出会い
マズいマズいマズいマズいマズいマズい。鎧コンビはどっか行ってるし、僕はそんなに強くない。ていうか弱い。逃げるか?いや、背中向けるのはマズい。では戦うか?無理だ、相手は魔物だぞ。死ぬ。くそ、死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない…。
「…命だけは助けてください。」
もうヤケだ。魔物相手に命乞いなどとは。くそ、5日前までは平和な毎日だったのに。なんでこんなことに。
そんなとき、彼女が口を開いた。
「いやあの、ええと、命とかいいんでそれよりも食事を…、ていうかそっちこそ私のこと殺さないんですか?」
ん?何かいい人そうだ。ていうかそっちこそってこの魔物そんなに弱いの?もしかして僕でも…いや、せっかく話ができそうなんだ。人の姿してるしできれば殺したくない。
「ええと、殺さないというか殺せないと思います。僕弱いんで。あの、食事なら少しあると思うんでそれで帰ってくれますか?」
確か非常食の干し肉を渡されていたはずだ。それで引き下がってもらおう。僕は魔物と戦えとは言われたが殺せとは言われていない。おそらくそんな成果は始めから期待していないのだろう。食事を与えたことは黙っておけばいい。というか上手くいけば説得してこの町から出て行ってもらえるかも知れない。ふふふ、不幸中の幸いというやつだ。
「あ、いや、肉とか果物とかはいらないです。」
「…え?いやでも食事が欲しいって。」
「ええと、その、私、吸血鬼で。」
あ、やっぱり詰んだ。吸血鬼じゃないか。血吸われるじゃないか。こりゃもう死ぬか僕も吸血鬼になるかじゃないか。
「それ、僕死ぬんじゃ?」
「は?いやいやいや、命落とす程吸ったりしませんから!殺したいわけじゃないし。」
つまりやろうと思えば殺れるわけか。でも死ぬわけではないらしい。
「本当に死なないんですね?あと血吸われた僕が吸血鬼になったりとかは」
「無いです無いです!人間を吸血鬼にできるほど私は強くないです!」
できるやつもいるのか。しかし危険はないらしい。ここは穏便に済みそうだ。
「わかりました。では死なない程度に吸ってください、僕なんかの血でよければ。」
「ほ、本当ですか!?あああ、ありがとうございます、ありがとうございます!では早速いただきます。あ、椅子にでも腰掛けて楽にしていてください。首を少し噛ませていただきます。」
というわけで吸血鬼の少女に血を吸われることになった。言われた通り椅子に腰掛けて楽にする。
少女が僕の肩に手を置く。そして首もとに噛みつく。あまり痛く無い。血が抜けていく。命の危機は感じないが少しボーッとなる。
「っはぁ。ああ、生き返るー!あの、本当にありがとうございます。すごいおいしかったです!」
どうやら満足してもらえたみたいだ。
「いえ、大したことはしてません。喜んでもらえて嬉しいです。」
「いえいえ、本当に死にそうだったので助かりました!もう3日間飲まず食わずで。あの、できればお礼をさせてください。私にできることなら何でもします!」
小さな女の子が大人に向かって何でもとか言うなよ…。しかしチャンスだ。今彼女に町から出ていくよう頼めば魔物騒ぎもなくなって一件落着だ。
「じゃあこの町を出てくれませんか?言いづらいんですけど、魔物のことを町の人が怯えてるみたいなんです。」
「ああ、確かにここ3日間血を吸わせてもらおうといろんな家に忍び込んでましたからね。でもごめんなさい。それは無理です。今町の外に出れば私は殺されるんです。」
何やら物騒な匂いがする。
「殺されるってどう言うことですか?」
「私のことを狙ってる人間がいるんです。だから熱りが冷めるまで町の中で身を隠していないといけないんです。」
町で魔物騒ぎ起こしてたら変わらないだろ。
その後彼女が話した事情はこうだ。
彼女は元々数十人程の吸血鬼の仲間たちと暮らしており各地を転々としながら暮らしていた。しかし3日前、人間が彼女と仲間たちを討伐しに現れ彼女の母親が自分を犠牲に彼女を逃がしてくれたため、彼女だけが生き延びることができた。その後は最寄りの町であったエイチシェルに逃げ込み身を隠していたという。
「魔物は人類の敵ですから、命を狙われて仕方ありません。優しくしてくれたのもあなたが初めてです。」
幼くして壮絶な人生を送ってきたようだ。
こうなったら魔物云々は関係ない。僕は彼女を助けたい。せめて彼女の仲間を襲った人間のことが何かわかれば何とかなるかもしれない。
「あの、僕に何か手伝えることはありませんか?」
「え?」
「実は訳あって僕は魔物のことを憎んだり殺そうとか思ってないんです。あなたのことを助けさせてください。」
信じられないという顔だ。僕の言動はよほどこの世界では異質なのだろう。知らんけど。
「相手のことがわかれば何か助けになるかも知れません。あなたの仲間を襲ったのはどんなやつらでしたか?」
「ええと、鎧を着た2人組です。素顔はわかりません。高級そうな装備だったので王国に仕える騎士か何かだと思います。」
犯人に心当たりが…