1-5 銀色の指輪
かれこれ歩いて約10分ほど経ち、それほど遠くない湊の家の前へとたどり着いた。
「えっと、玄関はこっちかな。」
もうとっくに陽が落ちて、あたりを闇が包み込む。暗闇を照らすのは街の中心部に点々とある街灯と住宅から漏れる光のみ。そんな真っ暗闇の中、スミは足元に気を使いながら手探りで玄関であろう場所へと移る。すると、
「あれ、玄関少し空いてる·····?」
よくみると玄関の扉の隙間から微かに光が漏れている。
この街は割と治安がいい方とはいえ、亜人大戦から悪行を行うものがかなり増えてきている。空き巣などの被害も多数ある中、扉を開けっ放しにするのはあまりに危険な行為だ。
「もう、ほんとに抜けてるんだから。注意してあげないと!」
そう思って扉に手を掛けようとしたその時だった。
「やはり少年くんは王都に来る気はないのかい?」
誰かとの話し声が聞こえる。どうやら湊と誰かが話し合っているようだ。ここは一旦間が悪かったということでまた出直すのが吉と見える。ならば明日また……。
「――せっかくの射の勇者なのに、もったいない。」
「――ッ!?」
スミは突然の衝撃に驚きを隠せず、思わず口を手で覆い隠す。
射の勇者·····?
なぜ湊との話し合いで勇者の話が出るのか。だって湊はこの街で働く猟師のはずで、ただの一般人で私の·····
「――いえ、俺はあくまで平和な生活を望んでいるんです。もうすぐでそれが手に入りそうなんです。だからたとえ何度この場に来ようと結果は同じです。」
「ふむ……。そうですか。わかりました。では潔く立ち去ると致しましょう。多分もう来ることは無いと思いますが·····。」
「お分かり頂けて何よりです、団長。」
玄関に近づく足跡に、思わず扉から離れて隠れるスミ。そのすぐ後に容姿端麗の男性が玄関から現れる。
「では達者でね少年くん。幸せな生活が送れることを願っていますよ。」
「願われるも何も、必ずや幸せを掴んでみせるさ。そちらこそ達者で、」
そう言って玄関前で別れる二人。団長の背中を見届けたあと、湊はすぐさま家の中へと入り扉を強く閉める。
「ふぅ·····。」
一気に緊張が解けて安堵のため息をつく。
盗み聞きみたいになってしまったのは少し悪い気がするが、おかげで驚くべきことをしれた。いや、本来ならば知ってはいけなかったのかもしれない。
「射の勇者。」
湊は射の勇者だった。
前の射の勇者は亜人大戦によって亡くなったとされており、その後継承者は行方を眩ませていた。しかしまさかこんな身近なところに射の勇者がいるとは思わなかった。そして何より自分の彼氏が·····。
「あー色々考えていたら頭痛い。もう今日は帰ろう。」
今日は色々とありすぎて脳のキャパを超えてしまっている。それにあんな話を聞いたあとで普通に湊と話せる自信が無い。探しているような様子もなかったし、きっと大丈夫だと言い聞かせて歩みを進める。
「まぁいつかは聞かせてくれるよね。その時になったらまた話そう。」
勇者を隠しているのにはそれ相応の理由があるはずだ。ならば湊を信じてそのいつかを待とう。そう思いながら真っ暗な道のりをひたすら歩いた。