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従者の思い出

 ヒルデはとある国の地方貴族の次女として生まれた。兄と姉が1人ずつおり、彼らに比べたら政治とは遠い存在だったので比較的自由に過ごせていたが、家族からは「適当な家へ嫁入りさせればいい」といった程度にしか構われていなかった。


 そんなある日、ヒルデが寝室で寝ようとしていた時だった。部屋の中に気配を感じた。

「誰?」

彼女が振り返ると、そこには貴族階級と思わしき服装の男がいた。その肌は人とは思えないほど白かった。


「いい女だな、気に入った」


逃げろ、助けを呼べと本能が警告しているが、恐怖で体が動けない。男はこちらへゆっくりと近づいてくる。

「いや、こないで」

震えながら出した声はあまりに弱々しかった。そうしているうちに男はヒルデの目の前にやってくると、首元に噛み付いた。

「うっ、」




 男の正体は吸血鬼だった。翌朝になって家族が見たのは、カーテンを閉め切り、日の当たらない部屋で魂が抜けたかのように呆然としているヒルデの姿だった。ヒルデは吸血鬼にされたのだ。さらにこの時、ヒルデは男に犯されていた。



 家族はヒルデを殺すことも考えたが、彼女のことが余所に知られたらまずいと考え、自室で軟禁しておくことにした。食事などは一切与えられなかった。それでも何故か生きていたからだ。

 実はあの吸血鬼の男は、あの後も度々ヒルデのもとへ現れ、新鮮な人間の死体を持ってくると、その血を飲ませ、代わりに彼は毎度の如く彼女を慰み者にした。

 この頃には、ヒルデは人格というものを失っていた。尤も仮に正気だったとしても彼女は彼に逆らえなかっただろうと考えられている。吸血鬼は自分か吸血鬼にした者を支配できるからだ。




 そんなある日の夜、1匹のワイバーンが彼女の住む街に現れた。気まぐれに食事を探しにきたのだ。街の住人は慌てて避難し、ヒルデの家族も逃げたが、ヒルデ本人は取り残された。ワイバーンに襲われたことにして始末しようと考えたのだ。


 あらかた街を散策したワイバーンは、無人となった街のとある屋敷から人ならざる魔力を感じ取った。どうやら屋敷の中に魔物がいるようだった。気になったワイバーンが建物を壊して中を確認し見つけたのは、ただ無表情で、動かずにいるヒルデの姿を見てだった。


「貴様、吸血鬼か」

「……」

「おい、答えぬか」

「……」

「なるほどな、どうやら散々弄ばれたらしい。まあ我には関係ないことだ。もうここには用は無い……ん?」


ワイバーンはそのとき、彼女以外の魔力を感じ取った。こいつの主人か?いや、それにしては魔力が弱すぎる。まるで生きているかどうかも怪しいぐらいだ。

「おい、もう1人吸血鬼がいるな。死にかけてるようだがいいのか?」

「……?」

ヒルデはようやくワイバーンの方を向いたが、訳が分からないといった反応だった。


「何だ、仲間がいるのではないのか」

「……何のこと?」


ヒルデがついに口を開いた。だがワイバーンの言う仲間の存在には心当たりが無いようだ。

 このとき、ワイバーンはある結論に達した。これほど弱い魔力の理由はそれしか無い。


「気付いてないようだな」

「どういうこと?」

「はあ、よく聞け。貴様、身篭っているぞ」

「……!」


まああれだけ犯されたのだ。妊娠していてもおかしくない。どうやらヒルデ本人も気付かないほどの段階だったようだ。

「私のお腹に、子どもが?」

「そうだ、貴様とは別にもう1人の魔力が感じられる。まあ産むかどうかは自分で選べ。我はもう行く」

「あ、あの、待って!」

「ん?」

ヒルデはとっさにワイバーンに頼み込む。

「私を、連れていってください」

「……は?」

「私、この子産みます!だけど私を助けてくれる人はいません。だから、私をあなたと一緒に連れて行ってください!」

「待て、何故我が貴様のために」

「お願いします!」

「………じっとしていろ」

「え?きゃっ!」


ワイバーンはその大口を開くと、ヒルデを一口で放り込んだ。そしてワイバーンは街を飛び立ち、遥か遠くのある場所にある洞窟にやってきた。そしてその中でヒルデを吐き出した。


「こ、ここは?」

「我がたまに寝床にしている洞窟だ。人間もやってこないだろうし、ここなら日の光も当たらない。男の我がいうのも難だが、出産というのは下手をすれば死ぬほど体力が奪われる。食事は我が用意してやる。しばらく大人しくしていろ」

「あ、ありがとう。あの、」

「何だ?」

「名前は?私は……ヒルデ」

「……ヨグト」

「よろしく、ヨグト」

とても弱々しかったが、彼女は久しぶりに笑った。




 数ヶ月後、ヒルデのお腹はだいぶ大きくなっていた。その頃にはヒルデも少しずつ明るさを取り戻していた。

「おい、戻ったぞ」

「あ、おかえりなさい、ヨグト!」

「待て待て待て、あまり動くな。そろそろ動くのに苦労する頃だろ」

「ふふ、心配してくれてありがと」

「ええい、もういい。ほら食え」

ヨグトが口に加えていた袋を下ろすと、そこには食べ物が入っていた。この袋や中の食べ物はヨグトが近隣の村の住人を脅して手に入れた物だった。村人たちはかなり怯えていたが、人間1人分程度の食事で満足するワイバーンに慣れ、討伐するまでも無いと考えるようになった。



 そうして時は過ぎ、ヒルデのお腹の子はいつ産まれてもおかしくない時期になっていた。

「名前かんがえてあげないとね。男の子かしら、それとも女の子かしら」

「その事なんだが」

「どうしたの、ヨグト?」

「魔物の中では名前をつけないことも多いのだ。もし魔物として普通に暮らすなら、つけない方がいいかもしれないぞ」

「そう……分かったわ。教えてくれて有難うヨグト!」

「礼はいらん。少し待っていろ。我は少し出てくる」

「どうしたの?ご飯は今持ってきてくれたでしょ。」

「吸血鬼を探してくる。流石に出産となると我1人ではどうにもできん。安心しろ、貴様が以前会った吸血鬼なら魔力で分かる」


そうしてヨグトは洞窟を飛び立った。しばらく周辺を散策するうちに、とある集団を見つけた。いや、厳密に言えば、すでに夜だったため松明の炎で分かった。

「もしかすると……そうであって欲しいな」

ヨグトは高度を下げると、地上の様子を詳しく理解した。彼の予想通り、吸血鬼の一団が人間に襲われていた。

「どれ、恩を売ってやるか」


 ヨグトは地上に降り立つと、吸血鬼たちの前に立ち塞がった。

「ワ、ワイバーンだああーー!」

恐怖に支配された人間たちは逃げ惑い、ヤケを起こして襲いかかるものはヨグトに屠られた。


戦闘らしき何かは1分も経たずに決着した。

「おい、貴様ら吸血鬼だな?」

「ひぃ、そ、そうです」

(悪い奴らではなさそうだな。あいつの主人もいない)

「貴様らに頼みがある」

「も、もちろんです。命を助けていただいたのですから、むしろこちらからお願いします。お礼をさせて下さい!」

「うむ。実は助けて欲しい吸血鬼がいるのだ。身重でな。貴様らで面倒を見てほしい」

「?よ、よく分かりませんが、承知しました。それで、その者はどこへ?」

「明日の夜連れてこよう。この近くにいてくれ」

「わ、分かりました」



そうしてヨグトはヒルデの元へと戻り、一連の出来事を伝えた。

「吸血鬼の仲間に会えるなんて!楽しみだわ!」

「……そのことなのだが」

「どうしたの?」

「お前は奴らと一緒に行け」

「え………どうして、どうしてそんなこと言うの!嫌だよ、私はヨグトと一緒にいたい!」

「同じ吸血鬼である奴らと一緒にいた方がお前のためだ。それに、その子だって我なんかより多くの仲間と共に暮らすべきだ」


この時、お腹の子どもを引き合いに出したのは少しズルのように思えたヨグトであった。


「………分かった。そうだよね、この子のためだもんね」


ヒルデは笑っている。不自然だが。


「まあ、安心しろ。もう会えないというわけではない。それでも心配なら……手を出してみろ」

「え?こ、こう?」

右手をヨグトに向けて差し出すヒルデ。そして、ヨグトは使うことの無いだろうと思っていたその力を使う。


「我は、ヒルデの従者である。かの者の声に応じ、必ず馳せ参じるとここに誓う。〈忠誠〉!」


その瞬間、ヒルデの右手の甲に魔法陣が浮かび上がり、光を発して、そして消えた。

「ヨグト、これって一体?」

「我のスキル〈忠誠〉だ。お前は我の主となった。お前が助けを求めればこれでどこへだって駆けつけてやれる」

「ヨグト……」

「困ったら呼ぶが良い。ただしどうでもいいことで呼びつけるな。いいな?」

「うん!ヨグト、大好き!」


こうしてヒルデはヨグトの主となった。翌日、ヨグトはヒルデの負担にならないよう、慎重に吸血鬼たちのところへヒルデを連れて行き、そしてこれが彼らの別れとなった。


 それからまもなく、ヒルデは可愛らしい女の子を産み、2人はその吸血鬼の一団と旅をしてくらした。

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