数式
「え⁉︎あいつらのこと知ってるんですか⁉︎じゃあ教えて下さい、あいつら何者なんですか?私たちは戦い慣れていなかったとはいえ吸血鬼です。数十人もいながら人間2人相手に全滅なんて普通ありえません!そもそもあいつら〈蛇皇〉をあんなにあっさり…」
「いや、ちょっと落ち着いて。そうかも知れないって人達を知ってるだけです。それに彼らだったとして僕もあの人たちのこと全然知らないんです。」
どうやらかなり動揺しているみたいだ。まあこれに関しては僕が悪い。彼女の仲間を襲ったのは鎧の2人組というだけであの護衛とは断定できない。しかし、彼女と仲間が襲われたのは3日前。僕が軟禁状態の最中だ。もしかしたらって事もある。
「とりあえず座ってください。こっちの事情も話します。それを聞いた上で判断してください。あと敬語やめませんか?魔物の寿命とかは知りませんけどあなたみたいな子供に無理に敬語使わせるのは何か嫌なので。」
「そうですか、じゃあわかりま…じゃなくてわかった!じゃあそっちもけーご禁止ね!」
何だか素に戻ったかんじだ。緊張が解けたのはいいことだ。ではこちらの事情も教える訳だがさて、どう説明したものか。
とりあえずほとんどの事情は話した。但し僕が転移者ということは話していない。一応国家機密だし、仮にもそれを標的である魔物に打ち明けるのはマズい。目の前の少女は信用できても彼女と面識のある魔物たちが友好的とは言い切れない。
「うーん、なるほど。国王に命じられて魔物と戦いに…。でも何でそんなに弱いのにそんなに期待されてるの?」
「ええと…ごめん、それについては話すとマズいと思う。」
「わかった。それじゃ本題!あなたの仲間のこと教えて。」
「うん、ええと、本当によく知らないんだけどいつも鎧着てて素顔がわからなくてあとカタリスっていう大神官の護衛やってるからかなり強いと思う。」
「そうなんだ。大神官ってかなり偉いんだよね。それならあの強さも納得かも。」
「本当にあの2人かはわからないけどね。それで、君はその仇を見つけてどうしたいんだい?」
「…わからない。本当は、倒したい。」
少女の口調が暗くなる。
「でも無理。私、弱いから。魔法は使えないし、スキルも訳わかんないやつだし。」
悔しいという感情が滲み出ている。というか泣きそうだ弱いところは似たもの同士でも彼女と僕とじゃ境遇が違いすぎる。わかるとか辛かったねなんて安易に言えやしない。
てかそれはさておき今の発言気になることが。
「訳のわからないスキルって?」
「え?ええと〈数式〉っていうの。」
「〈数式〉?」
「うん、発動したら見たことない変な文字が浮かびあがるの。それでその文字が動いたり変わったりして、そしたら周りのものが押しつぶされたり熱くなったりするの。どういうスキルなのか全然わからない。」
なるほど一見本当に謎のスキルだ。だが、スキル名が数式っていうんならもしかすると…
「ねえ、そのスキル今使ってみてくれない。確かめたいことがあるんだ。」
「確かめたいこと?」
「うん、兎に角使ってみて。」
「よくわかんないけどわかった。ええと、えい!」
彼女が両手を前にかざす。次の瞬間空間が少し歪み、文字が現れる。その内容は
W=mg
それはアルファベットで書かれていた。
何故彼女のスキルに地球の言語が関係あるのかはわからない。だがこれで分かった。彼女のスキルは地球の言語で数式を出現させる。それにこの式、もしかすると
「ねえ、他にも文字は出せる?」
「あ、はい。それっ!」
先程までの数式が消えて新たな数式が浮かび上がる。
Q=mcΔt
やはりそうだ。これは物理学の法則だ。1つ目のは重力、2つ目のは熱量についての公式だ。先程の彼女の話も合わせて考えるとおそらくスキル数式の内容は「数式を操って物理法則を書き換える」だろう。そうそうこういうのだよ、チートってのはさ。
「驚かないで聞いて。僕はこの文字が読める。」
「え⁉︎」
「しかも僕の予想が正しければ君のスキルは使いこなせばめちゃくちゃ強い。」
「ほ、本当ですか?」
「ああ本当だ。この文字の意味を覚えれば君は誰よりも強くなれる。」
少女は呆然としている。そりゃこの世界の誰も読めない言語を読めるという奴に出会ったんだ。僕が彼女の立場でも間違いなく驚く。そしてそれを知った彼女はおそらく
「あのっ、食事をもらった上にこんなお願いはわがままだってわかってる。でもお願い、私にこの文字の読み方を教えて!」
そうくると思った。しかし僕は返答に悩んでいる。おそらく文字の読み方や意味を教えれば彼女は強くなれる。だが強くなった彼女は何をする?そう、仇を討ちに行くだろう。魔物と戦うために召喚された僕が魔物が人を襲う手助けをすることになるのだ。しかし彼女を助けると言ってしまった。どうすればいい?
そんなときだった。宿の1階から大きな衝撃音が聞こえた。ちなみにこの部屋は2階だ。何だ、何があった。ふと少女の方を向く。その顔は元々真っ白な肌から更に血の気がひいていた。
「どうした、大丈夫か⁉︎」
「…魔力……」
「え?」
「この魔力、間違いない。あいつらだ。お母さんを、みんなを殺した…」
少女にとって悪夢そのものである存在が確かにそこまで迫っていた。