。だがこの街にはそこまでの明るさを発するほどの光は存在しないはずだ。影がくっきりと出るほどの明かりがこの町に、この時間に、あるはずがないのだ。では一体何が·····。


「ってなッ·····なんだよ、これ·····。」


 赤い、赤い、赤い。

 真っ赤に染ったその街並みに、湊は動揺を隠せない。


 窓から写る景色。それは真っ赤に燃え上がる炎であった。炎は街中のあらゆるものを飲み込み、焼き尽くし、勢力を次々と拡大している。


「いや、なに啞然としてるんだ。こんなことしてる場合じゃない。火事だ。燃え広がる前にみんなを避難させないと·····!!」


 消化よりもまずは人命の優先。湊は最低限の品々を持って扉を開けようとするが、


 ――ガンッ!

 扉が外の何かに当たり鈍い打撃音が響く。きっと扉の外に何かが倒れているのだろう。そう悟った湊はそれごと押し上げるように体全体も使って勢いよく扉に体当たり。木製のドアに全力でぶち当たる。その結果、


「よしっ!あいたか!」


 木製のドアは見事に開錠。ついに外との世界へとつながる。

 これでやっと救命ができる。そう思い、足を走らせようとする。だが、現実はそう甘くはなかった。


「誰か助けてくれぇえ!誰かァァッ·····」


 助けを乞いながら逃げ惑う人々。あちこちから聞こえる断末魔の叫び。それらが聞こえた時にはもう遅く、その叫びを最後に、血塗られた人々はピタリと機能を停止する。

 人々を蹂躙するのはゴブリンの仲間。血塗られた斧が絶えず人々を襲う。これはただの火事ではない。やっとのことでこの場の状況を理解する。そう、これは·····。


「――うそ、だろ·····?」


 これは誰かによって放たれた火。意図的にどうなるかをわかっていて放たれた火だ。そしてこの街はいま·····。


「――襲撃されている。」


 突如襲ったゴブリンたちの群れ。湊はその惨劇を目の前にただ立ち尽くしていた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「――ガァァァア!!」


「これでも喰らえッ!!」


 斧を振りかざすゴブリンの頭に渾身の一発が小銃によってぶちかまされる。

 さすが射の勇者の力だ。狙った敵は確実に撃ち落とす。敵の位置把握もできるらしいが、あくまで生物がいるかいないかということに限るため味方か敵かの区別がつかない。故に今の人間ゴブリンごちゃまぜの状態ではあまり使い物にならない。


「――ガァァァアッ!」


「オラァっ!!」


 銃の引き金を引く。

 重い反動が体を襲うが、肝心の銃弾は敵の心臓へと命中。重い銃声が鳴り響くと共にその開けられた風穴から垂れるような出血を伴い死に至る。


 敵の数は明らかに多い。尋常ではない数だ。勇者とはいえ、囲まれたらひとたまりもない。故にいつ襲われてもいいよう、常にリロードを挟んで準備万端にしておく。


「あっ、師匠!」


「ん?おお湊やないか!くたばってはおらんかったか!」


「はい!この銃でなんとかっ。」


 混沌に支配された街。その中で遭遇したるは射の勇者の力しか持っていない自分を拾ってくれた上に雇ってくれた恩人かつ我が猟師の師匠だ。

 小さい体つきだが腕周りは筋肉質。かなり親しみやすく面倒見のいい性格と禿げかかった頭から、親しみを込めて周りのみんなからは別名禿げ親父と呼ばれている。もちろんそれで気分を悪くしたりなどはない。


「この周辺にいた若いもんは大体救ったんだが、何せ敵の数が多くて厄介だ。かなり時間と体力を使う。」


「はい、それは体感しています……。っていうか師匠のそれって伝説じゃなかったんですね。」


「えぇ?あぁ、まぁな。若い頃はもっと余裕でもてたんだがな。」


 師匠の伝説。

 それは本来ならば両手で持つ銃を片手に一本ずつ携え、狙った獲物はほぼうち漏らすこともなく、過去には優れた傭兵としてテロリストや襲撃などを蹂躙していたという伝説である。また、一発で百人を殺すほどの強さがあったことから「一発百中の男」という言葉があてられたという噂もあるくらいだ。

 しかし時が経つにつれてその出来事は伝説と化し、今や師匠が語る武勇伝は全てホラであるとまで言われてしまっていたが、


「――本当にいたんだ。一発百中の男は……。」


「その称号、懐かしいな。だが今や筋肉も技術も落ちちまって、もはや過去の栄光よ。ほら、一本やるから持っていけ。そんなボロ製品よりもこっちの方がいいだろう。」


 そう言われ新しい型の小銃を一本頂く。

 射の勇者であればどの銃を使っても狙えば当たるためにあまり種類は関係ないが、入る弾丸の数や威力、射程距離は銃によって変わるので新しい型の方が断然扱いやすい。


「こんな新しいものいいんですか!」


「あぁ、構わん構わん。若いもんには新しいもんが似合う。そういうじゃろ?」


 この世界のことわざなのかわからないが、とりあえず納得したかのように首を軽く縦に振る。


「まだ街の中心部は被害にあっとらんが、ここから先の外側は壊滅的だ。ほれ、あそこを見てもわかる通りで火の手がかなりまわっている。入ることも逃げることも不可能。もうくたばったかもしれんのう。」


 師匠が指さしたその先。見える限りの住宅が炎によって包まれている。もはや炎と煙で道が見えないくらいだ。


「そうですか。ここから先の外側は……。ってえっ·····?師匠待ってください。今なんて言いましたか?どこから襲撃が·····。」


「老人にあまり長く話させるなよ若造。襲撃があったのは街の外からで、今指さしたあちら側からだ。火の手が上がっていてあまりよく見えんがのう。」


 師匠が指を指したその先。そこの景色にはとても見覚えがあった。猟師の仕事から疲れて帰った道。そこから寄り道をして小さな喫茶店を見つけた道。喫茶店から自分の家まで早く帰れる一本道。間違いない。


「このままではまずい!師匠!俺、その先に行ってきます!」


「――おい待て!」


 急ごうとする湊と腕を咄嗟に掴む師匠。その掴む腕は力強く、そして震えていた。


「お前死ぬ気か!言っただろう!ここから先は逃げることも先へ進むこともままならない!お前さんが今することは自殺と同じことなんだぞ!分かって·····」


「分かっていますよそんなの!!」


「――ッ!?」


「分かっています!この先が危ないことだって自殺行為だってことくらい·····。でも俺は救いたい人がいるんです。あの先に大事な人がいるんです。やっとできたんです、幸せと思えることが。だから今手放す訳にはいかない!」


「ぐっ·····」


 あの先にはあの喫茶店がある。優しく対応してくれて、いつも娘と仲良くしてくれてありがとうと感謝を伝えてくれるお母さん。何を話していても楽しくてワクワクして、そして念願の末叶った彼女。あの場所は、あの人たちは自分が初めて大切だと思った場所。大切な人たちなんだ。だから·····


「――分かった。」


 その悔しさ混じりの声と共に師匠は力強く掴んでいた手を離す。


「お前の気持ちはわかった。だがひとつ忘れるなよ。お前が死んだら悲しむ人がいる。だから絶対に死ぬんじゃねぇ。いいか?」


「·····はい。分かりました。必ずや戻ってきます。」


 誰も死なせるものか。

 大切な人も場所も、何もかもを守る。誰も失うことなく平和な日常をまたみんなで過ごすんだ。


「――行ってきます。」


 その言葉を最後に炎が燃え盛る街へと駆け始める。


「必ず帰ってこいよ、若造。」


 その背中を見送りながら、師匠はぽつりとそう呟いた。

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