2-3 王国の果て①
「とりあえず、ワレに話すことが山ほどある。まずはそれを聞いてもらおうか。」
仁王立ちをしながら大声で言葉を放つ火の勇者。その堂々たる姿にミナトは思わず固唾を飲む。
その立ち姿もそうだが言い回しや見た目など、もう現世のヤクザ役として映画に出ていても何ら不思議ではないほどの強面だ。特に怖いのはこちらに向けられるナイフのような鋭い目つき。きっと夜中に街を出歩いていたら即警察の職質にあってもおかしくないレベルで怖い。
そして、そんな強面の火の勇者からお話があるときた。しかもそれが山ほど。一体どんな話をされるのであろうか·····。
「え、えっとーお話というのはどう言った·····」
「おっと!本題に入る前に、まずはこの場に来てくれたことに感謝を申し上げなければならない。おおきに。」
「えっ。あぁ、いえいえこちらこそ!こんな自分を招いていただきこちらこそ感謝です。」
突然の感謝に動揺しつつも、咄嗟に感謝返しを行うミナト。
てっきりロジウムの話からして初っ端からやばい話をぶっ込んできてもおかしくないなと思って身構えていたのだが、先に感謝の言葉が来るとは思わず少し動揺をしてしまった。
しかしながら、先に感謝の言葉が来るあたりからしてどうやらそこまで話が出来ないほどではないらしい。ロジウムの話を聞いて、そんな野蛮なやつと理解し合えるのかと不安であったが、これならきっとわかり合うことも·····
「しかぁぁあし!今更になってノコノコとやって来た上に、式典で言いたいこと言いまくりおってどういうことやねん!!あぁん!?」
「ひぃえええ!」
やっぱり無理だった。怖かった。鬼の形相とはまさにこのこと。身の毛がよだつ程の恐怖心を一瞬にして植え付けられる。さらに関西弁も相まってか、余計に口調が強い。怖い。
「わいはオノレに何度も使いを送ったよな?それやのにそのみなを断って、ここにくるのを拒んだ。せやのに今更になって故郷をおわれたからたすけてぇーなんて、そんな虫のいい話あるか!アホ!」
「えっ?何度も使いを·····?」
「あぁそうや!とぼけても無駄やで!!」
その言葉に過去二ヶ月の訪問履歴を記憶の中で振り返ってみる。
確かにあの二ヶ月間、勧告をしてきていたのは団長だけではなかった。名も知らない変な足軽みたいな奴が王都に向かうようにと何度も勧告しに来ていた。しかし、自分の存在を知り得るものは団長以外いないし、自分の存在を隠しておくとも言われていたため、てっきり団長系統の足軽かと思っていたのだが、
「·····。」
「なんだいこちらを睨んで·····。あぁ、その事かい?確かにみんなにはきちんと何もないって話したんだけどね?だけど·····」
「――わいには全部お見通しや。今のこの国の領地はみなわいの庭同然。どれだけあんばいよう隠そなとも、全部丸見えなんやで。」
「まじかよ·····。」
その言葉に絶句するミナト。射の勇者のことなど団長とウラシルのみにしか話していないはずなのに、その話ですらもあの男の手に渡ってしまうと言うのだろうか。何と恐ろしい。
「その上、この国の情勢も愚か我が国の歴史まで知らへんとは、ほんまに君は勇者なのか?」
「そこまでお見通しなのか·····。」
「そんなん当たり前や。せやからわいが直々にワイにこの国について教えたるから、耳かっぽじって聞き。もちろん、知っとるオノレらもやで!」
「「かしこまりました!!」」
一斉に了解の声が飛び交う式典場。そもそももうこれは式典と言えるのだろうか。というか式典って何を指すのだろうか。もうわからない。
それに火の勇者の態度もだ。きつい態度を見せたと思ったら今度は手のひら返して優しく接してくる。ギャップがありすぎて萌えるどころか困惑する。調子が狂う。
「ほなまずはこの国の状況について話すさかいによぉ聞き。」
その後に火の勇者は一つ咳払いをして、
「知っての通り、この国は亜人大戦で敗北を期した。そのせいで勇者たちは散り散りになり、国の基盤も崩れた。ここまではええか?」
「あぁ、そこまでは知ってる。」
「ほんでこの国は亜人共の勢いに押され、一時は滅亡の一歩手前まで追い詰められてん。せやけど、そこから現国王と生き残った唯一の勇者であるわいの力によって手が届く範囲は今まで死守をしてきとる。まぁ国の現状はそんな感じやで。」
なるほど。要するに、滅亡まで追い込まれた人類は現国王と火の勇者によって手の届く範囲は守られた。そして今現在もそのギリギリの均衡を保っている。そんなところか·····。
「ところが最近は今までの損害が仇となってな、塵も積もれば山となるっちゅーけど騎士の数がめっちゃ減ってきとる。騎士さんが減れば当然領地を守りにくくなる。ぎょうさんの情報網を引いて常に敵の動きに目を光らせとるけど、最近は少し押され気味やな。」
だから射の勇者の情報が漏れたのかとここで納得をする。どこかの本に戦は常に情報戦だという言葉が書いてあったがまさにそれだ。敵味方関わらず情報を早く多く勝ち取った方が優位に動ける。そう、射の勇者の情報を掴まれた今回みたいに·····。
「――勇者の力は騎士の千人万人にも劣らない力を持つ。せやからずっとずっと王都に来るように言っとったのに、オノレは断り続けおった。全く、そこの騎士団長の言う通りやで!オノレのせいで領地が取られた。オノレがいれば戦力は増えて士気も高まって、一体どれだけのものが守れたか······わかっとんかオンドレ!あぁん!?」
「くっ······。」
悔しいが何も言い返せない。確かに役割を放棄したのは自分で、力があったにも関わらずそれを行使せず惰眠を貪っていたのも自分だ。やはりあの日、選択肢を間違えてしまった。あの時に王都に向かっていればきっと今頃は全てが丸く収まった。なのに、自らの欲望のまま動いたせいで、みんなを······。
「――もうそのくらいにしたらどうだ、火の勇者よ。」
「――ッ!?そ、その声はっ······!」
「「国王様!!!」」
突如三階から響き渡る、堂々とした張りのある声。その正体は他の誰でもない。この国を仕切っている唯一無二の存在、現国王であった。
「確かに射の勇者も悪かったかも知れぬ。だが、射の勇者も故郷を焼かれ、心中乱れておるのだ。己でも過去の行動に思うことはあるだろう。だから責めるのはそこまでにしてはくれぬか。」
「国王様······。ははっ!この火の勇者一生の不覚!御下知、承りましてにございます!」
その国王の言葉に火の勇者は片膝を床につけてひざまずく。
噂には聞いていた国王の存在。今その姿がその目に映る。
年齢は40代くらいであろうか。体は大きく骨格もガッチリとしていて、その体格から王の貫禄というものを知ることができる。また王は整えられた真っ白で立派な髭を生やしており、そこからも大きな威厳を感じ取れる。髭は男の威厳を示すともいわれているが、今ならその言葉に深く頷ける。
「して、射の勇者よ。」
「は、はい!」
「此度は我が国へと助太刀をしてくれること、深く感謝を申し上げる。先程の説明の通り、我が国は現在でも非常に危機的な状況にある。どうかそなたの力でこの国を希望へと導いてもらえぬだろうか。」
この国を希望へと導く。
正直、それが本当に正しい行動なのかわからない。この国を希望へと導くことこそが勇者としてすべきことなのだろうか。果たしてその先には平和というものがあるのだろうか。わからない。けれども、
「はい、もちろんです。この力をこの国のために捧げましょう。」
逃げるのはもうやめるとあの日、あの時に決めたんだ。自分が変わらなければ何も変えられない。待っているだけでは何も手にすることはできないんだ。だから自分は与えられた役割を全うする。俺はこの世界で、
「――この第二の世界で生きるんだ。」
直後にミナトはひざまずき、王に向けて忠誠を誓った。
※王国の果て②に続く