重力だけでは足りなくて
ワイバーンは何種類か存在するドラゴンの一種である。前足は翼と一体化して退化しており、飛行能力は群を抜いている。知能は高く、会話も可能だが、基本的に人類に対して敵対的。時たま人類の生活圏に現れて甚大な被害を与えている。自然災害で例えるなら地震や台風のそれである。
「………ってのが、ワイバーンの、概要。」
「タカシ君、やっぱやめたほうがいいよ。」
「そうっすよ、タカシさん。流石に無理が…」
「ケイタとリカイちゃんの言う通りかと。」
「いや、勝算はある。今のエーレの話からすると話せるんだよね?だったら話をすればいい。頼んだよ、リカイ。」
「ええ⁉︎私⁉︎」
大役への抜擢に恐怖するリカイ。かつて飢えから自分を救ってくれた(実はあの後も血を美味しくいただいている)タカシだが、こればかりはとんでもない要求である。
だが一方で、期待も大きい。ケイタとチトセが自分とタカシの命を狙わざるを得なかった時、タカシは自分が役立たずと思い込んでいたスキル『数式』の力で危機を脱する計画を立てて見せた。
「タカシ君、できるの?」
「多分ね。取り敢えずワイバーンには降りてきてもらおう。あと村に被害も与えたくない。だからまずはワイバーンを村から引き離す。簡単な案はあるからみんなにも聞いてほしい。」
タカシは作戦を話し始めた。
数十分後。
「タカシ、来た。」
「よし、エーレ頼んだ。」
「分かった。
光魔法 光球」
エーレの杖の先に光の球が現れ、ワイバーンの顔へと向かって飛んでいく。そして村からワイバーンを引き離すため、付かず離れずの距離で浮遊する。
村から少し離れた場所まで誘導が完了する。
「ここなら、大丈夫。」
「よし、リカイ!」
「うん。
世の理を記す言葉よ、あなたの主は私である。我が言葉を以って振る舞え、〈数式〉!」
W=mg
書き換わる。
W=mg×5
ケイタとチトセを止めたときの戦法である。自分の体重が5倍になったかのような現象。ケイタとチトセは地面に押さえつけられたが、空を飛ぶワイバーンなら飛ぶことが出来なくなる。これがタカシの作戦である。
ワイバーンが異変に気づく。当然だ、自分を4匹背負っているも同然なのだから。
動きが乱れるワイバーン。明らかに飛行どころではなくなっている。
「これが私の能力〈数式〉!この数式を書き換えることでいろんなことができる!」
エーレのスキルのせいで厨二病となってしまうリカイ。リカイは少し顔を赤くする。周りの面々は取り敢えず触れないでおく。
「………よし、あとはこちらへ来たら作戦どおりリカイに交渉してもらおう。ケイタたちはワイバーンが危害を加えようとしたら止めt……!」
ワイバーンはドラゴンの一種。そしてドラゴンは出現すれば軍が総出で討伐するほどの化け物。よってワイバーンは十分に強い。
ワイバーンは落ちなかった。一瞬、想定外の攻撃によって動きを乱したが、自分の体が重くなったに過ぎないと気づくとすぐに落ち着きを取り戻し、5倍の重さで飛行するという荒業をやってのけたのだ。
「タカシ君、ごめん、私、失敗した。」
「……、失敗したことは仕方ない。僕の作戦がお粗末だったんだ。こうなったら他の方法で…」
「タカシさん、上!」
ケイタの叫び声に反応して上を見るタカシ。ワイバーンが自分たちを敵とみなしたらしく、こちらを見定めていた。口元が赤く輝く。大気が揺らめく。タカシたちはすぐに分かった。ドラゴンという生き物は炎を吐くことで有名だ。
「!何人も貫けぬ盾よ、悪しき者より私たちを守りたまえ、牆璧!」
リカイに使った魔法と似たもののようだ。エーレの詠唱が終わるとともに、頭上に魔法陣が出現する。
ワイバーンが炎を吐く。炎がこちらに迫る。しかし、エーレの魔法陣に防がれて霧散する。
「………助かった。」
「まだ!」
ワイバーンは何度も炎を吐いてくる。全てエーレの魔法が防ぐが、そのエーレの表情は険しかった。このまま魔力を消費され続けたらいずれ詰むとわかっているのだ。
しかし、その心配は無かった。ワイバーンも今の攻撃が通用しないと分かったようで、今度はこちらを見据えて真っ直ぐ降下してくる。かなり速い。
「千歳!」
「任せて。エーレ、私の力増幅できる?」
「わ、わかった。
汝の内に宿る力よ、その真の力を示せ、増幅!」
エーレの能力強化を受けたチトセがワイバーンを見据える。チトセを喰らうつもりで向かってきたワイバーンをチトセが両手で受け止める。両者が膠着状態となる。
「ぐっ、うあああー!」
チトセが片手を離し、ワイバーンを殴りつける。ワイバーンが横に吹っ飛ぶ。
「はあ、はあ、これが私の能力〈痛覚変換〉。私が受けたあらゆる痛みは任意のステータスを上昇させる。」
「つーか何でお前は詠唱無しなんだ?」
「常時発動、詠唱、できない。」
ケイタのスキルは剣を持った、あるいは斬撃を与えた瞬間のみ発動する。一方チトセのスキルはいつ如何なる時でも発動しており、彼女の痛覚を常時バフに変換している。
一方、若い少女に殴られて吹っ飛んだことで驚いたワイバーンもすぐに起き上がり、再びタカシたちと対峙する。
「ワイバーンさん、話を聞いて!」
エーレが前に出る。この状況を止めるためには自分が必要と判断したのだ。
「私は吸血鬼のリカイ。この人たちは私の仲間なの。いきなり攻撃してごめんなさい!話を聞いて!」
「………吸血鬼だと?何故人間と一緒にいる?」
口を開くワイバーン。リカイが日の光を浴びても平気なことには驚かない。上位の吸血鬼ではいないことは無いからだ。
「この人たちは私を助けてくれたの。私たちはある人物に追われてる。私たちを助けて、魔王様の国に行きたいの。」
「………人間を陛下が受け入れるとは思えん。そもそもお前には他に吸血鬼の仲間はいないのか?」
「………みんな死んだ。」
「殺したのはお前たちを追う者か?」
「命令したのはそう。手を下したのはそこの2人。でも、仕方なかったの、魔法で操られてたから。悪い人たちじゃない。私も怒ってない。」
「そうか、では我が襲う理由は無いな。腹の足しにもならんだろうし。我に勝負を挑んだのはあの村を守るためか?」
ワイバーンは意外にもあっさりと理解を示した。これにはタカシやエーレはもちろん、ケイタやチトセは特に驚いていた。自分たちを許すとは思えなかったからだ。
「人間のことは好かぬが、同胞の者の頼みだ。貴様らも信じよう。ところで、リカイとか言ったな。お前に訊きたいことがある。」
「え、何?」
「お前の仲間に、ヒルデという名の吸血鬼はあらぬか?」
リカイは驚愕した。ワイバーンが語った名は、自分を命を賭して救った母の名だった。




