1-3 射の勇者
「な·····なんだと·····。」
言葉が出ない。
自分がその勇者の継承者。つまりはこの世界の均衡を保つ希望ということだ。
「射の勇者。それは射撃を得意とする者。曰く、弓矢や銃などの射撃武器を携え百発百中の能力を持つ。曰く、直径2キロ圏内の生物ならば位置を判定できる鷹の目を持つ。曰く、伝説の武器である《《アトマライト》》を携え無尽蔵の砲弾を浴びせる。」
「それが·····射の勇者。」
「そうだ。まぁ射撃の武器を持たなければただのデカブツに過ぎないがな!ガッハッハッ!」
大声で笑うウラシル。
しかしこれが事実ならかなり強いスペックだ。要するに直径二キロ以内の敵は位置把握ができ、遠距離型が苦手とする近距離戦になる前に潰せる。そして銃の射程ないであれば百発百中。笑い事じゃない。
「そういうことだよ。そして継承者として発見されたのは君が初めて。きっと火の勇者も喜ぶよ。ぜひ王都へときていただきたい。」
団長は優しく湊に提案を持ちかける。
亜人大戦が続く中、王都に入るということはすなわち均衡を保つために戦うという表明ということになる。射の勇者として自分の役割を全うする。第二の人生としては魅力的な生き方だと思う。しかし、
「もし、俺が行きたくないと言ったらどうする。」
「――なッ!世界は均衡を失っているんだぞ!それを知っていながらお前·····!!」
「まぁ待てウラシル。なぜそう思ったのか理由だけ聞かせてくれないかな?」
いつにしても冷静さを失わない団長。湊が行きたくないという意思に対して疑問の声をなげかける。
確かに勇者として世界を救うことは魅力的なことだと思う。ラノベなどではそういうストーリーに憧れるし、自分にも何か能力が有ればと思ったことは何度もあった。だが、
「――俺は平和に過ごしたいんだ。」
「ほう?」
「自分の好きなことをして平和に過ごして、俺は人生そう生きたかったんだ。だから勇者としてこの世界を救うことはしたくない。自分のしたくないことはしない。」
言った。世界を救うことはしたくないとはっきり言った。
「お前·····それでも勇者か!頭狂ったか!神はなんでこんなダメなやつを勇者の継承者にしたんだ!こんな奴がやるなら俺や団長の方がよっぽど·····。」
「いいやウラシル。それもまた自由な選択だよ。」
「·····は?」
「勇者とて自由はある。この少年も勇者になりたくてなったわけじゃない。世界を救わないという選択肢ももちろんあるはずだ。ほら、現に四人も勇者は集まらなかったじゃないか。先輩方がそうなのに、この子だけに願いを押し付けるのはあまりに残酷だよ。」
「ううむ。ですが、」
腕を組み、大きく不服を表すウラシル。
ウラシルはかなりの真面目だ。真面目な熱血系からしたらこの逃げとも取れる選択を良しとは思わないだろう。しかし団長は物分かりがいい。そう、勇者にしたのはあくまでも神。自分がなりたくてなったわけじゃないし、やりたくないことをする必要もないんだ。
「わかりました。では王都には何もなかったとあえて報告しましょう。あと、少年くんはどうやら見ている限り住むところがないようなのでここを使っても構いません。」
「えっいいんですか?」
「はい、大丈夫です。もうこの街には来ないと思いますので。この街で平和に暮らしていただければと思います。おっと、そろそろ時間が·····。」
団長は腕時計を確認してから席を立ち上がる。どうやらこの様子だとこの街を出ていくらしい。
「それと一応ここに小銃を置いておきます。結構古めの銃ですが、よかったら護衛用にお使いください。あとは左手の甲のことなのですが、世の中では最近勇者に対するヘイトが強まってきています。ですので包帯か何かで隠すことをお勧めいたします。」
「あ、ありがとうございます。」
銃を一丁と警告を一つ貰い受ける。物分かりが良くて、さらには気の使えるとは恐ろしい程のイケメンだ。心の中も勝ち組なのだろうかと疑問も生まれるくらいだ。
「では我々は支度が終わりましたのでこれにて失礼。また何かあれば我々はいつでも王都で待っていますので。」
「ふんっ!まぁせいぜい頑張るんだなクソ野郎。」
ウラシルはそう言いながらブーイングを湊に対して向ける。この世界のブーイングも同じ意味ならばそういうことなんだろうけれども、まぁそれほどの事を言ってしまったのだから仕方がないのかも知れない。
「·····あっすみません団長さん!」
「はい?まだ何か?」
扉を閉める寸前、ベットから飛び降りて何かを思い出したかのように団長を引き止める。湊が引き止めた理由、それは――
「名前を、教えてくれませんか?」
「おや、どうやらまだ名前を教えてはいませんでしたね。私の名前はカーボン・ウィルソン。まぁ団長と呼んでくれればいいですよ。少年くんの名前は?」
「お、俺の名前は湊です!朝倉湊!」
「ミナトくんか。いい名前ですね。ではまた会う機会があればお会いしましょう。それでは。」
軋む音と共に扉が閉まる。
「さて、と。」
とりあえず住む場所と銃と少しばかりの家にある備蓄は頂いた。しかしまだやらなければならないことは沢山ある。服も着せ替えさせられた今の軽い服と制服のふたつだけでは困るし、お金も多少置いていってくれたがどれだけ持つか分からない。最悪働く必要も出てくるだろう。
「さぁここからが勝負だ!」
射の勇者、朝倉湊。
現実を捨てて異世界転生。第二の人生が今ここから始まった。