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転生勇者は世界を救わない!!!  作者: 白石 楓
第一章 「使命」
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1-4 平和な日常

 あれから約二ヶ月が経った。

 時間というものは早いものですぐに時が経つ。光陰矢の如しとはこの事だ。


 最近は射の勇者の能力を活かして狩人として働き、お金と食料に関してはだいぶ安定した。もちろん、左手は包帯を巻いて勇者と周りに知られぬように行動をしている。

 そして働いた後に必ず通う行きつけの喫茶店が出来た。この店は母とその娘のふたりで経営している小さなお店だが、そこのコーヒーが絶妙な苦味で美味しい。昔はコーヒーなど飲めはしなかったが、飲み続けているうちに舌が慣れた。そしてこの店に通う理由はもう一つ、


「いらっしゃいま……。あー!またきたんですね湊さん!」


「どうもどうも、ご無沙汰してます。今日も仕事終わりの至福の一杯馳走されに来ました。」


「ふふっ、お待ちしていましたよ。ではいつものブレンドお持ちいたしますね!少々お待ちください!」


 何よりこの看板娘が可愛い。年齢は同等か少し上ぐらいかという感じだとは思うが、所々の仕草も声も可愛いし、何よりこの茶髪のロングヘアーがより美しさを際立たせる。これぞ理想の、アニメカワボヒロイン正統清楚キャラって感じだ。


「はいどうぞー!いつもお仕事ご苦労様です!」


「いやいや、全然まだ余裕ですよ。腕がいいんでね!」


「またまたぁ!調子に乗ってるとバチ当たりますよ?」


「そうですかねぇ?ふっ、そしたらまた癒されにこの場所に来ますよ。」


「あ、あははははっ……。」


 はいもう幸せ。

 これだよこれ。俺が過去に描いていた理想像はこれだ。そこそこの生活をしながら平和に暮らし、その中で小さな幸せを見つけていく。これが追い求めていた理想の形なんだ。


「そういえば、なんでスミさんってロングヘアーなんですか?やっぱり好きで髪伸ばしてるんですか?」


「ううん違うの。うちのお母さんがね、あなたの髪は綺麗なんだからいつか経営不振に陥ったらその伸ばした髪を切って売りなさいって言うもんだから。」


「へ、へぇそうなんですね。」


 人の髪が売れるなんて初めて知った。

 一体何に使うんだろう。まさかウィッグとかそういうのに使うのだろうか。いやでもこの時代にウィッグなんてあるわけないし、では果たしてどこに·····?


「私もひとつ質問してもよろしいですか?」


「え、えぇなんでも構いませんよ。」


「ではお言葉に甘えて。えっと、その·····。」


 何やらソワソワし始めるスミ。思うように言葉が出ず、ただただ時間がその場を流れる。


「その、湊さんってお付き合いされてる方っていますか?」


「――ッ!?」


 いきなり予想だにしていない質問が耳に飛び込み大きく驚く。その際、飲んでいたコーヒーが喉元のどこかに入り、それが咳を引き起こす。


「ゲホッゲホッ」


「だ、大丈夫ですか!今何か·····」


「あぁいや大丈夫。もう治るから気にしないで」


 そう言って二三回大きな咳をしたあとようやく収まる。その間に出来た変な空気感を変えようとコーヒーを再び一口飲み、本題へとはいる。


「付き合っている人はいませんけど、どうしてそんなこと、」


 付き合っている人はいない(今まで一人も)という言葉が続くがそこは言わない。


「えーっとですね、その非常にお恥ずかしいのですが·····。」


 思わず目線を逸らしてしまうスミ。そのまましばらくの間が空いた後、決心をしたかのようにスミは口を開く。


「もしよろしければ、私と、付き合って頂けませんか?」


「·····。」


 ええええええええええええ!!

 外では冷静を装っているが、もう心の中でバックバクだ。まさか相手から来るとは思わなかった。いやそれどころか相手がこちらに好意を抱いていたことも驚きだ。

 いやしかしここはあくまで冷静で紳士にイケボに対応して、


「·····ヨロコンデエッ、オウケイタシマッス」


 と、元の世界の住人が聞いたら引くレベルの誇張イケボを炸裂。ラストには渾身のキメ顔付きというハッピーセットだ。そしてそれを聞いたスミは――


「えっ本当ですか!ありがとうございます!」


 キモがられることもなく、そのまま歓喜に湧く。もしかしたらカッコをつけすぎて逆にキモがられるというやらかしをしてしまったのではと一瞬頭をよぎったが、どうやら大丈夫だったようだ。

 一方、そんなスミはよほど嬉しかったのだろうか。勢いのまま空いた湊の左手を両手で掴み、つかの間の喜びを表現する。が、


「あっあぁすみません!つい·····。」


 包帯が巻かれた左手。その左手に自分が思わず両手で掴んでいるという状況を後から理解し、スミは咄嗟に湊の左手から手を離す。


「やっぱり左手の包帯、気になりますか?」


「えぇ、まぁちょっとだけ。気になるといいますかなんといいますか·····。」


 まぁそれはそうだろう。何せ包帯を巻かれた左手なんて不自然だ。故に人々は勝手に病気だとかで解釈をしてあまり触ったり話題に触れたりなどはしてこない。

 大きな喫茶店などに行かないのもこれが一つの理由となっている。周りの視線がこの包帯に集まる。まるで軽蔑をするかのような目。その感覚が昔からずっと嫌いだ。


「実は左手を昔大火傷したことがあって、その傷があまりにも痛々しいから見せないように包帯をっていう感じにしてるんだけど·····」


「そういうことだったんですか……。えっ、でもそれじゃあさっきのは痛かったですよね!?すみません!何も分かってなくて!」


「あー!いえいえ全然大丈夫です!もう感覚があまりありませんから!もはや痛みなどもあまり感じません!だから、安心してください。」


 と嘘を何食わぬ顔で並べに並べる。

 本当は愛しのスミさんには嘘をつきたくは無い。本当のことを打ち明けてもきっと引いたり周りに言いふらしたりはしないだろう。そう思うくらい信頼もしているしとても愛している。けれども、


「――ッ」


 この左手を見せてしまえば全てが崩れさるかもしれない。勇者だということが分かってしまえばこの街にいられるかすらも分からない。だから今は嘘をつくしかないんだ。


「……コーヒーぬるくなっちゃいましたね。」


「え、あぁそうですね。では今日はもう遅いですしここまでにします。また暇な時があれば会いましょう。今度はお店ではなくて、ふたりで·····。」


「はい!ぜひ楽しみにしています!」


 屈託のない笑顔。この笑顔を見る度に、本当は元の世界で生きていた方がマシだったのではないかと揺らぐ心を振り叩いてくれる。異世界感謝。異世界万歳。


「はい、これちょうどです。ではまた。」


「あっはい!あ、ありがとうございました!」


 湊はそう言いながら丁度の料金をカウンターに置き、そのまま銃を携えて喫茶店から出る。

 スミはその姿を見送りながらも深々と頭を下げ、告白を成功させたという喜びと達成感をぎゅっと噛み締める。


「……やった。」


 憧れの湊とのお付き合い。振られたらどうしようなどという恐怖も心のどこかにはあったが、やはり自ら行動を起こしていて良かったのだと実感する。


「さぁてと!そろそろ片付けをしますか!」


 そう言いながら物置から綺麗な雑巾を取り出して清掃を始める。いつもは綺麗になったかな程度で済ます清掃だが今回は上機嫌のため、床から椅子、テーブルへと入念に清掃をしていく。すると――


「あれ、これって·····。」


 スミの目の前。テーブルのその上に、何やら光を反射しながら輝くなにかを発見する。スミはその正体を確かめるべくゆっくりと近寄ると、そこには繊細に彫刻が施された銀色のリングが存在していた。


「えーっと、確かこの指輪って湊さんの指輪じゃなかったっけ。」


 いつも指にはつけていないが大切に持ち歩いている銀色の指輪。このリングの正体が何かはさっぱり分からないが、あれほど大切に持ち歩いているのだからきっと大事なものに違いない。もしかしたら無くなって、今頃血眼になって探しているかもしれない。ならば早く届けなければ……!!


「うん!急げ私!時間は待ってはくれないぞー!」


 そうと決まれば即行動。雑巾をテーブルの上に置いて店を後にし、湊の元へと一直線で走っていった。

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