日常の始まり
ヴェクタブルグでタカシたちが暮らし始めて2日目、タカシとリカイは並んで座り、リカイはシャーペン片手に目の前のノートを眺めていた。このシャーペンとノートはケイタの物である。
「リカイの勉強?あーいいっすよ。どうせ使わねーし。千歳もいいって言いますよ。」
そう言ってケイタがリカイの勉強用に譲ってくれたのだ。ちなみにその後チトセも快く譲ってくれた。
そして現在、そのノートを使ってタカシが授業中である。
「こっちから順に、ゼロ、いち、に、さん、よん、ご、ろく、なな、はち、きゅうだ。この10種類の数字を使う点はこっちの世界と変わらないね。まずはこれを覚えるところから始めよう。実際に書くと分かりやすいよ。」
「え、ええっと、こう?」
リカイが慣れた手つきでシャーペンを握り、少し拙い字で0から9までの数字を書いて見せた。
「凄いじゃないか、上手だよ。もしかして読み書きは習ってたのかい?」
「うん、お母さんが教えてくれてた。字は書けるし、簡単な計算もできるよ。」
リカイの母ヒルデは元は貴族だった。初等教育の大事さはよく分かっていたのだろう。
「そうか、じゃあまずはこの数字を書いて覚えることにしよう。スラスラ計算したり、あの〈数式〉が分かるようになるためには、まずは数字を覚えないといけないからね。」
ちなみにこの世界も10進法を使っており、数の表し方は地球と同じだ。
「え?もう覚えたよ?」
「…………え?」
一方その頃、エーレ、ケイタ、チトセの3名はヨグトに街を案内されていた。
「そこにあるのが薬屋だ。ああそれと、念のため言っておくが教会なんてものはないぞ。魔物を殺せと喚き散らしている連中だからな。……おい、聞いておるか?」
「ケイタやばい、あれエルフだよ。ああ!あれはケモ耳、モッフモフの尻尾から推測するに狐と見た!」
「チトセ、うるさい。」
「視線、痛い。ヨグトが、有名人のせい。」
街を歩く魔物たちは、ヨグトが人間3名を連れて歩いている様を不思議そうに眺めていた。
「というか、ここ、魔物の国なのに、何で、魔物っぽくないのも、いるの?」
「そういえばそうだな。ヨグトさん、あの人たちも魔物何ですか?」
「いや、先程の耳の長い者はエルフで、狐の耳の者は獣人だ。どちらも魔物ではない。」
魔物とは、魔力の濃い場所で自然発生する生物である。ただし通常の生物と同じように繁殖も可能であり、吸血鬼や人狼などは襲った人間を同種にできる。
一方エルフや獣人などはこれらの前者の特徴に当てはまらないため魔物とは考えられない。彼らはまとめて亜人と呼ばれている。
「彼らもそれぞれの国を持ち、人間の国と国交は続けている。だが難民というものは発生するし、それ以外の理由で国を追われた者も多くいる。そんな奴らが亡命してきたに過ぎん。」
「へえ、地球でもあったな。移民が集まりまくって出来た国。」
「加えて彼らが居場所を追われた理由の中には、我ら魔物が原因の場合もある。我らが責任をとるのは当然だ。」
「魔物が、原因って、何?」
気になったエーレが訊いてみる。
「……例えばだな、この国にはエルフも多く暮らしているが、その大半が女性だ。」
少し躊躇った様子でヨグトが答える。
「……?それは、何で?」
「オークは知っているか?豚の頭で、知能は低いが力の強い魔物だ。その……あいつらは……ええと、性欲が強くてだな……」
「あっ……」
「先程言ったようにこの国のエルフたちは大半が女性だが、彼女たちはいわゆるシングルマザーという場合が多い。エルフというのは美しい容姿の者が多いからな。オーク以外にも、人間の子を連れている場合も多いぞ。」
「……分かった。」
その後は市場などを見て回った。
「物々交換も可能だが、貨幣を使うことが多い。通貨は『アウ』という。人間の国でも多く使われていただろう?例えばお前たちのいたアシドー王国とか。」
市場を巡りながら、ヨグトが様々な商品の物価を教えていく。ケイタとチトセの感覚では、1アウ=1円といった感じだった。
「今日はもうこの辺で良かろう。リカイとタカシにはお前たちが案内してやれ。」
ヨグトと別れたエーレたちは家に帰ってきた。その頃には日が落ちかけていた。
「タカシさん、リカイ、ただいま。」
「リカイちゃんただいまー!いい子にしてた?」
「えっと、ただいま。」
「……そうか分かった。この辺の長さは5 cmだ。だってこことここ、こことここの角が等しい。そしてこことここの辺が3 cmと6 cmで、こっちの三角形の各辺を2倍長くしたらこっちの三角形と合同になる。」
「すごいな、正解だ!」
「タカシさん、リカイの勉強どうすか?」
「リカイちゃん、タカシ先生の授業はいかがかね?」
「あっ、ケイタ、チトセ、エーレおかえり!聞いて聞いて、すごいんだよ!」
「おっ、どしたん?」
リカイが楽しそうに話し始める。
「今ね、相似っていうの勉強してたの。でもねでもね、他にもすごいことがあって、√の中って正の数じゃないとだめそうでしょ?だってプラスもマイナスも2乗したらプラスになるんだから。でもねでもね、√の中がマイナスじゃないと解けない方程式もあるんだよ!」
因みにリカイは12歳である。
「……タカシさん、リカイって数学できましたっけ?」
「ええっと……今朝は九九ができるくらいだった。」
「「……はあっ⁉︎」」
12歳の時は方程式の概念すらよく分かっていなかった高校生2人組。
「タカシ君、タカシ君、これがタカシ君の言ってた虚数ってやつ?ねえねえ、この数とっても面白そう!教えて教えて!」
タカシたち召喚組が、リカイにチートの片鱗を感じた瞬間であった。




