2-6 遠征エルフの森
勇者解放。それは、国王から直々に任命された使命であった。
この国のどこかに存在しているとされる十二人の勇者の力。崩れた今の世界をもとに戻すためには、それらの力をもう一度集めなければならない。だが、国王と火の勇者は国防で手が塞がっている。そこで、新たに発見された射の勇者のご登場ってわけだ。
「それで、これは今どこに向かっているのかしら?」
射の勇者こと朝倉ミナトと、それについていくこととなった第二皇女であるテレシン。そして執事であるじぃやの三人を乗せた馬車はとある場所を目指して旅をしていた。
「ねぇ?もう目的地もわからず何時間もの間揺られているだけなんですけれども、そろそろ教えてくれないかしら?」
素性がバレぬようにフード付きのコートを被ったテレシンが何度も目的地を問いかける。だがミナトは一向に聞く耳すら持たず、自分の持つ銃たちの手入れをしている。
英雄祭式典の際に王から賜った一等級武器である狙撃銃、ルナイーグル。この世界には二級武器、一級武器、さらにその上にはこの世界に一つしかないといわれている神器というランクがあるが、ただでこの一級品をもらえたのだから王には感謝しかない。
それに王からこの遠征にあたって支給されたお金で買った二等級武器、二丁拳銃ドラゴンアージ。これは近接戦闘に弱い射の勇者の能力を補うために買った武器なのだが、やはり二等級ということもあり性能はかなり良く、いまでは腰に巻き付けたガンベルトへ常に装着するほど気に入っている。それとあともう一つだけ王から賜ったものもあるが、それはまだ秘密事項だ。
「ねぇ聞いてるの!いい加減教えないと怒るわよ!」
「まぁまぁそう怒らないの。ほら、もう街が見えてきたよ。あれを見てみろテレシン姫。」
「えぇっ?見えてきたってもう……ってあれは!!」
指をさすミナト。その光景に驚くテレシン。そう、三人が向かっていた先は――
「マリオナ……!!」
そう、そこはエルフの森に一番近い町であるマリオナであった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
場所は移り、マリオナ町中にある宿屋。そこで三人は馬車での長旅でできた疲れを取るためにしばしの休息を取っていた。
「ふぅ·····やはりこの長旅はさすがに老骨には答えますなぁ。しばらくベッドで横にならさせて頂いてもよろしいですかな?」
「えぇ、大丈夫ですよ。」
「勇者様、ありがとうございます。よっこらせっと。」
そう言うとじぃやはすぐさまふかふかなベットの上へと横たわる。
もうそろそろで日が沈む頃。朝からここまで長旅をしてきたのだから疲れがたまるのも無理はない。
「全く、私の護衛を務めていながら情けないわね。それで、なんでマリオナなんて町に立ち寄ったのよ。まさかエルフの森に立ち寄ろうなんて思ってないわよね?」
テレシンは大量の荷物を床に置きながら言葉を放つ。
小さな町のすぐ横には巨大樹が多くそびえ立つエルフの森。かつてはエルフ民族と人類との貿易でこの町は大きく栄えたこともあったが、ある事件を境にめっきりと人がいなくなってしまった。そんな町だ。
「なんだ?もしかして、エルフの森失踪事件がそんなに怖いのか?」
「べっ、別に怖くなんてないわ!むしろ私が森に入って調査したいくらいよ!」
「おぉー!それは頼もしいな。これから森に入ろうと思っていたから頼りにしてるぞー!」
「え……もしかしてそれ冗談じゃなくて本当に言ってるの?だとしたらとんだ自殺行為よ。いい?知らなかったら迷惑だから仕方がなく教えてあげるわ。エルフの森失踪事件とは――」
エルフの森失踪事件。それはエルフの森に入ったものは最後、出てくることは無いというものである。
かつて人間とエルフ民族は共存する者として
苦楽を共にし、そして人生を添い遂げていくほどの仲を築き上げていた。しかしその仲は亜人大戦によって脆くも破られた。
その後、人類は何とか国を生存させることには成功したものの、街からはエルフの姿がめっきりと消えてしまったのである。それを不安に思った王家は全エルフの故郷である森へと使者を飛ばして情勢を探ろうとした。しかしその森から帰ってくる使者はいなかった。さらにそれだけではなく、エルフの森に入った一般人までもが行方知らずとなって、やがてエルフの森は危険な場所だとして誰も立ち入らなくなった。
「······いい?これがエルフの森失踪事件。森の中には立ち入れないから原因も分からずじまい。エルフたちが今どうしているのかすらもわからない状態だわ。その危険性を知ってもなお行こうと言うわけ?」
テレシンがそうミナトに問いかける。しかしその説明を聞いてもなおミナトの顔は変わることもなく、
「あぁ、森へと入る。」
その一点張り。
その頑固さと決意を決めた表情を見て、テレシンはミナトに再び質問を交わす。
「まさか、ここにあなたの言っていた勇者解放の目標があるわけ?」
「·····あぁそうだ。水の勇者、レミ。ここにそいつは眠っている。」
亜人大戦によって散り散りとなった者の一人、水の勇者レミ。
火の勇者によれば散り散りとなった水の勇者はエルフの森へと籠り、もう一人の氷の勇者は氷山の奥で眠り続けているらしい。そして射の勇者である自分はその水の勇者を起こしにやってきたのである。
「だけど危険すぎるわ!何があるか分からない!一度ここは帝国軍も引連れて·····」
「テレシン姫がいる限り帝国軍は持って来れないだろ。それに軍は今の領土を支えるので精一杯だ。大群を率いられるほど余力はない。」
「そ、そうだけど·····。」
咄嗟に思いついた策を完膚なきまでに論破される。そしてあとには何も言うことができずに言葉が詰まり、思わず下を向いてしまう。それを見たミナトは追い打ちをかけるように言葉を放つ。
「俺は勇者を全員解放しなくてはならない。だからどんな苦行だとしても俺は前へと進む。だがこの先はとてつもなく危険だ。命を落としかねない。」
「だから·····!!」
「――だから、テレシン姫とじぃやには俺が戻るまでこの宿にいてもらう。同行できるのはここまでだ。」
「·····っ!そんなの私たち何もできないじゃない!それじゃそばにいるどころか祈りの加護さえ発動できないわ。そんなんじゃ·····。」
「いや、約束だ。危険な場所に行く時は同行を拒否する。それはきちんと守ってもらう。俺は君たちを守れる自信は到底ない。そして君たちが危険な目にあうのも見たくはない。だからこの宿にいてくれ·····」
「っ·····。」
何も言い返せない。目も合わせられない。
きっと何を言ったとしても無駄なのだろう。これ以上先には行かせられない、自分はこの先に行かなくてはならない。きっと自分が何を言ってもその思いは変えられない。だから、その条件を飲むしかない。
「くっ。わかっ·····」
「――ちょっとだけ失礼しても宜しいかな?」
二人が話し合う間に突然ひょこっとじぃやが割って入る。当然、寝ていたと思っていたので二人は驚きの表情を隠せずにいる。
「おや、驚かせて申し訳ございません。ですがひとつだけ勇者様に申し上げたいことがあるのですがよろしいですか?」
「え?いいですよ。」
「そうですか。では恐れながら失礼致します。確かにこの先は危険です。当然命の保証があるとは限りません。ですが、そのための私です。姫を守る。命の保証を付ける。それが私の役目なのです。どうかここはわたくしめと姫様を信用しては頂けませぬか?」
「ううむ·····。ですが·····。」
「姫様はエルフへの知識やこの森への知識、その他にもたくさんの知識を身につけておいでです。姫様をそばに置くことで勇者解放もしやすくなるのではないでしょうか?」
エルフの知識。確かに、その面に関してはとてもこれからの場では役に立つだろう。しかし、自分の行いでみんなを危険な目に合わせるというのは果たして·····
「――それに我々は既に覚悟を決めております。貴方様について行かなければ今頃は王家か他派閥に捕らえられて殺されているか、食いっぱぐれて殺されているかのどちらかでした。実は貴方様が気付かぬうちに我々は恩義を感じているのです。そうですよね?姫様。」
「え、えぇそうよ!私達も救ってくれたあなたの力になりたいと思ってこの場にいるの。だからお願い。私たちに手助けをさせてください。」
そう言って二人はミナトに向かって頭を下げる。どこかぎこちなささが残る不慣れな謝り方。その姿を見たミナトの表情には微かな笑みが溢れ――
「もう分かったよ!その代わり、どうなっても知らないからな!」
「えっ!?本当にいいの?私たちがついて行っても。」
「あぁいいよ!何度も言わせるな!そうと決まったら明日の準備だ!ほらさっさとしたした!」
「やったぁ!」
その言葉を聞いて全身で喜びを表す姫。その姿を見てじぃやも安堵の表情。その後にじぃやはミナトに視線を合わせてすかさず会釈で小さな礼を示す。
エルフの森に眠るという水の勇者の解放。三人はその目標に向けて一歩ずつ前を歩き出した。